地上での交戦 ~蒼髪の異端者~
牙を向く、と喩えたものの、それはあくまでも比喩には変わりないのだが、それでも、先端が鋭利な炎が、多方面から、高速で迫り来るそれはまさに、百獣の王ライオンが獲物に喰らいつく様を連想させるものだった。
靖親はそれを後方へ跳んでかわした。
流石に四方八方から、しかもほぼ同時に迫ってきた炎たちを裁くのは難しいとの判断からだった。
やろうと思えば出来るのだが、ここは得策ではないと思い至ったのだ。
炎の牙は更に続く。
形成物資は辺りに腐るほどある。
最早正確な数は分からない。それこそ無数の牙たちが、我先にと標的を射抜かんとする。
だが靖親は捉えられない。軽快な動きで、必要最低限で刀を振るい、それでもなお――蒼髪の男との距離を縮めていった。
一方。
敵が炎を掻い潜り近づいてくるというのに、蒼髪の男は特に焦る様子も見せなかった。
屹立を保ち、結局ぎりぎりまでそのスタイルを貫いた。
嬉しそうな顔をして。
「うううおあ――ッ」
気合を入れ、拳を振りかぶりながら蒼髪の男へと迫る靖親。
ここでようやく蒼髪の男は動く。
といっても、移動するような大きな動作ではない。ただ単に腕を、己の顔に放たれた拳を挟んで受け止める為に上げたほどのものだった。
驕りが生んだ行動であるには間違いなかったが、流石に、まともにもらえばダメージはあるのだろう。
しかし、である。
「――、!?」
靖親の拳を腕で受け止めた蒼髪の男の顔が、驚きに歪む。
腕に掛かった衝撃は想像以上だった。
それこそプロのボクサーだろうと耐え切れるであろう腕の防御が、圧されていく。
――耐え切れない。
「くっ」
いささか不本意そうに、蒼髪の男は腕を弾くように動かし、拳の威力を相殺した。
慣性の力に則って二人の間に距離が空く。
靖親はすぐさまに体勢を立て直し、また即座に距離詰めを図る。
先程とは打って変わって、蒼髪の男は鬱陶しそうな顔をした。
彼はいまだに生まれた反動から立ち直っていない。
ようするに防御に転じられない不安定な態勢。
だがそう上首尾に行くわけもなく。
蒼髪の男まで後一歩というところで――周囲の炎が蒼髪の男に集約した。
「ち」
舌打ちし、仕方なく後退する靖親。
やはり勝負の決め手は、周りの炎をどう対処するかのようだ。
「熱いのは嫌いか?」
凄惨と響く、蒼髪の男の声。男は片腕を伸ばし、靖親にその腕先を向けていた。
「俺は大好きだけどな」
腕を絡むように辿って――先端から炎の槍が射出された。
避けられるとあえて判断した靖親は横へと跳んだ。炎の槍は轟々と音を上げながら先程まで靖親がいた場所を通過する。
宙で横に半回転しながら力を溜めた靖親は――地に足をつけたと同時、刀の峰の先端で地面を抉った。
抉られた地面は破片となって蒼髪の男へと向かう。
特に驚く様子もなく、蒼髪の男はそれを対処しようとする。
己で手を下すな面倒な事はしない。
また周囲の炎たちを意思で動かし、小石を粉砕――しようと思ったのだろうが、靖親はそれを許さなかった。
靖親は長刀を横に振るう。
どんなものでも切れるという、その刀を。
蒼髪の男の前に壁を形成しようとしていた炎たちが、薙がれる。
「ちっ」
歯噛みし、目を見開く蒼髪の男。
反射的に顔を引いて、小石達の衝突を免れようとする。
だが小石は一つや二つではないので、幾つかの破片は蒼髪の男の身体を叩いた。
痛みは無かっただろうが、屈辱だったのだろう。
「んなろおオォ!!」
顔を守る為に畳んでいた腕を横に振るい、蒼髪の男は炎を直ちに向かわせる。頭に青筋を経て、その眼は怒りに染まっていた。
炎は靖親が立っていた場所を呑み込んだ。赤に染まる炎は、その高温でそこら一体の空間を歪めていく。
「……分っかんねーなァ」
前を見据えたまま、蒼髪の男は訊く。
横にあるテントの骨組みの上に立ちこちらを俯瞰する、探検家風の男へと。
そちらを向く。
いくら高温であろうと、鉄で出来た骨組みを溶かすのには少々火力不足のようだ。
「どんな原理だ。炎は切れるのに人間は切れねーのか、その刀?」
見下す様な視線を蒼髪の男に向ける靖親は、
「まあな」
と言った。
「霊的なもんだからな。原理はどうなってんのかいまいち俺にも分からないが、この刀に鞘がないのは必要ないからだ。ようするに、いまお前が言った通りこの刀は直接的に人や動物を傷つける事がない。これは推測だが、霊物資が肉物資に触れる事ができない法則に則ったもんだろうよ」
「そうかい。そりゃ残念だが」
靖親の言葉を足早に切り上げ蒼髪の男は――炎を靖親が立つ場所へと上昇させた。
炎は瞬く間に骨組みを昇った。ぱちぱちと炎が弾ける音がして、鉄の骨組みがわずかながら歪んでゆくのが見て取れる。
「とりあえず不愉快だ。そこから下りろ」
鋭い目付きで、蒼髪の男は地面へと難を逃れた靖親をねめつける。
靖親も気圧される事なく見返して、
「ああそうする。上だと暑さがましになるかとおもったが逆だったな。――さて、そろそろまともに会話してくれてもいいんじゃないのか?」
ああん? と、蒼髪の男は卑屈そうな顔を更に歪ませる。
構わず、靖親は続ける。
「お前の目的だよ。わざわざ時間まで指定してきたんだ。それを破るなんてなにかしらの理由があるはずだ。それがなんなのか教えてくれてもいいんじゃないのか、って言ってんだ」
「おかしな事を言う奴だな。目的なら最初に言っただろうが。俺が求めるのは極上の鬩ぎあい――つまりは殺し合いだ。それ以上でも、それ以下でもねぇ。つまんねー事ばっかいってっとマジで死なすぞおっさん」
「……まじか」
驚いた。蒼髪の男のその物言い、態度。それらを見た限り、彼が嘘を吐いているようには見えなかった。
ではなぜ。
『午後三時にまでに要求が呑まれなければテロを強行する』などという犯行声明を提示してきたのか。
「……いや」
ただ、蒼髪の男がテロ集団と全くの無関係かと問われれば、それは無いだろうと靖親は踏んでいる。
『今回もほんの余興だと思ってたんだが』
蒼髪の男が言ったその言葉も引っ掛かる。
事の真相はいかに、と、靖親は蒼髪の男を見据える。
にぃ、と、蒼髪の男はより一層凶悪な笑みを浮かべた。
愛想笑いではまずないだろう。
どうやら顔に出るタイプの様だ。それが敢えてか無意識かは、分からない事だが。
とにかく。
はっとした靖親はすぐさまその場から離れた。
直後だった。
ボウン! と、地面から間欠泉のように、火柱が上がった。
「――と」
なるたけ遠い場所に避難した靖親。
彼だって一応は闘いのプロ。
状況を分析する。
鉄の具合から見て、炎の摂氏は八百度ちょいぐらいだろうか。
それは火葬に匹敵する、人間を見るも無残にするには充分な温度。
現に、靖親の身体は所々火傷している。直射日光を避けるために着用していた長袖がなければ、今頃は大火傷だったかもしれない。
分析する。
どうやら炎を動かせる範囲は決まっているようだ。
考えても見れば当然か。
距離を無視して操れるなど、それこそどうしようもない。
(……にしてもどうする)
範囲があると分かった所で、特に打開策が見出せる訳ではなかった。
分析する。
(周りに考慮……してる様子は皆無か。取立て壊すのが好き、って訳でも、なさそうだけどな)
となると。
奴がなんなのかは、経験則で察しがつく。
やがて。
先程まで靖親がいた場所で燃え猛る炎が割れ――そこから新たな炎の槍が姿を現す。
お決まりのワンパターン攻撃。
と踏んでいれば憂き目に会うということを、靖親は知っている。
また跳んで避ける。
幸いな事に、炎の槍は一度射出されてしまうと急激な軌道修正は困難なようだ。
だからなんだとでも、敵は言いたげだった。
気づけば炎がいくつか槍に形付けられていた。それらは穂を形成する炎を更に集め一際巨大な穂を作る。
合図など無かった。
しかしどれもが均一して靖親の元へと向かう。
まるで生き物のようなうねりをあげながら迫り来る脅威。
流石に避けきれないと判断した靖親は、ここで剣を振るった。
大きく振りかぶり、一薙ぎに、豪快に。
ひゅん、という、バットを振ったときとはまた違う、シャープな風切り音が響いた。
それにより迫り来る炎達は薙がれた。
その衝撃波は悪条件の周りも幾分か薙いだ。
とはいえ、ほんの気休めにしかならない。
膨!! と、かがり火だった炎達が、また息を吹き返す。
予想はしていた事だが正直言って厄介だ。
要するに供給源となっている蒼髪の男を討たない限り、この炎たちは消える事がないのだろう。
「キャハハハハハハハハ!!」
相変わらず耳障りな哄笑だった。
勢いを取り戻した炎の中、蒼髪の男はとても堂々としていた。まわりの炎の壁が、よほど心強いのだろう。
黒装束にはポケットがあるのか、そこに手を突っ込む余裕。前屈み気味の、挑発スタイル。
ゆらゆらと蜃気楼により揺れる男は、心底嬉しそうに語る。
「楽しいねぇ。こんなのはいつ以来だったか忘れちまったぜ。久々に生きている心地がする。
……で、まだ出す気にはならないのか? 例の制御しかねる札、ってのは」
靖親はちょっと驚いた。今の言葉を聞いた限り、どうやら蒼髪の男はこちらの『札』を使わせるために手を抜いている模様。
そこには様子見の思惑も孕んではいるのだろうが、少なくとも余力はまだ残っていると見て間違いないだろう。
蒼髪の男。
想像以上に厄介だと、靖親は思う。
だがここで馬鹿正直に対応すれば自らの首を絞めるのは必至。
「足んねーよ」
靖親は言い返す。
「まだ全然足んねぇんだよ。俺に力を解放して欲しけりゃもっと頑張りな。ああ、そうだ。目安として一応教えといてやる。今のお前の戦闘力じゃ、俺が『札』を使えば、そうだな……」
計算の間を空ける。
その上でこう言った。
「五分持てば充分、ってところか」
まぁそこはやはり誇張した靖親。こういう状況で見栄を張るのは大事な事だ。敵に余計な心配をさせる事が出来る。ほんのわずかでも良い。思惑に棘が刺さる程度のもので。
逆に警戒心を高める可能性もあったが……蒼髪の男の場合、そこまで深く考えそうもない。
案の定。
「そいつは楽しみだ」
蒼髪の男は即座に攻撃を開始した。
周りの炎たちを鏃に形付け、一連の流れで靖親へと向かわせる。
靖親も一連の流れで回避する。出来る限りは動いてかわし、使ったほうが得策だと判断すれば刀を振るう。
一見して意地の張り合いに見えるが、拮抗した力差ではどちらも攻撃に奥手になってしまう。
だが戦況はいつか動くもの。
そして動いたのは――蒼髪の男の方だった。
炎たちは一点に集まり、更なる脅威を伴い靖親を追う。
ここで剣を振るう。
速度は炎の方が速い。
後退を続けながら、靖親は刀を十字に振った。
すると一点に集まった炎は分散される。
振るった形に、つまりは十字に炎が割れて――そこから蒼髪が現われた。
「!?」
その行動に靖親は驚愕した。
人間を切れないという欠点を利用しての強行策だろう。
蒼髪の男は炎が糸を引こうが涼しい顔で、むしろそれが爽快のような破顔で、靖親の元へと一直線で向かう。
その両手に新たな炎を精製しながら。
靖親は立ち止まり、腰を落とした、
構えなおし、迎撃に備える。
が、蒼髪の男が取った行動は姑息なものだった。
接触まであと一歩、靖親の元まで二メートルに迫った蒼髪の男は――炎を留めていた両の手を束ねた。
それはまるで猫騙し。
シュバ、というなんらかの化学反応が起きた音がして、靖親の目前が炎一色で染められる。
蒼髪の男と靖親を隔てる炎の壁が出現した。
そして壁を――炎の槍が突き破った。
炎の鏃がまた靖親に牙を剥く。
持ち前の反射神経でそれらを捌くものの、炎たちはやがて辺りの紅蓮に交わり、渦という新たな形で靖親を襲う。
四方八方からの攻撃に対処しきれず、今度こそその渦に呑み込まれた靖親。
それを少し離れた所から蒼髪の男は見ていた。
「……ふん」
その鼻息には微笑が混じっていた。
「だぁー!! 鬱陶しい!!」
ぞんざいな叫び声と共に、靖親はさながらやぶれかぶれに刀を振るった。
男を呑み込んだはずの炎が薙がれる。より一層強い衝撃波が発生し、それは辺り一帯の炎を1/4ほど薙いだ。
だがそれらはやはり、人間を傷つける事はなかった。
発生した風に蒼髪と黒の外套を揺らしながらも、蒼髪の男は屹然と立ち尽くす。
「頑固なおっさんだな。まだ使う気になんねーか?」
「なに?」
始めは蒼髪の男が放った言葉の意味が分からなかった靖親だったが、やがてそれは『札』に対しての発言だと思うに至った。
「お前もしつこいな。だから言ってるだろ。『札』は多用する訳にはいかないんだよ。どうしても拝みたけりゃもっとがんばりな」
「……ここまで引っ張って虚勢でしたとかいうオチならマジで殺すぜ」
「安心しろ。それは無い」
「そうか」
気懸かりなのはそこだけだったのだろう。にやり、と蒼髪の男は不適に笑った。
そして。
蒼髪の男は大胆な行動に出る。
両腕を誘うように広げ、鋭い目付きを更に鋭くして――
その大胆な行動を目撃した靖親は、怪訝な表情を取った。
「……正気か、お前」
心の底からそう思った。
蒼髪の男。
イカれてる奴だとは思っていたが、ここまでとは。
「回りくどいのは嫌いでな」
蒼髪の男はなんの気後れもしていない様子だった。なんの躊躇いも無い、そうする事が当たり前かのような印象さえ与えてくる。
「鬩ぎ合いっつっても、別に俺はネチネチと殺りたい訳じゃネェ。ただ単に濃厚な時を過ごしたい、それだけなんだよ。量より質だ。無駄な体力使って本領を削がれるよりも、今持てる全力でぶつかり合った方がより楽しめるのは論理的だろ?」
「だからって、お前それは……」
「応えろよおっさん」
蒼髪の男は最早止まらない。
「これが俺だ。こうなった以上、それに見合ったものは見せてもらうぜ」
「……」
いまだ怪訝な表情の靖親。
端からそうだったが、蒼髪の男には何を言っても無駄だろう。
だからといって、札を使えというその思惑にそぐう気など毛頭ない。
ないのだが。
(……力を解放されたとあっちゃ、そうも言ってられないだろうな)
力を解放。
蒼髪の男の身体から噴出す煙はその副反応。
無理をさせたエンジンから煙が出るのと原理は同じだ。
規定名は無いが、それは一般的に『傲慢開放』と呼ばれているもの。
ルールという枠組みからハズれるための呪文。
自分が人間であると言う事をいかに痛感できる文言。
単純に赴くままに行動。
その状態の一定時間、様々なしがらみから解放される。
人間の常識しかり、だ。
つまりは危険。
動いたのは靖親。
ゆっくりと近づいて来る蒼髪に即座に接近し、その顔面へと拳を放つ。
出る杭は早く打たねば。
自分のためにも、相手のためにも。
しかしやはり、事態は簡単ではなかった。
「……くっくっくっく」
殴られた蒼髪の男は笑った。
それに妙な悪寒を覚えた靖親は、一旦距離を取る。
そして構え直す。
殴打は確実にヒットした。蒼髪の男の頬に綺麗にはいった。
なのに。
蒼髪の男は踏ん張った。
ぐらついたものの、それは脳が揺れたとかではなく、ただ単に力のベクトルに従ったに過ぎなかったのだろう。頬に受けた反動で首が捻られ、顔が横を向いた程度のものだ。
過信している訳ではないが、殴打の威力はそこらへんの素人には負けないと靖親は自己分析している。
現に、先刻靖親の攻撃を受けた際の蒼髪の男の反応を見ればそれは量れることだろう。
にも拘らず、顎という急所に直撃したというのに、蒼髪の男は脚元が揺らぐこともなかったのだ。
「だから言ってるだろォが」
愉悦が混ざった声。
プッ、と口が切れたのか、地面へと紅い唾を吐き、
「俺がしたいのはちまちましたおままごとじゃねェ。今まで己が積み上げた物全てを賭けての殺し合いだ。こんな事いくらしたって無駄だ。とっとと諦めて『札』を使えや。じゃねーと使う機会すら逃しちまうぜ」
「うるせーよ。使うかどうか決めるのは俺だ。放ってお――」
そこで靖親の言葉が不意に止まる。
止めざるを得なかった。
蒼髪の男がいつのまにか懐に飛び込んでいたとあれば。
「!?」
驚くので精一杯。
懐に潜り込んでいた蒼髪の男は――その長い脚をいかんなく使い、靖親に強烈なミドルキックをお見舞いした。
割と筋肉質な身体が、まるで人形の様に飛んでいき、やがて地面を転がった。
「が、あ、……はぁ」
呼吸を整える靖親。なんとか腕を挟み威力を緩和させることはできたが、ダメージは確実にあった。
それでも、蒼髪の男は腹八分も力を発揮していないだろう。
「平和ってのは罪だなあ」
地面を転がった後に膝をつく靖親を、蒼髪の男は見下すように眺めながらゆっくりと近づいてゆく。
「人間を堕落させる。やりたくないならやらなくていい。他の人ががんばるから自分は頑張らなくて言い。……どいつもこいつも生きてるのが当たり前みたいな顔しやがって」
反吐が出る。蒼髪の男は憤懣を混じえそう言った。
「本来なんの力もない奴が周囲を利用して全てを手に入れる。時代だねぇ。昔は力こそが証だったってのに」
立ち上がる事に成功した靖親。大丈夫。痛みはまだ残っているが、かすり傷。運動に支障をきたす程ではない。
「ま、一向にかまわねーんだけどな」
先刻の真剣みを帯びた口調から一変、蒼髪の男はフラットな物言いになった。靖親と七メートルほどの距離で止まり、蒼髪の男はこう言った。
「生活が豊かになりこのままでは人類は衰退してしまいます。名目はそんなのでいいか?」
名目ともいえぬえ。
まるで世の中をバカにしたような発言だった。
「何事にも理由は必要だろ? そこらへんで飢え死のうとしてるガキを助けるのにも、道理に基づけば考えるまでもない議論でも、殺しも、強奪も、食うのも、生きるのにも、他の国に移住したいってのもあるな」
「……なにが言いたいんだ?」
「分からねーか?」
高揚により見開いた瞳孔は、空を向く。
相変わらずの邪悪な笑顔。癖なのか、両腕を広げ、まるで天からの祝福を受けるかのような体勢で、
「俺から言わせれば邪魔なんだよ」
蒼髪の男は言葉を放つ。
「邪魔? ……だと」
「ああそうさ」
蒼髪の男は天に向けていた視線を靖親へと落とす。
「人間さんが作ったルールというやつは邪魔なんだよ。このままでは人類は滅亡するから仲良くしましょうだぁ? 結構じゃねーか。そもそも滅んだ方が地球のためになんじゃねーのか? まァ、それすらどうでもいいけどな。例え人間がいなくなって地球が滅びたとして、そこにはまた新しい形で世界が拓かれるんだよ。支配者が代わる、ただそれだけだ」
「……なるほど」
言い分は分かる。その上で靖親は思う。
幼稚だな、と。
「なかなかの詩人だな。本でも書いたらどうだ?」
「何の為にだ? 分かってるとは思うが俺は他人に興味がねぇ。ザコ共に何を思われようが、ザコ共が死のうが生きようが、そんなものはどうでもいいんだよ。俺から言わせれば自分の考えを他人に知ってもらおうと思う連中の気がしれねぇ」
「それが共存ってやつだ。偉そうな事言ってるが、お前が今ここにいるのだって親のお陰だろうが。分かるか? 誰にも頼らずに生きていくなんて不可能なんだよ。自分の知らないところでなんらかの恩恵を受けてるんだ。人間はそれが当たり前すぎて――ただ、気づかないだけだ」
「……くっだらねぇな」
なぜか蒼髪の男は、機嫌が悪くなった。
若者に注意するような靖親の言葉が、耳障りだったのかもしれない。
「望んでもいない事を勝手にして感謝しろだ? 冗談じゃねェ。なにが共存だ。それだって結局は自分が生きるためにする事だ。強い者に弱い者は守ってもらい。弱い奴はなにも出来ねェ」
「捻くれてるな」
「現実を美化的に捏造するお前等には言われたくないな」
ああいえばこういう。
これが最近の若者なのかなと、靖親はちょっとしたジェネレーションギャップを覚える。
「お前は生きたくないのか?」
「あ? 知らねーよんな事。考えたこともないからな」
「考えとけ。死ってのはいつ何時現われるやも分からん。その時後悔しないようにしとけ。この筋の仕事してるならなおさらだ」
「さっきからぶつぶつぶつぶつとうるせェな。テメェは親か?」
「……なんだと?」
カチンときたのか、靖親は蒼髪の男を睨んだ。
なんのその。
蒼髪の男の愚痴は更に続く。
「ふん。俺だったら絶対嫌だぜあんたみたいな親。訳の分からん、古風な考えをぴーちくぱーちくと
くだくだ語りやがって。あんた、お父さんの言う事聞いてれば間違いない、とかいうタイプだろ? うえェ、マジダリぃ。あんたのガキになる奴は可哀想だ」
「……」
蒼髪の男の言葉を聞いた靖親はなぜか表情を萎め、しんみりとした。
「……あん?」
急に押し黙った靖親に、蒼髪の男も顔を顰めた。
「なんだ? なにしょぼくれてんだよ」
「……いや」
少しばかり、回顧に浸ってしまっていた。
こんな親は嫌だという蒼髪の男の発言が、チクっと胸に刺さった。
彼には家族がいる。
数年前、その元を去った家族が。
妻には手紙一つ残したが、子供たちにはそれこそ一言も告げていない。
「そうだな。確かに俺みたいなのが親になっちまったら可哀想だ」
誰に言うでもなく、独り呟いた靖親。
本当に最低な父親だ。
一番大事な時期に傍にいてやれないだなんて。
だがすぐに場合ではないと切り替える。
靖親はきりっとした顔に戻り、
「ここが境界線だ」
それを指し示すように、手に持つ長刀で地面に線引きをした。
「これより先に踏み込めば、戻れなくなる。はっきり言おう。傲慢開放までしたあんたには悪いが、俺は出来れば交戦は避けたい。これは懇願ととってくれても構わない。正直お前の力を見て驚いたよ。その上で言うが、これ以上の交戦、互いに死傷級の被害にあうのは免れない」
「……誘い文句か?」
返答に時間はいらなかった。
「互いに死傷級。良いねェ。ぞくぞくする。俺が求めるものだ」
瞳孔がまた開いた。それは高揚したときに出てしまうシグナルなのだろう。
蒼髪の男は具体的な事を口にはしていない。
それでも、答えなど聞くまでも無い。
「……やっぱ駄目か」
分かっていた事。
どう説明しても、蒼髪の男が喜ぶ内容になってしまう。
諦めた靖親は刀を肩に担いだ。
「はあ、めんどくさいな。ただでさえ近頃寝てないってのに」
情報収集や下準備などで時間を費やし、ここ二日間はまともに睡眠を取っていない。
暑さにより汗でべたつく身体も気だるさを増幅させる。
この筋に関わっているとこうなる事は承知だが……それでも嫌なものは嫌だ。
靖親が抱く今の夢は、涼しいところで昼寝をする事である。
なにが悲しくて、今から死闘をしなければいけないのやら。
おまけに。
相手はやる気満々。
「やる気になったか?」
嫌になる言葉だった。
絡まれる身にもなってほしいと、靖親は思う。
「バカ野郎。なる訳ないだろうが。言っただろ、俺は出来れば争いは避けたい」
「俺も言ったよなァ。死闘を演じたいって」
売り文句に買い文句。
当然の様に蒼髪の男も、譲る気はない。
「さーて。そろそろ骨慣らしは終わりだ。流石の俺も長時間この状態を維持しすぎたらヤベーからな。あんたもとっとと腹括った方がいいぜ。札を出す前に死んじまう、ってさっきの言葉は冗談でもなんでもねェ。この状態は人間のリミッターを外すからな。筋力だけじゃなく思考能力も。だから加減し損ねて殺しちまう可能性もある」
ボウ、と、蒼髪の男の右腕に、一際大きな焔がまとわる。
そして蒼髪の男はそのままそれを――まるで銃のように靖親へと構えた。
恐らく。
それは軌道確保する、カタパルトの役割。
ヒュン、という音がした。射出された焔が、空気を裂く音だった。
己に向かってくるそれを靖親は刀で軽く薙いだ。
時速は軽く見積もっても二百はあっただろう。
並みならぬ動体視力。
彼もまた強者である。
「ものは眼で見るより実戦か」
なんの気後れもなく焔をあしらった靖親に興奮を覚えつつ、本当に長引くとまずいのだろう、
蒼髪の男が仕掛ける。
腰を落とし、脚に力を込めて、力いっぱい一気に間合いを詰める。
迎撃に備える靖親。
また焔の目くらましでもあるのかと考えたがそれはなく、蒼髪の男はただ単に突進してきただけだった。
それが間違いだった。
「が、――ッ!?」
腕を畳んでちゃんと防御はしたはずなのに、靖親の身体を衝撃が襲う。
みしみしと己の腕が軋むのが分かる。
甘く見ていた。
その現象の本領を。
まるで人形のように数メートル飛んでいく靖親。
それでも地面に背を打った反動を利用し、なんとか体勢を立て直す。
ズザザザザ、と体勢を立て直したにも拘わらず靴底が磨り減る音。それほどの威力だった。
だが休んでいる暇などない。
蒼髪の男はすぐそこまで迫っていた。
やられる前にこちらから仕掛ける。
そう思った靖親は前へ出る。
拳を握り、迫った蒼髪の男の顔面目掛けそれを放つ。
蒼髪の男は身体を少し動かしただけでなんなく回避した。
そして、攻撃とはこうだと言わんばかりに、靖親の腹目掛け蹴りを放つ。
ドム、という鈍い音。また防御はしたが、威力が全然殺せない。
堪らず、靖親は後方へと後退を試みる。
今度は追う様な真似はしなかった。
蒼髪の男は代わりにいつのまにか両の手に集めていた焔を向かわせる。
放たれた二つの焔はやがて合わさり、速度、面積共に増幅を伴い標的に向かう。
避ける、という余裕も無い。
靖親は刀を振るい焔の塊を薙いだ。
「やるなァ」
一定の距離を取った靖親の耳に、微笑を交えたそんな声が入ってきた。
「これはどうかな?」
言った蒼髪の男を改めて見た靖親は驚愕した。
業火の中に立ち尽くす男の周りに展開された、無数の焔の鏃。それらはまるで生き物のように、靖親を見ているようだった。
なんの合図もなく、やがて焔の鏃達は一斉に靖親へと襲い掛かる。
特にこれといって轟音などは発生しなかった。
なぜなら焔たちは穿つのではなく、その場に停滞することで威力を発揮する。
メラメラと燃え盛る炎。
それを眺める蒼髪の男。身体に炎を纏わせた男は、眼を横合いへと向ける。
「……しぶとい野郎だな」
直後。
死角を縫うように、衝撃波のようなものが蒼髪の男へと向かう。
だからといって蒼髪の男が動くことは無い。
周囲の炎が躍り出て、衝撃波を呑み込む。
「なるほど。そういう使い方も出来るのか」
衝撃波自体は問題ではなかった。それが人間に利かないのは立証済みだ。危惧したのはそれにより抉り取られた地面、つまりは破片の群集だった。
(いや……待てよ)
ふと何かおかしな点に気付く蒼髪の男。
しかしそれについて考えるよりも先に対処しなければならない事があった。
いつの間にか後方に現われたその当事者。
背中をとった靖親はすぐさま攻撃に徹する。
卑怯、などとは相手すら思わないだろう。
人体最大の急所、後頭部を靖親は狙った。
なんの手加減もなく放たれたそれは、下手をすれば後遺症すら残るかもしれない必殺だったが、しかし、この際手加減などしてられない。
戦っている相手は最早人間と思ってはならない。
とにかく、それほどの威力を纏った殴打だったのだが、蒼髪の男は見向きもせずにそれをかわした。
頭を下げ、それだけでは飽き足らず、器用に身体を捻って、蹴りを靖親へと放つ。
ローキックのそれを靖親は跳ぶ事で回避した。
その滞空状態で刀を持たない利き腕の右拳を振るったが、蒼髪の男はこれもかわし、今度は殴打を放つ。
滞空しているという事もあり、避けるのは不可能だった。
腕を挟んで威力の緩和を図る。それだけでは完全に殺せないという事は立証済みなので、今度は身体全体を捻り力を逃がす。
地面を転がり、距離を取る靖親。
無様でも何でも良い。生きるために必死。命の掛け合いでは、それが胆になってくる。
「はっはァ!」
眼前に現われた破顔の男。戦いを本当に楽しんでいる様だった。
蒼髪の男は起き上がり途中の靖親へと前蹴りを放った。
ガードしたものの、人形のように靖親は飛んでいく。
飛ぶ最中、まずいと靖親は思った。
圧され気味だ。現に、防戦一方になってきている。
この状況をなんとか打開しようと、地に足を付けた瞬間、靖親は刀を振るった。衝撃波が生まれる。地面を抉った波が。
無残にも決死の想いで放たれたその攻撃は焔の波達に呑まれた。
やはり敵もこの正体を看破しているらしい。
焔の海をいつぞやのように破り、蒼髪の男が突進してくる。
速い。
筋肉がほぐれてきたのか、そのスピードが確実に上がっている。
焦りを隠せない靖親。
周囲は高温なのに、冷や汗が出る。
スピードが上がっているという事は、当然のように攻撃速度も比例していた。一度目の殴打はなんとか防げたものの、二撃目は防げなかった。
「が、はっ」
靖親の腹に、蒼髪の男の蹴りが減り込んだ。
ここに来て初めてのクリーンヒット。思わず、靖親の口から呻きが漏れる。
骨まで響くような痛みがあったその瞬間、どうしてもそちらへと意識が向いてしまう。
蒼髪の男の攻撃は止まない。
明らかに動きが鈍くなった靖親に憂慮を働く気など微塵もない。
コンビネーションのような動作で追い立てる。
恐れていた事態に陥ってしまった。
靖親は防戦一方だ。
直撃は免れているものの、己の身体に痛みが蓄積されている精もあり、蒼髪の男の重く、早い攻撃は反撃の糸口すら掴ませてくれない。
「――、」
蒼髪の男の蹴りを受け止めた靖親は、地面に靴底をすり減らしながら後方へと退けられる。
(く、防御してこれか)
嫌になる、と靖親。
そして。
攻撃が止んだ。
「もォいいや」
投げ捨てるような物言いだった。
声の主は蒼髪の男。
靖親は顔を上げる。
男はこちらに手を伸ばし構えていた。
それは焔を射出する前兆。
「やる気にならねェってんなら、お前死ね」
がっかりと言った口調と共に、焔は射出された。
五メートルほどの至近距離。蒼髪の男の言葉は嘘偽りないものらしく、速度から窺うに容赦はなかった。
それでも、靖親は高い反射神経でそれを薙いだ。
そしてそのまま反撃に転じ――ようとしたが、
(いない!?)
焔を薙いだ事により生まれた一瞬の隙に、蒼髪の男は姿をしていた。
どこに、と靖親は辺り見渡す。
そこで気づいた事があった。
四方八方が、焔の柱で囲まれている。
「今度のはちぃとキツイぞ」
上方からの問い掛け。
ハッとし、靖親は見上げる。
さっきとは逆。
今度は蒼髪の男がテントの骨組みに立ってこちらを見下ろしていた。
柱は焔に包まれていたが、そんなもの蒼髪の男には関係なかった。
「薙げるもんなら薙いでみろ」
それを最後に、周囲の焔たちが一斉に靖親へと襲い掛かった。
今まで同様、刀を振るう靖親。
しかし、
(駄目だ、捌ききれない!!)
焔の量があまりにも多い。というより、段階層のように、流れた焔に覆い被さるように新たな焔が迫り来るため、刀を振るった後に生まれるラグがどうしても拭えない。
しばらくはその波状攻撃に対応していたが――やがて、靖親は焔の波に呑まれてしまった。
ボウボウゴウゴウと、ジュウジュウメラメラと、焔たちは容赦なく男を焼き尽くす。
まさにそこは灼熱地獄と化した。
まっとうな人間なら、まず生きていられない。
蒼髪の男もそう踏んでいるようだった。
「……俺の見越し違いか」
その顔はどこかはかなく、無慈悲だった。
期待していたおもちゃがくだらなかった。そんな所だろう。
しばらく、蒼髪の男は自らが生んだ灼熱地獄を俯瞰していた。
もしかしたらいまだに期待しているのかもしれない。
その焔達を打破し再び立ち向かってくる勇士を。
だがやがて、諦めたのだろう。
「……ふん」
鼻を鳴らし、蒼髪の男は踵を返した。
少々遊べはしたものの、今回もまたつまらない余興だったらしい。結局いないのだろうか。自分を満足させてくれる存在なんてのは。
そう思ったに違いなかった。
しかしここで。
思い掛けない出来事が起こった。
ズボンンッッ!! という衝撃波のような音が、辺り一面に鳴り響いた。
自然、足を止めた蒼髪の男。
なんの音だと振り返る。
そこにあったのはとんだ難渋……いや、蒼髪の男にとっては幸福だろう。
灼熱の地獄たちが薙がれていた。
焔に呑まれたはずの男に。
蒼髪の男が切望していた事が起こったのだ。
ただ、
「……なんだそりゃ」
真っ先に喜ぶような事はなかった。
「なんだとはごあいさつだな」
疑問を聞き取ったその男は答える。
「お前が望んだものだろ」
紅くなった瞳で、見上げる。立ち位置の差はあれど、そこに優勢劣勢は存在しないだろう。
容姿が変貌していた。
西欧かぶれで金に染めた髪が四メートルほどに伸び、それらは八本に枝分かれし、まるで意志を持ったかのように蠢いている。
「……一体どういう現象だ?」
「なんだ、カンケーネェ、とは言わないのか?」
ピリッとした空気が張り詰めた。
わずかに舌打ちした蒼髪の男は、なるべく構わず話を進める。
「ああ、正直いって驚いてるよ。なにせあれほどの災禍を薙いだんだ」
ここで蒼髪の男は微笑んだ。
「興味を抱かない訳がねェ」
「悪いがそういう趣味はないんでな」
「つまんねえ親父ギャグだ」
蒼髪の男は神妙な顔になり、己の意見を述べる。
「傲慢開放……とは少し違うようだが」
「そうさ。これは傲慢開放とはちいとばかり違う」
便宜上それを指し示すように靖親は刀を軽く振った。
「『憑依』ってんだ。聞いた事あるだろ。難しく考える事はない。悪魔との契約により内側から力を得る『傲慢開放』に対し、『憑依』は外側から付喪となった依り代の力を受け賜る」
「……理屈は簡単だが、そんな事できんのか?」
「もちろん代償を払ってない訳じゃない」
律儀にも、靖親は問いに答える。
「そこは『傲慢開放』と一緒だよ。外からの力を供給され続ければいずれ力に呑まれちまう。まぁ元より人間にはでか過ぎるエネルギーなんだ、ガタが来るのも当然っちゃ当然だがな」
「……なるほど」
憑依。
確かに聞いた事がない者は少ないのではないだろうか。
狐憑きのように、髪が長くなったのは入れ込んだものの名残だろう。
蒼髪の男は考察した。
金髪の髪は四メートルほどに伸び、それらは八本に枝分かれしている。
瞳もまるで夜行性のヘビのように紅くなっている。
そして蒼髪の男がもっとも着目したのが、男の持つ刀。
「……まさか大蛇」
「お、凄いな」
本当に感心したような声を、靖親は漏らした。
「ご名答さ。これはその昔に現われたとされている伝説上の生き物、。まあ俺は当て字として愚呂智と呼んでるけどな」
「どうでもいいんだよンな事」
表面は平常を装っていても、内心は穏やかではない。
八岐大蛇。
かつて出雲に現われた怪物。
伝奇に記されている容貌を読み解くに、そんじょそこらの化け物ではない。一部では信仰する集落もあるほどだ。
それが霊物と化して、あの男の中に力を供給しているというのだ。
それにしても、
「……疑わないのか?」
疑問を抱いたのは逆に靖親だった。
ああん? と、靖親の言った言葉が理解できなかった蒼髪の男に対し、
「いや、大蛇だなんて大仰な名を出してそのまま鵜呑みに出来るのか、って話だ。もしかしたらこれこそこけおどしかもしれないぞ」
「だったらなんだ」
にやりと、粘つくような笑みを、蒼髪の男は口元に浮かべる。
「関係無ェよ。大蛇だろうがイタチだろうが、俺は異名だとか容姿だとか上っ面のものには興味がない。ようは中身だ。先に言ったよな? 俺はコレクターじゃ無ェ。他人には興味がない。信じられるのも己のみ。極端な話、お前がなんと言おうが俺は何一つ信じちゃいねェ。それを評価するのは俺だ。俺が直接肌で感じて、決める……それによォ」
今度は見下す様な視線を靖親に当て、
「俺にも憑いてるんだよ、とんでもねェ化け物が」
蒼髪の男は言ったものだった。
「……そうか」
靖親はそう答えた。
返事自体は軽かったものの、その警戒心は未だ上昇していた。
確かに蒼髪の男は人相も凶悪で性格も悪そうだが、事戦闘に対しては異常なまでの美学をもっている。
妙な小細工、否、虚勢を張るなどというずる賢い行為に打って出るとは思えない。
恐らくはまだ余力を残しているであろう蒼髪の男。
とんでもない化け物が憑いているというその言葉は、真実だろう。
「さぁ」
待ちきれないと両腕を広げ、蒼髪の男は態度で示す。
「仕切り直しだ。第二ラウンドといこうか」
「……馬鹿いうな」
対して、八本に枝分かれした金髪を靡かせ、肩に刀を担いだ靖親はこう答える。
「これが最終ラウンドだよ」




