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Blue-Bird  作者: 秀田ごんぞう
終章 ―― 青い羽根に導かれ ――
37/37

―― Blue-Bird ――

 『ジリリリ――』

 けたたましい音が聞こえてくる。非常に不快な音が僕の頭の上の方から聞こえてくる。

 僕はその音に耐え切れず目を開けた。

 見たことがある天井が広がる。体にはタオルケットが一枚かかっている。どうやら僕は布団の上に寝ていたようだ。

 ここは……僕の部屋だ……。

 不快音をふりまく目覚まし時計を手に取りスイッチをオフに切り替える。時計の針は七時を指している。

 僕が状況を整理できずにしばらく呆けていると、下の方から声が聞こえてくる。これは母さんの声だ。

 「早く起きなさい~!」

 みょうに懐かしい気がした。

 母さんの声で布団から飛び起きた僕は、そばにあった制服に着替え、カバンを持って部屋を出て、階段を駆け下りた。

 居間の戸をあけると、プーンとカレーの匂いが漂ってくる。

 台所では母さんが鍋をあっためている。父さんは新聞を広げている。

 僕は久しぶりに父さんと母さんの姿を見たような気がして、なぜか一筋の涙がこぼれた。母さんは、突然涙を流した息子に驚いて

 「シュウ? どうしたの?」

 「いや……なんでもない……」

 僕は袖で涙をぬぐった。父さんも不思議そうに僕を見つめている。

 「そう? ならいいけど。ほら、早く食べないと遅刻しちゃうわよ!」

 母さんが持ってきたのはカレーだ。スパイスの効いた刺激的な香りが僕の鼻を通過した。

 「いただきます」

 カレーをスプーンで一つすくって口に運ぶ。その少しピリッとするような辛さは何ともいえない懐かしさを僕に感じさせた。僕は夢中でカレーを口に運ぶ。気づけば皿を支えている僕の左手には涙の滴がぽたりと落ちていた。

 「本当に、どうしたんだシュウ? 具合でも悪いのか?」

 父さんは新聞を閉じて心配そうに僕を見つめる。

 「……美味しいんだよ。このカレーが……」

 「あら、そんなに美味しかったかしら?」

 「はっは、なら結構なことだな」

 僕は五分と経たないうちにカレーを食べ終えてしまった。

 「母さん今日は何日だっけ?」

 「あんたねえ……まだ寝ぼけてんの? 今日は七月七日。七夕でしょ」

 今日は七月七日……。どういうことだ……? 僕がレイゼンベルグに行ってから長い月日が流れたはずだ。それなのにこっちに戻ってきてみれば、七時間しか経っていない。そんなバカな……。レイゼンベルグでの出来事は僕の夢だったのか? ポポやフロル、ユーリそして、ティアに出会い旅をしたことは夢だったのか? いや……そんなはずはない。僕の記憶には強く強く焼けついている。あれは決して……夢なんかじゃない。僕はそう信じた。

 僕が口に手を当て考え込んでいると父さんが言った。

 「おいシュウ! 早くしないとバスが来るぞ!」

 いけない! バスに乗り遅れては遅刻確定だ。僕は急いで食器を片づけて身支度を整えた。

 「じゃ、行ってきます」

 「「行ってらっしゃい」」

 僕は家を出て、バス停へと急いだ。

 少し走るとバス停が見えてきた。よかった……まだバスは来てないようだ。と、同じ制服の少年が立っているのに僕は気が付いた。

 「よう、シュウ! ぎりぎりセーフだな!」

 「はあはあ……何とか間に合った。おはようフロル」

 「フロル? 誰だそりゃ? シュウ、お前寝ぼけてんのか?」

 僕は目の前の少年をついフロルと呼んでしまった。髪や瞳の色、身にまとう衣服などは異なっているが、レイゼンベルグでの友人フロルとそっくりな顔のフミヤは変な顔をする。

 「ごめんフミヤ。あっバスが来たみたいだよ」

 僕とフミヤはバスに乗り込む。幸いにもバスの中は混み合っておらず、席に座ることが出来た。

 「はあ~学校めんどくせ~」

 フミヤが愚痴をもらす。

 彼の愚痴を聞いて僕は改めて実感した。僕は帰って来たんだ……レイゼンベルグから……。

 僕を乗せたバスは進む。やがて、トンネルに入った。先ほどまでとはうって変わって、車内は暗くなった。

 横をちらりとみるとフミヤはよだれを垂らして眠っていた。

 僕は物思いにふけっていた。



 ――今頃、皆はどうしているんだろう……。ゲンジイの話によると、僕のことはもう覚えていないだろう。平和を取り戻した世界で皆、それぞれの生活をしているのかな。

 フロルはお兄さんの弔いをするって言ってたな……。お兄さんにはずっとフロルを見守っていてほしいな。

 ユーリは村の復興をするって言ってた……。エルフの村の復興――とっても難しいことかもしれないけれどもユーリならさくっと出来ちゃいそう。少なくても僕は彼女ならやり遂げて見せるだろうと、そう信じている。

 ティアは……今何をしているのだろう? 皆についていくって言ってたけど……。もしかしたら……また旅でもしてるのかな……。



 気づくとバスはトンネルの出口に差し掛かっていた。

 トンネルを抜けると、窓からまぶしいばかりの日差しが差し込んでくる。陽光は僕の顔を照らしだす。思わず僕は目をつぶった。


 授業が終わった僕とフミヤは例によってユッズの家で遊ぶことになった。

 「おう、いらっしゃい」

 ドアを開けて出てきたユッズの顔を見た僕は思わず叫んでしまった。

 「ッ! ゼルネス!」

 フミヤもユッズも僕を変人を見るような目で見つめた。

 「あのさ、シュウ。お前やっぱ今日おかしいって」

 「急に叫びだしてびっくりしたよ。何だいゼルネスって?」

 「いや……ごめん。別に何でもないんだ。ごめんね」

 どうにも慣れない。目の前の眼鏡をかけた少年は僕の友達であるユッズだとわかっているはずなのに、レイゼンベルグで死闘を繰り広げた『《魔王》ゼルネス』にそっくりなその出で立ちを目にすると、どうしても身構えてしまう。

 ともあれ、ユッズと思う存分ゲームで対戦した後には、もう、友達としてのユッズとして自然に接することが出来るようになっていた。

 日も暮れたころ家に帰り、晩飯を食べて風呂に入り、今日が七夕というのも忘れ、僕は普通に床に就いた。

 それから毎日、僕はレイゼンベルグにいた時とは全く違う、日本の普通の高校生の日常を送っていた。学校へ行って授業を受けて、フミヤやユッズと楽しく遊んで、家に帰ってだらりと過ごす。そんな毎日、ごく当たり前の日常が続いていた。

 そんな中、ある一つの思いが僕の中で日に日に強く、そして大きくなっていった。



 僕がレイゼンベルグから帰ってきて約一か月の時が過ぎようとしていた。

 僕の通う東南高校も夏休みに入ったので、僕も友人たちと気ままな日々を過ごしていた。

 しかし、僕は何とも言えない物足りなさというか、物寂しさみたいなものを感じずにはいられなかった。

 そして今も、布団に入ったものの、不快な暑さのせいで寝つけずに、悶悶としていた。

 夜になったというのに、真夏ということもあって暑い。

 このままいても寝られそうになかったので、僕は布団を這い出し、散歩に出かけることにした。

 外に出ると夜空にはきれいな星がまたたいている。

 心なしか部屋の中よりもいくぶん涼しい。

 八月六日。仙台は七夕祭りで盛り上がっていた。世間一般では七夕というと七月七日である。しかし、仙台ではそれから一か月遅れた八月七日を真ん中にして三日間七夕まつりというお祭りが開催されているのだ。大きな七夕かざりが一番町のようなアーケードにたくさんかざりつけられていて、目を楽しませてくれる。東北三大祭りの一つにも数えられているけっこうすごいお祭りなのだ。

 そのせいか、散歩をしていると、どこかでロケット花火をとばす音が聞こえてくる。

 家の近くの原っぱまで僕はやって来た。

 穏やかな風がさらさらと流れる。風が草をゆらし、僕の耳に草のこすれる音が響く。

 僕は空を見上げた。

 空でまたたいている星を見ていると不思議と涙が一滴零れ落ちた。

 ――ティアに会いたい――

 その思いは僕の心の中でだんだん強くなっていた。もう会えない。そんなことは分かっている。だって、僕とティアは生きる世界が違うのだから。でも、布団に入って枕に頭をうずめる度に僕は思い出してしまう。ティアと過ごしたレイゼンベルグでの日々を。

 僕は彼女が好きだった。きれいな緋色の髪を手でかきあげるしぐさ、剣をとり敵に立ち向かっていく彼女、苦しくて泣き出しそうな彼女、虫に驚いて飛びついてくる彼女、恥ずかしくて赤面する彼女、まるで天使のようなその笑顔。そのどれもが僕には愛おしかった。

 しかし、それは抱いてはならない思いだと僕は自分を牽制する。しかし、どうしても抑えることが出来ない思いは、僕に重く圧し掛かる。

 涙をこぼしながら夜空を眺めているとき、突然一筋の流れ星が現れた。

 僕は必死でお願いした。

 ――ティアに会いたい――と。

 昔から流れ星が現れて、消えてしまうまでの間に願いを三回言うことが出来たならその願いは叶うという言い伝えがある。

 三回言えたかどうかは分からない。

 流れ星にお願いしたって無駄だということは分かっている。でも、僕は願わずにはいられなかった。

 涙をぬぐって僕は家に帰った。

 翌日、家でテレビを見ていると、チャイムが鳴ってフミヤとユッズがやって来た。

 「シュウ、七夕まつり行こうぜ」

 「今年はなんか芸能人くるみたいだし行ってみようよ」

 僕はあまり乗り気ではなかったが

 「家にばかりいないで、行ってきなさい!」

 との母さんの一声で七夕まつりに行くことになった。

 一番町でバスを降りると、休日ということもあってか人がごったがえしていた。

 「すっげえ人だな!」

 と、フミヤ。

 「まあ、七夕だしいつものことだろ」

 ユッズはどこか冷めたようにつぶやいた。

 「で……どうすんの? とりあえず僕は暑いんだけど」

 「んじゃ……三十分くらい自由行動にしようぜ! 集合はこのバス停な」

 「…………まあ、いいよ」

 「僕も別にいいけど」

 「じゃあ、決まり!」

 フミヤは公園目指して駆けて行った。なにやら、近くの公園でサイン会をやってるらしく、彼はそれが目当てのようだった。

 「ユッズはどうするの?」

 「俺か? 俺は……特売品でも探しに出かけるかな。フッフッフ……」

 怪しい笑みを浮かべながらユッズは人ごみの中に消えて行った。

 さて……僕はどうしようか。とりあえず、もう少し人の少ないところで落ち着きたい。

 そう思った僕は歩き出した。

 アーケードから一本外れた通りは思ったよりも人が少なかった。しかし七夕かざりはしっかりかざりつけられている。色とりどりの七夕かざりが目を楽しませてくれる。道行く人々は観光客っぽい人から、地元っぽい人まで様々だ。

 かざりをみながらぼんやりと歩いていると、ふと僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 周囲を見回してみてもそれらしい人物は見当たらない。僕は気のせいかと思ってそのまま歩き始めた。

 青い羽根が一枚僕の前にふわりと落ちてくる。

 僕は何気なくその青い羽根を手でつかんだ。

 その時だ。僕の前から風がびゅんと吹いた。

 僕は突風に一瞬目をつぶる。

 僕の前にあった大きな七夕かざりは、風で真ん中の部分がふわっと開いた。

 僕はそっと目を開けた。



 











――――そこには緋色の髪の少女がいた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

小説「Blue-Bird」完結です。

ここまで投稿できたのは、ひとえに読者の皆様のおかげであると思っています。

今回、webに掲載した「Blue-Bird」は僕が初めて書いた小説でした。初めての小説は時に躓くこともありましたが、何とか最後まで書き上げることができました。そして、初めて新人賞というものに応募しました。電撃小説大賞、という新人賞でして、応募したのが4月のはじめ。結果は一次選考落選でした。

しかし、初めて書いた小説というだけあり、自分の中では心に何か感ずるものがあって、このままごみ箱に捨ててしまうのはなんだかもったいないなぁという気がしました。そういうわけで、ここ、小説家になろうに掲載させていただいた次第です。

投稿ミスでわけわからない展開になったりと、失敗も数多くありましたが、こんなにも多くの方に見ていただいて、本当に感謝感激です。拙い作品を最後まで読んで下さり、本当に、感謝してもし足りません。

これを糧に、いつの日か、Blue-Birdを改稿してより良い作品として、読者の皆様にお届けできれば、と思います。

最後にもう一度。


最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。


それでは、またいつの日か。

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