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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
始まりは突風のように
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未知との邂逅

 曲がり角を曲がった時に人と出くわす確率はどれくらいだろうか。


 もちろん立地などの条件にもよるだろうが、人間普通に生きていればそんな機会には数え切れないほど出くわす事になるだろう。

 それが顔も知らぬ赤の他人なら何も感じないだろうし、顔見知りならおー偶然と一言二言交わすだろうし、食パンをくわえた美少女だったら何かが発展する気配を感じざるを得ない。


 しかし空野龍樹(そらのりゅうき)が対面したのは、そのどれでも無かった。


 そりゃ彼はどちらかといえばドライな性格の持ち主だ。

 サンタクロースが両親であった事はとうの昔に気付いていたし、小さい頃に親戚から貰ったお年玉を預かっておくといった母がそれを使ってしまっているのも知っているし、好きという感情だけでは結婚がうまくいかないという真理にもなんとなく達している。

 だから曲がり角を曲がって食パンをくわえた美少女とぶつかるイベントが起こるか起こらないかと問われれば間違いなく起こらないと答えるし、何なら食パンをくわえながら走る美少女すらいない思っている。


 だが、これはあんまりではないだろうか。

 

 学校に向かおうといつもの通学路の曲がり角を曲がろうとした時出くわしたのは食パンをくわえた美少女ではなく、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の大男。


 確かに食パンをくわえた美少女なんていないと思っている。思ってはいるが、いたらいたで嬉しいに決まってる。

 ましてやそれと同じぐらいありえない事が起こるのなら絶対にいてほしいと、懇願さえするくらいだ。


 それがなんの因果か、見た事も無いほどの大男ときたものだ。


 出くわした人物は二メートル近い身長を誇り、そこから落ちる影は龍樹をすっぽりと覆う。その上肩幅や胸板も厚く、果たして今までの人生で会ったどんな人間よりも大きいのではないかと考えさせられる。

 明らかに日本人ではない褐色の肌にスキンヘッドという特徴もさることながら、その見慣れない服装には思わず目も丸くなる。


 黒装束。

 ゲームとかでよく魔術師が着ているような、アレである。


 例え顔を知らなかろうとちんちくりんが着ていれば(こじ)らせてるなあと笑ってしまうようなそれも、これほどの身長と体格があれば威圧感が半端ない。一種のコスプレ的な趣もある衣装も着る人間によってはこうも印象が変わるものなのかと、感心さえ覚えてしまう。

 見慣れない異国人に、見慣れない格好。そんな色々と情報量の多い人間が曲がり角からいきなり現れたのだから、思考が停止するのも無理はない。 

 呆然と立ち尽くす少年の瞳に映る大男は、走ってきたのか息を荒げている。

 それから鬼の形相で、拳を振り上げていた。


 遅ればせながら、


「い、――」

 

 今まさに自分に降りかからんとする危険を察知した龍樹は、身体全体を使ってがむしゃらに跳ぶ。


 振り上げられた拳が今しがた彼がいた地面に到達した瞬間、通路内を轟音が駆け巡った。

 それは平和な日常を謳歌してきた人間に取っては人生が終わる。そう思わせるに足るほどの破壊音。


 咄嗟の判断で回避に転じた龍樹はしかし、狭い道幅のせいで壁に激突してしまう。思いもよらぬ誤算に肝を冷やし、目前で起こった光景を見て死すら意識した。

 地面が、砕けた。

 損傷が進んでいたとはいえコンクリート式のそれが、男の拳によって粉々に粉砕されたのだ。


「――、」


 言葉を失うとはこの事だろう。

 見知らぬ男が突如現れ、暴力を働いてきた。ただでさえあり得ない展開だというのに、その上コンクリートを素手で砕くなど一体なんの冗談か。


 だが自分の目で視認できる現状はあまりにもリアルすぎて、現実逃避はおろか拒絶すら許してはくれない。

 大男の眼がぎろりとこちらを見たのを確認し、きっとその拳の餌食になるのは今度こそ自分なのだろうと悟った。

 足がもたつきバランスを崩している今の状態では、回避ができない。

 ああ、なんて呆気の無い人生だったのだろう。諦めにも似たそんな感想が、脳裏に浮かぶ。

  

 しかし結論から言えば、そうはならなかった。


 龍樹に向けられていた大男のギラついた眼光が、後方へと移る。

 そしてその音(,,,)を察知すると、地面から拳を引き剥がし、巨体を揺らしながらどこかへと走り去っていく。


「……た、助かった」


 遠ざかっていく大男の背中を見ながら、龍樹の口からは安堵の息が漏れる。


 だが突如として現れた非現実はまだ終わりではなかった。


 何が起こったのかは分からないがとりあえず脅威は去ったと龍樹が胸を撫でおろしていると、曲がり角の向こう側から、また足音が聞こえてくる。

 もしかしてさっきの大男はこれを聞いて逃げたのだろうか。そう考えた瞬間身の毛がよだち、動悸が激しくなる。

 あの大男が逃げるほどの何かはヤバいに決まっている。

 その見解に至った龍樹は自分もどこかに逃げなければと辺りを見渡すが、左右にある塀は三メートル近くありとてもじゃないがよじ登れない。これだけ狭いと枝道のようなものも無く、まさに絶体絶命。

 そうして焦燥感に駆られているうちに足音はすぐそこにまで迫り、やがてその正体を現す。

 ビクついた少年は何もしないよりはマシだとへっぴり腰で身構え、もうなるようになれと、拳を握った。


 だが曲がり角から現れたその姿を見て、呆気に取られる。


 そこから現れたのは女だった。

 より正確に言えば少女と、鳥。

 風に乗って甘ったるい匂いが先行したかと思えば、次に姿を現したのは金髪碧眼ツインテールで、頭には小さな冠のようなものを被った謎の美少女。

 食パンはくわえていなかったが全く予期していなかった人物像に、龍樹は面食らってしまう。

 それは向こうも同じようで、少女はそこで呆けている龍樹を視認すると、目を見開いた。

 こんな時に何だが、それを見た龍樹は綺麗だなと思った。

 磨き上げられたような光沢を帯びた碧眼。その瞳にはへっぴり腰の少年を映し出すほどの透明感があり、見る者を吸い寄せるような引力があり、少し触れただけで壊れてしまうのではないかというほどの、儚さがあった。


「もうあんなに距離が、走っても追いつかねえぞ姐さん!」


 すぐ傍で羽ばたいている鳥が切羽詰まった様子で言うと、少女はハッとしたように我に返る。

 そしていやちょっと待て、と更に思考がこんがらがる龍樹に対し、叫んだ。


「しゃがみなさい!」


 怒声ともとれるそれに委縮し、龍樹は思わず言われた通りにする。


 するとどうだろう。

 曲がり角を横滑りしながら現れた彼女の手には見えない何かが纏わりついていて、そこだけ空間が歪んでいた。それがまるでピストルを撃つかのような挙措を取った女の掌から射出されたかと思えば、龍樹の頭上を掠め、見えない何かが飛んでいく。

 狭い道を驀進するそれは土埃をあげ、周囲にあるボロい建屋を震わせながら逃げる男の背中へと迫っていき――二十メートルほど先にいる男は、それに気づいた。

 男は忌々(いまいま)し気に振り返り、近場にあった自動販売機に手をやる。そしてコンクリートをも砕く腕力を発揮させ三百キロ近くあるそれを軽々と動かし、盾のように位置取らせた。

 空気を裂きながら飛んでいく何かと自動販売機はほどなく衝突するとけたたましい音と共に衝撃をまき散らし、辺り一帯に暴風が吹き荒れた。

 トタン式の壁が大きく揺れ、窓が震える。自動販売機の割れたアクリルが近くの室外機に叩きつけられ、塀に止まっていた鳥たちが逃げるように空へと羽ばたいていく。

 そして難を逃れた男の背中は曲がり角を曲がり、その姿が見えなくなってしまった。


「くそ、もうちょっとだったのに! 姐さん、まだ間に合う。俺が上空から」

「駄目よ」 


 少女の頭に乗った鳥の提案を、当の本人は断る。鳥はなんでだよと言いたげに少女を見るが、その視線を追って理解したようだ。


 少女が追走を拒否した理由は騒ぎを聞きつけ集まってきたり、二階の窓から顔を出した住民達を見たからだろう。

 それで鳥も納得したのか、そこから先の言葉は無かった。

 少女は悔しそうにあの男が逃げた方角を目で追ってから、やがて地面で尻もちを付いてる龍樹に視線を移す。


「大丈夫?」


 歩み寄り、手を差し出す。理解が追い付かず放心状態の龍樹は、半ば反射的にその手を取った。


「あ、ありがとう」

 

 引き起こされると、尻に付いた汚れを手で払う。それから改めてその人物を観察する。

 

 身長が百六十七センチの龍樹よりも低い背は百五十センチくらいだろうか。

 身なりは白のトップスに黒のミニスカート。

 頭には小さな銀色の冠がやや斜に被られており、透き通るような純系の金髪を結びつけ固定している。

 髪型は黒いリボンで蝶結びが織り成すツインテール。にも拘わらず、腰の辺りに届く程に長い。

 何よりも印象深いのは艶かしくも見える猫目。

 碧眼という点を見たところ、どうやら外国人の様だ。

 そして頭には言葉を話す変な鳥が乗っている。

 

 先の大男に続き現れた、謎の外国人美少女。

 色々とツッコミどころ満載ではあるが、まだ話が通じると判断した龍樹はとりあえず、


「えっと……誰?」


 と眉を寄せてみた。

 しかしその疑問に答える気は無い様だ。

 少女は集まってきた野次馬を確認し、龍樹がとりあえず無事だと判断すると――踵を返し、いたずらをした子供のように、逃げ出してしまった。


「……何だってんだ一体」


 元来た曲がり角を曲がり見えなくなった残像を見ながら、龍樹は呟く。

 後方を振り返れば、そこには砕かれたアスファルトと、転倒している自動販売機から鳴り響く警報音。

 頭の中が真っ白だった。起こった出来事に対してあれこれ推測を立てようとするも、思考が使いものにならない。

 それでも物事を考える余裕ができ九死に一生を得たあの場面を思い出すと、心臓が鷲摑みされているように圧迫される。

 動悸はいまだに収まる気配はない。いつものように通学をしていた道中に遭遇したあまりにも訳がわからない一連の流れに、しばらくの間は呆然とするしか術がなかった。 


「……あ」


 しかし周りの状況に気づくと、我に返る。

 通報を受けたのか騒ぎを聞きつけたのかは分からないが、遠くからサイレンの音が近づいてくる。

 自転車に乗った警官も迅速に駆けつけていた。

 警官は手帳片手に、そこにいる人々に事情聴取を取り始めている。

 その流れが、徐々に龍樹へと近づいていく。


(……何かややこしそうだな)


 基本、事勿れ主義の彼である。

 そもそも何が起こったのかを分かっていないし、どうせ自分一人の意見が無くったって、捜査にはなんの支障もきたさない。

 そう自分に言い聞かせると、色々と面倒な事になるのが御免な龍樹は素早く場を去ることにした。

前半端折りました。

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