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メイドの決意

 もし仮に、俺が記憶を失っていたとしよう。雨宮佳乃という女と付き合っていたことだけを、綺麗サッパリと。

 だとすれば。涼子は俺や高木よりも、よほど彼女について知っているということになる。雨宮佳乃という名前も知っていたし、お互いに面識があるような様子だった。

 これ以上、余計に突っ込むとややこしいことになるかもしれない。忘れているということは、つまり、覚えていたくなかったということであり、思い出すと要らぬ不安を抱かねばならない可能性もある。ただ、これ以上、この問題に関わり合っていたくないのも確かだ。高木の言葉を信じるならば、千晴と俺は相思相愛ということになる。メイドと御主人様という関係も考えねばならないのに、これ以上、引っかき回されていてはたまらない。

 ならば。俺の取る行動は一つのみ。



 季節はもう、すっかり冬となっている。

 六月の終わり近くにこの家で、千晴と暮らし始めて半年近く。もうすぐ新年を迎えようというところだ。

 例年ならば、期末テストの結果に首を捻っているような頃合いだが、今や夜の献立に頭を悩ませている俺がいる。

「寒いし、鍋にすっか」

 千晴と同じ鍋をつつくところを想像したら、もうそれしか思い浮かばなかった。

 戸田先生には既に鍋料理の手順も習っている。鍋は調理と食事を同時にこなさなければならないので、ある意味、いつもより気をつけなければならない。本来メイドは、一緒に鍋をつついていいはずがないのだが、今更そんなことを気にするような俺ではなかったし、千晴も気にしないだろう。

 いそいそと食材の買い込みを済ませ、半日授業の千晴と昼食を食べる。

 千晴は相変わらず、テストを全て満点で終了するという天才ぶりだが、普段から真面目に勉強している姿を見れば、その結果も理解できる。名門校に通っているといえど、元々記憶力がいい上に、しっかりと基礎ができており、頭の回転も速い。ほややんとした表情からは想像もつかないが、努力家で天才肌なのだ。美術的なセンスにやや難ありというのは、もう御愛敬のようなものだろう。

「明後日はもう、クリスマスイヴですねえ」

「あー、そういや、もうそんな時期か」

 二人して鍋を突きながら、俺と千晴はテレビのニュース番組を眺めていた。

 クリスマス。そういえばそんなイベントもあったなぁ、というのが俺の素直な感想だ。プレゼントをサンタに願う歳でもない。

 しかし、今年は違う。子供の頃には欲しい玩具を手にれることのできるチャンスであったクリスマスだが、今では恋人と過ごすもの、というイベントに昇格している。恋人はいないが、好きな女の子は目の前に座っている。この機会に、一気に仲を進展させることができれば、というのが俺の目論見である。

「なんか、イヴに予定でもあるか?」

「いえ。特にはないです」

 よし、と内心でガッツポーズを取る。予定がなければ、千晴は家にいる。すなわち、俺と二人きりということだ。

「折角だし、ちょっと飯を豪華にするか。それとも、どこかレストランでも行くか?」

「そうですね……この前のレストランに、また行ってみましょうか?」

「いや、確かにあそこはすげえ美味かったけど、そうそう手が出る値段じゃねえだろ」

「それくらい、大丈夫ですよう。恵一が心配しなくても」

「おいおい。今回は俺の奢りだぞ。ちったぁ、懐具合も考えてくれよ」

 給料は依然、ほとんどが手つかずで、多分、支払いもさほど難しくはないのだろうが、今までの俺の金銭感覚がそれを許さない。一食に一万円を超える金を出すのを躊躇うのは、未だに俺が仮にも高校生という身分だからだろう。この生活をする前は千円でも豪勢だと思っていた。

「えっと……恵一が、奢ってくれるのですか?」

「あ、え、おう。そりゃそうだろう。クリスマスなんだし、男が出すのは当然っつーか」

「あ、あぅぅ……な、なんだか悪いですよぅ」

「い、いいんだよ。俺が奢りたいだけなんだし」

「そ、そこまで言うなら……わかりました。家でお食事するのもいいですし、レストランでもいいです。エスコートも、お任せしちゃいます」

 どこか申し訳なさそうに。それでも嬉しそうに微笑んだ千晴に、俺も思わず相好を崩す。

 さて、レストランにするか。それとも、腕によりをかけるか。悩みどころだ。


 幸せだった。

 好きな人と一緒に過ごして。好きな人のために生きて、好きな人と笑える。

 関係こそ、よくわからないものだし、このままでいいとも思わないけど、幸せなことに変わりはなかった。

 だからだろう。突然の出来事に、俺は呆然と立ちつくすことしかできなかった。


 いよいよクリスマスイヴとなり、俺は結局、自分で夕飯を作ることを選んでいた。

 千晴はまず、三人娘たちと昼に遊んでから、夕方近くに帰ってくるという。昼間に思いきり料理に専念できるし、買い出しの最中に、あまり高い物ではないが、プレゼントも買っておいた。

 偶然立ち寄ったアクセサリーショップで見かけた、空色のネックレス。パワーストーンのようなのだが、透き通る空をそのまま具現化したかのような色合いが、千晴によく似合うと思い、気付けば買ってしまっていた。

「さて、と。そろそろ帰ってくる頃か」

 時計を見ると、午後四時。送り迎えは戸田のおっさんがしてくれる手はずになっている。クリスマスイヴくらい休みを取ればいいと思うのだが、やはり、家では戸田先生が腕によりをかけて夕飯を用意しているという。仕事で外にいた方が都合が良いと言われたので、それじゃあと送り迎えを頼んだのだ。

 プレゼントを胸ポケットに入れて、帰りを待つ。三時間かけて、色々な料理を作ったのだ。今日は、千晴だけのために作った。ケーキも焼いたし、七面鳥も、火を通せば食べられるようにしてある。飾り付けは、シンプルにキャンドルライトで決めてみた。

「ちょっと、気張りすぎたかな」

 そう思わないでもないが、まあこれもメイドの心意気というものだろう。一人でそう納得して、さて、千晴はまだ帰ってこないのかとそわそわしていた頃だった。

 キイイイッ!という激しいブレーキ音が聞こえて、俺は振り返った。

 クリスマスイヴに、何をそんなに慌てているのだろうか。訝しみながらも、ブレーキ音は我が家のすぐ前で聞こえた。何かあったのかと、玄関に出て、驚いた。戸田のおっさんが運転するリムジンが、そこに停まっていた。

「おい、どうしたんだッ!?」

 急いでリムジンに走り寄ると、運転席から戸田のおっさんが青い顔をして、よろよろと出てきた。額に痛々しい青痣が出来上がっており、黒いスーツが埃に汚れていた。

「仁科様……申し訳ありません」

「おい、おっさん!!」

 ふらふらと倒れ込むおっさんに肩を貸す。一体、何が起こっているのだろうか。リムジンを見ても、千晴が乗っている様子はない。

「御嬢様が……御嬢様が」

 千晴が。千晴がどうなったというのだ。

 俺は意識が吹き飛びそうになりながらも、兎に角、おっさんを家に上げた。


 居間でおっさんを寝かせて、濡らしたタオルで痣を冷やす。

 しばらくすると、おっさんはかなり落ち着いたようで、決して今まで崩したことの無かった穏和な表情を、険しいものに変えていた。

「御嬢様が、誘拐されました」

 はっきりとした声で、おっさんが呟く。一瞬、何のことか解らず、次に、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

「な、なんでッ……だ、誰が千晴を!?」

「落ち着いてください。私がお守りすることが出来なかったのは、恥じ入るばかりですが、相手は……おそらく、身代金ばかりが目的ではないようです。御嬢様が草薙巴様の家から出てきて、私がお迎えしたのですが、途端に、数人の若者が周囲から現れ……御嬢様と、巴様、姫子様、漣様までが」

「あいつらまでッ!?」

 なんで、こんなことに。千晴が、巴達まで――!

「手紙を、預かりました。仁科様宛ではありますが、状況が状況ですので先に開封しましたが、これは、仁科様に見せなければと思い……」

 戸田のおっさんが、懐から一枚の紙を取りだした。ひったくるようにそれを受け取る。

 手紙には、こう書かれていた。


 鈴ノ宮千晴は預かった。返して欲しくば、仁科恵一が受け取りに来ること。他に人がいても良いが、警察と鈴ノ宮財閥に報せることは禁じる。

 もし、両者に連絡した場合、鈴ノ宮千晴の命は無い。時間は、今日の日没まで。場所は――


 身体が、がくがくと震えるのが解った。戸田のおっさんを見ると、何かを堪えるように、じっと俯いている。

 今日は、幸せな日のはずだったのに。もしも、今日を千晴と二人で笑顔で過ごすことが出来れば、告白しようとさえ、考えていたのに。

「……畜生。行ってやる」

「仁科様、一人では無茶です」

「けど、警察に報せたら千晴が……脅しかもしれねえけど、白昼堂々誘拐するような奴らだぞ。万が一ってこともあるし、俺が行けば返してくれるんだろ!?」

 思わず怒鳴ってしまっていた。戸田のおっさんは少し考えるふうにじっと俯いていたが、やがて、まるで俺を落ち着けるかのように、ゆっくりと微笑んだ。

「警察には、報せないでおくことは賛成です。財閥にも、やめておいたほうがいいでしょう。鈴ノ宮財閥は、大きい組織ですので、それなりに敵も多い。内部に諜報している者がいるやもしれません。しかし、仁科様が一人で乗り込むのは、危険すぎます」

 窘めるように、おっさんはゆっくりと言う。俺は少しだけ冷静になったのか、大きく深呼吸をして、もう少ししっかり考えることにした。

 千晴の受け取りに、俺の名前が挙がった。それはつまり、俺が目的であることの可能性が高い。或いは、俺も人質にしてしまうつもりか。しかしそれは、意義が薄い。

 考えろ。考えなければ、最悪の可能性がある。俺が、千晴を助けなければいけない。

 けれど、どうすればいいのだ。場所と時間しかわからない状況で、どう千晴を助けに行けばいい?


「時として、行動することが考えるよりも正しい道を示すときがある。そうは思わないか?」


 ふと。静かな声が聞こえた。

 それだけで、気持ちが軽くなる。そんな声だ。

「高木!」

 振り返ると、高木がいた。相変わらずの学ランという出で立ちだが、肩で息をしている。

「巴の母親から聞いた。警察には連絡するなと言われて、仁科と親交があった僕に連絡が来たというわけだ」

 高木は冷静な口調で来訪の意味を告げ、俺達のところにやってきた。

「概ねの状況は聞いた。伊達達にも連絡しておいたから、すぐに来るだろう。準備をしろ」

「伊達も……それに、準備?」

「助けに行かなければならない。巴は僕にとって大切な妹だ。千晴ちゃんや漣ちゃん、姫子ちゃんも友達だ。友達が困っているのに、指をくわえて見ていることなど、出来るはずがないだろう。ましてや、親友が困っているのであればな」

 高木はばしんと俺の肩を叩いた。それで、俺はようやく目が覚めた。

 そうだ。俺が助けなければならない。考えて解ることが無い以上、行動するのみだ。

「兄さん! 漣さんがッ!」

「仁科。おい、仁科。姫子が攫われたと聞いた。奪い返しに行かないといけない」

 まるで、示し合わせたかのように、乱暴な勢いで二人の男が居間に現れた。弟の健二と、姫子の兄の、天王寺亮平。

 誘拐された漣の恋人と、姫子の兄。

「俺で、役者が揃ったようだな。行くぞ」

 最後に、伊達が立っていた。戸田のおっさんもふらりと立ち上がり、全員が俺を見る。

 ああ、こいつらは全員、大事な人間のために、こんなにも真っ直ぐに動けるんだ。俺がひとり、慌てていては、話にならない。

「……戸田のおっさん、場所、わかるか?」

「勿論で御座います」

「よし、全員リムジンに乗り込んでくれ。こうなりゃ約束通り、正面から迎えに行くしかねえ!」

 考え無しが過ぎるか。いや、下手な小細工をして、千晴の身に危険があるよりはよほどいい。

 多分、ここにいる全員が同じ考えのはずだ。自分のことなんかより、隣にいるべき人間の安否のほうが、よほど気になる。そんな奴らばかりだった。

「姫子に何かあれば、そいつらを殺して良いんだな?」

 物騒なことを呟きながら、天王寺が出て行く。

「問題ないだろう。何もなくとも、やってしまっていい」

 輪を掛けるように伊達が続く。

「漣さんなら、捕まってる間に何人か仕留めてそうだけど……助けに行くのが男の役目だよね」

 健二はもう少し恋人の見方を変えるべきだと思う。しかし、後半は賛成だ。よく言ったぞ弟よ。

「老いたと言え、まだまだ現役で御座います」

 戸田のおっさんも、続く。最後に高木と俺が残った。

「……どうやら、雨宮佳乃は思った以上に、面倒な相手だったようだ。一筋縄ではいかないようだが」

「……やっぱ、あの女か。なぁに、今日はクリスマスイヴだ。奇蹟には困らない」

 高木は苦笑して、部屋を出る。

 雨宮佳乃。一体、何を企んでるのか知らないが、千晴に手を出した時点で、何がどうであれ敵に決定だ。

 聖夜だろうが、もう関係ねえ。潰してやる。

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