不老不死2
自己評価としましては、もっとこの世界観にマッチした精巧な文体で書けなかったかと心残りでなりませんが、これが現在の自分の実力なので仕方がありません。いちおう人さまに読まれても恥ずかしくない程度に推敲は重ねましたが、誤字脱字、アドバイス等があればお気軽に教えてください! よろしくおねがいします。
「よく聴くがよい。――迷える子らよ。かよわき子羊たちよ」
現在はだれにも使われず、完全に廃墟と化した旧体育館内で、不潔にのびたヒゲ面の男が演説を行っていた。
「我が同胞、我が同志たちよ! 諸君らは選ばれたのだ。もちろん私などにではない。天空界に居住しておられる『お神様』にであるぞ」
壇上にいるヒゲオヤジはマイクを使って声を響かせていた。
体育館内では、「うおー!」という歓声が上がった。
そのたびにたまっていたホコリが舞いあがり、人々はむせかえるはめになる。
ステージの上で衆客を見おろしていた『教祖様』は満面の笑みをたたえ、
「歓喜を喚起しろ! 『お神様』の代弁者であるこの私が、いちいち諧謔を弄さずとも、諸君らは喜色満面の喜悦に満ちた表情へと変貌することだろう。それだけに、『お神様』からさずかった吉報は想像を絶するものであるぞ!」
うおーっ! と信者たちは再び熱狂につつまれる。
しばらく声がやむのを待ってから、教祖様は続けた。
「こたび『お神様』に謁見したとき、頂戴いたした品がある。――オブラートに包まず、単刀直入に言うと、薬なわけだが――その薬品が大変な劇薬であることが判明したのだ」
一同がかたずをのむ気配が、空気を通して伝わってきた。
「なんとその薬は人類の長年の夢である、『不老不死』になれる薬なのだそうだ。『長寿になれる薬』というのは、じつは世間一般に流通していることくらい知っておろう。――健康食品等の類だな。しかし……」
言葉を切って、教祖様は静かに言った。
「この薬は本物だ。相違ない」
館内は、ワッ! とどよめかなかった。それどころか重苦しいほどの沈黙がたれこめた。
「騒がしくならなかったのは正解だぞ」
教祖様は感心して言った。
「『お神様』は見ておられるからな、諸君らの一挙手一投足を。人間の強欲な醜態をさらしてしまえば、その万年の薬も、致死率100%超の、それこそボツリヌス菌なみに毒素の強いものへと変化するところであった」
えーっ、こわーい、などの用語が飛び交い、人々は錯乱しはじめたが、
「案ずるでない」
という、教祖様の言葉ですぐに清閑となった。
「諸君らは容認されたのだ。『お神様』の深いふところに入ることを――」
聴衆はまだ耳を傾けたままだった。
「さあ皆の衆、この薬を受け取るがよい」
教祖様が促してもだれひとりとして動こうとはしない。
「日本人らしく先んじることを恐れる気持ちはわかる。しかし、それでは前に進まぬぞ」
「ですが、教祖様。毒が入っているなどと言われた薬をいただくわけには……」
信者の1人が進言をしてくれた。
「毒? ――ああ、あの発言か。言い改めよう」
教祖様はマイクの電源を入れ、
「安心なされよ。毒は混入しておらぬぞ! お神様は邪な心を持つ者にのみ制裁をくだす。いままで大枚をはたいて多額の寄付を決行した諸君らは美徳な精神の塊であるはずだ。そのような聖者にだれがバチを与えよう?(いいや、与えない)それでも不安だというならば、私もいっしょに飲み下そう。それならばよかろう?」
「まってください!」
横やりが入った。
「邪心でも野心でもないので、心おだやかに聞いてくださいね」
その信者は言った。
「現在おっしゃられた薬は、友だちや家族に譲渡することって可能ですか?」
「譲渡――? そんなことをしたら、あなたはどうなるのです? 私が2個わたすとは限りませんよ。そうしたら不老不死もなくなるのですよ……せっかくの寄付金だって」
「承知の上です。ですが、せめて……大事な人には長く生きてほしい」
「大事な人。ふむ……恋人とか、妻とかかね?」
教祖様はつねに公明正大で、一視同仁な応対をすることのできる稀有な老年男性である。おまけに温厚篤実、寛仁大度、旗幟鮮明、自由闊達、桃李成蹊、春風駘蕩、千軍万馬、泥中之蓮、金甌無欠、天空海闊、呑舟之魚、八面玲瓏、光風霽月、飛耳長目、南洽北暢、老驥伏櫪、無欲恬淡ときている。(性格が破綻してます)
それ故、だれのどんな質問にでも答えるのだ。いや吞舟之魚だったら逆に答えないかもしれないが、それは前文の四字熟語で撤回、相殺されているので気にしないで欲しい。
「いえ、娘なんです」
信者は重い口を開いて、「そろそろ保育園に通おうという年齢の、まだ幼いちいさな子供でした。子どもではなくて、子供です」
教祖様は大きくうなずいた。
「なるほど。ご家族を亡くされたのですね、さぞ悲しかったことでしょう」
教祖様はそこだけに共感するのではなく、しっかり人の心すべてに同調し、
「子供という漢字は私も嫌いですよ。大嫌いです。子に供えるなんて、縁起が悪いし、胸糞悪い! 老に供えるの方がよっぽどしっくりきます……。老供。オイトモ、ロウキョウ、なんてね。こんなことを言ったら反感くらうかもしれませんが、『子供』なんて漢字をつくった馬鹿の方がよっぽど叱責されるべきなんですよね。この馬鹿、くたばれ! なんちゅう感じ悪い漢字を。そうはいっても死人は生き返ることはありませんが」
教祖様はがっくりと肩を落とすばかりであった。
暴言を吐くところが、意外ではあったが――それでもその心遣いが、言葉遣いが、信者の胸に浸透してきたことは事実であった。
「ありがたきお言葉、もったいなきお言葉、比類なきお言葉、恐縮に存じます」
その信者は、教祖様を憧憬の眼差しでみつめ、美辞麗句を並べたてた。
「陶酔境にひたって恍焉としてしている自分が浅ましく思えてきます」
むっ? ――それって誉めているのか? 私の話を聴いてうっとりしている自分が浅ましい。私なんぞのくだらぬ話に一喜一憂している自分が愚かしいと、そう言いたいのであろうか。
教祖様は深慮に千慮を重ね、言葉を選びながら、毀誉褒貶であるのか、たんに甘言を弄しただけなのかを探ることにした。
信者以外のヤジ馬はしょうじき邪魔なのだ。
とはいえ、今日の講演会が催されることを知っているのは、信者のなかでもゴールド会員ばかりのはずなので、杞憂ではあるのだが。
「貴公はさきほど浅ましいと述べたが、具体的にはどのような所に浅ましさを感じたのかね?」
教祖様は訊いた。
「ははぁ、さすが教祖様! 私の独言も逃さず聞きとり、毒言であると嫌疑をかけてくるとは。しかし、ご判断を誤りましたね。すばらしい慧眼をお持ちのようですが、それはただの老眼なんでしょうか」
「――っ。……なんだ、と……」
何者だよ、コイツは。
ええい、余計なことを吹き込まれたら厄介だ。さっさと始末せねば。
「貴様! 何奴かは知らぬが、お神様を愚弄するつもりか!」
「愚弄だか、徒労だか、トロサーモンだか知りませんが、わたしゃあ生より炙りのほうが好物です」
「だれもトロサーモンの話なんかしていませんよ。それより皆さん、この大馬鹿野郎をひっとらえてください」
ところが、その他大勢の信者たちは芳しい反応を示してはくれなかった。
「やだっ!」
「うざい」
「なんだよ、女将様って……バッカみてぇ」
「おれは、女中様のほうが好きだな」
「おれもおれも」
「女郎様もよくない? 遊女って身持ちが軽いし」
「わかるわかる」
「淑女もいいよな、身持ちが堅いけど、そこがエロい」
「そうなんだよ」
「それに比べてお神様ってなんだよ。神道でも究めたつもりかっていうんだ」
「言えてる」
いったい、どういうことだ。――教祖様は焦心したため、小心になっていた。
「いったいどうしました? さきほどの虚言妄言をほざいた男にでも感化されましたか?」
理由をたずねてみる。
「まだわかんねーのかよ」
さきほど暴言を吐いた。――娘がどうのこうの言っていた男が口を開いた。
「我々は公安課の刑事だよ」
教祖様は愕然とした。
「近々この気持ちわるい宗教がうちの課で話題になっていてな。それで調査を進めた結果、国家転覆を謀略しているっていうじゃないの」
「だれだ……」
教祖様は弱々しい声音で言った。
「だれが密告した?」
「テメーだよ。馬鹿!」
「はっ……?」
なにを言うかと思えば。「私がみすみすそんなことを警察にいうわけ……」
「ネット上に公開しちまったろ? HPを。そんなに大々的に告知すりゃ、ばれるってわかんないもんかね」
「まさに千慮の一失。無念なり」
教祖様は肩を落とした。
「郷原は徳の賊って言った方が正しいぜ」
刑事は手痛く是正した。
「内に省みて疚しからず。我が良心を、我が信念を、貫き通しただけだよ」
と、教祖様は言った。
「そういうのを、野郎自大って言うんだよ」
刑事が否定すると、教祖様はすかさず、「用いらるれば行い舎てらるれば蔵る」と前置きしてから、
「どうやら私は、用行舎蔵をわきまえず、進退をみ誤ったようだ。これも神の定めた運命なのか」
作者は正直、こいつ等なに言ってるのかわからん、と思っていた。
「まさに、鼬なき間のてん誇りだな」
と刑事。
「そうですね、なにかおかしいと思っていましたが一葉落ちて天下の秋を知るべきでありました」
と教祖様。
「いやいや、始めはこちらも一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆというようなものだろうと軽々に判断をしていましたよ」
ごめんなさい。読者さま。
どうやらまだまだ続くようですが、そろそろ割愛させていただきたく存じます。
それゆえ作者が登場人物として参加してまいりますが、どうかお気になさらずに。
「一将功なりて万骨かる。ここまで成長できたのは部下のおかげですよ」
「ちげーよ、俺のおかげだよ」
と作者。「語彙がたりねーから難しいこと言えねーけど、さっさと閑話休題しろよ!」
「一斑を見て全ぴょうを卜したつもりでしたが、予想以上でした」
刑事はボク(作者)を無視して言った。
「恥ずかしながら、一髪千鈞を引く。くらいの覚悟はありましたから」
教祖様まで!
畜生。家畜の分際で~!
「黙れって言ったら、黙れ!」
ボクは半ギレ状態で言った。
「意馬心猿とは恐ろしいものですな」
「そんなんじゃありませんが、一敗、地にまみれた気分です。完膚なきまでに私の負けです」
ええい、面倒くさい!
しゃべったことを要点かいつまんで記述します!
彼らの弁舌が止まらないので。
「命長ければ恥多し、仕方ありますまい」
「有卦に入っていたようだ」
「それをいうなら、因果の小車もつけ加えた方がいいです」
「牛に引かれて善光寺参りをしていたつもりでしたが」
「なるほど。どこの宗派かは知りませんが、鰯の頭も信心からですな」
「ちがいます。鵜の真似する烏水に溺れる、なんでしょう」
「易者身の上知らずとかです?」
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。とにかくお神様は偉大です。貝殻で海を量るような真似はしない方がいいです。下海は細流を択びません。管を以て天を窺うことは避けてください」
「失礼だが、鼎の軽重を問いたい」
「大行は細謹を顧みず。いずれわからせる日が来ます」
すみませんね、意味わかんないことばっかり書いて。
今度からキャラクターの方にも、気をつけさせますので、平にご容赦を。
のちの調べによると、こういうことだった。
『あるとき教祖様は、ほんとうに神の声が聞こえたらしい。それも鮮明で明瞭な声が、である。傲慢にも自分は神の使者であると錯覚した教祖様は、その能力を使役し、私腹を肥やすことをもくろんだらしい。――そんなある日、お神様と称する天の声からある非情な命令がくだされた。それは日本人を――いや、世界の人々を大量虐殺せよ、との指令だった。むろん、そのようなことのできる度量も度胸もなかった教祖様はお神様に許しを請い、別の計画に差し替えてもらうことにした。それが不老不死の薬、製造計画である。一見すると当初の計画とは、まさに正反対のものではあるが、じつは根本的には同じようなものであったのだ。つまり、不老不死というのは真っ赤なウソで……というわけでもなく、本当なのだが、人々の想うそれには抜本的な間違いがあったのだ』
警察署内の取調室で、教祖様は正解を発表した。
「要するに死んでしまえば、もう死ぬことはないし、老いることもない。だから不老不死。もうお分かりでしょう。不老不死とは、死した状態のことなのです」
自家撞着してるじゃねーか、刑事はあきれ顔で言った。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
感謝、感激、感無量です。
もしご都合がよろしければの話ですが、感想なんかをいただけたら嬉しいです。