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メイド、遂に友を弄する

「到着いたしました」

 リムジンの運転席から、戸田のおっさんが相変わらず温厚な笑みを浮かべる。

「私は御嬢様と一緒に後から行きますので。恵一さんはお先にどうぞ」

 助手席に座っていた芦田女史が微笑んで言う。戸田のおっさんに車を回してもらう際に、仕事が休みだという芦田女史も御主人様の御世話役を買って出てくれたのだ。

「じゃあ、俺は2年D組だから、また後で」

「はい……後で、必ず行きますから」

 隣に座っていた御主人様が心なしか不安げに言う。

「頑張ってくださいね」

「お兄さん、また後で〜」

「―――存分に働くがいい」

 そして、何故かいる三人娘。昨日のうちに御主人様が連絡して、一緒に行くことになったらしい。まあ、御主人様も友達が居たほうが楽しいだろうし、別に構わないのだが――こいつらがいると、どうも調子が狂う。

「―――っし、行くか!」

 気合を入れなおしてリムジンを出る。人数が多いので普通の乗用車では間に合わなかったようだ。

 久しぶりに着た制服と、久しぶりにくぐる校門と――文化祭ということで派手にアレンジされているが、懐かしさを感じられずにはいられない。

 俺こと仁科恵一、17歳。およそ一ヶ月の時を経て、母校陽桜高校へ。悲しくもメイド喫茶の手伝いに参上。






 2年D組は何も変わっていなかった。食中毒ということで人は少ないが、懐かしい面々が揃っていた。

「仁科、仁科じゃないか!」

 女の子に手伝ってもらいながら、メイド服を着ていた男が、ふと俺の姿を確認して駆け寄ってきた。化粧が施されてあるので顔は誰だかわかりにくいが、この声はいつもつるんでいた仲間の一人、鵡海雄介むかいゆうすけだ。中性的な顔のつくりのせいで、声を聞かなければけっこう綺麗な女性に見える。再会の喜びもどこか遠くに消えてしまった。

「元気にしていたか。いきなり休学とか聞いて吃驚してたんだぜ」

「お、おう。まあ色々あってな。それより食中毒と聞いてるぞ。お前こそ大丈夫だったのか?」

「ははは、俺は食ってないから平気だ」

 雄介は少しはにかんで、ちらりと眼をさっきまで着替えを手伝ってくれていた女子にやった。あれは―――山下。山下実加子やましたみかこだ。そういえば、雄介と実加子は幼馴染とか言っていた気がする。

「鵡海君はいっつも実加子にお弁当作ってもらってるのよ」

 ふと、横から声をかけられる。こちらもメイド服を着ているが―――やや吊りがちな目の美人。こいつは五十鈴――涼子(いすゞりょうこ)。口喧嘩仲間というか、気兼ねなく喋れる、親友と呼べなくも無い存在。

「久しぶりね、恵一」

「涼子も――元気そうで何よりだ」

 どことなく、お互いぎこちない挨拶を交わす。中学時代からずっとつるんできて、何の連絡もせずに一ヶ月もいた記憶がない。だから、なんというか、むず痒いような気持ちになる。

「な、何の連絡も寄越さないで何してたの?」

「い、いや……まあ、忙しくてな」

 一ヶ月前なら皮肉の言い合いやら、口喧嘩やらに発展していたはずの会話も、中途で途切れてしまう。互いの沈黙が気まずい。

「―――仁科、五十鈴さん。見つめ合うのもいいが、時間は待ってはくれないのだが?」

 最近ではおなじみの低い声にハッとなる。教室の入り口に、学生服を着た高木がやや呆れた眼で俺たちを見ていた。こいつは、この暑い7月でも学ランである。

「た、た、高木君。見つめ合うって何よ、もう!」

 涼子は妙に慌ててそっぽを向いてしまった。高木はふむ、と一度うなるような声を出して、教室に入ってくる。

「そういや高木が仁科を連れてきてくれたんだよな?」

 雄介が山下に最後の化粧を施してもらいながら、尋ねる。

「ああ、まあね。それより仁科、妹さんたちを連れてきたぞ」

「はぁ!?」

 一般入場時間はまだ先のはずだが。

「いや、校門前にいた千晴ちゃんを見かけてね。ただ待つだけというのもアレなので、連れて来たんだ。こういうときに生徒会の肩書きが役に立つね」

「恵一、妹いたっけ?」

 高木の言葉に涼子が首をかしげる。雄介や山下も興味津々と言った感じで会話に耳を傾けているようだ。

「実物拝んだほうが早いね。千晴ちゃん達〜、入っておいで」

「は、はい……」

 高木に呼ばれて、御主人様がひょっこりと入り口から顔を出した。途端、山下と涼子から悲鳴に似た歓声が上がる。

「可愛いーー。可愛すぎる!!」

「千晴ちゃんって言うの?へぇ〜、可愛いね。何年生?」

「あ、あ、あぅ……あぅぅ」

 すっかりビビる御主人様。対人恐怖症というわけでもないのだろうが、涼子の勢いに完全に気圧されてしまっている。面白いので見物を決め込むことにした。

「あぅぅ、お、お兄ちゃん……」

 助けを求めるような目で御主人様が見てくる。しかし、ここはあえて見ないフリをする。面白いし、何よりいい加減御主人様の人見知りもなくさねばならない。

「あ、あぅ……た、高木さん……」

 あ、御主人様め。今度は高木に逃げやがった。高木は軽く頷いて、「お二人さん」と、涼子と山下に声をかける。

「千晴ちゃんは人見知りする子なんだ」

 ただ、その一言だけで涼子も山下も納得してしまった。相変わらず、言葉の使い方の巧いヤツである。しかし、せっかくの人見知りを直すチャンスだというのに、高木は少々余計なことをしてくれた。節介を焼くのが性分のような男だから仕方ないのだが。

「さあ、それより用意を手早く済ませようじゃないか。仁科、早速だが着替えてくれ」

 高木は矢鱈とにこやかに笑って、俺のところにメイド服を持ってくる。そして、手渡すと同時に、俺にしか聞こえない程度の小声で、一言、ぼそりと呟いた。

「考えてあるんだ、もっと、面白いことを」

 ―――高木、矢張り侮れない男である。


 その後、巴・姫子・漣の三人娘も御主人様に続いて教室に入り、急に寂れた教室に活気が湧いた。

 俺はかなり不本意ではあるが、メイド服を来て、さらに涼子に化粧を施してもらい、ついに身も心もメイドとなってしまった。スカートの感覚がスカスカして気持ち悪い。さらに誰が考案したのか、本来仕事着であるはずの服装のメイド服というのは、フリルやら何やら、ひらひらふりふりが妙に多くて気になってしょうがない。もし俺が御主人様の実家でメイドをすることになれば、こんなものを着せられていたのだろうか――芦田女史ならやりかねないのが怖い。

「はい、これでお仕舞い。恵一も鵡海君と同じで中性的な顔だから、化粧のやりがいがあっていいね」

 涼子が化粧道具を片付けて言う。

「簡単なお化粧ですぐ見違えるんだから、羨ましい」

「全然嬉しくねえよ」

 そりゃそうよね、と涼子がけらけらと笑う。ようやく、いつもの俺達に戻ってきたような気がする。馬鹿を言い合って、笑いあう。そんな、気兼ねしない関係。

「涼子、仁科君。今日の段取りを説明するから前に来て〜」

 既にメイド服に着替えた山下が教室の前のほうで呼んでいる。どうやら、全員が準備を終えたらしい。

 前に行くと、御主人様が俺の横にやって来た。俺の姿を見るなり、顔を背ける。注意深く見ると、肩が小刻みに震えている。このやろう、笑ってやがる。

「お兄さん。綺麗じゃないですか」

 御主人様の横にいた巴が微笑んで言う。この子なりに気を遣ってくれているんだろうが、矢張り笑いを堪えているのがわかる。そんなに可笑しいか。

「―――うむ、まあ、ウケ狙いとしては中々いい線ではないだろうか?」

 漣は……もういい。こいつのコメントなんざ最初から気にするつもりはない。

「お兄さん、後で一緒に写真撮ってくださいね!」

 姫子は――すっかり気に入ったらしい。既にカメラを用意して、満面の笑みを浮かべている。

「仁科達、そろそろ説明するぞ」

 メイド服を着て教壇に立っていた雄介が呆れたように言った。慌てて身体を前に向きなおす。ふと視界の端に高木が映ったが、どうしてか彼だけいつものように学生服のままだった。

「まず、今日の段取りだが――昨日の食中毒の所為で、人数が少ない。今回は他の出し物を見に行くのは諦めてくれ」

 場にいる全員――俺、御主人様、三人娘、高木、涼子、山下が黙って頷く。

「昨日のうちに隣の空き教室を飾ってあるので、後は本番でいかに動くか、それだけだ。高木、裏方は基本的にお前一人になるが、頑張ってくれ」

「うむ、やれるだけやる」

 高木はいつもと変わらぬ表情で頷いた。こういうときには頼りになるやつなのだ。

「それで、仁科と五十鈴さん、それと実加子はウエイトレス。注文をとって、高木のいるこの教室にオーダーを届ける。高木と協力してメニューを盆に持って、届けてくれ。ちゃんと伝票に記入してくれ」

 俺と涼子、それに山下がそれぞれ返事をする。まあ、それほど難しいことではないので大丈夫だろう。

「俺は会計担当。レジ係だ。暇なら仁科たちの手伝いをする。わからないことがあったら、俺に聞いてくれ」

 雄介は以上だ、と言って俺達を見回した。そして、

「そういえば、天橋あまはしさんはどうしたんだ。仁科が来る前は居た気がしたんだが」

 と、首をかしげた。天橋――確かに、そんな名前の女子がクラスに居た記憶がある。

「天橋ならば、先生のところだ」

 高木が答える。先生というのは、ウチの担任のことだろう。

「先生のところ?」

 山下が不思議そうに尋ねる。

「諸連絡でね。僕が頼んだ。何、気にしなくても大丈夫。じきに来るさ」

 高木がふと教室の入り口に目をやる。すると、ちょうどメイド服を着た女子がにこにことしながらそこに現れた。ふわふわとした長い髪。見るものを安堵させる天使のような笑み。確か、クラスどころか学年で一番可愛いのではないかと噂されていた――天橋。天橋ひとみだ。彼女も食中毒から逃れた一人だったようだ。久しぶりに見る天橋の笑みは、実に可愛い。そこらのアイドルより数段美人だし、何より天然なのに、アホっぽくない。

「聖人〜、先生OKだって」

 天橋は教室に入るなりそう言った。聖人まさと――確かそれは、高木の名前だったような気がする。

 高木は困惑したような顔になって、うむ、と一言呟いた。

 その様子から、クラスに居た人間全員がおそらく、一瞬にしてこの二人の関係を理解する。

「な、なぁ。涼子?」

 俺は御主人様と逆隣にいた涼子に目をやる。涼子も二人のことを知らなかったらしく、驚いたような顔で頷いている。その様子に高木はますます困った顔をしたが、どうやら諦めたらしい。そのことは一切合切無視する方向で、呆然と立っていた雄介に何か耳打ちした。雄介は一瞬目を見開いて「なにぃ!」と声を上げたが、さらに高木が何か言うと、すぐに元通りに冷静な顔に戻って何度か頷いた。

「――えぇと、今回はだな。人数が極端に少ないということで――」

 そこで言葉を止める。なんだ、中止にでもなったのだろうか。

「――特別に緊急処置として、外部の人間の手伝いが認められた。そこで、ちょうどこの場に居る仁科の妹さんたちにも、手伝ってもらえる――という話だ」

 ―――はい?

「えぇと、千晴ちゃんだったかな。それと――そのお友達。どうかな、人助けだと思って、忙しくなったら手伝ってもらえないかな?」

 雄介の言葉に、御主人様たちはぽかんと口を開ける。俺も同じだ。ふと高木を見ると、さっきとは一変して、したり顔で笑っている。そうか、全て――こいつの策だったのか。

「おい高木、てめぇ何勝手に!」

 人の妹――ではない。御主人様に何をさせる気だ。

「何故君の許可がいる。千晴ちゃんたちをこの教室につれてきたのは僕だし、先生に許可を得たのも天橋だ。それに、あくまで千晴ちゃんたちがOKすればという話だ。強制じゃない。君が千晴ちゃんにやめるように言うのは構わないが――」

 高木はそこで口を止めて、つかつかと歩いてくる。そして俺の耳元で、他の人には聞こえないように一言。

「人見知りを、改善させてあげたいんだろう?」

 それだけ呟いた。この野郎――対峙すると、こんなに厄介なのか。

「――わかったよ。千晴、巴、姫子、漣。手伝ってくれるのなら、手伝ってくれ。あまり薦めはしないがな」

 観念して、そう言う。御主人様たちはまだ正確に現状を把握できないようで、「あぅぅ……」と口篭もっているだけだ。漣だけは妙に楽しそうなのだが、敢えて見なかったことにする。

 それにしても高木め。普段世話になっているし、今回も御主人様を思ってのことかも知れないが、それで納得する俺ではない。俺とてただ黙っているわけでないのだ。

「ああ、それと天橋さん」

 不意に、天橋に声をかける。

「あ、仁科君。来てくれたんだね、ありがとう」

「今気付いたか――まあいい。それより、高木と付き合ってるって、本当か?」

 高木がバッと、俺のほうを凝視する。矢張り、そういうことらしい。

「あれ――え、え……なんでかな?」

 天橋は誤魔化そうとして笑みを見せる。が、嘘がつけない性格らしい。最後の言葉は棒読みだ。

「高木に聞いたんだ」

 にやり、と高木を見て呟く。高木は苦渋の表情を浮かべるが、時既に遅し。

「あ、聖人〜。自分で秘密だって言ったのに〜」

 その言葉に、高木がついに手で顔を覆う。天橋は天然ということでも学年一と評判なのだ。どうやら、俺は初めて高木を困らせることが出来たらしい。高木は珍しく神妙な顔つきで天橋を見て、軽く頷いた。

「もういい。元々、秘密っていう理由もなかった」

 高木はそれだけ天橋に言うと、くるりと御主人様たちに向き合った。

「それより、千晴ちゃんたち――お願いするよ」

 いつもと違って疲れた感じの高木の声は、なんだか面白かった。

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