プロローグ とある人間の独り言
──まいったな。
この日が来ることを十分承知してはいたけれど、まさかここまで落ち着かないとは。
今日のコーヒーはいつにも増して苦く感じる。
それでも僕にまだ人間らしいところが残っていたと考えると、それは喜んでもいいのかな。
突然ではあるが『自分とは誰なのか』という事柄について深く考えてみたことはあるだろうか。
誰なのか、とはその人の身分について聞いているわけではない。
もっと深く。そしてもっと、単純に。
今の自分という存在は、本当に存在しているのかどうか。
例を上げるなら、過去の自分と現在の自分が果たして同じ『自分』なのかどうか、ということだ。
さて、もう一度問おう。
このことについて深く考えてみたことはあるだろうか。
……まあ、結果は変わらないだろうけど。
答えは、無い、その一択のみだ。
当然、僕にも無い。
特に平凡な日常という道を淡々と歩き続けている者たちには決して。
ちなみに僕は今を生きることで精一杯だったりする。だから考える暇すらない。
だがしかし、僕は知っている。
僕の知り合いにある事件に巻き込まれて重傷を負った者たちがいた。僕にとって、初めての親友と呼べるような人たちだ。
なんとか一命はとりとめたものの、重い記憶障害に陥り過去の思い出を全て失った。
その者たちはずっと悩んでいた。
自分は何者なのか。
あの頃の自分は、本当に自分なのだろうか。
僕は何も言えなかった。
君は君だ、なんて。
もちろんそうだ、なんて。
二人は共に僕の知っている二人であるが、彼ら自身にとってそれを証明するものは何もないのだから。
さて、ここで彼らの思考について考えてみよう。
なにが彼らをこのような状態にしたのか。
こんな考えを懐く原因は何なのか。
まず現在の自分を過去の自分と同一人物だと定義する事象として、いくつか例があげられる。
例えば外見。
以前の姿と現在の姿が同じであれば、それは同一の人物と言えるだろう。
例えば記憶。
以前に得た記憶が現在の自分にもあるならば、それは同一の人物と言えるだろう。
例えば連続性。
外見も変わり、記憶を失ったとしても、ずっとこの世界でひとつの個体として生きてきた記録があるならば、それは同一人物と言えるだろう。
ここで彼らの不安、その思考に特に関わりのあるものを挙げてみると、それは記憶になるだろう。
重度の記憶障害。外見は同じであるが記憶がない。
つまり、彼らには過去がない。過去の自分と今の自分は別人なのでは、と。
そんな不安や恐怖が彼らを襲う。
──たとえ過去がなくても、君たちは今を生きているんだ。だから、これからの未来を夢見て歩いてほしい。
あの時素直にそれを言えればよかったのだけれど、結局言えずじまい。
ただ僕は、彼らを見守ることしかできなかった。
ただ僕は、彼らにきっかけを与えることしかできなかった。
これは後悔なのだろうか。
胸の内がもやもやする。
けれど、仕方がないのだ。
すべては彼らのためなのだから。
僕の全ては彼らのためにある。
今までずっと。
そして、これからも──
さて、休憩時間もそろそろ終わりだ。
もうすぐ彼らが戻ってくる頃合いだ。
本題に戻るとしよう。
最後の仕上げが待っている。
ここでしくじるわけにはいかない。
僕は飲みかけのコーヒーを一気に飲み干した。