星座の魔術の話②
「カレンは魔術についてどのくらい知っている?」
早速、魔術についての会話を開始することにした僕は、まずカレンにこう訊ねた。
「どのくらい、と言われましても。わたしは魔術を使ったことなんてありませんし。そうですね……呪文を唱えて自身の体内に流れる魔力をそれぞれの目的に合わせた形にして放出する、って具合でしょうか」
「まあ、イメージ的にはだいたいあっている。実際はもう少し複雑だけどな。……ちなみに、おまえはさっき呪文を唱えると言ったが、口に出さず頭の中で唱えるだけで済む術も存在する」
「そうなのですか?」
「ああ。術者の技量にもよるがな。例えば剣や槍のような単純な武器の具現化だ。材質を金属のようなものにすることはできないが、形と切れ味は再現できる。他に代表的なのは治癒や強化の魔術、陣や礼装を用いた魔術がある」
「へえ。そうなんですか」
と言ってからうーんと唸る。
何か疑問に思うところがあるようだ。
「どうかしたか?」
「あのですね。魔術って色々な種類があるじゃないですか。例えば火を放つ、水を放つ、など。ではもし同じ種類の魔術を行使する場合、誰の呪文も全て同じものになるのでしょうか」
「いいや。そのようなことは基本的にないらしい。あるとすれば、それは見習いの魔術師である時だけだ。魔術師はそれぞれ自分が使いやすいように術を改良を繰り返していくからな。土台となる呪文を独自のものに書き換えて使用する。そうだな、分かりやすく言うと呪文は自身への入力信号だ。己の身体に焼き付けられたプログラムに呪文を入力をし、体内の魔力がそれに応じて変化し、術として出力される」
「呪文は入力で、プログラムは自分用に書き換える必要がある、ですか? うーん、わたしには難しくてできそうにありません。魔術師の方は皆頭がいいんですね」
「そうなんだろうな」
と言っても皆が皆、ロゼさんのような頭を持っているってことはないけど。
それでは、と次の話に入る。
「次は異能についてだ。異能とは知っての通り、僕らの力のことだ。魔術師と違い力の使用時に魔力の消費はない。変わりにその代償として、産まれながらに与えられた一つの力以外の異能力の使用は不可能。さらに能力者は自身の魔力が必要な魔術の行使ができない。なぜなら僕たち能力者の身体には、魔力が存在しないからだ」
「あ、それはわたしも知っています。わたしも魔術を使えないかなって、以前ミラさんに相談したことがあるのです。その時に同じようなことを言われました」
そんなことを聞いていたのか。
「なら話は早い。ここで質問だ。おまえの能力者としての力はなんだった?」
「戦闘補助の力です。身体能力の上昇、傷の治癒、体力の回復があります。ですが、この力は自分にかけることができないため、一人での戦闘は向いていません。戦う場合はかならず誰かとペアになる必要があります」
「だが、おまえには能力だけでなく持ち前の怪力があるだろ」
「あれは能力ではないですし。ただの半機械人間としての身体能力です。魔術師や能力者にこの身体能力だけで、しかも一人で立ち向かうなんて自殺そのものです。だから不可能ですよ。わたしたちはマスターのもとにいる限り、自傷につながる行為はできないよう術をかけられていますから。ネロさんもそうでしょ」
「そうだな」
カレンの言う通り、僕とカレンは自殺ができないようプログラムされている。そう言う意味では、ロゼさんの魔力が僕たちの体内に存在することになるな。
「だが、一つ訂正すると制限されているのは自殺行為、自ら死のうとすることだ。だから、格上の相手と戦うこと自体は可能だったりする」
「そうでしたっけ?」
「そうでしたよ」
まあ、それがどうしたということだが。
「……話を戻すとして、その力を多少のリスクはあるものの、無制限に使える代わりに他の力を一切使うことができない。それがおまえを始めるとする能力者の特徴だ」
意外と不便なのですよね、と苦笑いするカレン。
僕もそこは同意する。
「では、ここでまた質問。能力者の存在理由はなんなのか分かるか? 魔術師のように自分の意志でなったわけではなく、自然発生した力を振るう存在。果たしてそこに意味はあるのかどうか」
僕の問いにカレンは悩み、そして言う。
「……意味などないのでは? 何の目的もなくただ強い力を振るうだけもの。魔術師にとって能力者とは、一言で表すならば底知れず恐ろしい化け物なんだと思います」
その答えに僕はうん、と頷く。
しかし、それは正解という意味での頷きではない。
「僕もそう思っていたよ。意味なんてどこにもない。ただの自然現象の一つだって」
「と、言いますと?」
「これは、ロゼさんから聞いたことなんだけどな――」
ロゼさんの話を思い出す。
「本物の能力者はこの世界に十二人存在する。これより多くもなく、少なくもない。それぞれの能力者が魔術の属性に対応していて、その属性の異能を使う。それは誰一人として属性が重なることはない。例えば炎の能力者がいたとしよう。その場合、その能力者以外に炎の能力者が現れることはない。現れるとすれば、それはその能力者が死んだ時だ。そして、別の能力者が発現する。そこにどのような条件があるのかは分かっていない。でも、十二という数は必ず何かと関係がある。そこに存在理由があるのでは、って。はっきりとは証明できていないのだけどな」
一通り伝えるとカレンはある疑問を訴える。
「能力者についてはある程度理解しました。それなら、わたしたちのような疑似能力者はどっちに分類されるのでしょうか。力の使い方が能力者と同一であったとしても、発現の状況はどちらかと言えば魔術師みたいじゃないですか」
「実のところ、僕もそれは思っていた。でも、結局のところ僕にもそれはわからない」
「そうでしたか」
こほん、と一度咳払いをし、気持ちを切り替えて次の説明に移る。
「さて、それでは本題に入ろう」
僕は星座の魔術について話し始めた。
星座の魔術とは正式名称ではなく古代より伝わる星座と関係した魔術の呼称であり、また至宝復活から術の発動までを一括してそう呼ばれている。十二の至宝、魔導十二至宝を用いて発動する禁忌の大魔術だ。
この魔術を行使することで、どのような願いも叶えられるほどの莫大な力を手にすることができると言われている。故に魔術発動の材料となる至宝は名の通り宝物のように認識されている。
至宝の封印を解き、それらを用いた術を発動するには数々の段階が必要だ。
ここからはロゼさんから聞いた大まかな手順になる。
第一段階は至宝の起動。至宝の在処まで赴く必要があるも、特に注意事項はないらしい。
第二段階は至宝を起点に広がる星座型の陣に魔術師を配置する。そこで術の終了まで魔力を放出し続けなければならない。代用案として魔力を大量に蓄えた魔石の配置がある。しかし、これは安定して術を発動できないため期待はできない。
第三段階は至宝の在処で魔術と異能を交差させること。手っ取り早い方法として戦闘を行うことがある。ここで発生する力の渦が術発動の為の燃料となる。これが一番の鬼門であり、これさえ突破すれば大きな問題はない。
何故ここが鬼門になるのか。それは次の第四段階にある。
第四段階。それは戦闘を行ったどちらかを術の贄にし、もう一方が術を発動すること。
星座の魔術はどれだけ強力であろうと魔術の一種に変わりない。とすれば、魔術を使えない能力者は術を発動できない。これにより、必然的に術の発動者は魔術師、贄は能力者、となる。
すなわち、必ず魔術師が勝利し、能力者は死ななければならない。
どうしてこのような仕組みになっているのかはわからない。
それでも一つだけ僕でも分かることがある。
戦闘の相手が自ら死のうとする能力者できない限り、この術を発動させることは非常に困難であることだ。
何故なら、能力者には何一つとして特がないからである。普通なら能力者は素直に戦おうとせず、逃亡に徹するだろう。
もしもこれを達成できたのなら、残るは最終段階だけ。
最終、第五段階。術を発動し、至宝の封印を完全に解く。これにて終了だ。
これが十二回必要だと考えると、とてつもなく面倒な作業だ。
その後には星座の魔術の発動が控えている。
が、ここから先は教えられていないので説明のしようがない。
ここだけは申し訳ないと思っている。
「――と、このような具合だ。何か質問は?」
「はい、ネロ先生」
「どうぞ、カレンさん」
「星座の魔術の詳細ついてはわかりました。ですが、至宝の封印を解く手順が難しいとおっしゃられたところに疑問があります。どうにもわたしには、その魔術が面倒なだけで意外と簡単そうに思えるのです。能力者だって、わたしたちのように造られた存在が他にもいるかもしれません。労力に対して破格の利益を得られる魔術を今の今まで試そうとした魔術師はいなかったのでしょうか」
確かに。
何も疑問に思うことなくロゼさんの言うことを鵜呑みにしていたからか、そんな些細な違和感に気付くことすらなかった。
疑似能力者は自然発生したモノでなく、人によって生み出された製造物だ。
「それについてはわからないな。もしかしたら、他にも条件が、例えば時期ってものがあったのかもしれない」
「数十年のうち一年間だけ発動できる、みたいな?」
「そんな感じ。それについても僕の憶測で事実でもないしな。帰ったらロゼさんに聞いてみるよ」
「マスターに聞いてみるよ、って。わからないことがある度に思考停止させて他人に頼ってはだめですよ。脳の機能が低下しちゃいます。わたしが言えることじゃありませんが」
そうだな。
おまえが言えることではないな。
「他に質問はないか?」
「はい、もう結構です。手順以外はきっと知らないのでしょうし」
こいつ、言いやがる。悪気はないのだろうが。
その言い様に無性に腹が立ったが、言い返せない自分にも余計に腹が立つ。帰ったら絶対にロゼさんから魔術についての全てを聞き出してやる。そしてカレンに言うんだ。何でも知っているから聞いてみろ、ってな。
……。
……小さい男だな。本当に。
「そうだな。さて、それでは僕たちの今回の仕事のことになるが、やることはただ一つ。この街に眠る至宝の封印を解くための第一段階を行う」
「第一段階。起動、ってやつだけですか?」
「ああ。それだけだ。だからって侮るなよ。ものがものだけに一歩間違えれば大惨事に繋がる可能性も考えられる」
「だ、大惨事?」
カレンは少し怯えたような声で訊く。
「……例えばどんな?」
「そうだな。一番被害が大きい場合は街一つ消えるだろうな」
そう言うとカレンは僕からは目を逸らしてははは、と苦笑いした。
「初めての仕事にしては重すぎます」
「冗談だから、そう気を重くするな。安心しろ。何も起こらないって」
そう微笑みかけると、カレンは少しだけ安心したのか、小さく息を吐いた。
「――仕事開始まで時間があるのですよね、ネロさん?」
「ああ。予定では二十時ごろを目安に始めようと思う」
「それなら、わたしを脅かした罰です」
その言葉に眉をひそめる。
「え? なに言って――」
いるんだ、と最後まで言い切る前に、カレンは僕の腕を引っ張り走りだした。
「仕事の時間まで買い物に付き合ってもらいますよ。ネロさん」
カレンの微笑む横顔。
それは何故か、今までの重い雰囲気をかき消すような輝きに見えた。
カレンは外に出るのが初めてだと言っていた。
それなら、仕事のことを忘れて、観光気分で楽しんでもいいのではないか。少しくらい、気を抜いてもいいのではないだろうか。
「わかったから、走らないでくれ」
どうせならカレンの初めての仕事は、苦労があったとしても、誰も傷つくことなく、笑顔のままで終わらせてやりたい。
そう思うのだった。