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友と歩む日々①

 四月一五日の十二時前。

 場所は研究所の訓練施設。

 その一区画にドーム状の建物、闘技場が設置されている。

 円形で障害物など何もない砂地のフィールド。それを囲むように配置された観客席。しかし、大勢の人が見に来ることなどあり得ないため、それはただの飾りとなっている。屋根は開閉式で、その時々で開けたり閉めたりできる。今日は晴れているので屋根は開かれていた。頭上で輝く太陽はこの地を燦々と照らしている。眩しいというのはあるが、しかし季節がまだ春のため、太陽による暑さも苦にはならない。むしろ気持ちのいいくらいだ。


 そんな場所に、鼓膜が割れんばかりの爆音が鳴り響く。

 大量の砂が巻き上げられ、まるで火事が起きた時の煙ように立ち込める。

 それらは全て肉体強化に特化した能力者、フランの正拳突きによるものだった。

 今この瞬間、僕ことネロ・ヴァイスは彼と練習試合という名の戦闘行為を行っている最中であった。

 空中からの降下と共に降り下ろされたフランの拳は、地面に直撃し大地をえぐりとる。同時に、爆心地から枝状に無数の地割れを生じさせた。

「フラン。そんなに大振りな攻撃だと、いつまで経っても僕には当たらないぞ」

 言うように、僕は先程の彼の攻撃を難なくかわした。弾け飛ぶ石の塊にも掠りすらしない。

「わかっている、それくらい!」

 そう答える大柄の筋肉質な男。

 名前はフラン。僕の友人の一人であり、仕事では成果を競い合うライバルでもある。

 顔面には手術による縫合の後があり、それが彼のトレードマークになっている。恐ろしくも見えるが戦闘時以外の性格はとてもやさしく、仕事先ではいつも子供たちになつかれるらしい。

 僕たちはよくこの闘技場で練習試合をしている。お互いの戦闘能力を高めるためのよい方法だと考えているからだ。

 ただ、試合後はお互いまともに動けなくなってしまう欠点もある。

 仕事に支障をきたす可能性も有りはするが、僕たちはそんなことお構いなしに限界まで身体を動かしていた。

 少しの間ではあるが、僕とフランの激しい攻防が続く。

 しかし、その途中に加えた僕のフェイントが見抜かれ、攻撃を防がれる。

 そして、フランはその隙をつき、足払いで僕の態勢を崩した。

 それにより、僕は宙に浮く。

 やっと訪れたフランの好機。

 フランが拳を大きく振りかぶる。

 しかしその瞬間、僕にとっても好機となった。

 手を地面に当て、腕の力だけで後ろに跳びフランの攻撃範囲から退いた。

 もしフランが一撃で勝負を決めようとせず、小振りの攻撃をしてきたなら、僕はその時点で敗北していただろう。

 フランは焦り、すぐさま攻撃を中断して僕を追おうとする。

 しかし、それはすでに遅かった。

 フランが僕の追う態勢に入る前。

 つまり、彼の懐が大きく晒されている今。

 僕は引絞り放たれた矢の如く、フランの懐に潜り込んだ。続けて彼の胴体に右の掌を添える。

「ちょっと痛いが、我慢しろよ!」

 その瞬間、フランの腹がまるで爆弾を放たれたかのように炸裂し、身体が後ろに吹き飛んだ。

「――っ!」

 フランは何とか倒れないように堪えるも、腹を押さえながら膝をつく。その後は、苦しそうに咳き込むだけだった。

 よくは知らないが、とある国の武術をまねたもので、この技の名前は寸剄というのらしい。

 僕がフランの懐に潜り込むためにつけた勢いによるエネルギーと自身の全体重を全て、フランの胴体を貫く衝撃へと変換したのだ。

「フラン。これで終わりか?」

 そう言って彼の元へ歩み、見下ろす僕。

 今の時点では僕の方が有利な状況だった。

「終わりなわけないだろ。この試合はどちらかが倒れるか、時間切れになるまで、続く――」

 フランは勢いよく地面を蹴り、僕につかみかかる。

「――そうだったよな、ネロ!!」

「ああ。そうだったな」

 僕は冷静にそれをひらりと回避し、フランの伸ばされた右腕を掴む。

「なにっ!?」

 フランにとって、これは僕への不意打ちでもあったのだろう。こうもあっさりと防がれたことで驚愕の表情を隠せずにいた。

 そして、僕は掴んだ腕を軸にして一回転させるようにフランの身体を地面に叩きつけようとする。

「まだまだ甘いんだよ、おまえは!」

 と僕は叫ぶ。

「くそっ!」

 フランの身体は宙に浮き、腕は僕が掴んでいるため防御の体勢をとることもままならない。

「これで決まりだ!」

 そう確信した瞬間だった。


 ――カチッ。


 と微かな音がする。

「――え?」

 何の音だ?

 と反射的に言いそうになった瞬間だった。

 フランの腕が肘の関節部分から引き抜けたのだ。

「えっ!? 何で腕が引っこ抜けるんだよ」

 驚きがつい言葉に出てしまう。

 聞いてないぞ、こんなこと。

「悪いなネロ。この右腕は取り外し可能なんだぜ」

 してやったり、というフランの顔に少しだけ腹が立った。よく考えたら、フランは半分機械の身体を持つ能力者だ。僕の知らないところで、新たな機能を付け加えていても不思議ではない。

 だとしても、腕の取り外しってなんだよ。まさかロケットパンチでも放つんじゃないだろうな。

 僕の手による拘束から解放されたフラン。瞬時に身体をひねり、うまく地面に着地する。

 そして、間髪いれずに残った左腕で殴りかかる。

 その拳は僕の頭部を目掛けて飛んでくる。

 もし直撃すれば致命傷は避けられない。

 しかし、どのような攻撃も当たらなければ意味がない。

 最小限の動きで避け、カウンターを叩き込む。

 これが僕にとって最良の選択だ。

 フランの拳が近づく。

 後少しだ。

 後少しだけ引き寄せ、そして回避する。

 およそ一秒もかからず、この戦いは僕の勝利で終わりを迎える。


 ――はずだった。


 それは僕がこの策を行動に移した瞬間に起こった。


 カーン、カーン、カーン!!


 と、金属製の鍋を叩いたような音が闘技場に鳴り響く。

 そして拡声器から放たれる大音量の声。


「ネロさーん。お昼御飯食べにいきましょうよ!」


 フランの拳を避ける手前のほんの一瞬。

 僕の頭に雑念が過った。

 誰だ、こんな大声で僕を呼ぶのは、と。

 そして、無意識のうちにフランの腕から目を反らして、声の主を探ろうとしてしまう。

 それこそが最大の間違いだった。

 大きく手を振るロングスカートのメイド服を着た女性を視認したところで、僕の頭に衝撃が走る。


「――ぐぁっ!!」


 瞬間、僕の目の前は真っ白になっていった。


         ◇


 頭がずきずきする。

 目を開けば、そこにあるのは視界いっぱいに広がる青。しかし、右目が開かず、身体もうまく動かせない。まるで金縛りにあったかのように麻痺しているようだ。そして、冷たいものが後頭部から背中にかけて触れ、冷やされる感覚。

 数秒してからやっと状況を把握した。

 フランの拳をまともに受けたことで、意識を失ったのだ。

「おい! 大丈夫かネロ。しっかりしろ」

 と僕を呼ぶ声がする。

 視線を真上から横にずらせば、そこにいたのはフランとカレン。二人とも僕を心配そうに見ている。僕は観客席まで運ばれて様子を見られているようだ。

「ネロ。俺の声が聞こえるか?」とのフランの呼び掛けに僕は応じる。

「大丈夫だ。とりあえず死んではいないよ」

「そりゃよかった。なら、早くお前の能力で治しちまえよ」

 そう気軽に言った。


 僕は能力を二種類持っている。

 能力者は通常、生まれ持った一種類の力を基盤に能力を応用させる。つまり、能力自体が攻撃なら攻撃、防御なら防御にしか繋がらない。しかし、僕はその常識を覆している。異なる二つの基盤を所持しているのだ。

 まあ、造られた能力者なのだから、それくらいあっても不思議ではないのかもしれない。

 これにより、僕が能力者として優位に立てる可能性がある、なんてことはまずない。

 僕は偽物、模造であり、ただの欠陥品だ。


 フランの言うように、その内の一つが治癒だ。

 正確に言えば自己の自動回復で、一度発動すれば解除するまで、自分の意志とは関係なく身体の状態を一定に保とうとする。

 しかし、今はその能力を使ってはいない。と言うより、今この場で使用することはできない。

 この能力には一つの制約と二つのデメリットがある。

 制約はこの力を使用している間、もう一つの能力の使用に制限がかかる、というものだ。今、この状況だけで言うならば、全く関係のない事柄である。

 問題はデメリットの方にある。

 一つ目は使うだけで体力を消費してしまうこと。今の僕にこのデメリットは辛いものだ。そして、二つ目。こっちが特に問題で、この力は『能力発動時の身体の状態』を維持するのだ。つまり、すでに負傷している状態では発動しても意味がない。

 今この力を使えば、僕は自滅することになる。

 強力な力にはそれだけ制約があるものだ。

 これをフランに伝えると「それって使いにくい力だったんだな」と苦笑された。

「肩かせ。医務室まで運んでやるよ。カレンはネロの上着を持ってくれ」

「……は、はい」

 カレンはそれだけ言うと、いつの間にか脱がされていた僕の上着を手に取った。カレンはまだ言葉数が少ないままだ。気まずそうにしていて僕と目を合わそうともしない。

 フランが僕をおぶろうとして抱えあげる。

 すると、突然フランのポケットから通信端末の着信音が鳴り響いた。

 フランは舌打ちすると、僕を再び地面に下ろしてポケットから通信端末を取りだし、耳に当てる。

「もしもし、こちらフラン。誰だ、こんな時に」

 と名乗ったところで言葉が途切れる。そして、フランの背筋がピンと伸びた。まるで恐ろしいものに出会ってしまったかのように身体が硬直している。

「――マ、マスターでしたか。失礼しました。少し立て込んでいたものでして、その……」

 と焦りながら答えるフラン。

 相手は研究所の所長であり僕たちの主、ロゼさんのようだ。

 やっちまったな、と僕は囁く。

 その瞬間、フランに腹を殴られた。

「――ぐふっ!」

 どうやら、やっちまったのは僕の方だったらしい。

 僕が悶え苦しんでいる間にフランの会話は終わる。

「ネロ、カレン、すまない。今すぐマスターに会いにいかなくちゃならなくなった」

 そして、フランはカレンの肩を軽く叩いて言う。

「後は任せた。ネロを医務室まで連れていってやってほしい」

 そして、逃げるようにフランはこの場を去った。

 もしかすると、フランはロゼさんに『今から一分以内に部屋まで来るように』とのようなことを言われたのかもしれない。

 フラン、君には同情するよ。

 せめて生きて帰ってきてくれ。

 まあ、冗談だけども。

 そんなことより、いい加減に医務室に行きたい気分だった。

「カレン、手を貸してくれ。……ん?」

 カレンの顔を覗き込めば、目が潤んでいた。泣いていたのだろうか。

 おいおい、そんな顔をするなよ、と呆れる僕。

 ちょっぴり気まずい空気の中、僕はカレンに支えられ医務室へ向かった。


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