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メイド、修羅場二連戦

「御主人様。どっか行かないか?」

「へ?」

 夏休みが始まって、一週間ほどになる。

 ふと思い立ったように俺は呟き、御主人様の様子を伺った。

「べ、別に構いませんけど、突然どうしたんですか?」

「いや、せっかくの夏休みだしな。毎日家で過ごすってのも、芸がないだろ。たまには外に出ないとな」

「あ、そうですね。じゃあ、どこに行きましょう?」

 御主人様がにこっと笑って時計を見る。今は朝の十時過ぎ。

 ちょうど、朝食を摂り、俺は家事をざっと終わらせて、御主人様は夏休みの宿題の、ノルマを終わらせた。つまり、暇であった。

「そうだな。今日は平日だし、家族連れも少ないから、けっこう選択肢はあるな。海とか山は定番だが、遊園地とか、動物園、水族館。どれもけっこう距離はあるけど、電車を使えば一時間と少し。十分、日帰りで楽しめるぞ」

 俺たちの住む陽桜市は、確かにあまり都会とは言えないのだが、交通の便だけは無駄によく、多少時間さえかければ、大体の場所に行くことは出来る。

 高校生の頃に問題だった金銭面も、御主人様同伴なら、経費から引くことが出来るというオマケ具合。大金を渡されてはいるが、七月はもう三日と残っていないのに、半分以上が手付かずだ。

 これでも、生活用品から、御主人様の夏服なんかも買ったりしているのだが、大富豪の娘とは思えないほど、謙虚なので、あまり大した額にならないのだ。流石にワゴンセールの品ではないが、それでも近所のデパートで事足りてしまう。これでいいのかわからんので、芦田女史に相談もしてみたのだが、

「全て恵一さんにお任せしますわ」

 と、にべもない。

 そもそも、元々持っている服の質が良いので、長持ちするし、量もかなりある。引越しのときには苦労したが、御主人様はあまりお洒落に心血を注ぐタイプではないようだ。ちょっとしたお出かけ用と、普段着。それに正装が数点用意されているだけで、一般家庭の女の子と大差ない。ブランド物を好むわけでもないし、化粧もろくにしたことがないはずだ。

 実質、御主人様が日常生活を送るために使う金なんてものは、たかが知れている。俺のほうが金遣いが荒いぐらいだ。

 そんな妙なところで庶民じみた御主人様は、全然嫌いではないのだが、さすがに毎日、本を読んだりテレビを観たりばかりでは楽しくない。ここは年頃の女の子らしく、外に出るべきだと考えたのである。

 かと言って、小遣いだけを渡して放り出しても、御主人様は図書館か本屋に行って、本を持って帰ってくるだけである。(前に試した)

 ならば、俺も一緒に行くというよりも、俺が御主人様を連れまわすほうが良いという、ちょっとした男気である。

「さあ、御主人様。どこか行きたい所はないか?」

「あ、うーん。いきなり言われると、迷いますね……」

 御主人様も割と乗り気の様子。どこがいいかな、などと言いながら、しきりに考えている。

 ふと、そんな折である。家の電話がけたたましい電子音を鳴らした。

「俺が出る」

 ひょいと廊下に出て、受話器を取る。

『もしもし、草薙と申します』

 礼儀正しい声が聞こえてきて、ふと改まるが、聞き覚えのある声でもあった。草薙。

 ああ、巴だ。草薙巴。苗字だと少しわかりにくかった。

「ああ、俺だ。恵一だ」

『あ、お兄さんでしたか。こんにちは』

「おう。千晴に用事か?」

『はい。姫子や漣と、一緒にプールに行こうって話になったんですけど、千晴もどうかなーって思いまして』

「ほう。そりゃ楽しそうだ。ちょっと待ってくれ。電話替わるな」

 こりゃ、俺が出るまでもなかったか。こういうときは、やっぱり友達と一緒に行くに限るか。

 御主人様に電話を渡して、それじゃ俺は漫画でも読もうかと思っていたのだが、御主人様はそんな俺の様子に、やや不満顔。

 ふむ、どうかしたのだろうか。

「あ、うん。じゃあ、また後でね」

 御主人様は電話を切ると、ほふ、と息を吐いた後、ちょっと呆れた顔で俺を見た。

「恵一、早く用意しないと駄目ですよ。巴ちゃんたち、来ちゃいます」

「それぐらい、自分で出来るだろ」

「だから、恵一も自分の分をしないと駄目です」

「ん?」

 なんで、俺まで用意する必要があるのだろうか。さっきの電話のやり取りは、巴と一緒に行くという流れに見えたのだが。

「どっか行こうって言ってたの、恵一でしょう?」

「……ああ、なるほどな。俺も一緒に行く、ということか」

「だって、最初に約束したのは、恵一ですから」

 嬉しそうににこりと笑う御主人様の仕草に、ふと俺からも笑みがこぼれる。

 まったく、シンプルなくせに、ぐっと来る言葉を使ってくるじゃないか。


 少しばかり急いで、スポーツバッグに水着とタオルを詰め込む。

 そういえば、プールに行くのも久しぶりだ。二年ぶりぐらいになるような気がする。

 御主人様も用意が出来たらしく、可愛らしいスポーツバッグを肩にかけて現れた。

「待ち合わせは駅前ですよ。自転車、乗りますか?」

「そうだな。じゃあ、行くか」

 愛車フレイアを引っ張り出して、用意完了。日差しが眩しく、絶好のプール日和だ。

 御主人様を後ろに乗せて、フレイアは颯爽と住宅街を駆け抜ける。相変わらず御主人様はぴったりと俺に張り付いており、薄手のワンピースを着ているものだから、ダイレクトに胸の感触が背中に伝わってくる。

「……ちょっと成長したか?」

「何がですか?」

「いや、こっちの話だ」

 案外、将来はナイスバディになったりしてな。まあ、年齢から考えても、別に幼児体型ってわけでもないはずだし、可能性はあるんじゃないだろうか。


 今後の御主人様の成長を考えているうちに、フレイアは駅前まで進んでいた。

 自転車を近くの駐輪スペースに停めて、辺りを見回す。

 既に、巴達は来ているようだ。しかし、三人娘の他に、人影が三つほどある。

「よお、って。んん?」

 軽く手を挙げて、面々に挨拶するというところで、妙に全員と面識があることに気付く。

 一人は、もうわかっている。高木だ。巴が連れてきたのだろう。

 そして、その隣にいる、妙に明るくて、線の細い男。確か、ウチの高校のヤツだ。天王寺とかいう名前の。オタクってことで、割と有名だった気がする。

 さらに。その隣の小柄な少年に目を移して、俺はようやく、己の愚かさに気付いた。

「け、健二けんじ……」

「に、兄さん……」

 何故か、正真正銘。血の繋がった弟、仁科健二がそこに突っ立っていたのである。



 オーケイ。状況を確認しよう。

 まず、駅前広場に集った、若者達の紹介だ。

 鈴ノ宮千晴。俺の御主人様で、中学生。ちっちゃいが、将来は美人になるだろうと思う。

 草薙巴。御主人様の友達で、三人娘のまとめ役。先日、高木と兄妹の契りを交わした少女である。

 当麻漣。御主人様の友達で、三人娘の危険物。確か、兄貴が文化祭に来ていて、高木と面識があったはずだ。

 天王寺姫子。御主人様の友達で、三人娘のトラブルメイカー。オタクな兄が居るとの噂だ。

 俺こと、仁科恵一。メイドになった高校生。外では、御主人様の兄ということになっている。

 高木聖人。俺の友達で、巴の義兄みたいなもの。相変わらずの仏頂面である。

 天王寺。同じ高校のオタク。なんでここにいるんだ。

 仁科健二。俺の弟で、中学一年生。気弱で頼りない、女顔。一緒に住んでた頃は、けっこう仲の良い兄弟だったのだが。

「って、なんで健二がここに!?」

「兄さんこそ、な、なんで鈴ノ宮先輩と!?」

「ああ、仁科、久しぶり。文化祭の時は影ながら写真、取らせて貰ったよ。妹が世話になってるみたいだね。ありがとう」

「おう、天王寺。写真は燃やせ。つか、妹って……ああ、天王寺、か。姫子だな。って、お前と姫子が兄妹だったのかよ!?」

「それより、兄さん!!」

「ああ、健二も久しぶりだな……って、てめぇら同時に喋りかけるな、ややこしい!!」

 俺が思わず怒鳴って、周囲がしんと静まる。

 いきなりの展開に、ワケがわからない様子の御主人様と巴。全ての状況を把握しているのだろう、高木はしかめっ面。健二は俺に怒鳴られてしゅんとしており、漣は真っ直ぐに俺を見ていた。天王寺兄妹は二人してのほほんと笑っている。

「やれやれ。とんだ面倒になってしまったな。こうなっては、種明かしするしかないだろうね」

 高木は、ふう、と溜息をついて、俺を見た。それでいいだろう?と問いかけるような眼、ではない。

「皆、混乱しているだろうし、僕が説明するよ。幸い、状況は全部把握している」

 ……高木は、不敵に微笑みながら、一同を見た。いや、説明するなら、俺からしたほうがいいだろう。一体、どうして健二がここにいるのかわからんが、バレちまったものは、仕方ないだろう。

「まあ、仁科も来たばかりで、状況もわかっていないだろう。任せてくれ」

 俺が口を開こうとしたところで、高木がそれを遮った。妙なことをする。まるで、俺に喋られては不味いような。

 ……まさか、高木のヤツ。

「とりあえず、天王寺だけど。君の予想通り、姫子ちゃんの兄だったようだ。いやはや、世間は狭い」

「はは、よろしく」

「そして、仁科健二君。まあ、今更説明するのも変だが、漣ちゃんと仲がいいらしくて、誘われてやってきたそうだ。まあ、みんなが驚いているのは、仁科恵一と、健二君の関係だろう。とりあえず、兄弟というのかな。うむ、元兄弟という感じだな」

 高木の朗々とした説明に、俺は困惑した。

 なぜならば、俺と健二は正真正銘の兄弟だからだ。血も繋がっているし、住む場所こそ離れたが、だからと言って兄弟じゃなくなるはずがない。

「え、えぇと……どういう、ことですか?」

 御主人様がおずおずと高木に尋ねる。俺だって聞いてみたい。

「仁科の状況は知っての通りだろう。つまり、仁科恵一は色々あって、中学生の頃から、仁科家に預けられていたのだ。まあ、知らなくても無理はあるまい。僕でさえ、つい最近知ったばかりでね。本来なら、あまり口外することでもないのだろうが、ここにいる皆は、信頼できる友人ばかりだ。まさか、このような形で皆が繋がっているとは思わなかったので、特に説明することもなかったが、今となってはバラしてしまったほうが、わかりやすくていいだろう」

 よくもまあ、ここまですらすらと嘘を並べ立てられるモノである。流石は高木。舌先三寸の世界でこいつに敵う人間はいない。

 しかし、大丈夫なのだろうか。俺や御主人様は事情を把握しているというか、当事者なので問題ない。

 三人娘や天王寺は、逆に事情を一切知らないので、高木の言葉を鵜呑みにするだろう。だが、健二はこの状況を中途半端に知っている。つまり、高木の言葉に疑問を持つ、只一人の人間と言うことになる。

 高木を見ると、いつも通りの仏頂面であるが、微かに健二に注目しているのがわかる。健二は相変わらずの女顔で、ぼんやりと高木を見ていた。瞬きをする様子など、まるで女の子のように愛らしい。背丈もかなり低いし、女装させたら、御主人様にそっくりになるんじゃないだろうか。

「ふむ。成る程な。縁は奇なりとは良く言ったモノだ。まさか、健二がお兄さんとそういう関係だったとは」

 漣が納得したように頷き、健二の肩を軽く叩いた。

「え、えぇと……漣さん?」

「そうならそうと、教えてくれればいいものを。まあ、私とお兄さんが知り合いということを、健二は知らなかったようだから、言っても詮無いことか」

 肩を竦めて笑う漣に、周囲はようやく納得した様子である。勘の鋭い漣がそう言うのだから、間違いはないだろう、と。

「あー、まあ、そういうこった。ややこしくてすまねえな」

 とりあえず、形だけでも謝っておこうと、軽く頭を下げる。みんな、なんだかよくわかっていない様子だったが、とりあえず事態が収拾したことだけを感じ取り、「いいですよ〜」と流してくれた。

「別に、お兄さんは、お兄さんのままですから。よくわからないですけど、今日は楽しみましょう〜」

 姫子の明るい声で、ようやく一行は、本来の目的であるプールに向かうことになった。



 さて、電車に揺られて二十分。あと少しで目的の駅に到着と言うところで、ようやく健二を捕まえることが出来た。

「健二。とりあえず、よくわかってないだろう?」

「あ、兄さん。ほんと、よくわかんないよ」

 健二はちょっと情けない声で、上目遣いで俺を見上げながら、むー、と唸った。

「いや、奉公に出たって話はしただろ。で、何故かそこの千晴お嬢様と一緒に暮らすことになっちまってだな……」

 周囲に聞こえないように、今までのあらましをざっと説明してやる。流石に、このままだと余計なことを言って、折角の高木の嘘が台無しになってしまうからな。

「そうだったんだ。うん、わかったよ。けど、兄さん酷いよ。僕の中学校の先輩ってこと、全然気付いてなかったんだよね?」

「あー、まあ、そうだな」

 御主人様が聖カノン中学に通っていることは知っていたが、健二もそこに通っていると気付かなかったのだ。いや、色々あったのだから仕方がないだろう。

「もう、兄さんはこれだから。僕もたまに顔を出さないとダメだね。これじゃ、鈴ノ宮先輩も苦労するよ〜。それに、やっぱり兄さんにも会いたいしね」

 ぱち、と軽くウインクする健二を、軽く撫でてやる。

 言い忘れていたが、健二は天然で、仕草も妙に女っぽい上に、少々ブラコン気味だ。

「けどよ。お前と漣が仲良しってのは、ちょっと驚いたな。お前、女の子って苦手って言ってなかったか?」

 忘れていたが、健二を連れてきたのは漣である。同じ学校の先輩後輩なので、知り合いというところまでは納得できるが、気弱でなよなよした健二と、不遜な漣が仲良しというのは、中々想像に難いところがある。

「なんだ、お兄さん。私と健二の関係についてか?」

「うぁ!?」

 込み入った話を終えて、気が緩んでいたところに、漣がやってくる。

「まあ、半ば身内なのだし、気になるのだろうな。あまり声を大にして言うことではないのだが、折角だし教えてやろう」

 漣が相変わらずの図々しい態度で、のたまう。しかし、次の瞬間、少しだけ頬を赤らめて、こほんと咳払いをした。健二も、顔を真っ赤にさせて、漣と俺を交互に見ている。

「私と健二は、だな。その、所謂……健二、言え」

「あ……うん。僕と漣さんは、その、お付き合いしてるんだ〜」

「は?」

「額面通り、だ。私と健二は、その、ステディという、関係、だ」

 もじもじと恥ずかしそうに呟く漣は、いつもの傲岸不遜な態度を完璧に逆手に取るほど、可愛らしい。

 その漣と同じように俯いて照れている健二も、知らん人間が見ればやっぱり可愛いと思うだろう。

 その二人が、付き合っている。だと。

 本日二度目の、わけのわからん状況に、俺は軽く眩暈を覚える。

 いやしかし、俺が一番突っ込みたいところは、二人の関係ではなかった。弟に恋愛というジャンルで先を越されたということでもないし、漣の女の子らしい態度でもなければ、健二が男として見られていたことでもない。

「ステディって、いつの時代の表現だよ」

 古すぎるぞ、漣。

少し更新に間が空いて申し訳ありませんでした。

今までの話は、数年前に書いていたモノを加筆修正していましたが、この話は今回の連載に当たって、一から書いたモノです。


御感想、御批評。お待ちしております。

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