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停滞する二つ/動き続ける一つ②

 午後二時前、昼食を終えた僕たちはマスターこと、ロゼ・フェイズの部屋を訪ねることにした。

 その際に廊下でフランとすれ違ったが、彼は一体何があったのか放心状態であり、話しかけても反応はなかった。

 そして現在、部屋の入ろうと扉の前に立っている。

「――緊張します」

 と僕の腕を握ってくるカレン。

「そんなに緊張することないだろ」

「ですが、マスターは私たちの産みの親のような方ですよ。もしも粗相があればひとたまりもありませんよ。即刻処刑ですよ」

 もうその時点で失礼極まりない言動だ。もし聴かれていたらどうするんだ。

「マスターは基本的に優しい方だ。ちょっとくらいは羽目を外しても平気だよ」

 そう。

 ロゼさんは優しい方だ。

 基本的には、だが。

 カレンがこのように堅い表情をするのも分からなくはない。

 僕も以前に噂で聞いたことがあるのだが、ロゼ・フェイズという科学者は自身の研究という欲望を満たすために大都市を一つ占領し、壊滅に至らせただとか。

 ただ、所詮これは噂であり真実を知るものはここにはいない。この研究所には最古参であるルーク・シュバルツという男がいるのだが、その人も知らないようだった。まあ、知っていても教えてくれないだろうが、あの人は。

 結局のところ噂の独り歩きである。ロゼさん自身は否定していないが肯定もしていない。気にすることではないと言うように。それ以上に自分のことを怖れてくれているのなら、それを巧く利用できれば自分に逆らう者が少なくなるのでは、とこの状況を愉しんでいる節もある。

「じゃあカレン。そろそろ入るぞ。ここで突っ立っていてもしょうがない」

 と言ってからカレンの返答を待たずにこんこんこん、とドアをノックする。

「はーい。どうぞ」

 と男性の声がする。

 僕はガチャリとのぶをひねり扉を開ける。

「失礼します。ネロ・ヴァイスとカレン・ローザ。参りました」

 中に入り辺りを見ると、そこら中に資料の山が積み重ねられていた。中央の奥にあるロゼさんの机にしても同様で、資料の紙束が山積みにされている。

「あれ、マスター。どこですか?」

 とロゼさんを呼ぶ。

 すると、それに応じるように机の方から「ここだよ」という声が発せられた。

 直後、机の上に山積みにされた資料の一つが持ち上げられて別の場所に移される。

「やあ、ネロ、それにカレン。待ちわびていたよ」

 という声と共に姿を現したのは赤い髪で眼鏡をかけた白衣の青年だった。

 見た目は所謂美形で、髪もさらさらである。

 体格にしても男か女か微妙なところ。

 ロゼさんを知らない人が見れば、恐らく女性だと勘違いしてしまうだろう。

「しかしだな、この前も言ったけど僕のことをマスターと言うのは止めてくれないか?」

「すいません。いつもの癖で……」

 頭の中で考える時はロゼさんと言っているのだけどな。いざ声に出すとマスターと言ってしまう。

「早く直してほしいものだね。マスターと言われるのはあまり好きではない」

 これもルークが僕のことをマスターというから皆が真似をするんだ、とぼやくロゼさん。

「まあ、今は置いておくとしよう。さっそく話を始めたいところだが、予想以上に資料の整理に手間取っていてね。少し待っててくれないか。そこのソファーに腰掛けてさ」

 と僕の右側を指さして言った。

 そこにはガラスのテーブルがあり、それを隔てて向かい合わせるように二つのソファーが置いてあった。

「いいのですか? 座らせていただいて。もし僕たちでよければ資料の整理を手伝いますが」

 と訊いた。

 しかし、ロゼさんは微笑みながらこう言う。

「僕一人の方が早く終わる。時間もまだ十四時になってないだろ。焦らなくてもいい。できれば座ってじっとしておいてほしいんだけどな」

「……そうでしたか」

「そうだよ。ほら、さっさと座った」

 ぱっぱと手で邪魔者を払うようにしてソファーに座ることを促すロゼさん。そして彼は自分の作業に再び没頭した。

 ここは素直に従うほうがいいだろう。

「カレン。行くぞ、…………え!?」

 そして言葉につまる。

「……あ、………あ…あう…」

 なんとカレンは涙目でガタガタと身体を振るわせていたのだ。

「嘘だろ」

 カレンの目の前で手を振っても反応がない。

 仕方がないので、僕はカレンの身体を無理やり引きずりソファーに座らせた。

 僕もその横に座る。

 相変わらず、このソファーは座り心地が良い。

 一つだけでも部屋に持って帰りたいくらいだ。


 午後二時ちょうど、ロゼさんの用事が済んだ。

 僕たちと向かい合うようにロゼさんもソファーに座る。

「さっそく、君たちを呼んだ理由から話そうか」

「はい、お願いします」

 と言うと、ロゼさんはうん、と頷き口を開く。

「君たちにはね、ある仕事を任せたいんだよ」

「ある仕事、ですか?」

「そう、ある仕事だ。……が、その前に」

 と言ってから指を刺す。先程からロゼさんをじっと見つめるカレンに向かって。

「カレン。君は一体どうしたんだい? さっきからぼうっとして。初めての場で緊張していることも分からなくもないが、その態度は気になる。何か悩みごとでもあるのかな?」

「あ、あると言えばありますけど大したことではありません」

「それなら言うといい。答えれる範囲で答えよう」

「で、では。マス…、ロゼさんは――」

 ぎこちないカレンはまるで機械仕掛けの人形のようだった。

 ……いやいや。

 この例えは冗談では済まされないぞ。

 反省だな、これは。

 そして、カレンは言う。

「ロゼさんは女の人、だったのですか?」

 言った。

 言ってしまった。

 その瞬間、ロゼさんは大きな声を上げて笑いだした。カレンはそれを見て、助けを求めるように僕を見る。

 僕は不意に目を逸らした。

 これは別だ。

 自分でなんとかしてくれ。

 笑いが落ち着いたところで、ロゼさんは話し始める。

「君は本当に面白いことを言う。でも、残念ながら僕は歴とした男だ。君の目に僕がどのように映ろうとね。それにしても、女性と間違われるのは一体何度目になるのだろうな」

 顔を変えてしまおうか……

 いっそのこと身体ごと変えてしまおうか……

 と嘆くロゼさん。

 天才科学者の一番の悩みは自分の容姿のようだった。


「さてさて、話が逸れてしまったけど、僕たちは一体何について話していたんだっけかな?」

 と言ってロゼさんは腕を組む。

「仕事の話ではなかったのですか?」

「ああ、そうだそうだ。今回の仕事はカレンの経験を積むためにも二人で行ってもらう。いいかな?」

 それに対して、僕とカレンは「はい」と頷く。

「よろしい。では早速だが、君たちには帝都の一角、テレジア市に行ってもらいたい。今すぐとは言わない。君たちの準備ができ次第でいい」

「テレジア市、ですか。何故そんなところに?」

 テレジア市といえばロゼさんの親友の一人が住んでいる街だったか。

 名前は確かアーネスト・マーベル。

 たまにこの研究所に来ることがあり、ロゼさんと愉しそうに話をしたりしている。

 しかし、僕はあの人が苦手だ。

 外見とか性格とか、そんな単純なものでなく、あの人の醸し出す雰囲気、冷たい空気が。

 苦手で近くにいるだけで背筋が震える。

 もっと簡単に言えば、いつ殺されてもおかしくないってことだ。

「もしかしてお使いだったりしないですよね」

 少しだけ嫌な予感がしたが、そのようなことはなかったようだ。

「アーネストのかい? いや、違うよ。今回君たちにしてきてもらいたいことは、あることに関する調査だ」

「あること?」

「そうだね。ジェイン ・グレーザー、と言えばわかるかな」

 ジェイン・グレーザー。

 よくこの研究所に招かれてはロゼさんの魔術の研究を手伝わされていた男の名前だ。

 しかし、僕が目覚めて数ヶ月してから、突然行方をくらませた。この研究所で得た魔術の知識と研究成果を持ち出して。

 今、彼がどこで何をしているのかは全くの不明となっている。

「しかし、彼の調査はルークさんが取りかかっていたはずです。わざわざ僕まで行く必要が?」

 ルークさんはロゼさんに忠誠を誓っている。

 さらに言えば、この研究所随一の能力者だ。

 何かの間違いがない限り、問題は起きないはず。

「確かにその通りだ。本来ならば。しかし、どうしたことか。そのルークのことだが――」

 そして、ロゼさんは言う。

「――彼も行方をくらませた」

「何故です?」

「そんなこと、僕が知るわけないだろう。僕はただの科学者だ。人の心を読むことなんて芸当はできないよ」

 しかし、彼は「でもね」と言って話を続ける。

「交信が途絶えた場所は分かる」

「そこがテレジア市だった、ということですか」

「そういうこと。ならば、その場所に何かしらの手がかりがあるはずだ。君たちにはそれを調査してきてほしいんだよ」

「はい。テレジア市でルークさんとジェイン・グレーザーについての調査ですね」

 そう言ってから、間を開けて再び口を開く。

「……本当に、それだけですか」

 訝しげに確認をとる。

 その調査とやらだけなら、僕たちである必要はない。もっと言えば調査隊の人形にでも命令すればいいはず。

 なのに、僕たちにそれを依頼したということは、まだ何かあるはず。

「――目敏いね、君は」

 ロゼさんは嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべる。

「テレジア市にはあの魔術がある。知っているだろ。行方をくらませた二人の調査は、それに比べればある意味でついでにすぎないんだ」

 あの魔術。

 少し考え、あるひとつの事柄にたどり着く。

 そうだった。あの街にはあれがあったか。

 僕は勘づいたが、カレンは分からなかったため、彼女はロゼさんに質問をした。

「あの魔術って何なのですか?」

「ん? 君はまだ知らなかったかな」

「はい、わたしは知りません」

「そうか。なら、この調査を円滑に進めてもらうためにもちょっとした講義でもしようか」

「……え?」

 まずい。

 非常にまずい。

 ロゼさんが講義を始めると一時間や二時間では済まない。もしも、魔術の基礎から話し始めるとなれば、運が悪ければ丸一日続けられるだろう。

 それだけはなんとしてでも阻止したい。

「ロゼさん。それは僕がやっておきます。あなたはあなたで忙しかったりするのでしょ?」

「そう言われればそうだけど、君がそう言うのなら君に任せるとしようかな。カレンは僕よりネロのほうが話しやすそうだからね。残念だけど。それじゃあ、僕からは仕事の内容だけを簡単に伝えておくとしようか」

 そう言うと、ロゼさんは僕たちに仕事の詳細について説明を始めた。

 要約すれば、仕事の内容はこの二つだ。


 テレジアにある至宝、星座の魔術を起動すること。

 そして、行方を眩ました二人がロゼさんにとって不利益となる行動をとっていると判断した場合のみ、即刻始末すること。

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