メイド、兄になったり、説教を食らったり
「お邪魔します」
「こんにちは〜」
「―――ども」
期待を裏切らない展開というか、なんというか。
よくもまあ、これだけのタマを集めたものだと、思わず感心してしまうほどだ。
*
「草薙巴です。よろしくお願いします」
御主人様の友達其の壱。草薙巴。
中学生ながらにして才色兼備という言葉が良く似合う、いかにも学級委員をしていそうな綺麗な子だ。
肩口で切り揃えられている黒髪はさらさらとしていて、実に良く似合っている。同性の――特に後輩から好かれるタイプだ。
「天王寺姫子っていいます〜」
其の弐。天王寺姫子。
巴とは正反対で、のんびりとした、天真爛漫な女の子である。
やや色素の薄い髪は長く、先がくるりとカールしていて、これもよく似合っている。やや間延びした声と相俟って、財閥令嬢である御主人様よりも、御嬢様っぽい感じがする。知らず知らずのうちに男を翻弄してしまいそうな子だろう。
「なんだ、自己紹介するのか。当麻だ。当麻漣」
其の参。当麻漣。
この子は完全に我が道を行くタイプである。不敵な笑みを絶やさず、常に俺の様子を窺っているような抜け目のなさ。目上の人間であるはずの俺に対して、堂々と口をきく態度。
高木に通じるものがある。否、見た目が可愛い分、こちらのほうが厄介なのかもしれない。何故御主人様と友達なのかははなはだ疑問だが、要注意人物であることだけは間違いない。
「んじゃあ、ゆっくりどうぞ」
一通り自己紹介を聞いた俺は、厄介なことにならないうちに退散を決め込むことにした。
「あ。どこに行くんですか〜、お兄さん?」
リビングに御主人様共々をお通しして、いざ脱出と思っていたら、姫子に声をかけられた。
「邪魔しても悪いからな。俺は部屋に戻ってる」
爽やかに笑って、そそくさと廊下に続くドアを開ける。この部屋を出てしまえば俺の勝ちだ。
「まあ待ちたまえ。そう焦らなくていいじゃないか」
漣がなんだか妙に落ち着いた声でさらに引き止めにかかる。しかし、こんな仰々しい言葉を使う中学生の女の子って、どうかと思う。
「俺がいても仕方ないだろ。俺は上にいるから」
「え〜〜、今日はお兄さんを見に来たんですよ〜」
なんとか逃げようとするのだが、また姫子が留めようとする。しかも内容がショッキングだ。
「……俺を見に来た、と聞こえたのだが」
俺は振り返って姫子を見る。すると、代わりと言わんばかりに巴が答えてくれた。
「はい。千晴曰く、ちょっと怖そうだけど、優しくて、料理が上手で、家事も得意で、かっこいい人。だそうです」
「わ、わ、言っちゃ駄目って言ったのに〜〜」
御主人様が急に顔を赤くしてあたふたとする。巴がその様子を見ておかしそうに笑っている。
「――ということだ、お兄さん。可愛い妹とその友達のために、しばし時間を費やすのも悪くは無いだろう?」
「―――わかった。取り敢えず落ち着け、千晴」
あぅぅ、と御主人様は真っ赤になって俯いている。ようやくいつもの御主人様に戻ったような気がする。しかし、御主人様はえらく多大に俺を評価してくれたものだ。
「ふむ。しかし面白い兄妹だな。全然似てない」
漣の言葉に、思わず背筋が寒くなる。御主人様も固まってしまっている。
「あー、まあよく言われるなぁ……確かに俺は御主……いや、千晴と違って粗野だけどな」
危ない。つい「御主人様」と言ってしまうところだった。
「ごしゅ?」
巴が痛いところをついてくる。なんとか誤魔化さねば。
しかし、ごしゅって言葉をどう誤魔化せばいいんだろうか。俺のボキャブラリーの中に、御主人様以外の言葉で「ごしゅ」から始まるのは御祝儀ぐらいだ。しかし、御祝儀って言葉で誤魔化せるわけでもない。
「お、お兄ちゃん、たまにヘンな呼び方するから……気にしないで」
御主人様が必至のフォローを入れる。
「こ、この前はね。あたしを『奴隷』とか言ってたし。昨日から、ずっと御主人様って言ってたし」
俺は変態か。よりによって奴隷はないだろう。
「―――へぇ」
「―――そ、そうなんだ〜」
「―――面白い、な」
心なしか、三人娘の目が白い。視線が痛い。
「ち、千晴だって調子に乗って『御主人様〜』とか、『メイド〜』とか呼んでたじゃねぇか」
こうなれば仕方ない。半ば強引に御主人様の話に乗るしかない。
「あぅぅ……お兄ちゃんがそう言えって言ったんですよぅ」
「言ってねえっての」
「ま、まぁまぁ。お二人とも落ち着いて」
いい具合に巴が止めに入ってくれた。フォローの内容はどうあれ、うまく誤魔化せたようだ。三人娘の中に、「千晴の兄は変態さん」という痛い印象のオマケつきで。
「仲がいいんですね〜。羨ましいです」
「ああ。うちらの兄より良い」
姫子と漣がどのように今のやり取りを見ていたのか、ヘンな感想を言う。仲が良いというより、阿呆な会話をしていたように思うのだが。
「私のお兄ちゃん、オタクですし」
「私のところはアレだ。ロクに女と喋れないネクラだからな」
姫子と漣が溜息混じりに呟く。成る程、オタクとネクラの兄は嫌だろう。妹を奴隷とか御主人様とかいう兄も嫌だろうが。
「私はお兄ちゃんがいないから、皆が羨ましいわよ」
巴が半ば慰めるように言う。いや、オタクやネクラや変態な兄なんていなくてもいいと思うのだが。
「あ、あたしも羨ましい……漣ちゃんのお兄さん、優しそうだし……」
「優しいかねぇ、アレが。あんな詰まらんのより、私は姫子のお兄さんの方が面白くていいけど」
「えー、オタクだよ〜。暇な日は一日中部屋に篭ってパソコンいじってるし。それより千晴ちゃんのお兄さんが絶対いいよ〜。かっこいいし、優しそうだし」
皆して他人の兄を褒め合う。巴はそんな三人を羨ましそうに眺めている。なんか、少し寂しそうだ。
「まあ、他人の兄貴は良く見えるもんで、実際に居ても煩いだけだって」
兄話で盛り上がる三人に聞こえないように、巴にフォローしてやる。
「そんなものでしょうか……けど、やっぱりお兄ちゃんが欲しかったですよ。漣はいつも『ネクラ』って言ってますけど、この前遊びに行ったときは優しくしてくれましたし。姫子のお兄さんは物知りで、とっても気さくで、憧れちゃいます」
まあ、隣家の花は綺麗に見えると言うし、兄もまた然りなのかもしれない。兄の居ない巴にしてみれば、尚更なのだろう。
「巴は、どんな兄貴が欲しい?」
なんとなく、聞いてみる。
「そうですね。頼り甲斐がある人がいいです。普段はぼうっとしてるのに、いざって時は真っ先に助けてきてくれるような」
へぇ、と溜息を漏らす。てっきりカンペキ超人みたいな兄がいいと言うかと思っていたのだが。
「千晴からお兄さんの話を聞いたときは、本当に羨ましかったですよ。やるときはやるって感じでしたし、実際に話してみても、すっごくそんな感じです」
「そ、そうか。えらく良く見られちまったもんだ」
俺はなんで照れてしまっているんだろうか。巴は真っ正直な性格というか、ストレートにものを言うから、妙に気恥ずかしい。
「千晴、私にお兄ちゃん頂戴」
冗談っぽく、巴も三人の話題に入っていく。御主人様は「あぅぅ〜〜」といつものように俯いて困ってしまっている。いや、巴の兄も悪くない―――って、そうではなくて。
「あ、私も欲しいよ〜。ウチのお兄ちゃんと交換しようよ〜」
「ならば私の兄も貰ってやってくれ」
今度は兄のトレード大会になってしまった。会った事も無い姫子と漣の兄達に同情を抱かずには居られない。散々妹に貶された挙句、交換材料にされては浮かばれまい。
「あ、あたしは……お兄ちゃんがお兄ちゃんのままで……いいかな」
誰がどの兄を貰う、などと話していた三人娘に、御主人様がぽつりと言葉を漏らした。
「ずっと、欲しかったから。お兄ちゃん」
御主人様の発言に、思わず俺は面食らう。ずっと兄が欲しかったところに、俺は表向きだけでも兄として同居していたのだ。御主人様としても、こんな男でも表向きは兄として呼べるのだから、少なからず嬉しかったのかもしれない。だから、バレるかも知れないリスクを背負ってまで、俺を自慢したかった―――そうなのかも知れない。
「――ふむ。しかしおかしいな。千晴は最初から兄が居るのに、何故兄が欲しかったのだ?」
漣が、ふとそう言って目を光らせた。御主人様がしまった、と顔を強張らせる。
そういえば、兄妹なんて生まれてからずっと一緒が当たり前なわけで、妹、弟が欲しかったなら兎も角、兄が欲しかった、は完全に矛盾している。
「あ、ああ。それはだな。アレだ」
なんとか誤魔化そうとして、俺は必死で言い訳を探すが、矢張り良い言い訳が見つからない。さらにその態度は明らかに動揺しているものだから、漣がじいっと俺を観察しちゃったりして。
これは、危惧していたことが現実になるかもしれない。高木に続いて、三人娘にも知られてしまうのだろうか。
「あ、あぅぅ〜〜」
御主人様も今回は言い訳が見つからないらしく、あたふたとするばかりである。
「―――あ、もしかして〜」
姫子が何か思いついたようにぽんっと手を叩いた。やばい、バレたか!?
「お兄さんと千晴ちゃんって、実は―――」
ごくり、とつばを飲む。今のうちに反論しなければならないのに、言葉が出ない。
「―――生き別れだったんですか?」
「へ?」
「あぅぅ?」
思わぬ展開に、俺も御主人様も阿呆みたいな顔をして姫子を見た。
「千晴ちゃん、ずっとお母さんと離れて暮らしてるって言ってたし、お兄さんはずっとお母さんのところで暮らしてたんじゃないかなーって」
「―――は、はは。ば、バレちまったか」
俺は思考をなんとか回転させて、姫子の話に乗っかることにした。御主人様が母親と別居していたことなんて知らなかったが、こうなればもう、それを利用させて貰うしかない。
「俺はずっと母さんのところで暮らしててな。さ、最近になってこっちに来たんだ。それで、千晴と会ったのも実はついこの前でな」
「う、うん。じ、実はそう、なの……」
御主人様も合点がいったらしく、俺の嘘八百に追随する。
「でも、どうして二人で?」
巴が首をかしげる。成る程、確かにそうだが――
「あ、ああ。どうも親父の家は性に合わなくてな。普通の家に住みたくて、我侭言って、この家に住んでるんだ。そしたら、千晴が何故か俺と一緒に住むって言い出してな」
「そ、その……お兄ちゃんと、一緒に暮らしたかったから……ずっと、お父様がお兄ちゃんのお話をしてて、ずっと憧れてたの……」
もう、嘘もここまでくれば立派なものである。言い当てた(ハズレだが)姫子は、呆然として開いた口がふさがっていない。
「成る程。千晴は家が家だし、様々な事情もあるんだろう。深く追求するのも、悪い」
漣がどことなくしみじみと呟いた。そういえば、御主人様は財閥の令嬢である。俺はその兄のフリをしているのだから――御曹司?
こんな粗野で乱暴な御曹司がいるのだろうか。しかし、もうここまでくれば何でもありのような気がする。
「悪いな。別に喋ってはいけないわけじゃないんだが、家庭の事情がスキャンダルになり兼ねなくてな」
一端にお家の一大事みたいなことまで言ってみる。三人娘は不意に顔を強張らせて俺を見た。成る程、通用してしまう。
「あ、そ、そうですよね。わかりました。絶対人には言いません」
巴は急に強張って姿勢を正す。少しやりすぎたか。
「そう硬くならなくていいって。これからも千晴と今まで通り仲良くしてやって欲しい」
「は、はい。それは勿論です……」
巴がなんだか重大な任務を背負ってしまった、という顔をする。まあ、いきなり財閥の身内の秘密(間違っているが)を知ってしまったのだ。中学生には気が重い話だろう。特に巴は生真面目っぽいので人一倍プレッシャーを感じているようだ。
「ああ、俺にも普通に接してくれれば嬉しい。堅っ苦しいのは苦手でな」
「――そうか。わかった」
巴にかけたはずの言葉は、何故か漣に届いてしまった。お前はもう少し態度を改めろ、といいたいのだが。
「お兄さんはいい人ですね〜。私、すっごく感動しました!」
突如として、姫子が立ち上がって俺の手を握った。何だというのだ、一体。
「ずっと離れ離れだった妹のために、お母さんと離れて見ず知らずの土地にやってきたんですね。それで、少しでも二人の時間が取れるために二人暮しを―――兄妹愛です!」
なんか、話が思いっきり飛躍してやしませんか?
「お兄さんの気持ち、凄いです。世間の目を気にしなくてはいけないというのに、敢えて二人で住むんですから――千晴ちゃん、すごく幸せ者ですよ。いいなぁ、私もこんなお兄ちゃんが欲しいな〜」
只管暴走する姫子ワールド。もはやかける言葉も見つからない。流石の漣もこの状態の姫子には手がつけられないらしく、苦笑するばかりである。
で、結局姫子はしばらく暴走していたわけだが、しばらくすると落ち着いて、これまた突如として「せっかくの兄妹の時間を邪魔しちゃ悪いです〜」と、巴と漣を引っ張るように出て行ってしまった。
「―――なんか、どっと疲れた」
「……はい。あたしも、です」
夕飯を作らねばならないのだが、姫子ワールドに悪酔いしてしまって、何をする気にもなれない。
「御主人様ー、飯、要る?」
「あぅぅ……なんか、どっちでもよくなっちゃいました」
あはは、と御主人様が笑う。俺もつられて苦笑してしまった。
それにしても、大胆な嘘をついたものだ。俺も、御主人様も。
「で、誰が奴隷って呼んでたって?」
「あ、あぅぅ……ごめんなさい〜〜。けど、あたしだって御主人様って呼んだこと、ないですよぅ」
御主人様が珍しく反論する。というか、最近よく反論するような気がする。
(――心を開いてくれてきてる、のか?)
それならば、良い傾向なのかも知れない。
「けど、気になったことがあるんだよな」
ふと、少し前から気になっていたことを聞いてみることにする。今なら、答えてくれるかもしれない。
「御主人様の親父は話したことあるんだけどさ、母親はどうなんだ?」
「お母様、ですか?」
「ああ、さっき姫子が言ってたよな。離れて暮らしてるって」
「―――いえ。そういうわけではないです」
御主人様はやや俯いて、ぼそりと呟いた。
「お母様は、もう居ません。あたしが生まれてすぐ、死にました」
「な―――」
「……10年以上昔の話、です。けど、知ったのは、つい最近で――姫子ちゃんに言ったとおり、離れて暮らしていると思っていました」
普段は淀むはずの御主人様の言葉は、こんなときに限ってすらすらと口から紡ぎだされてゆく。
「恵一のお母様は、どんな人ですか?」
視線を上げた御主人様の顔は、いつもよりずっと落ち着いていて、凛々しいとさえ感じた。まるで、俺のほうが年下ではないかと思ってしまうぐらいに。
「俺の母親か。まあ、元気だけが取り得みたいなヤツかな」
「………とても、いいお母様だと思います」
御主人様にしてみれば、そうなのかも知れない。
親が満足に生きている。当たり前のことだと思っていたが、甘えたい年頃に母親がいなかった御主人様にしてみれば、元気な母親というのは、まさに理想の母なのかもしれない。
考えれば、御主人様が兄が欲しいと願うようになったのも、母親がいない寂しさからではないだろうか。そう考えると、阿呆みたいなノリで交わしていたさっきまでの会話も、なんだか深みを感じてしまう。
「恵一。あたし、最初は……この家に強引に引っ張ってきた貴方が……怖かったです」
御主人様が不意に、苦笑いしながら呟いた。
「けど……今は、なんとなく、わ、悪くない気が…します」
「―――そりゃ、光栄だな」
目を伏せて照れる御主人様の仕草に、俺まで気恥ずかしくなってしまう。なんというか、最近こんなのばっかりだ。けど、嫌じゃないんだよな。この雰囲気は。
しばらく、お互い黙っていた。
よくわからないが、この雰囲気に身をゆだねるのが心地よかったのだ。時間は既に夕方から夜に変わろうとしている時間だ。
人間と言うのは面白いもので、時間を意識すると腹が減ってしまうという性質を持っている。案の定、夕飯時を過ぎたこの時間を認識した俺は不意に腹が減ってきてしまった。ここで、腹の虫が鳴ったらけっこう恥ずかしいような。
くきゅるる〜〜
鳴った。ただし、俺のではなく、御主人様の虫が。しかもかなり大きな音で。
「あ、あ、あぅぅ〜〜」
「―――っはははは!!」
思わず盛大に笑ってしまう。御主人様が顔を真っ赤にして俺をねめつけるが、それで笑いが収まるはずも無く。
「あっはははは。御主人様、サイコー!!」
「あ、あぅぅ……け、恵一のだって、す、すぐに鳴るんですよぅ!」
混乱して、わけのわからないことを言う御主人様。そして、
くきゅ〜〜
また鳴った。今度も、御主人様のが。
「くははははは!!」
「あ、あ、あ、あぅぅ……なんであたしだけ〜〜!?」
「っはははは、だはははは!!」
「わ、笑わないでくださいよ〜〜!!」
御主人様が近くにあったクッションを掴んで、俺に投げてきた。いよいよ混乱して、性格がちょっと凶暴になっているらしい。しかし、それでも所詮御主人様の投げるクッションである。威力があるはずも無く、敢え無く俺にキャッチされた。が、
ぐぅぅ〜〜
今までよりさらに大きな腹の虫が、これでもかと言わんばかりに鳴いた。いや、啼いたと表現するほうが相応しいぐらいに思いっきり啼いた。
ちなみに、今回のは俺の腹の虫だ。
「―――あ、あははっ!!」
「は、はは!!」
もう、笑いが止まらない。珍しく口を開けて笑う御主人様につられるように、恥ずかしいはずの俺も笑ってしまった。
「け、恵一も、やっぱり鳴きましたよぅ……っ!!」
嬉しそうに御主人様が笑いながら俺を指差す。
「うるせー。俺は一回だけだ……わはははは!!」
反論するが、矢張り笑ってしまう。なんか、今まで笑ってなかった分を全部取り返しているようだ。
そういえばこの生活になってから、馬鹿みたいに笑ったのはこれが始めてである。
その後、俺たちは飯を作る気にもなれず、かと言ってこれ以上笑うわけにもいかないので、店屋物をとることにした。
「お金、ないんですよね?」
「任せろ。タダで運ばせる」
俺は携帯電話を取り出して、リダイヤルボタンを押した。そして、
「美味い飯二つ。俺の家に。至急!」
それだけ怒鳴って電話を切る。これで届くはずだ。
「あぅぅ……それで届くはずないですよぅ」
御主人様がぶうたれたが、まあ待っていろと宥めて、5分待つ。
玄関のベルが鳴って、「出前です!」という声が聞こえてきた。
「う、嘘……ホントに来ましたよぅ」
驚く御主人様を尻目に、俺は玄関に出る。そこには相変わらず学生服を着た高木が、ややふてくされた顔で包みを持って立っていた。
「一体、君は僕を何だと思っているのだ。まったく、メイドが聞いて呆れるぞ」
口ではそういいながらも、持ってきた包みを俺に渡す。こいつは冗談抜きでいいやつなのかも知れない。
「あ、た、高木…さん。でしたっけ?」
様子を見に来た御主人様が高木を見てぺこりと挨拶する。
「やあ、元気にしているかい。ご注文通り、美味い飯、持ってきたよ」
こいつ、御主人様が出てきた途端態度を変えやがった。友達甲斐があるのかないのか、本当によくわからん。
「ご、ごめんなさい……まさか、高木さんに……頼むなんて」
「なに、気にしなくていいよ。僕の分も持ってきたから」
しかもこいつ、ここで一緒に飯を食う気だ。まあ、それぐらい構わないのだが。
「恵一……いいんですか。お友達にいきなり」
御主人様が一丁前に窘めるように言う。なんだか、御主人様っぽい。
「あはは、千晴ちゃん。人前ではお兄ちゃんって言わなきゃ駄目だよ」
しかし、所詮俺の御主人様である。三人娘が去って、気が抜けていたのか、笑いすぎたのか。兄と呼ぶことを忘れていたらしい。みるみるうちに顔が蒼ざめていく。そういえば、高木にはバレてること、言ってなかったっけ。
「あ、あ、あぅぅ……け、恵一……ご、ごめんなさい〜〜」
「あはははは。千晴ちゃん大丈夫だよ。僕はもう知ってるから」
「―――へ?」
「引越しのときから気付いてたんだ。黙っててごめん」
「―――あ、あぅぅ〜〜」
御主人様がへなへなと座り込んでしまう。一気に気が緩んでしまったのだろう。
高木は微笑みながら靴を脱いで、リビングに上がる。勝手知ったるなんたら、だな。
「ご、御主人様。まあ、まずは飯、食おうぜ」
「うぅ……け、恵一……知ってたのなら教えてくださいよぅ!」
フォローを入れたつもりだったのだが、御主人様はすでに復活していたらしく、ぽかぽかと俺の胸を叩いてきた。全然痛くない。それどころか可愛いもんだ。
「おーい、せっかく急いで持ってきたんだ。早く食べないと冷めるぞ」
リビングから高木が声をかけてくれたおかげで何とか御主人様はとまって、俺たちはようやく遅い夕食をとることができた。
それにしても高木はどうやって5分で重箱弁当に温かいおかずをぎっしりと詰め込んできたのだろうか?
ちなみに、高木が洗い物まで済ませて帰った後、俺は初めて御主人様に説教を食らった。
心を開いてくれたのはいいことなのだが、こってり30分、延々と愚痴のような説教というのは、考え物である。
三人娘って、なんか定番ですよね。