電波塔にて
近年、高層ビルの並列が著しくなり、そこにはおのずと電波障害などの弊害が発生する。
東京にある巨大電波塔だけでは全てをカバーできず、それに対処すべく電波を飛ばすために新たなタワーがいくつか建設された。
しかしそれも二十年前の話。
建設当初は重宝された建造物も今となってはその鳴りを潜め、現在はFM放送や都の測定器などの軽い電波しか請け負っていない。
それでも明滅するランプで明日の天気を知らせてくれる存在は地元の人間には親しまれており、本来の目的である予備の電波等として、その存在は向こう十年は重宝されるものだろう。
昔に比べ稼動しなくなったとはいえ、世話になった以上、労わりの念というものがある。
人の足取りも最近めっきり減り、いつかは維持費の問題などで取り壊されるのだろうが、今のところ、目途は立っていない。
もっぱら観光名所として新たな顔立ちをした高さ二百メートルの旧電波塔。
その一角で、事が起こっている。
妙な騒動は起こしたくないのか、鉄塔の骨組みに最低限の注意を払い、紫髪の女はツタを振るう。
ツタ達は器用に骨組みをすり抜けながら敵である女を追走する。
追われる女も軽快な動きで距離を置く。
アテナは鉄骨から鉄骨へと飛び移り、時には掻い潜り、時には方向転換に利用し、襲い来る無数のツタを翻弄する。
だが代価として、肝心の紫髪の女と捕らわれの少女との距離がどんどん開いていく。
指一本動かさずにこれほどの多角的な攻撃を展開できるというのが、なんといっても紫髪の女の強みだろう。
懐に潜らせない。
自分の手を直接汚さずに済ませられる。
アテナもその規格には当て嵌まるようだった。
襲い来る無数のツタ達から逃げ回り、成すすべがない。
と思いきや、そこには戦略があった。
紫髪の女との距離数十メートルの地点に差し掛かると、アテナは風の力を利用した爆発的な跳躍で、一気に接近を試みる。
意表を衝かれたように、ツタ達もすぐには動けなかった。
いまだ目前から消えた標的物を探すツタ達の間を掻い潜り、降下ミサイルの様にアテナは敵の元へと跳んでいく。
しかしそこは精鋭。
紫髪の女は腕組と不適な笑みを解かない。
理由はすぐに分かった。
降下するアテナと紫髪の女の間に、また別のツタが鉄の地面から生えた。
突如現れたそれはそのままアテナへと急行する。
「!?」
一瞬、驚きの表情を取ったアテナ。
なんとか身を捻り、ツタの鋭い一刺しを回避する事に成功した。
とはいえツタに生えた棘が頬を掠めるという、間一髪のタイミングだった。
本来の着地点とは違う場所に降り立ったアテナは一旦距離を取る。
掠めた頬からは血が滴っていた。それを親指で拭い一応の止血を試みるものの、出血は完璧には止まらない。
気にしてもしょうがないと思ったのか、アテナは最早止血を諦め、敵の女を見据える。
女は笑っていた。
どうだといわんばかりに、とても満足そうに。
「分かってんのよ。ツタ達の注意を惹きつけ、懐ががら空きになったところを狙おうって魂胆なんでしょ。悪くはないわよ。でも残念。マニュアルなんて、裏を返せばただの弱点でしかないのよ」
完全にスイッチが入っていた。
演技では表現できない独特の殺意を醸し出しながら、紫髪の女は――腕を振るう。
途端、連動したツタ達が攻撃を再燃させる。
新たなツタ、先程まで攻めあぐねていたツタ達が四方八方から、敵である女へと向かう。
アテナはまたそれを移動しながら器用にかわす。
錯綜された電波塔の造りを障害に利用し、距離を置く。
今回のような相手に対し遠距離を置くのは当然のように望ましくないだろうが、ここまで広範囲な攻めをされてはそうもいってられないのだろう。
動きながらも恐らくはなにか打開策を探してはいるはずだが、時間を掛けるのは芳しくないはず。
時が経てば経つほど
確実に、追い込まれていく。
下がるにつれ足場となる鉄骨が減ってきた。
なにせ四方八方から来る攻撃。
距離は取れても思うように方向転換できるほどの余裕は無かった。
そしてついに、
ツタ達の障害になり、自らの足場となっていた鉄骨部分が、無くなってしまう。
かといってツタ達が勢いを止めることは無い。
やむを得ず宙に身を投げやったアテナをここぞとばかりに攻め立てた。
鋭利な切っ先が我先にといわんばかりに、標的を串刺しにせんとする。
(もらった!!)
女の顔にも笑みがこぼれる。
身動きの取りにくい宙であの猛撃はかわせない。確実に仕留められると、信じてやまなかった。
それでもそうはならなかった。
宙に身を投げたアテナは、逆さまで降下していく。
そんな彼女を、ツタ達が取り囲む様な格好で狙っていたのだが、
舞い散る花びらの様に回転しながら、アテナは風を吸い寄せる。
強風の中に新たな気圧が生まれる。
そして、両腕を広げ、
「荒風域(Zona Stormy)」
そう唱えた。
すると。
ぶちぶちぶちぶちぶち、という何かが切れる音が無数した。
発生源はツタ達だった。
まるで回転する洗濯層に巻き込まれたような具合で、切っ先ではなく、根元から根こそぎ引き千切られていく。
「ッ!?」
これには紫髪の女も流石に驚いた。
超人的な身体能力。
不安定な体勢をものともしない柔軟さ。追い込まれても的確な処置が出来る対応力。
今交戦を広げている相手は、それを兼ね備えている。
(なるほど、あの男じゃ負けるわけね)
腰を落す。
文字通り、本腰を入れる。
そして宙で器用に体勢を立て直し地に着き、爆発的な脚力でこちらに向かってくる女へと、
「行け」
ツタを振るった。
地面から現われた新たなツタ達は、今までと同じく高速で標的へと向かう。
速度というより、そのあまりの数に捌ききれないのだろう。
なんとか回避を試みるものの、全てを避けるのは無理だった。
頬に、腕に、足に、ダイレクトは免れているものの、白い肌に無数の切り傷が浮かんでいく。
堪らず、距離を取るアテナ。
そんな彼女を見て紫髪の女は高らかに笑った。
「いい気味ね。多少はやるようだけど、近付けないんじゃどうしようもない。串刺しになる前に大人しく帰った方がいいんじゃない」
「……」
女は答えない。
変わりに、また、接近を試みる。
上体を赴け、ドンッ! と風の力を利用した強烈な一歩を踏み出す。
「……徹底的に取り合わないって訳ね」
ツタ達が躍り出る。
迫り来る無数の脅威にも、対抗風によりおでこが露になっている為に窺える眉一つ動かさないアテナ。
今度の速度は並々ならなかった。
ツタ達が付いていけないほどだ。攻撃が繰り出されるよりも先に、アテナは低姿勢でツタ達の間をすり抜け、驀進する。
核となるべき、女へと。
「チッ、」
迫りくる脅威に、舌打ちする紫髪の女。
焦りを隠しきれない。
懐に入らせないのが彼女の強さのティピカルだった。
それが打ち破られようとされている。
そうはいくかと。
ドバッ! と紫髪の女の足場から新たなツタが芽を生やす。
やむを得なく、横へと流れる事によりそれを回避したアテナ。
「やるじゃない」
生えたツタを従え、紫髪の女は言葉を投げ掛ける。
「今のは流石に焦ったわ。もしかしたら初めてかもしれないわよ、ツタを操る私にそこまで接近したのは」
言って、ツタを振るった。どうせ会話は成り立たない。新たなツタも、先のツタもただひたすら標的へと向かう。
アテナは一連の動きでそれに対処する。
障害となる鉄骨に群がるツタ。あまりの密集率に、絡まるツタも現われる始末だ。
そこを利用する。
ツタが混雑する場所を避け、迂遠しながら接近する。
それを紫髪の女は目で追う。
「……優秀ね」
動けるツタを向かわせる。必然的に、脅威となる数は少ない。
数本規模では、その驀進を止められない。
まるで速度を落す事無く、アテナは距離を縮めていく。
なんとか阻止しようと足元から新たなツタを出現させようとした紫髪の女だったが、それよりも先にアテナの蹴りが突き刺さる。
莫大な質量の反発係数の衝撃をなるべく受けぬよう、身体全体を使ったような足の裏を使う前蹴りだった。
攻撃力の面に関して、速度は大きさよりも重要視される。
なんとか腕をはさみ緩和したものの、思わず呻きがもれた。
耐え切れず跳ね飛ばされる紫髪の女。数メートル後方に飛んだ後、どうにか踏みとどまり、敵の女を睨み見る。
女は蹴りで生まれた質量を使い、宙を跳んでいた。妙な動きをしている。くるくると旋回しながら身を捻り、体勢を整えていく。
紫髪の女にはそれが蹴りの際己に返ってきた力を流す動きだとすぐに分かった。
そして着地。
したかと思うと、すぐにこちらへと跳んで来た。
ツタを呼んでも間に合わない。
そう判断した紫髪の女は仕方なく肉弾戦を選ぶ。
といってもまともに取り合う気は無い。どうにかして距離を置く時間を作り、またツタ達で一斉に、容赦なく攻撃する。
それこそ、塔の崩壊を顧みず。
だがここまでの展開からも分かるように、そう首尾よくはいかない。
「――ぐッ、」
紫髪の女の腹部に、激痛が走る。
元々肉弾戦は得意なほうではない。むしろ苦手である。それ相応の護身術を嗜んでいるとはいえ、相手が達士ならまず勝てない。
そうこうしている内にまた、攻撃が炸裂した。
まるで容赦が無い。距離を置こうとしても詰めてくる。顔面などの急所を狙う。相手の嫌がる事を知っている。
たまったものではない。
やられっぱなしでは腹が立つ。
「っ、――この小娘が!!」
最早キャラに嵌っている場合ではない。ゆかしいという存在をかなぐり捨てんばかりの怒号。
いままでとは比にならない隆盛。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!! という地響きを伴いながら、
数え切れない程のツタ達が鉄の地面から突出してきた。
それは主である紫髪の女を守る壁の様な位置取りで君臨する。
なので、また距離を取り考え直すアテナ。
そこにいまだ隆起していたツタ達が、勢いを殺すことなく降り注いでいく。
時代の象徴物となっている由緒正しき鉄塔。
決して頑丈ではない足場に殺到するツタ達は、地面を陥没させた。
やぶれかぶれになった今となっては、紫髪の女は気にする素振りを見せない。
視線は一点に夢中だ。
身振りも交え、ツタに、攻撃を後方に跳んでかわした女へと追撃を命じる。
ツタ達は忠実に従い、一直線で標的に向かう。
アテナはそれをさらに後方に下がる事でかわしていく。今度のは少し厄介だ。数が多いが故に、間を掻い潜るのは難儀。
それを看取しているであろう紫髪の女。
(これならどうだ)
再び、顔に笑みが浮かぶ。
これだけのツタによる一斉攻撃。密集された隙間。迂遠の道筋を断つ配置。先程の様に、人間一人潜れるスペースなど無い。
すなわち、接近は不可能。
遠距離なら分がある。
なにせここは高さ三百メートル級の上空。そうそういつまでも足場がある訳ではない。
例え先程同様風で食いちぎられようと、これだけの数を全て屠るのは無理だろう。
近付けなければ勝てる。
そう推測した紫髪の女だったが、そこであるものを見た。
状況自体は正確に認知していないが、身体全体が危険と反応していた。口が開きっぱなしになり、体温が下がったのが分かる。
驚く紫髪の女。
見開く目の視線が捉えたのは、
ボール一つかろうじて通れるような隙間から覗く凍てついた人相の女が、こちらに向かって掌を広げている、という光景だった。
(何を――)
気付くのが遅かった。
ツタ達の織り成す鋭角な隙間を縫うように、シュバ、となにかが飛んで来た。
音速を超えたような速度のそれは、紫髪の女の鳩尾部分を捉えた。
「ガフ――がッッ!?」
豪快に飛び、地面を転がる。
立ち上がろうと膝を立てたが、すぐには立てなかった。
ヒットした鳩尾を強く抑える紫髪の女。息が出来なかった。仕方が分からなかった。もしかしたら肺器官が損傷したのではないかと不安になった時、ようやく一吸い出来た。
首都圏の排気はさして良くもないはずなのに、その空気はやけにうまく感じられた。
謎の攻撃の正体は恐らく風の弾丸。
それにしてもあの隙間を正確に通り抜けてくるとは。
「はぁ、はぁ、が、ゴホッ、……やってくれるわね」
強がりの笑みを放つ紫髪の女。気温は低いはずなのに、尋常じゃない量の汗が額を伝っていた。
ツタ達は制止していた。というのも、ツタ達自体に意思はない。簡易にいえば、それらの物体は紫髪の女の手足のようなもの。
思惑が途切れれば、本人の意識が他に取られると、ただの芯を持ったツタという訳だ。
息を荒げながら立ち上がり、紫髪の女は前方を向きなおす。
敵の女はすでに接近せんとしていた。
マズい。
真っ先にそう思い至った紫髪の女はツタ達を直ちに引き返させる。
避けられる事を考えていなかったため、操れるツタ全てを吐き出してしまっていた。
当然、ツタ達が間に合うわけも無く。
端正な顔立ちに、拳が減り込まれた。
なんの抵抗も施せず、地面に打ちつけられながら飛んでいく紫髪の女。
そのまま転がる訳にもいかず、すぐに身を安定させ、前を見据える。
敵の女が迫っていた。
考える時間などまるで無い。
(くそ!)
歯噛みする紫髪の女は、とりあえず拳を繰り出した。素人丸出しの、なんの変哲も無いパンチ。アテナはそれを屈んでかわしながら接近し――紫髪の女の腹部へとボディーブローを叩き込んだ。
また、息が出来なくなった。
痛みが声に変換できない。
それでもなんとか意識中でツタ達を呼び寄せた。
紫髪の女の目前に居る女の位置に、ツタ達が降り注ぐ。
足場は崩れ、砕けた鉄が地面へと、途中、他の鉄骨達に当たり甲高い音を奏でながら落下していく。
きっとそれで地上の人間達は、塔の上で何かが起きていると気付くだろうが、そんな事を気に掛けてやり合える相手ではない。
「はぁ……はぁ……」
ツタを新たな足場とし、息を荒げる紫髪の女。
そのまま直立で常に綱渡り状態が出来るほど彼女は平衡感覚がよくないので、それをもう一本のツタに手を添える事で補っている。
紫髪の女は見下げる。
近場の鉄骨に移動した、敵である女を。
見下げる者と見上げる者。
皮肉か、状勢は全くの逆だろう。
先程の殴打で口を切った紫髪の女は、口に広がる血を乱暴に吐いた。
それから口元を拭い、
「参ったわね」
苦笑いを浮かべ、一人そう呟いた。
あの女は強すぎだ。まともにやりあって勝てる様な相手ではない。そう、結論付けた。
それにまだ実力の半分ほどしか出していないような気が紫髪の女にはした。
現に、相手は力を完全に解放していない。
(……かといって)
紫髪の女はやや上方へと視点を変える。ツタでぐるぐる巻きにした少女。目的のもの。それをおめおめと返上するなどいささか道断だ。
しかし、問題は他にもある。
先程の崩壊で、下の連中がこの事に気付いた可能性が大いにある。
隠密に目的物を回収、が今回のモットーであったのに。
紫髪の女は腕の時計を見る。電話から一時間ほど経っているかと思ったが、まだ三十分しか経っていなかった。嫌な事をしていると時間が経つのが遅い、と苛立ちすら覚える。
とりあえず。
戦闘を、まともにあの女に取り合ってはこちら側が不利だ。
となれば、いまのこの睨み合いの状態で時間を食うのがもっとも効率的だろう。
だがそれを察したのか。
敵であるところの女は、いまいましくもツタを踏み台にしこちらへと向かってくる。
それを剣のある表情で、紫髪の女は見る。
こちら側の術中に全く持って当て嵌まらない。むしろそこを的確に利用している。
「全く、つくづくムカつく女」
憤懣に浸っても仕方が無い。
紫髪の女はすぐさまにツタ達を向かわせた。女はそれをかわしながら接近してくる。
脅威を感じる紫髪の女は足場にするツタを操りながら距離を取る。
追わせる者を追う追われる者。
そんな相互関係で描かれる画は、傍から見れば塔から天へと伸びていく腕のように見えた。
紫髪の女は敵の女の足場となるツタの動きを止めた。これで近付けないはずだったのだが、そこも敵は臨機応変に対応する。
始めから狙っていたかどうかは分からないが、にわか仕立てで思いついたのなら大したものだ。
遠のいていく紫髪の女が立つツタに向かって、アテナは風の弾を撃った。
その正確無比なコントロールで、見事にツタの中央部分に命中させた。ちぎれたツタまでは、紫髪の女は操れない。
つまり、足場が無くなった。新たに作る必要がある。
降下する中、紫髪の女は別のツタを呼ぶ。指定を受けたであろうツタは忠実に迅速で主の意思に遵従する。
それに伴う形で、敵の女がやってくる。
落下中のローズの目が見開く。
人の所有物を踏み台にするとはなんて忌々しいと歯噛みした。
ツタを呼ばねばこのまま落下。かといって、呼べば敵の女が付いてくる。
(どう対処すれば――)
思っている内に、ツタと、敵の女は接近していた。
そして。
お決まりのように女の拳が、容赦なく顔面に突き刺さる。
鮮血が玉となり、宙を舞う。
いや、降下していった。
吹っ飛ぼうとした紫髪の女の胸倉を、アテナは咄嗟に掴んだ。
スレンダーで体重がいくら軽いとはいえ、
横幅およそ五センチの足場で、これほどの風吹き荒れる中でその画を可能に出来るのはバランス感覚のいい彼女だからこそなせるものだろう。
文字通り宙吊りにされる紫髪の女。
胸倉に手を伸ばされている以上、ツタ達を呼べば自分にも被害が及ぶ可能性があった。
強風がすさび、髪をなびかせながら、アテナはおもむろに口を開く。
「どう? 喋る気になったかしら」
紫髪の女は軽くせせら笑った。
「馬鹿いわないでよ。この程度で口を開くと思っているの? 最初にいったじゃない。これは命を賭けた正真正銘の闘いだって。……口を割るなんてそんなダサい事するもんですか」
後半は強い意思が感じられる口調だった。紫髪の女は組織には愛着がないといっていた。それは本当の事であり、崩壊しようが繁栄しようがどうでもよかった。
口を割らないのは、己の仕事に対するプライドの問題だろう。
先にもいったように、必要最低限のルールという奴だ。
「捨てなさいよ、そんな妙なプライド」
諭すように、アテナは言った。
紫髪の女はまた笑ってから、
「えらく人情的な事をいうのね。でも、簡単に切り捨てられるのは最早プライドとはいわないわよ」
「命あってのプライドよ。たった一つの信念の為に全てを失うなんて馬鹿げていると思わない」
「花は散ってこそ美しいの。年老いて枯れるくらいなら、そっちの方が幾分もマシ」
「プライドの為に死ぬと?」
「私の場合は死んで初めてプライドが守られるのよ」
あなたもそうなんじゃない、と同意を求めるように紫髪の女は笑う。明らかな劣勢にも拘わらず、断固として引かないその態度。
アテナは億劫そうな表情を取る。
きっとこの手の敵は『死』などという生易しい恫喝には屈しない事を、彼女は知っているのだろう。
死を恐れないなら、それ以上の苦痛を与えるしか方法はない。
「仕方ないわね。……とりあえず、あなたには色々と聞きたい事があるから付いてきてもらうわ」
「……拷問に掛けるのかしら?」
それは苦笑いか嘲りか。
いまだ胸倉を掴まれながらも、紫髪の女は不適な笑みを崩さない。
「いいわね。身体の自由を奪われ、色んな事をされるなんてとてもアバンチュールじゃない」
最早諦めているのか、いままでどこか漂っていた抵抗姿勢が、感じられなくなっていた。
「悪くないわ」
自分がどんな目に遭わされるかを想像し、紫髪の女はずっとにやけている。
典型的なマゾヒスティック。
不気味な笑みは、だからこそ女の戦意が喪失したと思わせるものだった。
しかし。
次の言葉から、それはまた違った意味合いだと分かる。
「悪くないけど、今回は遠慮させてもらうわ」
言葉を放った直後だった。
後方から迫る音に、アテナは気づいたらしかった。
瞬時に気付き身を屈める。だが脅威は一つだけではない。無数のツタ達がアテナを串刺しにせんと、攻め立てる。
紫髪の女を掴んでいる場合でなくなったアテナ。
不意を衝かれたようだった。その可能性を視野にいれなかったのは、まさか自分を犠牲にしてまで攻撃に打って出るとは思っていなかったのだろう。
敵の信念を、侮っていたのだろう。
迫まり、回避されたツタは――主であるところの紫髪の女へと突き刺さった。
ある程度の調整は利かせていたのだろうが、ただでさえ鋭利なツタは彼女の体へと減り込む。
「うぁぅっっ!!」
痛みに堪えるため声を上げた紫髪の女。自身の腕に、足に突き刺さったツタを引っこ抜く。
塔からの位置と、ツタ達のあれだけの速度。少なからず余勢が発生し、角度的にも避けられない状況だった。
傷は決して浅くない。刺傷した肩を押さえる紫髪の女。
だが、決して休みなどしなかった。
痛みに顔を歪ませながらも、ツタ達を操る。
狙いは下方の鉄骨へと飛び移った女、
そこへ残っているツタ達全てを、一直線で向かわせる。
バリバリバリン、と、硝子が砕ける音がした。
展望台となっている層だった。
女が逃げられないようにと、攻撃範囲を大きくしたためにそうなった。
そして恐らく、女はそこに入って危機を回避したのだろう。
慎重にツタを操り、紫髪の女もその場所に降り立つ。
もう今日の業務は終えたのか、室内は閑散としていた。
「……」
女の気配が感じられない。
どこかに逃げたのか。隠れて隙を窺っているのか。
まどろっこしい。
身体を襲う痛みから、苛立ち気味の紫髪の女はそう思い至ると、ツタを使って場を更地にする。
数秒と立たず、数十、数百のツタの束たちが、フロントや陳列棚などを叩き壊し、場をきれいさっぱりに一掃した。
が、それでもいない。
となると、ここにはもういないのかと考えたその時。
破壊行為により発生した粉塵から、風の弾丸が、紫髪の女目掛けて飛んで来た。
それを直撃の手前で数本のツタが粉砕する。
暗闇のため敵が視認できている訳ではないが、紫髪の女は勘で攻撃が飛んで来た方面へとツタを向かわせた。
すると床の下に潜り込んでいた鼠の如く、敵の女があぶり出てきた。
当然ながら逃げる気は毛頭ないようだ。
女は勢いに任せ、接近してくる。そうはさせるまいかと、ツタを振るう。数本、数十と、避けられるが為に増えていく本数。
徐々に縮まっていく距離。
どうにか手前五メートルほどのところで、接近を阻止する事に成功した。
敵にツタの一端が掠ったのだ。
敵の女はまた距離を置いた。
(……全く、)
相変わらずその身体能力には感銘を覚える。今はまだなんとかやり合えているものの、明らかにこちらの攻撃パターンを把握し始めている。
闘いながら進化する。こういった人間は一番避けたい部類である。
「それほどの技量、手放しにするのは勿体ないわ。どう、手を組まない? いい優遇を計らってもらえるよう取り合ってあげるから」
「結構よ」
「じゃ死ね」
ツタは一斉に襲い掛かる。重苦しい音が空間を揺らす。張り巡らされたツタはなにせ構造の内側を巡る形での移動。地面が砕けフロア毎、下の階へと落下した。
粉塵が巻き上がる。
周りの様子が確認できない。
砂煙が眼に入らぬよう、しかし、敵がその隙を狙って迫ってくる可能性もあるので、紫髪の女は腕で口元を覆い、細目で周囲を見渡す。
すでに、懐に潜り込まれていた。
「!?」
気付くのでやっと。
細目から一気に目を見開く紫髪の女。
冗談じゃないと思った。
こんな化け物じみた奴、どうやった所で勝てる気がしない。
「――ぐっ、」
殴られ、地面を惨めに滑った紫髪の女。すぐに立ち上がらなければいけない訳だが、自らのツタで身体抉った件もあり、痛みからそれが出来ない。
カツ、カツ、と、着実に足音が近づいて来ているというのに。
その足音は這い蹲る紫髪の女の手前で止まった。
見上げる。
そこには闇で輝きを増す碧眼があった。
「……怪我を負った者に止めを刺さずにいたぶるなんて、随分な性悪女ね」
「……馬鹿いわないでよ」
腕を立て、どうにか立ち上がろうとする紫髪の女を邪魔する訳でもなく。
アテナは眈々とそれを見据る。
「私だって出来ればこんな事はしたくないの。ただ、分かるでしょ。嫌な事から逃げて生きていけるほど、世の中は甘くないの」
アテナがそこまで言うと、紫髪の女はようやく立ち上がった。傷が響いたのか、少し足元がおぼつかない。
それでもアテナに構う様子はない。
「もう一度言う」
ポッケに腕をつっこみ、相変わらずの無表情で、
「組織の情報を、大人しく教えなさい」
何度目かのその言葉を、口にした。
「……」
息を荒げ、肩を上下させる紫髪の女。
「勿体ないわね」
口元の血を拭った。
「あなたは確かに強い。ただ、それ以上に決定的な弱さを兼ねている」
顔に意図の読めない笑みを浮かべた紫髪の女。
「強がっていても誤魔化しきれないわよ。心の中のあなたは、本来人っ子一人殺せない小心者。無表情を貫いているのもそれを感じ取らせない為かしら?」
「……試してみる?」
アテナは眼で語りかけた。
相変わらず、常人なら、例えそれが屈強な男だろうと尻込みしそうな冷たい眼だ。
しかし紫髪の女の捉えかたは違う。
今のこの状況。相手がその気になれば、情報を引き出す手段はいくらでもある。
にも拘らず、そうしない。
それが答えだと、紫髪の女は感じ取っていた。
「致命的ね。別に人を殺した事がない訳じゃないんでしょうけれど、出来る事なら穏便に済ませたい。平和的に解決したい」
「……」
図星なのか。
女は何も答えなかった。
答えても無駄だと思ったのだろう。
相手がそこらの人間ならまだしも。
長年世界の闇とやらに浸った紫髪の女に、威圧など通じない
「絶望的ね。どうしようもないくらいに。救い様がないくらいに。この世界に置いてもっとも厄介な性格……ふふ、まぁ、お陰でこっちが救われてるんだけどね」
間違いなく、その笑みは強がりでも苦笑いでもなく、愉悦だった。先程まで絶望に迫る勢いだった表情に、色が戻る。
「私はあなたに勝てないけど負けもしない」
それが骨子となっていた。
「非情になれない人間が闘いに勝つなんて有り得ないのよ。現に、いくつも止めを刺せる場面はあったのに、あなたはそれをせず私を生かしている。情報収集なんてもの、これだけの力差があればどうとでも手段はあるのにね……それにしても、そんな生温い考えでよくここまでやってこれたわね。素直に驚きだわ。それともあそこの人間も随分と人手不足なのかしら? まあ考えても見れば、無償で命を賭すなんて馬鹿げた、古い騎士道みたいなものを土台に据えているような場所なんて、好き好んでいくわけ無いわよね。暗躍だから名誉も無し。自発参加だから報酬も無し。それでも己の正義がそうさせる……あなたもその類なのかしら?」
女は、ここすらも答えない。
無表情のまま紫髪の女を注視している。
「ふん、まあ、そんなのどうでもいいんだけどね」
本当にどうでもいいので、紫髪の女は不意に外を見た。硝子が割れ、そこからは昼間の穏やかな風と違い凍てついた風が中へと入り込んでくる。
電話から結構時間は経っていると思う。
もうそろそろ増援がやってきてもいい頃だ。
「誰かがやらなきゃいけないことなのよ」
その声に、紫髪の女は振り向く。
敵の女だった。愛想の悪い目付きは健在だが、瞳には先刻と違う、力強いなにかが宿っていた。
女は言う。先程最後にした質問に、答える。
「適性よ。私だって守る何かが、縋るなにかがあればこの世界にはいない。それが無いからここに居るの。守るべきものがある者にはそれを成し遂げなければいけない義務がある。縋るべきものがある者はそれを繋ぎとめる為の努力が必要。だからこんな世界にいるような暇はない。だから暇な私のような人間がここにいるの。それはきっと逆の立場なら、私が表に立ち、見知らぬ暇な他の誰かが裏に身を置いたはず。嫌だとか、得にならないとかそんな自我的なものでも結構。でもね。世界の流れや法則に穴などあけてはならないの。だから必然的に、あるべくして、守るべき者が、縋るべきものが無い者として、それでも構わないと思った者として、私はここにいるの」
「……そう」
言って、また外を向いたローズ。
「私はいままで色んな人間を見てきたわ。裕福で傲慢な人間。可哀想で哀れな人間。それを見て学んだものも大いにあった。ああはなりたくない。こうすればこうなれる、とか、ね」
窓側へと歩み寄りながら放たれるそれは、時間稼ぎの一環も兼ねた、ただの与太話だった。
「そんな私でもあなたほど寂しげな人間は見た事が無い」
周囲のツタが、蠢く。
「あなたにはまるで自分というものがない。周囲がこうしろといっているからそうする。周りがやめろというから、本当はやりたい事でもやめる。……そういう人間を見ているとどうもムカつくのよね。自分を否定されているみたいで」
紫髪の女はアテナに振り返った。殺意とは違う、別のなにかが付加されたような立ち方。
気付けば。
アテナの周りを、無数のツタ達が囲んでいた。
それを眼球だけで見回すアテナ。
紫髪の女はすぐに攻撃を仕掛けるような事はせず、語る。
「別に死にたいわけじゃないけど、私は『死』は人を救えると本気で思っている人間なの。いままでの失敗を全てリセットし、そして新たに生を授かりやり直せる。そんな馬鹿げた思想を本気で掲げている様な痛い女。……なぜだか分かる?」
分かるわけなどなかった。
そんな軽薄で浅はかな答えなど。
「花がそうだからよ」
艶かしく、細い腕を水平に上げる紫髪の女。
「綺麗に咲き誇り、時が経ち散っても、芽からはまた美しい花が咲く。とても羨ましいと思わない? どんなに醜くても、それは一時のことで、すぐに新たな自分を手に入れられるなんて」
自分の腕を、妖美な目付きで眺める紫髪の女。
そのまま視線を敵の女へと向ける。
女は周囲のツタなどに目をくれていない。意識していないわけではないのだろうが、その愛想の悪い眼は紫髪の女に向けられていた。
「ふふ、差し詰めあなたは捻くれた黄色い薔薇。さぞかし綺麗に散れる事でしょうね」
そこで、アテナが身を屈めた。それを瞬時に察知した紫髪の女は、後方に距離を取ろうとしながらもツタを振るう。
一瞬にして戦闘へと戻った場。
数十本のツタ達が一斉に敵へと襲い掛かる。
また回避しながらも接近を試みるアテナ。
その矢先、紫髪の女への接近を拒もうと、またしても地面から数本のツタが湧き出してきた。
前方を完全に塞がれた。仕方なく、距離を置いて回避に転ずる事にしたであろうアテナ。
そして開いた一定の距離。
最初の頃と違い、すぐにツタを使っての攻撃をしないのは、単純に紫髪の女の体力の問題だろう。
無理に攻撃を仕掛けて刺激することもない。
この間に身体を治癒するという腹積もりもあり、そして増援が来るための時間稼ぎにもなる。
勝たなければ駄目というのなら話は変わるが、今回に至ってそんな勝利条件はない。
増援が来ればこちらが圧倒的有利。
一方。
このままではまずいのがアテナである。
「……」
無表情ながらも、その眼には苛立ちのようなものが見え始めている。きっと、ツタ達がいることにより距離を詰められないのが不満なのだろう。
そして、なぜかちらちらと、周囲を見回すアテナ。
空間の違和感に気付いたのだろう。
実際、フロア全体が沈んでいる。
やむを得ないとはいえ、紫髪の女がなにも考えずにひっきりなしにツタを生やすものだから、穴ぼこだらけになっている点からも窺えるように、基盤が崩れてしまっていた。
「……これはお互い動かないほうがいいかもね」
もちろん、言った本人の紫髪の女にとって、それは非常に都合が良い。
美形の顔に悪い笑みが零れる。
それでもその提案に一理あるのも確かだ。
下の階層の下は無い。
つまり、宙だ。
トラス構造により必然的に形を維持するタワーは、展望台の下は鉄骨郡で固められている。
地面が崩れれば、そこまで一気に突きぬけ、風吹き荒れる夜空に投げ出されかねない。
しかし。
そんな状況下、境遇でも、
アテナは、――地面へと手を添えた。
「?」
敵の妙な挙措に、紫髪の女は眉を寄せる。
(なにかしら?)
端からそうなのだが、全く意図が読めない。
(一体なにをしようと――)
「大いなる風(Un grande vento)」
ズズン、と、地面を揺らす重低音がした。
揺れた。
という事は、
「――ッ、!?」
地面が、陥没する。
まるで世界が崩れるような錯覚に見舞われた。
強烈な刺激を加えられ、崩壊した足場。
宙を浮遊し、身動きが取れない紫髪の女。
周囲には同じく身動きが取れず落下していくツタ達の姿があった。土壌となっていた基盤ごと崩された為、哀れにも根元部分が開けっ広げだった。
そしてローズはそこで知る。
(そうか、そういう事か!!)
敵の女のその行動の意味を。
落ち行く中、アテナはある一点に掌をかかげていた。頭上やや前方。紅く光る、ある物体。
それはツタ達の核となる種。
紅いピアスだった。
ツタたちの根っこを丸々請け負った状態のそれを、
「風の弾丸(sparando bi un vento)」
狙い打つ。
的確に容赦なく、打ち抜かれた紅いピアス。
粉々のばらばらの微塵になり、紅い粉粒体が暗闇に光り輝く。
連動するように。
そこに根付いていた周囲の数十本のツタ達が、枯れていく。
干からびていくように根元から始まった劣化。
その瑞々しさを構成していた細胞が死滅し、カサカサの枯れ葉になっていく。
それは上空三百メートルの強い風に流され、やがてどこぞへと消えていった。
ズズン、と、下の階層が、大きく凹む。
しかし、思ったよりも構造は頑丈だったらしく、床を突き抜けるというところにまでは発展しなかった。
上層から降ってきた床は、下の階層の表面をほぼ覆っていた。
積み重なった瓦礫の山。足元は平らな場所など最早なかった。
そんな、堆く連なった場所に立つ、二つの影。
紫髪の女は歯噛みした。
その眼には堪えきれない憎しみが溢れていた。
「よくもやってくれたわね。あれの価値がどれほどのものか、あなただったら分かっているはず」
「あなたが言う事を聞かないからよ」
対照的に、不気味なほど落ち着いている女は再び促す。
「もう抗う手立てはないはず。……大人しく付いてきてもらうわよ」
「しつこいわね、まだわからないの。先程言ったはずよ。非情じゃなければ闘いには勝てないと」
苛立ち気味に言う紫髪の女。
そこで、どこからかなにかが近づいて来る音がした。
音源は上から。
むき出しになった鉄骨の中から響いているであろうその正体は――
ズドン!! と、鉄骨から飛び出したそれはアテナへと牙を、いや、棘を剥いた。
ツタだった。
もちろん、それは先程破壊したものとは別物の――つまりは、頂上近くで、ある少女を拘束していたもの。
迫った新たな猛威も後退しなんなくかわしたアテナは、前を見なおした。
そこには割れたガラス戸の縁に足を掛けている女が居た。
「目的のものがあるのに心底不愉快ではあるものの」
言葉とは裏腹に、女は顔に強がりな微笑を浮かべる。
「今のところは退かせてもらうわ」
その宣言を聞いたアテナは、女がなにをするのか分かったのだろう。
体勢を屈め、
「逃がさない」
直ちにその女の拘束に掛かる。
それを首だけで振り返り確認した紫髪の女。すぐにツタを向かわせる。その間に、自分は高さ三百メートルから――飛び降りた。
幾度目かのツタの戯れ。最初に比べどこか勢いが無い事もあいまって、もう見切りは付いているのだろう。
速度を緩める事無く窓際まで至ったアテナはこれまたなんの躊躇いもなく――空へと身を投げた。
落下の最中、仰向けでそれを確認した紫髪の女。
「しつこい!!」
ツタ達を螺旋的に向かわせる。アテナから見れば、それは蟻地獄の様に見受けられたかもしれない。
落下時の勢いがあるため、不安定なところは否めないが、なんとか風を集めた両手を束ね、小規模な旋風をそこにぶつける。
ジャリジャリジャリジャリ、とミキサーに掛かったような音が鳴り響く。
行く手を阻んでいたツタ達が拓けた。
宙を裂くように落ちていく二人。
二百キロ近い降下スピードはすぐさま地上付近まで接近する。
「……」
帰宅途中の道沿いで、龍樹は呆然としていた。
上から落ちてきたそれを見る。
なにやら鉄骨の一部分のようだった。
落下したそれは地面を深く抉った。
そこに人がいれば間違いなく死んでいただろう。
幸いにも人はいなかった。
注意不足で、上から落ちてきたものかと龍樹は考えた。
上方を見上げる。
また、何かが落ちてくる。