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メイド、萌えを知る

「や、やります……」

「ふむ、千晴がそういうのであれば、私も及ばずながら手伝おうではないか」

「そうだねー、じゃあ私もー」

「……ちょ、みんな……はぁ、仕方ないです」

 というわけで、御主人様を筆頭に四人は手伝いを引き受けてくれた。

「ありがとう、じゃあ早速着替えを用意するよ」

 すっかり本来の調子を取り戻した高木が嬉々とそれぞれのサイズにあったメイド服を取りに行く。

「恵一、いいの?」

 涼子がちょっと心配そうに尋ねてくる。

「―――しゃあない。千晴がやるって言い出したんだから」

 そう、俺はメイド。躾を任されてはいるが、御主人様の行動を止めることは出来ないのだから。





 事の顛末は矢張り、高木の弁舌によってのものだった。

 俺が言い負かしたのを逆に利用して、実に巧妙に御主人様を説得してしまったのだ。

 現在、御主人様たちは涼子と天橋、それに山下の三人に着替えと化粧を手伝ってもらっている。男達は最終的な準備を急ぐ。

「あと10分で開始だ。高木、コーヒーの準備!」

「うむ、わかった」

「仁科、店内のカーテンを全て開けてきてくれ」

「了解!」

 雄介が指示を出し、俺と高木がせわしなく動く。そうこうしているうちに、手際の良い山下が着替えを手伝っていた姫子がメイド服姿で登場した。

「お兄さん、どうですか?」

 にこにこと笑いながら、姫子はくるり、と回ってメイド服のお披露目をする。ちょっと幼いが、逆にそのアンバランス加減がなんともいえない可愛らしさを醸し出している。

「おう、いいんじゃないか?」

「ああ、可愛いな。期待してるぞ」

 俺と、横に居た雄介も頷く。初々しいメイドと言った感じでとてもよろしい。戦力になるかはわからないが、客引きにはもってこいではないだろうか。

「じゃあ天王寺さん」

「姫子でいいですよ〜」

「そ、そうか。姫子ちゃん。最初は店の前で看板持って客引きお願いな」

 雄介、早速姫子の持ち味を最大限に活かすつもりか。高木ではないが、なかなかこいつもしたたかである。

「天橋さんと二人で頑張ってくれ」

「わかりました〜」

 天然二人に任せるのはちと怖いが、まあ店でドジしそうだし、ちょうどいいのかも知れない。


 続いて、漣が隣からやって来た。どこか自信に満ちた顔である。

「お兄さん。萌えるか?」

「否!」

 速攻で否定する。漣は少し驚いたようだが、次の瞬間――

「ご、ごめんなさい……」

 と、実に申し訳なさそうに目を伏せて、手をもじもじとさせる。途端、なんだか急に申し訳ない気持ちが湧いて出る。なんと言うか……可愛いのだ。

 伏せた目と、どこか弱々しい仕草。こう、全てを許してしまいそうな――

「……お兄さん、鼻の下が伸びているぞ」

 ころり、と漣がいつもの態度のでかさに戻る。演技だったのだろうか。本当に食わせ物である。

「ふむ、これは使える」

 漣はよくわからないことをぶつぶつと呟きながら、雄介のほうを向き、何をすべきか聞いている。こいつはこいつで仕事熱心なのだろうか。


「……お待たせしました」

 続いて巴が恥ずかしそうに入ってくる。途端、男達の目が奪われる。

「お、おい。高木……」

「ああ、僕も驚いた」

 雄介と高木が巴に視線を送ったまま、手の動きを止めて見蕩れる。無理も無い。恥ずかしそうに顔を俯ける真っ赤なメイド―――可愛くないはずがない。

「あ、あの……」

「巴ちゃん、だったね。すごく似合っているよ」

 高木が真っ先に反応した。

「恥ずかしいです…」

「そんなことはないさ。胸を張っていい。僕が保障するよ」

 すっかり高木のペースである。雄介も俺も何も言えない。

「困ったことがあればすぐ僕に言うといい。安心して、忙しいときだけでいいから手伝ってくると嬉しい」

「は、はい……」

 高木は持ち前の良く動く舌で巴を言いくるめる。巴も巴で、安心したらしい。表情も穏やかになっている。

「高木……あんなヤツだっけ?」

 普段の学校生活からは考えられないのだろう。雄介がぽかんと口をあけて二人の様子を見ている。

 俺からすれば、まあ御主人様への態度も見ているのでそこまで吃驚することでもないのだが、矢張り面食らってしまった。しかし、恋人がいるのにこの態度、どうにも解せない。軟派なヤツではないと思うのだが。


 最後に、御主人様が涼子と山下、天橋に連れられてやってきた。しかし、恥ずかしがって中々教室には入れないらしい。ドアのすりガラスの向こうでシルエットが首を振っている。

「仁科、妹さんを連れてきてくれ」

「ああ、しかしあれで役に立つのかねぇ?」

 雄介の言葉にドアに向かうものの、今からこれでは先が思いやられる。ここは、高木の出番だ。

「おい高木。アレ、なんとかしてくれないか?」

「うむ、時間がないな。僕が行こう」

 こういうときこそ、高木が役に立つのだ。巴のときのように御主人様を落ち着かせてくれることだろう。

 高木がドアを開ける。そして天橋に一声かけてから御主人様を見る。そして、動かなくなった。

「――どうしたんだ、高木のヤツ?」

 雄介が首をかしげる。確かに、高木は喋るでもなく、動くでもない。どうしてしまったのだろうか。

 そしてしばらくそのままで、30秒ほどしてからようやく動きだした。しかし、何故かこちらに戻ってくる。

「おいおい、どうしたんだよ?」

 すかさず俺が尋ねる。しかし高木は何故か肩で息をしながらがくりと膝をついた。

「……あ、あれは……僕には無理だ。到底敵わない。まさか、ここまでとは」

 意味のわからない言葉を並べる高木。うっすらと額に汗までかいている。

「仕方ない、俺が行く」

 どこか恍惚とした表情の高木を雄介に任せて、ドアに向かう。

 あの高木があそこまでになるとは、一体どうしたというのだろうか。不安ではあるが、開けぬわけにもいくまい。ゆっくりとドアを開ける。

「あ、あぅぅ……」

 御主人様が居た。周りに涼子や山下、天橋もいる。

「一体どうした……!!!」

 御主人様に目をやった瞬間、高木の気持ちがよくわかった。

 御主人様は顔を真っ赤にさせて、恥じらいの表情を見せている。それだけではない。ゴスロリとも言える服装は見事なまでに御主人様に似合っていて、えも言えぬ不可思議な―――見た者に破壊的なダメージを与えるような姿だったのだ。高々メイド服、されどメイド服。一挙手一投足全てが御主人様を引き立たせる。

「あ――あの、その……」

 言葉が言葉にならない。何だ、この圧倒的なまでのプレッシャーは。どこをどうしたらこんなにメイド服が似合うというのだ。

「あぅぅ……」

「御主……いや、千晴……」

「―――は、恥ずかしいですよぅ」

 御主人様は口元に手を当てて俯く。俺も俯く。駄目だ、高木の二の舞になってしまう。もう時間もない。

「千晴、ちょっと来い」

 強引に御主人様の手を引いて教室に入る。

「御主人様、大丈夫か?」

 誰にも聞かれぬように、隅に寄って小声で尋ねる。御主人様は完全に縮こまっていて俯いているばかりだ。

「あ、あのだな。似合ってるし、今日は祭りなんだから恥ずかしがることもないんだが……それでも無理なら、そう言えばいいぞ」

 この調子では居てもしょうがない。その言葉は言わずに飲み込んでおいた。

 御主人様はおずおずと上目遣いで俺を見る。その仕草に思わず息を呑んだ。服一つでここまで変わるものなのだろうか。世のオタクと言われる人々の気持ちが、わかるような気がした。

「け、恵一……」

 御主人様がか細い声で俺の名を呼ぶ。

「あ、あたしが……やるって言いました。その、あたしだけが……無理とか、言えないです」

「……ああ、だけどな、その調子じゃ……」

「……人前、慣れてますから」

 実に意外な言葉が出てくる。御主人様が人前に慣れている?

 まさか、俺一人ともロクに喋れなかった御主人様が?

「あたしは、これでも鈴ノ宮財閥の会長の一人娘です。それ相応の教育もされました。時には、偉い人と対面せねばならない機会もありましたから」

 御主人様が淀みなく言葉を紡ぐ。その今までとのギャップに今度は完全に面食らった。

「仮面の被り方ぐらい、わきまえています」

「御主人様……」

 否、これは……この目の前の少女は俺の御主人様なのか?

 先ほどとは打って変わって、小さいながらも澄ました顔と、落ち着いた物腰。優雅とも言える身のこなし。あのひどくたどたどしい御主人様は何処に行ったと言うのだろうか。

「……見知らぬ人に恥ずかしがる道理は、ありませんね。一日メイド体験も、悪くはないでしょう」

 にこり、と微笑んで御主人様は雄介のところに向かった。今日の段取りを漣と一緒に聞きはじめた。

「……仁科、どうした。千晴ちゃんは落ち着いたようだが…」

 高木がやってきて、俺の顔を覗き込む。

「あれは、仮面だとよ」

「仮面?」

「ああ、あいつは……御嬢様だし、あの性格だからな。仮面が必要だったんだろう」

 まだ、年端もいかない女の子が、仮面を被る。そのことが、何故かひどく腹立たしかった。

「成る程。鈴ノ宮財閥の御令嬢……大物に対面しても、粗相のないように……か」

 高木は複雑な表情を見せたが、すぐに柔和な笑みに戻った。

「気にするな、仁科。君の所為じゃない。むしろ、全く面識のなかった君に今まで千晴ちゃんは仮面を被りはしなかった。そうだろう?」

「――ああ」

 高木の言葉はよく理解できる。けどやはり腑に落ちない。世界観をぶち壊されたような、心に響くような重く、静かな衝撃がのしかかってくるような錯覚がした。

「お兄さん」

 気がつくと、高木の隣に漣が立っていた。いつものような不敵な笑みはない。

「心配することはない。あの千晴は何度も見ているが、気がつくといつものからかい甲斐のある千晴に戻っていた。家に帰れば、またいつもの千晴に戻っているさ」

「――だそうだ。今は戦力になるほうがありがたい。もうあんな千晴ちゃんを見たくないのであれば、ちゃんと彼女の人見知り癖を治してやることだ」

 漣の言葉に、高木がさらに重ねる。

 確かに、今は落ち込んでいる時ではない。御主人様のあのような姿を見たくないのであれば、次は俺がしっかりと落ち着かせてやればいいのだ。

「……さんきゅ、漣、高木」

「ふふ、構わない。お兄さんが戦力外になるほうが大変だろうからな」

「そういうことだ。さあ、いよいよ始まる。期待しているよ」

 いつもの不敵な笑みに皮肉を交える漣と、既に気持ちを切り替えている高木。

「よっしゃ、いっちょやってみっか!!」

「「おう!」」

 雄介と涼子が力強く応える。

「「うむ!」」

 高木と漣も頷く。

「「はい!」」

 巴と姫子が元気良く返事をする。

「「うん!」」

 山下と天橋も応えてくれた。

「……はい!」

 最後に御主人様もしっかりと、元気良く返事をした。


 そして、そのすぐ後、

『これより、第47回陽桜高校文化祭を始めます』

 本番を告げる放送が、学校中に響き渡った。


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