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メイド、青空でーと1

 約束の時間の五分前に、俺は駅前広場に到着していた。

 あれから中々忙しかった。巴の意見を聞き、その後に自分がおよそデート向けとは思えない格好をしていることに気付き、コーディネイトに頭を悩ませること、十分。時間は決して待ってくれず、結局、オシャレな格好なんぞ見繕えるはずもなく、比較的真っ当な格好になってしまった。まあ、下手に気取りすぎるよりはいいだろう。

 巴の提案も、かなり良い線いってるんじゃないかと思う。確かに千晴が行ったことがなさそうだし、俺自身は行ったことがある。なおかつ、千晴も楽しめそうだ。

「お待たせしました〜」

 今後の行動について考えようとしたところで、千晴が現れた。今朝、家で見たときと服装が違う。純白のワンピースは眩しく、ワンポイントとして、右肩の辺りに、これまた白い大輪の花を模ったアクセントがあしらわれている。サンダル……否、ミュールと言うのか。上品な桃色のミュールも、雰囲気に似合っている。手に提げたポーチも愛らしく、完全武装の様子を呈している。やばい、ガチのデートスタイルだ。

 それに引き替え、俺はカットソーにチノパン。スニーカーという、なんとも言えない標準仕様である。御嬢様と庶民が場違いなデートをしているみたいだ……みたいじゃなくて、冷静に考えるとまさしくその通りなのだが。

「恵一、カッコイイですよ」

 千晴はにこにこと微笑んで、俺の服装を見る。それが驚くほどに恥ずかしくて、俺は挨拶も忘れて縮こまってしまう。やるな千晴。まさかデートの一発目に相手を褒めるとは。まるでデートに精通した熟練者のようじゃないか。俺も負けていられない。

「……御主人様も、すげぇ可愛いぞ」

 言ってからしまったと口を塞ぐ。何で俺はこんなときに、昔のクセで御主人様と呼んでしまうのだ。いやしかし、懐かしい響きだね。

「なんだか、久しぶりですね。でも、今は名前で呼んで欲しいですよぅ。折角のデートなんですし」

「お、おう。すまん、御主人様」

 あぁん、泥沼。


 さて、初手に手痛い失敗をしてしまったデートだが、ちょっと滑稽だったのか、千晴は怒るどころか楽しそうに笑って済ませてくれた。

 俺は俺で、とりあえず余計な力が抜けた様子で、ようやく本調子に戻りつつあった。

「じゃ、早速行こうか」

「はい。けど、そういえばどこに行くかとか、相談しませんでしたね。恵一がエスコートしてくれるんですか?」

「ああ、荒っぽいエスコートでよければな」

 さて、第一関門の到来だ。のっぽコンビは全く以て有益な情報をくれなかったが、我が弟は貴重な情報を提供してくれている。

 そう、最初の挑戦は「お手々繋いで」である。デートの基本ともなれば、抑えておかねばなるまい。幸い、雰囲気は兎角、話の流れとして、爽やかに右手を差し出すことのできる状態だ。いざいかん。

「……まずは、電車に乗るぞ」

「この辺りじゃないんですね。ふふ、楽しみです」

 はい、無理でした。とても気恥ずかしくて手を繋ぐなんて無理です。

 大体、手を繋ぐにしてもここは駅前広場。駅まで僅か徒歩一分強。こんなトコロで手を繋いだら、なんだか変な感じがするじゃないか。電車を降りて、改札をくぐってからが勝負だ。まだ焦るような時間じゃない。

 俺と千晴は改札をくぐり、急行列車で三十分ほど揺られて、着いた先はのどかな風景の広がる、ちょっとした田舎だった。

「えっと、ここって……」

「ま、風景は悪くないけど、ここが目的地じゃないさ」

 俺は駅の前にあったバス停で時間を確認した。しまった、丁度乗るべきバスが発車した瞬間だ。

「よし、千晴。走るぞ」

「あ、あぅぅ、待ってくださいよぅ」

 わたわたと慌てる千晴の手を取り、勢いよく駆け出す。

 ぶんぶんと片手でバスに向かって手を振り、乗せてくれとアピールする。二百メートルほど走ったところで、バスの運転手が気付いてくれたらしく、バスが止まった。

「よっしゃ、流石田舎だ。気っ風が良い」

「あぅぅ……ほんとに荒っぽいエスコートですよぅ」

 そう言いながらも、千晴は繋がった手を振りほどこうとはしなかった。健二、兄さんはちゃんとデートで手を繋いだぞ。


 バスで揺られること、さらに二十分余り。昼前あたりに、俺達は目的地に到着した。

「ここ……牧場、ですか?」

 バスを降りた千晴は、眼前に広がる光景にぽかんと口を開けていた。

 そう。巴が考え、俺も納得したのは、牧場。否、牧場型テーマパークと言った方が良いだろうか。

 馬に乗ったり、牛の乳搾りが体験できたり、羊と戯れたりできる、ほのぼのとしつつ、楽しいところだ。それに牧場と言っても、別に動物だらけで匂いがきつくもない。西洋風の建物が、そこはかとないのんびりとした雰囲気を醸し出している。

 俺は昔、家族で来たことがあり、当時中学生ながら、かなり楽しかった。千晴ならこういう雰囲気は嫌いじゃないだろうし、来たこともないだろう。初デートとしては少々奇をてらった感じがしないでもないが、評価は悪くないはず。

「わあ、恵一、ポニーがもふもふって草を食べてますよぅ。可愛いなぁ……」

 よし、既に千晴は愛らしいポニーに心奪われている。ばっちりいい印象を与えたみたいだ。

「実際に触ったりできるぞ。入ろうか」

「はいっ!」

 元気よく答える千晴と、二人分の入場券を受付で購入。牧場内に入った俺達は、早速ポニーの元へ向かってみた。

 随分と人なつっこいポニーは千晴を気に入ったらしく、鼻先を千晴に近づけて、甘えるような仕草をしている。

 千晴は最初こそおそるおそる頭を撫でているだけだったが、すぐに慣れたのか、首元にぎゅっと抱きついたり、たてがみを撫でたりと、存分にかわいがっている。

「あぅぅ……可愛いですねぇ。恵一、ウチでも飼いましょうか?」

「無茶を言うな」

 と言いつつも、確かにポニーは可愛らしい。御屋敷のほうでなら、一匹ぐらい飼うことができるような気もする。

 千晴はひとしきりポニーと戯れて満足した様子である。

「あんまりご飯の邪魔をしても悪いですけど……また、後で来てみましょう」

 次の場所に行くことにしたものの、帰りに一度は寄ることが決定していた。楽しんで貰えているようで何よりだ。


 次に訪れることにしたのは、牧場内に併設されてある植物園である。夏なのでひまわりが満開で、一面の黄色が出迎えてくれる。

 広い敷地を覆い尽くすようなひまわりは、見ていてなんだか元気になれる。夏の青空にひまわりの黄色が良く映えている。千晴は花も好きなようだが、普段は切り花ばかりを見ていたらしく、一面のひまわりに圧巻されたようである。瞳をそれこそ大輪のひまわりのように輝かせ、ひまわりで囲まれた道をぱたぱたと小走りで駆けていく。まるで全てのひまわりを胸に押し抱こうとしているかのように、両手を広げて。

 夏の暑さがだんだんと気にならなくなっていく。幸せそうにひまわりに包まれた千晴は、小さな女神のようだった。愛らしくて、綺麗で。それなのに、包み込むような母性を覚える。女神という言葉がこれほど似合う女の子がいるだろうか。千晴は、このひまわり全てに勝るほど、明るい笑顔をしていた。

「……いや、やっぱり暑さにやられたかねえ」

 ふと、自分が随分と恥ずかしいことを考えていることに気付いて、頭を軽く振った。

「え。何か言いましたか?」

「いや、なんでもねえよ。少し歩こうか」

 振り返る千晴の笑顔が眩しくて、俺はちょっとぶっきらぼうな物言いで、歩を進めた。

 ここで、千晴に追いつけば、また手を繋ぐことが出来るだろうか。そんなことが頭をよぎる。

 バスを追いかけたときのように、偶然ではなくて。ちゃんと、自分の意志だけで、千晴と手を繋いでみたいと思う。千晴の隣に並んで、一緒に眼前に広がるひまわりに向かって手を広げられたら。

「…………」

 少し、大股になって一歩を踏み出す。

 二歩、三歩。

 千晴に近づいていく。あと、もう少しで横に並ぶことが出来る。手を繋ぐことができる。


(手、離してください……)


「ッーー!」

 びくりと身体が震え、次の一歩が踏み出せなくなった。

 今のは、何だ。誰かの声が聞こえたような気がした。女の子の声だが、千晴だろうか。

「恵一、どうかしましたか?」

「いや、なんでもねえよ」

「ふふ、さっきと同じこと言ってますよ?」

 ……違う。千晴の声ではない。脳裏をよぎった声と、耳に届いた千晴の声は、似ている気もしたが、はっきりと別だとわかった。

 じゃあ、何なのだろう。幻聴だろうか。いや、それにしてははっきりと聞こえた気がする。

「ま、いいか」

 どうせ、千晴に拒否されるのが怖いとか思って、俺の脳味噌が勝手に妄想したんだろう。確かに、千晴に嫌がられる可能性もあるのだ。それにまだまだ、デートは始まったばかり。機会はまだあるはずだ。



 昼を過ぎた辺りで、俺達は施設内のレストランに入った。牧場なので、新鮮な材料が揃っているらしく、値段も割高だが、興味深いメニューも多い。

「ひまわりのケーキ、か。どんなのだろうな」

「恵一、作る気ですか?」

「材料があれば、作れると思う」

 その材料も、まあ食べれば想像がつくだろう。戸田先生に聞くこともできるだろうし、今の俺なら少なくとも、不味いモノにはならないはずだ。

「ほんとに最近、お料理が上手くなってますし、楽しみです。じゃあ、ひまわりのケーキも頼んでみましょう」

「よし、じゃあ後は……やっぱり肉か。うん、この牛ヒレ肉のステーキかな」

「ここ、野菜畑もあるんですね。季節のサラダっていうのにしてみます」

「ちゃんと、主菜もな」

「あぅぅ、さっきまで牛さんとか見てたんですよ?」

「それとこれは話が別だな。普段から肉ぐらい食ってるだろうに」

「そ、そうなんですけど……あたしたち、動物を食べてるんですね……」

「いきなり菜食主義になるなよ。メニューが難しくなる。今晩は魚を用意してるんだ」

「いえ、大丈夫です。ちゃんと、わかってます。命を奪って生きるのが、動物の原理ですし……植物だって生きてますし。ただ、そんなことを考えないで、今まで生きてきたんだなぁと思うと、とても恥ずかしいです」

「……今、気付いたんなら良い。ちょっと重い話になったが、来た甲斐もあったってもんだろ」

「はい。ありがとうです、恵一」

 千晴がにこりと笑う。屈託のない笑みだった。

「お前、優しいな」

「そ、そうですか?」

「割り切るのも優しさだ。命を奪うことを不用意に否定するのは、優しさなんかじゃねえ。ただの考え無しだ。そうじゃねえと、生きるために命を奪う全ての動物を否定することになるからな」

「……そうですけど。それが優しい、ですか?」

「他のヤツがどう思うかは知らんがな。少なくとも俺はそう思う。優しくないと、許せない。命を奪うことを許すのは、すごいことだ。強くて、優しくないとできねえ」

「でも、きっとみんな、わかってます。そのことを」

「みんな優しいんだよ。だから、俺達もこうやってデートができるんだろうよ……って、デート中の会話でもねえな」

 ついでに言えば食事前にする会話でもなかった。高木のような友達がいるせいで、どうにもこういう堅苦しい会話に慣れてしまっていたのかもしれない。高木め、弊害の多いやつだ。

「ふふ。あたしはこういうお話、嫌いじゃないですよ。それに、恵一の真面目な顔、ちょっとかっこいいです」

 やっぱり高木はいいやつだ。

 

間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

仕事忙しいのと、暑さで執筆が進まない日々でした。

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