メイドの休日
「今日は、巴ちゃん達と遊んできます。御夕飯は久々にお父様と食べますので、恵一も夜まで遊んできてください」
珍しく休暇が言い渡されたのは、みんなでプールに出かけて三日ほど後のことだった。
基本的に住み込みで働いている俺に、休日というモノはなく、だが別に疲れているわけでもないので、取ろうとも思わなかったのだ。
働いてみて実際に気付いたのだが、どうやら俺は家事が嫌いではないらしい。まさかの才能である。
「ん。夜はこっちで寝るのか?」
「はい。もう、ここがあたしの家ですから」
「了解。親御さんによろしくな」
こんな会話が繰り広げられたのが、昨日のこと。
そして今日の朝、御主人様の機嫌は悪かった。
「恵一、あたしはそんなに駄目な主ですか?」
「いや、そんなことはないと思うぞ」
「でも、ちゃんとお休みって言いました」
「そうだけどさ」
「じゃあ、なんで恵一は一日中家の掃除してたんですか?」
「いや、折角の休みだし、普段掃除できてないところを掃除しようと思って」
最初に思いついたことがそれだった。
普段なら御主人様と喋ったり、少し休んだりもしながら一日を終えるのだが、掃除に熱が入って、いつも以上に働いた様な気もする。
その結果、やたらとピカピカと綺麗な家になってしまい、御主人様にバレてしまったのだ。遊び疲れて昨日は気付かずにいてくれたのは、不幸中の幸いか。
「労働基準法を労働者が自主的に破ってどうするんですか……」
「あんなザル法、気にしてない」
「鈴ノ宮財閥では、きちんと体調管理するのも仕事のウチです」
「ちゃんと七時間寝たし、良い運動にもなって調子は抜群だ」
「あぅぅ……ああ言えばこう言う……」
「高木に鍛えられたからな」
「で、でも、やっぱり駄目なものは駄目ですっ。恵一は今日もお休みしてくださいっ!」
こうなると御主人様は中々頑固である。
「飯はどうするんだよ。洗濯だって、掃除もまだ……」
「あたしだってお昼ご飯ぐらい作れますよぅ。お洗濯もお掃除も、一日ぐらい休んだって平気ですっ」
くそ、御主人様め。最近料理の腕はめきめき伸びてきたし、昼食ぐらい問題ないのは、確かだ。
掃除や洗濯も、日々こまめにやっている分、一日サボっても何ら問題ない。ただでさえ、昨日は徹底的に掃除したんだから、家の中はまばゆかんばかりに美しい。
「せめて、掃除機ぐらい」
「あたしがやります」
御主人様は一歩も退かない様子だった。
まあ、仕方ないか。ここまで言うのなら、大人しく休んだ方がいいらしい。
別に疲れてもないし、やることも無いんだけどな。
「わかった。じゃあ、今日はゆっくり休む」
「……ふふ、良かったです。あたし一人でも大丈夫ですから、ゆっくりしていてください」
……その言葉だけ聞くと、俺って必要ないんじゃ。と思わずにはいられない。
さて、そうなると暇になるのが、仕事を生き甲斐にしている俺である。
「……うーむ。そういや、給料とかほとんど使ってないよな」
遊ぶにしても金が要ると思い、給与明細を覗いてみると、すげぇ額が記載されていた。
最初に提示された額より、多くなってるじゃねえか。
慌てて芦田女史に連絡する。
「もしもし。恵一だけど。給料多くないか?」
『ええ。御嬢様から是非との要望で』
「多すぎる」
『役員待遇ですので。ここだけの話ですが、恵一さんは鈴ノ宮財閥の中でも上から数えた方が早いほどの高給取りとなっているんですよ?』
ショックである。そんな大層な仕事なんかしていないぞ。
『日々、御嬢様のために休まず奉仕する恵一さんに、会長もいたく感動されておりました。これは正当な報酬ですよ』
「高卒どころか、中卒扱いのはずの人間に渡す給料でもないだろ」
『鈴ノ宮財閥は学歴など何ら気にしません。全ては実力ですよ』
「俺はそんな大層なことしてねぇ」
『人見知りの激しい御嬢様と僅かな期間で懇意になり、最近では人見知りすら解消していっている御様子。これは戸田をはじめとする、我々には出来なかったことです。それに、お金が多くて困ることはないですよ』
「納得いかないだけだ」
『そういう恵一さんだからこそ、だとは思いますが。まあ、鈴ノ宮財閥は不況の中でさえ業績を伸ばし続けております。言ってしまえば、恵一さんの昇給なんて些細なことなのですよ。男なら、それぐらい笑って受け止めてください』
駄目だ。芦田女史にも勝てない。
なんで俺の周りにはこんな口達者や頑固者が多いんだ。
「……これ以上、昇給はナシだぜ。申し訳なくなってくる」
『ふふ。どうでしょうね。申し訳ないと思うのならば、給料分働けばいいだけの話ですよ。そうですね。休日返上で大掃除というのはどうでしょうか?』
「昨日やったよ」
『……昇給の可能性を作っているのは、恵一さん自身ですね。いずれは、本当の役員としてお迎えするかもしれません』
「勘弁してくれ。安くて良いから今のままが良い」
御主人様の世話にも慣れてきたというのに。
サラリーマンってのも、あんまり性に合わないしな。
ま、もらってしまったものは仕方ないか。今日の夕飯を豪華にしてみよう。
『ふふ。兎に角、働いた証なのですから、きちんと自分のために使ってくださいね。お給料で豪華な夕飯にしようとか、思わないように』
既に読まれていた。
まあ、それならばと俺は街に出かけ、最新型のゲーム機を買ってきた。ついでにソフトも三本買った。
メイドになってから、ゲームだけはやってなかったからな。俺のチョイスはストイックな魔物狩りを楽しむアクションと、みんなでワイワイ楽しむ系のパーティゲーム。さらにけっこう人気のある、対戦型の頭脳ゲーム。一人で黙々と楽しめる系と、誰かが遊びに来たとか、御主人様とやるためのものと、その両方を兼ねるモノと。渋いチョイスだ。
「御主人様ー、居間のテレビ使って良いか?」
「あ、はい。いいですよ〜」
帰って早速、ゲームを接続。まずは魔物狩りと洒落込もう。武器はソード系を使う。一撃必殺の重みは無いが、小回りがきくし、初心者向けだ。
「けっこう、最近のゲームって凄いんですねえ……」
御主人様は宿題を終えて、俺の隣でゲームを鑑賞するようだ。
このゲームは初めてだけど、ファミコンから叩き上げで育ってきた俺を舐めてもらっては困る。ワンフレームの当たり判定でさえ、見切ってやる。
「あ、凄い……強いですね、恵一」
最初のクエストをクリア。安全なところで一通りの動作を確認したので、無傷で済んだ。
よし、この調子で進めていくぜ。
気付けば、二時間ほどプレイしていた。難易度は中々のものだが、俺の腕も鈍ってはいないようで、ここまではほぼノーミスだ。
「ふう。とりあえず、これぐらいにしとくか」
あんまり長時間やるゲームじゃないしな。ちまちま進めていくのが楽しいゲームなのだし、今日はここらでいいだろう。
また暇になったら続きをやるとしよう。
「恵一、お昼ご飯できましたよぅ」
「お。俺の分まで作ってくれたのか。さんきゅー」
ゲームに熱中している間に、御主人様は昼食を一人で作り上げたらしい。
台所に行くと、お好み焼きが美味そうな湯気を立てて二つ並んでいた。
「ほう。こりゃ、マジで俺がいなくても問題ないんじゃねえか?」
「ふふ。駄目ですよぅ。一人のご飯は寂しいです」
……つか、俺がいなくなれば御主人様は屋敷に戻るのだから、一人で飯を食うこともないだろうに。
まあ、いいか。俺も御主人様と一緒にいるのは嫌いじゃない。俺だって、一人より二人で飯を食いたいさ。
御主人様が一人で作ったお好み焼きは、手放しで美味いと言うほどではなかったが、初めてにしては十分だった。
「あぅぅ……恵一みたいに美味しいお好み焼き、作りたいです」
「じゃあ、また今度一緒に作ろうか。お好み焼きは余り物を放り込めばいいから、楽しいぞ」
「はい。そうですね。楽しそうです」
一緒に作る時点でメイドと主の関係じゃないよな。常識的に考えて。
洗い物まで御主人様がしてくれるということで、少しだけテレビを見るが、あんまり面白くないので結局手伝おうと申し出てみた。
「……恵一。あ、あたしはそんなに、頼りないですか……?」
「い、いや、そういうことじゃないんだ。ただ、その、何というか。いっつも御主人様にも手伝ってもらってるし、たまには俺が手伝おうかなって」
「あぅぅ……恵一、なんか可愛いこと言いますね……」
ちょっと御主人様が頬を赤らめる。いや、そんな可愛い事なんて言ってない。
「わ、わかりました。じゃあ、御夕飯は手伝ってください。これは、あたしがやりますから」
「そんなこと言って、俺がゲームに夢中になってる間に晩飯作る気じゃないだろうな?」
「まさか。そんなこと無いですよ。ちゃんとお手伝いしてもらいますから」
ということで渋々納得する。つか、俺はどんだけ家事をやりたがってるのだ。好奇心旺盛な幼児でもないってのに。
それでも、割とウズウズしてしまっているのも事実である。家事ノイローゼは聞いたことがあるが、家事中毒というのもあるのだろうか。
「はい、終わりましたー」
などと考えているうちに、御主人様は一人で洗い物を済ませてしまっていた。
「恵一は午後もゲームですか?」
「そうだな。折角だし、御主人様もやってみるか?」
「え……いえ、あたしはほとんどやったことがないですし、さっきのゲーム、難しそうです」
「いや、他にも買ってきたんだ。操作も簡単だし、対戦系だし御主人様でも出来るぞ」
「あ、それならちょっとやってみたいです」
そういうことで、御主人様とパーティゲームをやってみることに。
操作は単純でシンプルなミニゲームが数十種類用意されており、多人数プレイが基本となる。
「じゃあ、まずはシンプルに連打系レースで行こうか」
「ボタンを押すだけですね」
「ああ。ただ、押しすぎると駄目らしいな。スタミナゲージがあるから、それを上手く抑えながらやらないと駄目だ」
「あぅぅ……難しそうです」
「ま、遊びなんだからそう気張らずにやろうや」
ということで、早速プレイ。
結果は、ペース配分をミスした俺の負け。御主人様は連打が遅すぎたので、逆にスタミナを温存しており、最後まで丁度良いペースを維持していた。
「ふふっ……恵一に勝ちました」
「ふん、今に見てろ」
次は専用コントローラーを使ったガンシューティングのミニゲーム。こんなこともあろうかと、ガンコントローラーも二つ用意済みだ。
「射撃はけっこう得意ですよ」
という御主人様の言葉通り、これも負けてしまった。
「つか、ノーミスってどういうことだ……」
「反射神経と狙いを定めるのは、割と得意なんですよ〜」
「くそ、じゃあリズム系だ」
「音楽は得意です」
また負ける。
「ぬぅ。それなら俺の得意フィールドで行かせてもらう。レースゲームだ」
「車の運転は御屋敷で遊んでたので、できますよ〜」
……完敗。
「落ちゲーなら、あるいは」
「15連鎖〜〜」
そんなの見たことねぇよ!
「えぇい、神経衰弱」
「記憶力には自信があります」
一枚も取れなかった。
「……ここまで徹底的に負けたのは初めてだ」
結局、全てのミニゲームをやりながら、一度も勝てなかった。
「あ、あの……ゲームですから、ね?」
「くそ、学力だけでなくゲームでも負けるとは。もしかして御主人様は天才か何かか?」
「ど、どうなんでしょうか……一応、テストは全て満点で通してきていますが」
……最早ぐうの音も出ない。
「よし、夕飯を作るぞ」
「あ、もうそんな時間ですね」
結局、今日は一日ゲームをしてしまった。
少々いつもより遅い夕食となりそうだ。
「じゃあ、準備をしますから。恵一は先にお風呂の用意してきてくださいね」
「おうよ」
ようやく仕事が回ってきて、うきうきとしてしまう。
折角だし、湯垢も落として、風呂場もピカピカにしてしまおう。
まずはシャワーで軽く全体を流して、風呂用洗剤とスポンジで丁寧に全体を磨いていく。
細かいところはブラシを使い、丁寧に洗剤を流して完成だ。
後は、湯沸かし器をタイマーで設定する。大体二時間後ぐらいでいいだろう。
「御主人様、終わったぞ」
「あ、はい。こっちも準備できました。外に出ましょう」
「……は?」
訝しがりながらも、御主人様がすたすたと外に出てしまうので、仕方なく俺も続く。
玄関を開けると、何故か戸田のおっさんが待っていた。後ろにリムジンも控えている。
「お待ちしておりました。どうぞ、お乗りください」
「ど、どうなってんだ。食材の買い出しか?」
「違いますよぅ。こうでもしないと、恵一は本当にお休みにならないじゃないですか」
「だから、どういうことだよ?」
「ま、まあまあ。着けばわかりますよぅ」
御主人様がぐいぐいと俺の背中を押して、リムジンに押し込む。
ここまで御主人様が積極的に何かをしようとするのも珍しい。仕方ないので素直に従うことにする。
「戸田のおっさん。これ、どこに行くんだ?」
「二十分ほどで到着ですので、ごゆるりとお待ちください」
聞いても無駄のようだ。リムジンは軽やかに出発し、あっという間に住宅街を抜けていく。
最近ではご近所さんも慣れてきたようで、御主人様や俺に手を振るぐらいだ。
戸田のおっさんの言うとおり、二十分ほど走ると、リムジンはぴたりと動きを止めた。
「ここ、レストランじゃねえか」
止まったのは、近隣じゃ有名な高級レストラン。中世ヨーロッパの城のような豪奢なつくりで、入ったことなど無いが、近所のおばさん達が「一度は行ってみたいわよねぇ」と言っているのを聞いたことがある。
味も値段も最高級と名高いところだ。ウチの近所は高級住宅街に位置するが、そんな家庭ですら中々手が届くようなところではないらしい。
「おいおい、まさか。ここで晩飯ってことか?」
「はい。お昼に御嬢様に連絡を頂いたときは、驚きましたが。仁科様への御礼だそうです」
「……恵一は、ほんとによくやってくれてます。あたしに出来ることは少ないですけど……」
御主人様がおずおずと俺の前に立ち、目を伏せる。
そこまで、俺は感謝されてたのか。そして、御主人様も俺のためを思って、今日は頑張ってくれてたんだな。
「ありがとう。正直驚いたけど、なんかすげえ嬉しいや」
御主人様の頭をくしゃりと撫でる。御主人様はこそばゆいような表情をして、それでも笑顔になった。
「では、まず先に、少し服装を整えませんとな。すぐ近くに、店がありますので、正装しましょう」
戸田のおっさんに言われて、自分たちの格好に気付く。だらしない格好と言うほどではないが、確かに高級レストランに入る服装でもないな。
俺と御主人様はこれまた高級そうな洋服屋に入り、スーツとドレスを購入することになった。
フォーマルなスーツという年齢でもないし、やや遊び心の入ったスーツに袖を通すと、自分でもぐっと雰囲気が変わることがわかる。
ホストみたいになってなきゃいいんだけどな。
「あぅぅ……ちょっと、これ恥ずかしいです」
御主人様は淡い桃色のドレス。色の割にシックで、大人っぽい感じがするが、元が良いので良く映えている。流石は御嬢様なだけあって、こういう格好は似合うモノだ。
「よく似合ってるぞ」
「あ、ありがとうです。恵一も、かっこいいです……」
かっこいいと言われて、思わず照れてしまう。顔が朱くなってないか心配だ。これじゃまるで、初々しいカップルのようだ。
「……じゃあ、行こうか」
「は、はい」
会計を済ませて、店を出る。
ちなみに、スーツ代すら俺が支払わなくて良いらしい。制服を用意していなかったので、その代わりとのこと。一介のメイドにすることじゃねえと思いつつも、芦田女史の言葉通り、笑顔で受け止めた。
御主人様を怒らせるのが楽しくして仕方ないです。