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高木、後夜祭に想う

 轟々と中央で燃える炎を、皆が囲って、余韻を楽しむかのように踊る。

 中心近くでは、一小節ごとにパートナーを替えて踊るフォークダンスが。

 その周囲では、そのリズムに合わせてパートナーを変えずにゆっくりと踊る、カップル達が。

 僕こと、高木聖人は、後者に位置するのだが、何故かパートナーがころころと入れ替わっている。





 軽快なメロディに身を任せて、天橋の手を取って、簡単なステップを踏む。

 およそ、ダンスと言えるような大したものでもないのだが、これが中々楽しく、昼間の疲れもどこへやら。曲が終わらないのをいいことに、さきほどからずっと踊り続けている。

「たまにはこういうのもいいね」

「うむ、まあな」

 たん、とステップを踏んで軽やかに舞う天橋は、僕には勿体無いくらいに上手に踊る。エスコートすべきは男の僕のはずなのだが、さきほどから後手に回ってばかりだ。

「あ、聖人。そこは右足を先に出すんだよ?」

「あ、うむ。すまん」

「あはは、次は間違わないでね」

 天橋はメロディに合わせて、ふわりと一回転して、ぺこりと頭を下げた。僕もそれに倣う。そして、

「次は巴ちゃんだよ」

「あ、は、はい」

 何故か、交代とばかりに巴ちゃんが天橋に変わって僕の前に立つのだ。かれこれ5回目である。

「よ、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

 お互いに頭を下げて、手を取る。天橋も巴ちゃんも、女性にしては上背があるほうだが、如何せん僕が192cmという化け物染みた身長の持ち主であるので、少し不恰好になってしまう。

 しかし、天橋も巴ちゃんもそんなことを気にするふうもなく、楽しそうにステップを踏んで、拙い僕をエスコートしてくれるのだ。

「高木さん、そこ、左足が先です」

「ん、ああ。また間違えたてしまったか」

 巴ちゃんはおかしそうに笑って、再び僕の手を握って踊りだした。


 横に目をやると、漣ちゃんと千晴ちゃんが踊っている。どうやら千晴ちゃんは仁科を捕まえ損ねたようだ。

 しかし、流石は鈴ノ宮財閥御令嬢。こういうダンスはお手のものらしく、流れるように動く。漣ちゃんをリードするくらいだ。今日は千晴ちゃんのいつもと違う一面ばかり見せられた気がする。仁科が動揺するのも無理はない。昼間は僕も努めて冷静を装ったものだが、てきぱきと仕事をこなす千晴ちゃんの姿はやはり、違和感のあるものだった。 もっとも、そのおかげで随分と助かったわけなのだが。

「次は姫子だな」

 一小節踊り終えると、漣ちゃんが今度は横で眺めていた姫子ちゃんに向かい合う。ここも三人で踊っているクチらしい。

「ほら、聖人。次、私」

「あ、ああ」

 僕のほうも再びパートナーが代わる。踊る気がない連中が遠巻きに見ている中、二人の女の子と交互に踊っている僕は、やや肩身が狭い。しかも、天橋は目立つので余計にだ。

「すまんが、僕はもう疲れてしまった。少し休むよ」

「わ、だらしないね。まだそんなに踊ってないよ」

「そっちはそうだろうがね。僕は働き詰め、踊り詰めで身体にガタがきているんだ」

 そう言って、少し離れた校舎沿いのベンチに腰をかけた。

「仕方ないね。今日は珍しく頑張ったし」

 天橋はそう言うと、巴ちゃんの手を引いて、再びくるくると綺麗に踊りだした。

 踊りの輪から完全に離れた天橋と巴ちゃん。僕の恋人と―――妹になった少女。



 いきなり天橋に話があると言われたのは、後夜祭の始まる数分前のことだった。

 おずおずと巴ちゃんが天橋に背中を押されてやって来て、恥ずかしそうに俯いてはもじもじとしている。何ぞ不始末でもやらかしたのかと思ったが、そうではなかった。

「た、た、高木さん!!」

「う、うむ。どうしたんだい、巴ちゃん」

「そ、その。わ、私の……私のお兄ちゃんになってください!」

 周囲に人が居なくてよかったと思う。

「聖人、巴ちゃんはね、お兄ちゃんがずっと欲しかったんだって。聖人がまあ、一応理想に辛うじて当てはまってたらしいんだ。よかったね」

 何がよかったのかさっぱりわからなかった。義理の妹が欲しいなどと、そんなゲームみたいなことを思ったためしなぞない。ましてや僕には恋人がいる身である。しかし、その恋人本人が話を推し進めるというのも不思議な話であった。

「しかし、一応だとか、辛うじてとか。なんか中途半端だな」

 これは巴ちゃんではなく、天橋が勝手に言ったことだと言うのは、二人の性格からして一発でわかった。

「人の理想にぴったり来るような人間だと自分で思えるなら、尊敬するよ。いろんな意味でね」

「それが自分の彼氏に対しての言葉か。まったく、最初は可愛かったのだが……」

 無論、今でも可愛いのだが、そんなことを言っていても仕方がない。僕は早々に天橋との会話を打ち消し、巴ちゃんに向き合った。

「巴ちゃん。僕でよければ、お兄ちゃんにはなるよ」

 別に、他意はなかった。人助けだとも思わない。むしろ役得であった。

 巴ちゃんは、天橋には悪いが僕の好みの女性そのままである。清楚で可憐。物腰穏やかで目上の人間に丁寧。天橋がいなければ、妹といわず恋人にしていたかもしれない。

 ただし、どうしても。たとえ雰囲気を壊してしまうことになっても、僕は一言だけ、どうしても言わなければならないことがあった。

「兄妹として、血の繋がりの有無なんて関係なく接するつもりだけど、その分絶対に兄妹以上の関係にはならない。勿論、兄妹になりたいのだろうから、何を調子に乗っていると思うかもしれない。けれど、血の繋がった兄と妹でも恋をすることはある。僕は、巴ちゃんを妹以上の存在としては絶対に見ない。それでいいなら、可愛い妹が出来ることを、断る理由なんてないよ」

 少し、残酷な言葉だったのかもしれない。ただし、兄になってほしいという想いが変に恋愛感情に変化する前に、理解してもらわなければ、ややこしいことになりそうなのは明白だった。自惚れた考えなのかもしれない。けれど、自分を下手に謙遜して、天橋と別れるなどという結末は、どうしても避けたかった。

「それでいいかな、巴ちゃん?」

 巴ちゃんはぽかんと僕の顔を見ていたが、やがて、

「は、はいっ。あ、ありがとうございます!!」

 妙にきびきびとした動作で巴ちゃんは礼をして、ようやく笑顔を見せてくれた。



 それで、兄妹仲良く踊るとか、恋人と踊るとか、後夜祭はどちらにすべきか悩んでいたのだが、二人と交互に踊ると天橋が言い出したのが採用となって、今に至る。周囲には天橋との関係を知られてしまったし、妹まで出来てしまったりで、なんというか、大変な一日だった。

 ―――しかし、義理の妹というのだろうか。天橋がいなければもっと素直に喜んでいたのかもしれない。否、天橋が邪魔というつもりは微塵もないのだが。

「それにしても、仁科君と五十鈴さん、見ないけどどうしたのかな」

 天橋が辺りを見回して言う。多分、二人で踊っているのだろう。グラウンドには出ていないのかもしれない。あの二人は親友だと言っていたが、それもきっと仁科だけがそう思っているのだろう。五十鈴さんの仁科を見る目は、親友を見る目ではなく―――

「まあ、そのうちひょっこり現れるだろう」

 やめだ。仁科は気づいていない。僕がどうこう考えても仕方のないことだ。それに、仁科は矢張り気付いていないだろうが、メイドとしてではなく、兄としてでもなく千晴ちゃんを見るようになりつつある。千晴ちゃんもまた然り。それがどのような結末になるのかわからないが、そこは僕の立ち入ってはならないことだ。このままの関係を続けるもよし、身分違いの恋に落ちるもよし。相談されるまで、そのことには触れないほうがいい。まあ、アレで仁科は初心なので劇的なことでも起こらなければ、何ともならないのだろうが。

「高木さん……」

「ん、どうしたんだい?」

 いけない。ついつい考え込んでしまった。僕の悪い癖でもある。趣味でもあるのだが。

「そ、その。お、お兄ちゃんて、呼んで、いいですか?」

「あ、ああ。兄妹なんだし、勿論だよ」

 気恥ずかしくもないが、巴ちゃんは兄が欲しかったと言っていた。僕も兄弟がいなかったし、妹がいるのも悪くないと思っていた。お兄ちゃんと呼ばれるのも、そう悪くはない。

「お、お兄ちゃん……」

「……ああ」

 ……悪くないどころの騒ぎではなかった。恥ずかしそうに俯いて、それでも嬉しそうに呟く巴ちゃんの姿は、なんというかこう、破壊的な可愛らしさだ。

「聖人、鼻の下」

「伸びていない」

 天橋がじと目で見ていた。可愛いものを可愛いと感じて何が悪いのか―――恋人が居る身としては、あまりよろしくないのかもしれない。

「それよりも、そろそろ時間だ。仁科が来たら皆で帰ろうか」

「いや、漣と天王寺さんは僕が連れて帰るよ」

 話を逸らそうとしたら、すぐ横で声がした。当麻である。

「なんだ、まだ居たのか。佐々木さんと踊っていたのか?」

 そう言うと、当麻の横から佐々木さんがひょっこり顔を出した。随分しっかり踊ったのだろう、顔が上気していてなかなか艶っぽい。

「高木君も隅におけないねぇ。可愛い彼女に続いて、妹作っちゃうんだから」

 けらけらと笑いながら佐々木さんは何故か当麻の肩を叩いた。当麻は苦笑しながらも、されるがままになっている。

「それよりも。漣ちゃんと姫子ちゃんを任せていいのか?」

「漣は妹だし、同じ家に住んでるんだ。構わない。天王寺さんも近所みたいだから、ついでに送っていく。えっと、鈴ノ宮さんだっけ。彼女は高木と一緒でいいのか?」

「ああ、千晴ちゃんはウチの近所だし、兄も一緒だからな。じゃあ、よろしく頼む」

「わかった。佐々木、行こうか」

「うん。じゃあまたね、高木君」

 佐々木さんと当麻はそう言って、漣ちゃんと姫子ちゃんを連れて帰っていった。漣ちゃんが佐々木さんに深々と頭を下げていたのが、なんだかおかしかった。

 二人と入れ違いに千晴ちゃんがやって来て、巴ちゃんの隣に並んだ。どうやら踊り疲れたようで、少しふらふらしていた。

「千晴ちゃん、座るといい。巴ちゃんもね」

「あ、はい……そ、その。お、お兄ちゃんは?」

「すぐ来るよ」

 千晴ちゃんは千晴ちゃんで、仁科のことを心配していたらしい。どうやら仁科の言っていた仮面も既に消えたらしく、いつもの千晴ちゃんに戻っていた。一安心である。

「僕は生徒会の仕事を少し片付けてくるよ。天橋、二人を頼む」

「うん、わかった」

 天橋、巴ちゃん、千晴ちゃん、それぞれを見る。巴ちゃんと千晴ちゃんはベンチで既にうつらうつらしていた。天橋は元気そうである。これならば安心だ。


 それから僕は生徒会の仕事を適当にこなして、仁科と合流する。

 夢の世界に入ってしまった、血の繋がらない妹を背負いながら、僕と仁科は初めて一緒に下校した。

本作の、影の主人公であろう、高木の話。

途中、当麻と佐々木という、降って湧いたキャラが出てきています。

この二人をメインとした小説もあるのですが、古いので掲載してません。

高木の友達なんだなー、程度でよろしくお願いします。

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