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メイド、青空でーと2

 牧場ならではの新鮮な食材をふんだんに使った昼食は、かなり美味かった。俺も千晴も満足で、レストランを出る。

「次はどこにいきますか?」

「そうだな。乗馬体験で腹ごなしってところか」

「乗馬ですか。久しぶりです」

 千晴が楽しそうに笑う。しまった、千晴は筋金入りのお嬢様である。乗馬の一つや二つ、体験していてもおかしくない。俺もかつて一度だけ、ここで経験しているが、馬上は慣れない人間にはかなり不安定で、怖いイメージが脳裏にある。

 ここで少し男を見せようと思ったのだが、これは失敗したか。

「あ、二人で乗ることも出来るみたいですね。これにしましょうか」

「お、おう」

 二人乗りと来たか。自転車ではよくやるが、馬でもできるものなのだろうか。

 乗馬コーナーのある馬牧場まで、千晴の今までの乗馬経験を尋ねながら、ゆっくりと歩く。

「そうですねえ。初めてはお父様とでした。五歳くらいのとき、イギリスで」

「イギリスとな?」

「お仕事の都合だったのですが、お父様があたしも着いて来いと言ったので」

「流石はお嬢様だな。俺なんて海外に行ったことすらねえぞ」

「そうなんですか? 色々と違う文化に触れるのは楽しいですよ。今度、旅行でオーストラリアあたりにどうですか?」

「どうせならスコットランドがいい」

「あ、スコットランドもいいですね。イギリスに行ったときに、スコットランド地方にも観光したんですけど、すごく綺麗な風景でしたよ」

 千晴め。俺が内心で密かに夢見ていたスコットランドの景色を、既に見たことがあるというのか。

 昔見た映画で、スコットランドの独立紛争を描いたものがあった。そのなかのスコットランドの風景が未だに忘れられない。いつか絶対に生で見たいと思っていた。

「すごいですよ。たとえば……」

「おっと、言うのはナシだぜ。俺もいつか見に行くんだ。楽しみは取っておきたい」

「あ、そ、そうですね。じゃあ、機会があればスコットランド旅行にしましょうか」

「千晴も行くのか?」

「だ、駄目ですか?」

「いや、メイドが行きたいところに御主人様が合わせるってのも、変な話だなと思ってさ」

 考えたら、メイドと御主人様がデートっていうのも変な話ではある。単に付き添いとかなら兎も角、これはれっきとしたデートだ。

 伊達の言うように、もう俺と千晴は主従関係なんて言葉では表せないものになってきているのかもしれない。喜ぶべきなのか、危惧すべきなのか。

「恵一、着きましたよ」

「お、おう」

 真剣に考えようとしたところで、千晴の声に遮られる。

 無垢で、楽しそうな笑顔を浮かべている千晴を見て、今はそんなことを考えてる場合じゃないと思った。



「う、おぉあああ!?」

「恵一、落ち着いて手綱を捌いてください。大丈夫、ちゃんとあたしがついてます」

「ひいっ、お、落ち着け馬!」

「落ち着くのは恵一ですよぅ。キャシィは落ち着いてます」

 かくして乗馬であるが、俺は完璧に醜態を晒していた。

 俺と千晴が乗馬体験(二人乗り)を申し込むと、係りの世話焼きっぽいお姉さんが、強引に俺に手綱を渡したのだ。

「やっぱ彼氏がカッコイイとこ見せなきゃね」

 お姉さんの気持ちはありがたいのだが、別に彼氏でもないし、カッコイイところなんて見せることが出来なかった。

 俺が馬にまたがり、千晴が俺の前にちょこんとすわり。いざ手綱を渡されると、雌馬キャシィは突然走り出したのだ。

「ちょ、馬。走るな、止まれ」

「恵一、手綱です。言葉は通じませんけど、手綱なら操れます」

「こんなヒモでどうやったらデケェ馬を操縦できるんだよチクショー!」

 激しく揺れる馬上で、俺は慌てふためき、気づけば「怖い」と「助けて」を連呼していた。情けないことこの上ない。

 千晴は落ち着いた様子で、俺から手綱をひょいと奪うと、次の瞬間にキャシィは嘘のように減速して、安定した走りを見せるようになった。

「ふふ、素直でイイ子ですね」

「す、すげぇな千晴」

「恵一が乱暴だったんですよぅ」

 乱暴なのは、いきなり素人に手綱を渡した上に、遠くで笑ってる係りのお姉さんだと思うのは俺だけだろうか。

「少しキャシィを走らせてあげましょうか。この子、走るのが好きみたいですし」

「そんなことまで解るのか?」

「なんとなくです。それより、ちゃんと掴まっていてくださいね」

「お、おお?」

 掴めと言われても、どこを掴むべきなのだろうか。

 腰辺りに手を回すべきか。肩を掴むべきか。

 自然と手を回そうとすると、身長差で胸辺りを掴んでしまうことになる。以前やらかした間違いだけに、それは避けなければいけない。

「いきますよー」

「ちょ、お前。まだ……ッ!」

 千晴が俺が焦るのを楽しんでいるかのように、手綱を軽く振るった。次の瞬間、キャシィがヒヒィと鳴いて、猛然と駆ける。

「う、ああああああっ!?」

 慌てて千晴に抱きつく形で掴まる。次の瞬間、俺よりも大きい声で千晴が叫んだ。

「ど、どこ掴んでるんですか、恵一!?」

「へっ!?」

 無我夢中で抱きついたので気づかなかったが、俺は自然に手を千晴の脇の下から前に通して、そのまま掴まった。

 つまり、ごくごくナチュラルに千晴の胸を両手で鷲掴みしているという、この前と全く同じパターンに陥ったわけだ。ふにふにと柔らかい感触が、両手の中で踊っている。

「お、おおおっ!?」

 慌てて離そうとするが、離すと落ちそうなので、離すに離せない。

 千晴も動転しているようで、キャーキャーと叫びながら、キャシィの速度を上げる一方である。

「うぉおおおっ!」

「ひあああっ!」

 結局俺達は、キャシィに散々振り回され、同じく散々笑ったお姉さんが助けてくれるまで、ひたすら叫ぶだけに終わった。



「大変な目に遭いました……」

「千晴が俺が掴む前に走らせるからだろ……」

「わかってますよぅ。怒ってません」

「その割に顔が暗いぞ」

「……あぅぅ。触られたことに変わりはないですっ!」

 千晴は顔を真っ赤にさせながら、それでも疲れた様子だった。そりゃ三十分も駆け回る馬の上で叫べば、否が応でも疲れるだろう。

「ポニーでも愛でながら、のんびりするか」

「そうですね……」

 千晴は少し顔を輝かせたが、やはり疲れているのか、苦笑交じりになっていた。

 とんだ腹ごなしになってしまったな。



 夕方いっぱいまでポニーと遊んでいた千晴は、帰り際にポニーに「また遊びに来るから」と、今生の別れを惜しむように言っていた。

 俺はポニーと戯れる千晴や、近くで草をんでいる羊なんかを眺めながら、ぼんやりと過ごすだけだったが、久々の芝生の感触や、ゆったりと流れる空気が心地よく、退屈するわけではなかった。

 帰りの電車の中。千晴は小さな寝息を立てながら、俺の肩に身体を預けている。

 結局、しっかりと手を繋ぐことは出来なかった。胸を掴むという暴挙には出たが。

 デートがどういうものなのかはわからないから、今回が成功だったのか失敗だったのかわからない。アクシデントはあったものの、楽しかったのは確かだ。

 だが、しかし。一つだけ気がかりなことがある。

 ひまわり畑で聞いた、幻聴のような少女の声。

(手、離してください――)

 そんな台詞をかつて俺は、誰かに言われたのだろうか。まるで、俺を疎むような、否定の言葉を。

「……恵一……」

 ぼそりと、千晴が俺の名を呼んだ。肩越しに千晴を見ると、目は閉じたまま。寝息が聞こえる。

「寝言、か」

 安心して、視線を元に戻す。

 もしかして、誰かに言われたのかもしれない。けど、気にしないことにした。

 今の俺には、千晴がいる。主従関係とは言っても、千晴は俺を必要としてくれている。手を離せとは、言わないでいてくれるだろう。

 そっと千晴の手に、自分の手を重ねる。

 眠っているときに卑怯かもしれない。目を覚ましたら振り払われるかもしれない。ただ、千晴が寝顔のまま、微かに微笑んだように見えた。

 できれば。

 二度とこの手が離れないでいてほしい。

 

中々更新できなくてすみません。

引越しや仕事で時間がとれず、気がつけば二ヶ月近くも(汗


なるべく早い更新を心がけますが、先の予定が立たないもので、いつになるかお約束できなかったり(汗

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