高木、後夜祭に想う
轟々と中央で燃える炎を、皆が囲って、余韻を楽しむかのように踊る。
中心近くでは、一小節ごとにパートナーを替えて踊るフォークダンスが。
その周囲では、そのリズムに合わせてパートナーを変えずにゆっくりと踊る、カップル達が。
僕こと、高木聖人は、後者に位置するのだが、何故かパートナーがころころと入れ替わっている。
*
軽快なメロディに身を任せて、天橋の手を取って、簡単なステップを踏む。
およそ、ダンスと言えるような大したものでもないのだが、これが中々楽しく、昼間の疲れもどこへやら。曲が終わらないのをいいことに、さきほどからずっと踊り続けている。
「たまにはこういうのもいいね」
「うむ、まあな」
たん、とステップを踏んで軽やかに舞う天橋は、僕には勿体無いくらいに上手に踊る。エスコートすべきは男の僕のはずなのだが、さきほどから後手に回ってばかりだ。
「あ、聖人。そこは右足を先に出すんだよ?」
「あ、うむ。すまん」
「あはは、次は間違わないでね」
天橋はメロディに合わせて、ふわりと一回転して、ぺこりと頭を下げた。僕もそれに倣う。そして、
「次は巴ちゃんだよ」
「あ、は、はい」
何故か、交代とばかりに巴ちゃんが天橋に変わって僕の前に立つのだ。かれこれ5回目である。
「よ、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
お互いに頭を下げて、手を取る。天橋も巴ちゃんも、女性にしては上背があるほうだが、如何せん僕が192cmという化け物染みた身長の持ち主であるので、少し不恰好になってしまう。
しかし、天橋も巴ちゃんもそんなことを気にするふうもなく、楽しそうにステップを踏んで、拙い僕をエスコートしてくれるのだ。
「高木さん、そこ、左足が先です」
「ん、ああ。また間違えたてしまったか」
巴ちゃんはおかしそうに笑って、再び僕の手を握って踊りだした。
横に目をやると、漣ちゃんと千晴ちゃんが踊っている。どうやら千晴ちゃんは仁科を捕まえ損ねたようだ。
しかし、流石は鈴ノ宮財閥御令嬢。こういうダンスはお手のものらしく、流れるように動く。漣ちゃんをリードするくらいだ。今日は千晴ちゃんのいつもと違う一面ばかり見せられた気がする。仁科が動揺するのも無理はない。昼間は僕も努めて冷静を装ったものだが、てきぱきと仕事をこなす千晴ちゃんの姿はやはり、違和感のあるものだった。 もっとも、そのおかげで随分と助かったわけなのだが。
「次は姫子だな」
一小節踊り終えると、漣ちゃんが今度は横で眺めていた姫子ちゃんに向かい合う。ここも三人で踊っているクチらしい。
「ほら、聖人。次、私」
「あ、ああ」
僕のほうも再びパートナーが代わる。踊る気がない連中が遠巻きに見ている中、二人の女の子と交互に踊っている僕は、やや肩身が狭い。しかも、天橋は目立つので余計にだ。
「すまんが、僕はもう疲れてしまった。少し休むよ」
「わ、だらしないね。まだそんなに踊ってないよ」
「そっちはそうだろうがね。僕は働き詰め、踊り詰めで身体にガタがきているんだ」
そう言って、少し離れた校舎沿いのベンチに腰をかけた。
「仕方ないね。今日は珍しく頑張ったし」
天橋はそう言うと、巴ちゃんの手を引いて、再びくるくると綺麗に踊りだした。
踊りの輪から完全に離れた天橋と巴ちゃん。僕の恋人と―――妹になった少女。
いきなり天橋に話があると言われたのは、後夜祭の始まる数分前のことだった。
おずおずと巴ちゃんが天橋に背中を押されてやって来て、恥ずかしそうに俯いてはもじもじとしている。何ぞ不始末でもやらかしたのかと思ったが、そうではなかった。
「た、た、高木さん!!」
「う、うむ。どうしたんだい、巴ちゃん」
「そ、その。わ、私の……私のお兄ちゃんになってください!」
周囲に人が居なくてよかったと思う。
「聖人、巴ちゃんはね、お兄ちゃんがずっと欲しかったんだって。聖人がまあ、一応理想に辛うじて当てはまってたらしいんだ。よかったね」
何がよかったのかさっぱりわからなかった。義理の妹が欲しいなどと、そんなゲームみたいなことを思ったためしなぞない。ましてや僕には恋人がいる身である。しかし、その恋人本人が話を推し進めるというのも不思議な話であった。
「しかし、一応だとか、辛うじてとか。なんか中途半端だな」
これは巴ちゃんではなく、天橋が勝手に言ったことだと言うのは、二人の性格からして一発でわかった。
「人の理想にぴったり来るような人間だと自分で思えるなら、尊敬するよ。いろんな意味でね」
「それが自分の彼氏に対しての言葉か。まったく、最初は可愛かったのだが……」
無論、今でも可愛いのだが、そんなことを言っていても仕方がない。僕は早々に天橋との会話を打ち消し、巴ちゃんに向き合った。
「巴ちゃん。僕でよければ、お兄ちゃんにはなるよ」
別に、他意はなかった。人助けだとも思わない。むしろ役得であった。
巴ちゃんは、天橋には悪いが僕の好みの女性そのままである。清楚で可憐。物腰穏やかで目上の人間に丁寧。天橋がいなければ、妹といわず恋人にしていたかもしれない。
ただし、どうしても。たとえ雰囲気を壊してしまうことになっても、僕は一言だけ、どうしても言わなければならないことがあった。
「兄妹として、血の繋がりの有無なんて関係なく接するつもりだけど、その分絶対に兄妹以上の関係にはならない。勿論、兄妹になりたいのだろうから、何を調子に乗っていると思うかもしれない。けれど、血の繋がった兄と妹でも恋をすることはある。僕は、巴ちゃんを妹以上の存在としては絶対に見ない。それでいいなら、可愛い妹が出来ることを、断る理由なんてないよ」
少し、残酷な言葉だったのかもしれない。ただし、兄になってほしいという想いが変に恋愛感情に変化する前に、理解してもらわなければ、ややこしいことになりそうなのは明白だった。自惚れた考えなのかもしれない。けれど、自分を下手に謙遜して、天橋と別れるなどという結末は、どうしても避けたかった。
「それでいいかな、巴ちゃん?」
巴ちゃんはぽかんと僕の顔を見ていたが、やがて、
「は、はいっ。あ、ありがとうございます!!」
妙にきびきびとした動作で巴ちゃんは礼をして、ようやく笑顔を見せてくれた。
それで、兄妹仲良く踊るとか、恋人と踊るとか、後夜祭はどちらにすべきか悩んでいたのだが、二人と交互に踊ると天橋が言い出したのが採用となって、今に至る。周囲には天橋との関係を知られてしまったし、妹まで出来てしまったりで、なんというか、大変な一日だった。
―――しかし、義理の妹というのだろうか。天橋がいなければもっと素直に喜んでいたのかもしれない。否、天橋が邪魔というつもりは微塵もないのだが。
「それにしても、仁科君と五十鈴さん、見ないけどどうしたのかな」
天橋が辺りを見回して言う。多分、二人で踊っているのだろう。グラウンドには出ていないのかもしれない。あの二人は親友だと言っていたが、それもきっと仁科だけがそう思っているのだろう。五十鈴さんの仁科を見る目は、親友を見る目ではなく―――
「まあ、そのうちひょっこり現れるだろう」
やめだ。仁科は気づいていない。僕がどうこう考えても仕方のないことだ。それに、仁科は矢張り気付いていないだろうが、メイドとしてではなく、兄としてでもなく千晴ちゃんを見るようになりつつある。千晴ちゃんもまた然り。それがどのような結末になるのかわからないが、そこは僕の立ち入ってはならないことだ。このままの関係を続けるもよし、身分違いの恋に落ちるもよし。相談されるまで、そのことには触れないほうがいい。まあ、アレで仁科は初心なので劇的なことでも起こらなければ、何ともならないのだろうが。
「高木さん……」
「ん、どうしたんだい?」
いけない。ついつい考え込んでしまった。僕の悪い癖でもある。趣味でもあるのだが。
「そ、その。お、お兄ちゃんて、呼んで、いいですか?」
「あ、ああ。兄妹なんだし、勿論だよ」
気恥ずかしくもないが、巴ちゃんは兄が欲しかったと言っていた。僕も兄弟がいなかったし、妹がいるのも悪くないと思っていた。お兄ちゃんと呼ばれるのも、そう悪くはない。
「お、お兄ちゃん……」
「……ああ」
……悪くないどころの騒ぎではなかった。恥ずかしそうに俯いて、それでも嬉しそうに呟く巴ちゃんの姿は、なんというかこう、破壊的な可愛らしさだ。
「聖人、鼻の下」
「伸びていない」
天橋がじと目で見ていた。可愛いものを可愛いと感じて何が悪いのか―――恋人が居る身としては、あまりよろしくないのかもしれない。
「それよりも、そろそろ時間だ。仁科が来たら皆で帰ろうか」
「いや、漣と天王寺さんは僕が連れて帰るよ」
話を逸らそうとしたら、すぐ横で声がした。当麻である。
「なんだ、まだ居たのか。佐々木さんと踊っていたのか?」
そう言うと、当麻の横から佐々木さんがひょっこり顔を出した。随分しっかり踊ったのだろう、顔が上気していてなかなか艶っぽい。
「高木君も隅におけないねぇ。可愛い彼女に続いて、妹作っちゃうんだから」
けらけらと笑いながら佐々木さんは何故か当麻の肩を叩いた。当麻は苦笑しながらも、されるがままになっている。
「それよりも。漣ちゃんと姫子ちゃんを任せていいのか?」
「漣は妹だし、同じ家に住んでるんだ。構わない。天王寺さんも近所みたいだから、ついでに送っていく。えっと、鈴ノ宮さんだっけ。彼女は高木と一緒でいいのか?」
「ああ、千晴ちゃんはウチの近所だし、兄も一緒だからな。じゃあ、よろしく頼む」
「わかった。佐々木、行こうか」
「うん。じゃあまたね、高木君」
佐々木さんと当麻はそう言って、漣ちゃんと姫子ちゃんを連れて帰っていった。漣ちゃんが佐々木さんに深々と頭を下げていたのが、なんだかおかしかった。
二人と入れ違いに千晴ちゃんがやって来て、巴ちゃんの隣に並んだ。どうやら踊り疲れたようで、少しふらふらしていた。
「千晴ちゃん、座るといい。巴ちゃんもね」
「あ、はい……そ、その。お、お兄ちゃんは?」
「すぐ来るよ」
千晴ちゃんは千晴ちゃんで、仁科のことを心配していたらしい。どうやら仁科の言っていた仮面も既に消えたらしく、いつもの千晴ちゃんに戻っていた。一安心である。
「僕は生徒会の仕事を少し片付けてくるよ。天橋、二人を頼む」
「うん、わかった」
天橋、巴ちゃん、千晴ちゃん、それぞれを見る。巴ちゃんと千晴ちゃんはベンチで既にうつらうつらしていた。天橋は元気そうである。これならば安心だ。
それから僕は生徒会の仕事を適当にこなして、仁科と合流する。
夢の世界に入ってしまった、血の繋がらない妹を背負いながら、僕と仁科は初めて一緒に下校した。
本作の、影の主人公であろう、高木の話。
途中、当麻と佐々木という、降って湧いたキャラが出てきています。
この二人をメインとした小説もあるのですが、古いので掲載してません。
高木の友達なんだなー、程度でよろしくお願いします。