メイド、決戦へ。
初めて、俺がリムジンに乗ったときのセリフ。ほんの冗談だった言葉だったが、瓢箪から駒とはこのことで、まさか、その冗談を身をもって体験することになるとは思ってもみなかった。
「おっさん。事故る!」
「御安心くださいませ。安全運転にございます」
150キロを超えるスピードの安全運転なんて聞いたことがない。ましてやリムジンで。
元レーサーからすれば、これでも安全運転なのだろうか。穏和な表情から想像もつかない、激しいクラクションの連打に、俺は少々、戸田のおっさんの認識を改めようとしていた。
「千晴ちゃんが幼い頃から、ずっと運転手として傍にいたんだ。付き合いだけならば、伊達と同じぐらい長いわけだし、戸田さんとて、心中穏やかであるはずがないだろう。腕は確かなようだし、心配するな」
高木は窘めるように俺の肩に手を置いて、それからぐるりと周囲を見渡した。
「さて。考えるよりも先に、行動をするという仁科の判断は、正しかったが、ここにきて、少しだけ考える時間もできた。作戦の一つでも練っておこうか」
ふと、その一言だけで空気が締まる。高木という男はいつだって、こうだ。不思議なほどに冷静で、いざというときに頼りになる。
「まず、千晴ちゃんを誘拐した理由だが、身代金の話もなく、受取人に仁科を指名しているところから、そもそもの目的は、仁科にあるように思う。そのようなことをする人間を考えると、最近仁科の近くに現れるようになった雨宮佳乃という女が犯人だろうと想像できる。想像というか、確信なのだが」
聞き覚えのない名前なのだろう。伊達や天王寺は首を傾げる。しかし、健二だけが、ふと顔を上げた。
「……雨宮さん?」
「何か知っているのかい?」
高木が尋ねると、健二は曖昧に頷いて、俺を見た。
「昔、兄さんと付き合ってた人、だよね。何度か、会ったことがある」
一瞬、全身から血の気が引いた。
そうだ。雨宮佳乃について知っている可能性がある人間を、一人忘れていた。涼子だけではなく、健二だって、昔の俺を知っているのだ。知っていてもおかしくなどない。
「……痴情の縺れ、か」
伊達がぼそりと呟いた。そうは言われても、記憶に雨宮佳乃なんて女はいないので、俺にはさっぱりわからない。
ただし、俺と雨宮がかつて、交際していたのなら、そう考えるのが妥当だろう。千晴は、雨宮に俺の恋人だと問われて否定しなかったのだから。
「単にそれだけ、とも思えないね。普通ならば、誘拐などしないだろうし、そもそも仁科の記憶から雨宮佳乃に関することが全て抜け落ちているのも不思議な話だ。まあ、それも今となっては些事だ。どういう理由であれ、僕たちがやることに変わりはない」
高木がそれだけ言って、真っ直ぐに俺を見た。
「ただし、雨宮の仁科への個人的な感情が理由になっていることだけは、重要だ。千晴ちゃん達を助けるのが目的だが、仁科が狙われる可能性も高い。そこで、だ。二手に別れることにしようと思うのだが、どうだろう」
高木の言葉に、天王寺が首を傾げる。
「戦力を裂くのは、下策だと思うんだけど」
「ああ。千晴ちゃん達を攫ったのは、戸田さんの話では数人の若者だったということだが、だとすると、雨宮の周囲には実行部隊とでも言うべき人間が複数人いることになる。少人数で挑めば、彼らに実力行使に出られた場合、こちらが危険ということもあるだろう」
「なら、全員で動くべきだろ?」
「何、問題はない。こちらには、伊達がいる」
高木がフイに、伊達に顔を向けた。
伊達は少しだけ高木を睨んだ後、ふっと口元に笑みを浮かべる。犬猿の仲である二人だが、それ以上にお互いを認めてもいることぐらい、俺にだってわかっている。伊達の強さだって、実際に教えを請うている俺にも十二分に理解できる。
たぶん、十人程度が相手でも、伊達は倒してしまえる。
「仁科も、伊達に武術を習っているようだし、元々、運動神経は良い。天王寺も、以前プールで見たが、中々の体格だった。総じて、このメンバーは強い、ということだ」
確かに、伊達の強さは折り紙付きで、天王寺の鍛えられた身体も知っている。高木もその身長を活かして、喧嘩になれば相当強かった。健二はまだ中学一年だし、身体も小さいが、これでけっこうすばしっこい。
「それに、雨宮という女は中々、切れ者だ。こちらが固まって動いたほうが有利なことぐらい、わかっている。そこで、敢えて二手に別れるのであれば、相手の裏を掻くということになるだろう。一騎当千の人間がいる二つのチーム。相手もこれには対処できまい。まず、真っ正面から乗り込む仁科には、伊達が付く。千晴ちゃん達を裏から助けるのは、小回りのきく健二君の役目だ。健二君一人では相手に囲まれたときに危険なので、天王寺が付く」
俺と伊達。健二と天王寺。なるほど、バランスは取れていると思う。俺だって随分鍛えたと思うが、天王寺はどうやら昔から身体を鍛えていたようで、一対一で喧嘩をしたら、まず勝てないだろう。それぐらいは、わかるようになった。
「お前はどうするんだ?」
伊達の言葉は、高木に向けられていた。高木は少し伊達を見て黙ったが、やがて肩を竦めて「仁科に付く」と言った。
「戸田さんは、健二君についてもらおう。みんなを助けたら、すぐに車で脱出してもらいたいしね。人数的に言えば、僕が仁科についていくことになる。まあ、僕の舌が多少なり、役に立つこともあるだろう」
つまり、俺と伊達と高木。健二と天王寺と戸田のおっさん。この二手に別れることになる。
高木の野郎、この期に及んでも。いや、むしろ、この期に及んでこそ、か。
二手に別れる意味は、確かに雨宮の裏を掻くということもあるだろう。だが、それだけじゃない。乗り込むならば、俺と伊達と高木。この三人でなければならない。そういうことだ。
理由など、大したことじゃない。要は、俺が真っ正面から行くならば、両脇を固める人間がこの二人しかいないというだけの話だ。高木と伊達は仲が悪いが、その実、お互いを認め合っていることなど、見ていればわかる。
俺が千晴と一緒に生活をはじめて、最初からずっと傍にいてくれた高木。そして、最初こそいけ好かないヤツだったが、千晴のことをよく知っていて、不思議なほどに応援してくれた伊達。不良に絡まれたときもそうだった。こいつらは、身を挺して助けに来てくれた。
「……仁科様。そろそろ着きます」
戸田のおっさんの言葉に、外を見る。
一面が灰色に覆われたような、工場地帯だった。
「この辺りは廃工場でして。街からもそう離れていないため、よからぬ輩が度々、出入りしているとの噂があります」
おっさんの説明に、高木がふむと頷いた。なるほど、誘拐した人間を閉じこめるにも、俺達を迎え撃つにも絶好の場所だ。だが、勿論そんなぐらいで怯んだり、気後れするようならば、そもそもここには来ていない。
おっさんがリムジンを停めたのは、廃工場群の中でも、飛び抜けて大きな建物だった。市民球場ぐらいあるんじゃないかと思うほどの外観で、入り口であろう大きな鉄扉の前には、二人の不良っぽい男が立っていた。
「俺と高木、仁科を降ろしたら、車は別の場所に移して、裏手から回ってくれ」
伊達がそう言って、リムジンから降りる。
「リムジンで敵地に乗り込むのもどうかと思ったが、帰りは四人増えるのだから、好都合か」
高木はまるで、近所のコンビニに出かけるかのように、飄々とした様子で外に出る。
「健二、天王寺。おっさん。そっちは任せたぞ」
「うん。兄さんも気をつけてね」
「……精一杯、格好良くね。ヒーローは、やっぱり格好良くなければならないから」
「御武運を」
三者三様の返事を聞きながら、リムジンを降りる。ドアを締めると、おっさんが意を決したようにエンジンを吹かして、急発進した。
少し遠回りをしてから、裏手に回るつもりなのだろう。雨宮の思惑がわからない以上、正面で俺達が時間を稼いでいる内に救出してもらわなければならない可能性だって十分にある。ヒーローらしく颯爽と人質を救出するのは、天王寺達かもしれないのだ。
「……では、行こうか」
伊達と高木が、俺を待っていた。頷いて、二人に並ぶ。
千晴。必ず助けるから、待っていてくれ。
鉄扉の前に到着すると、二人の男が「待っていた」と言わんばかりの、ニヤけた顔で出迎えた。
「呼んだのは、仁科恵一だけなんだけどよ?」
右側の男が、伊達と高木を見ながら面倒臭そうに呟いた。
「他の人間が来てはいけないとは書いていなかったモノでね。雨宮佳乃のところに、案内して貰おうか」
高木が一歩前に出て、落ち着いた声で言う。
「お前が高木聖人か。佳乃サンから聞いてるぜ。どうせ来るだろうから、先に潰せってな」
「ほう。ならば、俺のことも聞いているか?」
今度は伊達が前に出る。それに対峙するように、左側の男も前に出た。
「伊達倭で、あってるよな。悪いが、手加減出来る相手じゃねえらしい」
左の男はすっとベルトに挟んでいたコンバットナイフを取りだした。高木と伊達が俺と一緒に来ることは、雨宮にとってもお見通しだったらしい。しかし、それでも温い。
「つまり、君たちを倒せば僕たちも中に入れるということだな」
高木がぶっきらぼうにそう言うと、男達の目が吊り上がった。高木が来ると知っていながら、挑発に乗りやすい男達を門番に据えているだけでも、甘い。しかし、それ以上に。
「刃物に怯えるのは、三流以下だけさ」
伊達がふっと腰を沈めたかと思うと、次の瞬間に、長い足が左の男の顎を、下から掬い上げるように蹴り上げていた。驚いて隣を見た右の男は、その隙を狙っていたかのような高木の急所蹴りがお見舞いされる。
この二人は、大人しそうな見た目とは裏腹に、真っ先に手が出るタイプだ。ナイフを見て怖じ気づく伊達ではないし、高木はなまじ腕力がないだけ、平然と急所を狙う。
一撃で気を失って倒れる左の男と、悶絶しながら転げる右の男。高木と伊達はお互いの顔を見合わせて、同時に溜息をついた。
「流石に、それは少々卑怯だろう」
「人を攫った人間を、多少なりでも苦しめなければ、クスリにならないだろう?」
この二人が揃うと、本当に怖いモノ知らずだ。今更、俺が驚く気にもなれず、さっさと扉を開く。
鈍い音を立てて、鉄扉が開かれていく。廃工場といえど、中は通電しているようで、灯りがあちこちに灯っている。自動車の製造工場だったのだろうか、大型のベルトコンベアと重機器が並ぶ、大きな工場だ。
「不意打ちにはもってこいの場所だが、こういう工場というのは、得てして奥に事務室などがあるものだ。待ちかまえているならば、そこだろうな」
高木が辺りを見回しながら、ゆっくりと呟く。確かに人の気配があちこちにある。どうやら、素直に俺を雨宮のところに案内するつもりは最初から無かったらしい。おそらく、向こうの予定では、俺は散々痛めつけられた後に、雨宮の前に引き摺られていくはずだっただろう。残念ながら、そうはいかない。
「まどろっこしいことは、性に合わねえ。潜んでようが、真っ直ぐ突っ走れば、追いかけてくるだけの不良だろ?」
「……仁科の考え方は、シンプルでいい」
やれやれと肩を竦める高木だが、隣の伊達はにやりと口元を緩ませる。
「案外、名案かもしれない。それに、一刻も早く千晴達を取り戻さないとな。腹を空かせていると、可哀相だ」
「成る程。千晴ちゃん達の腹具合まで考えていなかった」
こんな時でも、二人は余裕がある。
俺達はお互いの顔を見合わせて一つ頷くと、一斉に工場の奥めがけて走り出した。
薄暗い廃工場を駆け抜ける。ベルトコンベアを飛び越え、ダンボールを蹴散らし、兎に角、前に進んだ。
「捕まえろ!」
後方から、慌ただしい声が聞こえる。あちこちの物陰から、見るからに不良という男達が飛び出してくる。一体、雨宮はこいつらをどうやって纏めているのか知らないが、かなりの量だ。
逃げるように走り抜けていると、事務室らしき場所に繋がるであろう扉が見えてきた。そのまま突っ込もうと、さらに速度を上げるが、突然、目の前から遮るように三人の男が飛び出してきた。
「蹴散らせ!」
伊達の怒号が飛ぶ。それと同時に、伊達は大きく地を蹴っていた。
「仁科!」
「おう!」
伊達の言葉に応えるように、俺と高木は大きく地面を蹴った。勢いを殺さず、一気に突破しなければならないのならば、取るべき行動はたった一つだ。俺達が颯爽と現れたヒーローならば、尚更。
「トリプル!」
「ライダー!」
「キック!」
それぞれが目の前に現れた男の顔面に跳び蹴りを食らわせる。全体重を乗せた一撃であり、迎え撃とうとしていた男達は避けきれず、モロに手応えがあった。伊達が鮮やかに着地して、俺がバランスを崩しながらも、前に転がりながら、体勢を整える。高木は、勢いが余ったのかダンボールの山に身体を突っ込んでいた。
「高木!」
「先に行けッ!」
普段は冷静な高木が、叫ぶように怒鳴った。それを聞いて、俺は迷わず、前に進む。しかし、伊達は高木に駆け寄り、身体を引っ張り起こしていた。
そうしている間にも、後ろから追っ手が来る。
「馬鹿か。先に行け!」
「馬鹿はお前だ。お前のような男が、あれだけの人数を一人で相手に出来ると思うのか。ここは、俺が引き受ける」
それだけ言うと、伊達は高木の背中を押して、目で俺達に「先に行け」と言った。後方からは、十人以上の男が迫ってきている。
「高木、行くぞ!」
迷っている暇はない。伊達ならば、あの人数でも相手が出来るかもしれない。いや、あいつにしか、この場を任せることは出来ない。
高木は一瞬だけ、伊達を見たが、それで決心が付いたらしい。冷静な顔に戻り、再び走り出した。
扉の前にたどり着き、がむしゃらに開く。鍵はないようで、すんなりと開いた。この扉は伊達が死守してくれるはずだ。俺達は、前に進む。
しかし、ここで少しだけ予定が狂った。予想通り、事務室だったのだが、雨宮の姿も、千晴達もいない。事務机が並ぶ部屋には、さらに奥へと続く扉があり、そこには一人の男が立っていた。
他の連中とは違う。明らかに、何かしらの格闘技をやっている体格と、佇まいだった。高木よりは背が低いが、それでも上背があり、がっちりとした筋肉で覆われている。一目見ただけで、まともにやりあって勝てる相手ではないことが理解できた。たとえ高木と二人がかりでも、俺達の腕力では、殴りかかったところで返り討ちがオチだろう。
「入り口の連中で片が付くと思っていたが、流石に真っ正面から乗り込んでくるだけのことはあるな」
男が低い声で、俺達を見ながら言う。おそらく、真っ当に戦って勝てるのは伊達だけだ。
「成る程。伊達はやはり、武術をやっているだけあって、こういう場面になると恐ろしく勘が鋭くなる。複数人が相手ではどうしようもないが、相手が誰であれ、一対一ならば僕にも出番がある」
立ち止まってしまった俺の横から、高木が前に出た。
「おそらく、君は最後の保険というところだろう。仮に僕たちが無傷でここまできたとしても、君がいるならば、引き摺られて雨宮の前に連れて行かれる。そういう筋だと思うのだが」
「察しが良いな。伊達というヤツが、殿になるだろうからな。他は一人で事足りるというのが、雨宮さんの読みだ……高木、だったか。お前も良い読みをするが、彼女には敵わんよ」
にやりと笑い、男が扉の前に立ち塞がる。ヤツの言葉からすれば、あの扉さえ抜ければ、雨宮がいるということなのだろう。それだけ、こいつは信頼されているようだ。
「しゃあねえ。伊達ほどじゃねえが、俺だって多少は身体を鍛えてたんだ。少しぐらい粘れるだろ。お前は隙を見て、雨宮のところへ行ってくれ」
本当ならば、俺が千晴を助けなければならない。指定されたのは俺だし、俺が原因ならば、俺自身の手で決着を付けなければならないと思っていた。しかし、高木ではこの男に、為す術もなくやられてしまう。俺ならば、数十秒は保つだろう。
それに、雨宮自体に腕力はないが、これだけの男達をまとめ上げているのだから、相当な切れ者であることに違いはない。高木ならば、雨宮に対抗できる。
「……ふむ。ならば、ここは仁科に任せるか……と、言いたいのだがね。生憎と、この物語の主役は僕じゃない」
高木は少し考える仕草をしてから、にこりと笑った。
「千晴ちゃんを助けるのは、君の役目だ。向いている、向いていないではなく、本来の役目を無理にでもまっとうするのが、筋というモノだろう?」
「けどよ!」
「それにな。繰り返すが、伊達は良い判断をしたと言っただろう。伊達ならば、この男と互角に戦う。仁科ならば、時間を稼げる。けれども、あいつを倒せるのは、僕だけだ」
ふと、高木のまとう空気が変わった。俄には信じられない言葉ではあるが、今まで高木は、間違った判断をしたことがない。倒せるというからには、相応の勝算があるのだろう。
「……俺は真っ直ぐ突っ込むぞ。あの男を、ここに縛っておけるんだな?」
「ああ。ヤツなどいないと思って、真っ直ぐ扉に向かうといい。ここより後ろは伊達が死守する。この先の扉は、僕が誰も通さない。心おきなく真っ直ぐ突っ込んで、雨宮と決着を付ければいいさ」
高木がそう言うのならば、きっとそうなる。今まで、ずっとそうだった。こいつは、そういうヤツだ。
けど、それだけじゃない。高木は最初から、ずっと俺を見守ってきてくれて。こんなところまで、付いてきてくれた。間違いなく、最高の親友だ。
親友の言葉は、無条件で信じるというのが筋ってものだろう。
「ふん。俺も甘く見られたものだな」
男が、扉の前で身構える。俺は、最後に高木の顔を見て、その相変わらずの仏頂面を拝んでから、一気に扉に向かって駆け出した。
男がいることなど、考えない。俺の前にあるのは、扉だけだ。高木の言葉を信じて、真っ直ぐに突っ込む。
迫っていく俺に、男が迎え撃とうと腰を低くする。あと二歩、地面を蹴れば男に衝突するという距離だ。
「仁科、右だッ!」
背後から、唐突に高木の怒鳴り声が聞こえた。その声に、俺と男が同時に反応した。
男は右に身体を傾け、俺は真っ直ぐ、扉へ向かう。
「何ッ!?」
咄嗟の判断で身体を右に動かした男は、急な方向転換が出来ずに、俺が扉を開くのを見送るだけだった。そこに、俺の後に続いた高木が、思いきりタックルを食らわしているのが視界の端に見えた。だが、振り返ってはいけない。
俺は真っ直ぐに突っ込むぞ。そう言ったのだ。それに高木も答えた。真っ直ぐ突っ込んで、雨宮と決着をつけろ、と。
右と聞こえようが、真っ直ぐに突っ込んだのは、それだけの理由だ。高木は最後の最後まで、舌先三寸で俺を助けやがった。
扉を開き、そのまま勢いよく締める。これで、高木が後ろを守ってくれるだろう。
どうやらこの部屋は社長室だったらしく、目の前には大きな木製のデスクがあり、その向こうには革張りの社長椅子が置かれている。
そして、その社長椅子には、悠然とした様子で俺を見る、雨宮佳乃が座っていた。