由紀と悟と××
一応これから書いていこうと考えてる作品です。ですが、私なので長続き出来そうにないので短編という形をとりました。
伏線は徐々に書き上げていければと思います。
僕の幼馴染みは世間一般で称すると“優しい人”らしい。
雑用を押し付けられても断らない。
相談事を持ち掛けられても親身になってアドバイスをする。
頼まれたら自分のことを置いて他人の利益を優先する。
悪口を叩かれても言い返さない。
悪戯に叩かれても曖昧な笑みを浮かべて諭すだけ。
彼は無抵抗を極めた善人、らしい。
そのことを僕はとやかく言わない。
加害者にも被害者にも特に行動を起こさない。
それに、何もされたくなさそうだから何もしない。
ただ…うん、本当に不思議だなあ…って一人小首を傾げるの。
[帰り道]
騒がしい教室の中、部活に所属している友達と黙々と掃除をしていると見覚えの有る顔が前の扉から覗き込んでいた。
キョロキョロと辺りを見回してる姿は毎日のように見ているので、掃除をしつつ黙って近付く。
手を抜いたら友達が早く部活に行けなくなるから。
室内箒で砂埃を掃きながら駄弁る為に残っている子達の間を抜けながら距離を縮める。
春冬指定の長袖のセーラー服に埃がつかないように気を付けながら、残り数メートル。
背の順だと前の方にいないといけない僕はまだ彼の視界に入っていないらしい。
不安そうに扉を握りながら一番仲の良い友達に質問するが、部活のことで頭がいっぱいの彼女にか細い声は届かなかったみたいだ。
少なからずショックを受けながら今度は廊下を見渡している。
しかし、今週が教室掃除だと覚えてるらしい。
壁に貼り付けてある当番表を確認して、更に顔色を悪くさせながら不審者の如く僕を必死に探している。
途中から面白かったので人混みに紛れて観察していた。
しかし、そろそろ可哀想になってきたので登場してあげることにしよう。
あのままだと先に帰ったと勘違いされそうだし。
靴箱に確認しに行きそうな雰囲気だ。
この教室が一番下駄箱から遠いので往復させるのは気が引ける。
こそっと人混みから抜け出して、小走りで駆け寄ろうとする。
しかし、それより先に誰かが動き出していた。
クラスの中の煩いグループの男子が一人、二人。
怯える彼の肩を抱きながら鼓膜を殴り付けるような声量で喋り始めた。
大人しいグループから受ける白い目も気にせず人の気持ちも考えないような喋り方で彼を巻き込む。
スクール鞄の紐を握り締めながら困った風に対応する態度に気を良くしたのか声がワントーン上がる。
神経質な人だったら思わず耳を塞いでしまうくらい馬鹿な話し方をする。
あ、神経質な人がいた。
視界の隅に居た友達が耳を塞ぎながらそそくさとごみ捨てに逃げていく姿をとらえた。
何を勘違いしているのか彼を下の位だと、自分が偉いと信じて疑わぬ態度は傲慢へと退化する。
有ること無いことデマカセで見栄を張りながら顔の皮を厚くさせる。
恥ずかしい奴ら。
しかし、彼はそれでも糞餓鬼共を褒めたりしながら下から持ち上げる。
上手い言い逃れをせずに単細胞の相手を受けている。
それが自分の不利益になるとわかっていながら。
僕は首を傾げた。
後ろに立っていた仲の良い男子が僕の真似をした。
すこし遅くなった帰り道。
彼の家が近所なので幼稚園から中学に上がった今でもずっと二人一緒に帰っている。
男女二人だけで、というのはやはりどの年代も話題にしたくなるらしくよく冷やかされた。
今は慣れもあってどうということもないけど。
特に雑談を楽しむ性格じゃない者同士、基本は無音のみ。
BGMでも流せばそれなりの雰囲気でも醸し出せるだろうか。
私の頭上の位置に顎がある彼を見上げる。
今日も疲れているのか笑みに影を差しながらも『どうしたの?』と優しい声で問い掛ける。
特に面白い話題が浮かんだわけでもないので内心どうしよう、と焦りながら一歩距離を縮めた。
不思議そうに顔を傾けながら合わせてくれる歩幅に甘えてもう一歩。
あの馬鹿のせいで彼の耳が麻痺してそうなのでもう半歩。
どうも左肩にばかり重みを掛けていたみたいなので右肩に鞄を移動させ、空いた行き場の無い手は鞄の紐を握り締める。
何も言わない僕に彼は特に気にした様子もなくニコニコしながら切り出すのを待っている。
気が長いのも考え物だな。
なんて呟きながら平行より斜め下の角度を見詰めながら長続きしそうな話題を振り絞る。
右手が疲れてきたのでゆっくり下ろしてこっそり彼の学ランの裾を摘まんだ。
どうしよう、何も思い浮かばない。
眉を下げて盗み見るように見上げるとまだ忠犬ハチ公のようにジッと待っていた。
困ってしまった。
観念して薄く唇を開きながら袖を摘まむ。
漸く気付いてくれたのか彼も眉を垂らしていた。
基本的に受け身な人に急に『何か話せ』というのは酷だよ。
わざとじゃないと思うけど。
骨張った男の子の手から中指を厳選し、それを軽く握った。
すると嬉しそうに周りに花を咲かせるから居心地悪い気分が和らぐ。
「悟は意地悪だ」
わざと唇を尖らせてみせた。
学校からはちょっとだけ僕の家が近い。
と言っても斜め前数メートル先に彼の家が建っているけど。
玄関の前で指四本を握りながら片頬をプクとフグみたいに膨らませた。
怒っていないけど怒っている気持ちを表現しても当の本人は春の陽気みたいな空気を纏ったままニコニコしている。
効果はあまり無いようだ。
頭を撫でられながら不貞腐れていると、今度はそっと手を掴まれた。
彼から、悟からまるで気持ちを伝えるみたいに温かくて大きな手に包まれる。
僕は何だか照れ臭くなって、前髪を直すフリをして顔の赤みを隠した。
「由紀は凄いね。一緒にいるだけで心がぽかぽかするんだ」
「……もう聞き飽きたぞ。止めなさい」
「そんなに言っていたかな?」
「耳にタコが出来るくらいには繰り返し口にしているぞ」
「じゃあ毎日凄いって思ってるってことだね。ふふふ」
「…馬鹿者…」
ペシと胸を力なく叩いて尾尻を酷く小さくさせる。
二人の時の悟は意地悪だ。
僕の熱を上げるような言葉を選りすぐり研究に研究を重ね、こうして何も言わせなくさせる。
何時もそうだ。
そして未だに慣れることがない。
悟の舌が転がす内容に嘘一つ見付からないことを知っているから。
本心ばかりだって耳に刻み込まれてしまっているから。
嗚呼、小憎たらしい顔して…もう。
これじゃあアンフェアじゃないか。
生き生きしながら自宅に向かう後ろ姿を見送り、最後に手を振り交わしながら玄関に向かう。
疲れなんて忘れたように元気になっちゃって。
まさか、今まで学校で振る舞っていたのは全部演技とか…?
そしたら彼は将来かなりの大物俳優に成れるかもしれない。
だって一番付き合いが長い僕まで騙せれるんだ。
悪役なら大抜擢間違いないぞ。
未来のスター像に『今のうちにサイン貰わねば』と意気込んでいると、パシッと誰かに右手を掴まれた。
背後から聞こえる呼吸の乱れに焦りが伝わり、振り返った先に絡まった視線の熱にすこしだけ怖くなった。
鞄が無いということは一旦家に戻ったのだろう。
なら僕は何分くらい玄関前で立ち尽くしてたんだ。
変な子だと思われたら嫌だな。
怪訝な顔を浮かべると彼は不思議そうにしながらも息を整えようと深呼吸を繰り返す。
手汗で手首が滑るけど、特に不快だとは感じない。
手に手を重ね、落ち着かせる為にポンポンと軽く叩いた。
泣きじゃくる子供の背中にするように、優しく優しく。
今度は僕から切り出してみよう。
「何か大切な用事でも思い出したのか?」
「うん、とても大事なこと…さっき思い出したんだ」
目にかかるくらい伸びた前髪から見え隠れする真面目な瞳につい身構える。
相当重要なことなのか。
僕に何か手伝えることはあるだろうか。
彼の頼みなら全力で尽くそうぞ。
キリッと気を引き締めて次の言葉を待つ。
普段頼み事をしない人からのお願いは責任重大だ。
信用問題にも発展するレベルと言っても過言ではない。
一人メラメラと意識を燃やしている僕に首を傾げ、ゆっくりと切り出し始めた。
「由紀は明日何か予定あったかな?」
「僕の予定?そうだな…午前中に自室の片付けをしてから宿題終わらせて、一人でふらっと商店街でも見て回ろうかと」
「それなら…特に誰かと遊ぶ約束はしてないってことだよね?」
「そうだな。一人寂しい休日になるな」
でも一人で買い物をするのは苦ではない。
ただ話し相手はいないので寂しいのは間違いない。
こっそりガッツポーズをする彼に気付かず、どうして内容が僕の明日の予定になっているのかわからず頭上に大きい?を浮かべた。
上機嫌な証拠にだらしなく目尻を垂れさせながら頬をほんのり桃色に染める。
「明日は私に由紀の時間を下さい」
「…デートのお誘いか?」
「単直に言えばそうかな。何時も通り、お昼過ぎから二人で出掛けたいな」
ゆっくりと腰を抱かれ二人の距離が一層縮まる。
鼓膜に響くように流し込まれるすこし低めの声についピクと反応し、頬に軽く当てられた唇に耳まで朱色に沸き上がらせた。
逃げようとせず硬直する僕をいとおしそうに抱き締めながらスリスリと頬擦りをしながら伸ばした髪を梳く。
温かい手の平が項を擽り、息を漏らす唇にそっと自分のを重ね合わせた。
目を伏せて十秒。
逃がさないとでも言うように強められる腕の力に捕獲された獲物のような感覚に陥り、何度も何度も角度を変えて擦り合わせる摩擦に酸素を遮られ脳がぼんやりとする。
離れた際に伸びる銀の糸。
最後に舌で絡め取り、火照った僕の体をポンポンと叩いて宥める。
そして言い聞かせるようにまた甘い声で囁いた。
「自分の部屋の掃除が終わったら迎えに来てね。ずっと待っているから」
「……うん、わかった」
「ふふ、約束だよ」
小指同士を絡め合わせ、見せ付けるように指先にキスをする。
本当に嬉しそうに笑う柔らかな表情に僕もつられて笑みを溢し、見送られるように玄関の扉を潜った。
明日は悟とデートだ。
どうしようもない胸の高鳴りを感じながら自分の部屋に向かった。
明日、何を着て行こうかな。
[オマケ]
※クラスメート
由紀というクラスメートがいる。
首を左に傾けるのが彼女の癖だ。
癖をする時の視線の先には隣のクラスの優男、悟がいる。
俺は正直苦手なタイプなので近付くことすらしない。
だって何を考えてるのかわからなくて気味悪い奴だし。
だけど由紀とは仲良くしたいから、いない時を見計らって話し掛ける。
「由紀ー」
「庄吾か。どうした?」
「暇だから構えー」
「わかった」
由紀は女子の中では可愛い顔をしてるけど話し方が変なのが面白い。
だらだら喋らずに黙々と次の授業の用意をしながら、俺のくだらない話を聞いてくれる。
特に相槌を打つわけでもなく時折頷いたり噴き出したりしながら小さな反応をみせる。
たまに声に出して会話を楽しんだり、口元に手を当てながら肩を震わせたりと感情豊かだ。
表情よりも空気で語る。
馬鹿みたいに素直だから嘘を言っても本気にして、たまに心配になる。
不思議そうにはするけど。
小さな指に絆創膏が巻いてあるのに気付いて触れると見やすい角度にしてくれる。
朝には見なかった可愛い柄のテープに首を傾げると由紀も真似をした。
二つ結びのお下げが肩から溢れる。
「これどったの?紙で切ったとかー?」
「運動靴に画鋲が貼り付いてたみたいでな。二限目に体育があっただろ。そこで気付いた」
「うわー完全に虐めじゃん。血ぃ滲んでるし、まだ痛い?」
「いや、もう平気だ。心配してくれてありがとう」
意味もなくふーふーと息を吹き掛ける俺に嬉しそうに頬を綻ばせる。
本当に嬉しそうにするから、つい俺も笑ってしまう。
由紀には不思議な力があるって思う。
本人は気にしてないけど、彼女は例の奴のせいで女子からの僻みを買っている。
あんな腹の内がわからない奴の何処が良いのかわからないけど、世の中ミーハーばかりだから仕方ない。
しかし自分が虐めを受けている自覚があまりないのか由紀は無防備だ。
何をされても、明らかな悪意を受けても不思議そうに首を傾げているだけ。
悲しむことも怒ることも逃げることもしない。
そんな由紀が俺は面白いと思うし、手伝ってやりたいと思うからこうして一緒に駄弁っている。
俺は誰よりも我儘に生きてるから、嫌いな奴はとことん嫌う。
だから、お気に入りに手を出した奴は後で懲らしめないとね。
「由紀ー」
「なんだ?」
「明日は大丈夫だから安心しなよー」
「?ありがとう?」
「あはは、まだ何もしてないしー。でもお利口さんだからよしよししてあげる」
さらさらの髪を撫で下ろし、大人しく頭を垂れる彼女に見えないところで悪い顔を浮かべた。
俺はまだまだ糞餓鬼だから、友達の仕返しは数倍返ししないと気が収まらないんだ。
楽しみに待ってなよ、可愛い俺のお人形。
お前を傷付ける屑もその原因のカスも、まとめて処分してやるから。
先に手を出した方が全面的に悪いって世の中決まってるし。
さあて…どうしてやろうかな。