メイド、働いて、働いて、驚く
「お、おい。あれ、天橋さんだよな……」
「ああ……メイド服……だよな?」
「隣の子も、小さいけど可愛くね?」
「なぁ……入ってみねえ?」
「そうだな……」
「俺も行く……」
「いらっしゃいませ〜。三名様ですね。奥の席にどうぞ」
天橋と姫子の看板は、どうやら効果覿面だったらしい。
開店早々、暇な連中が吸い込まれるように店内に入ってくる。入ってきたら入ってきたで、涼子を筆頭とするメイド姿の女性陣にすっかり虜になってしまって、見栄を張っているのか、貢献するつもりなのか、高いセットを注文したりする。男っていうのは、馬鹿な生き物なんだなと、自分を棚に上げてしみじみと思う。
「ね、ねえ。あの人……鵡海君と仁科君じゃないの?」
「きゃっ、可愛い服着て恥ずかしそうにしてるー」
「ねえねえ、入ろうよ。面白そう!」
「いらっしゃいませ、三名様ですか?」
「はい。あ、仁科君にオーダーお願いします」
「はい。仁科くーん、オーダー御指名でーす」
「……はーい」
まあ、その、なんだ。俺や雄介も、けっこう繁盛の一因になってたりする。
*
「高木、コーヒーセット2つと、クッキー!」
先ほどの女子三人組のオーダーを持って隣室の高木に怒鳴る。
「了解!」
高木は忙しそうにコーヒーを淹れながら、もう一方で次のコーヒーを沸かす用意をしている。器用なものである。
「高木君、こっちはコーヒーセット3つね」
続いて涼子も先ほどの連中からのオーダーを持ってきた。繁盛はいいことだが、こう忙しいと休む間もない。
「うむ、順次用意する。出来たものから取っていってくれ」
「「OK」」
流石の高木も余裕がないらしい。口調こそいつものそれだが、不敵な面構えは見えず、逆に額に汗までかいている。
「よし、仁科の分は完成だ。五十鈴さん、悪いが待つ間にクッキーセットを用意しておいてくれ」
「わかった」
「任せて」
俺はトレイにコーヒーセット(コーヒーとクッキー5つ)2つとクッキー一皿をを乗せて、走らず、されど急いで店内に戻る。先ほどオーダーを取った客は雄介を捕まえて楽しそうに話をしていた。
「お待たせいたしました。コーヒーセット2つとクッキーになります」
「あ、仁科君ありがとう」
座っている客は確か、一年生の時に同じクラスだった女子だ。名前までは覚えていないが、顔は見たことがある。
「けどすごいね。似合ってるよ」
「うん。可愛い可愛い」
「は…はは、そうか……喜んでいいのか複雑だけどな」
むしろ悲しみたい。何が悲しくて女装姿を褒められねばならんのだろう。
「ふふ、けどすごいね。みんな可愛いし」
その皆の中に俺も含まれているのだろう。まさか女子からかわいらしさで羨望を受けるとは夢にも思わなかった。
「そうそう。しかも仁科君の妹さんだっけ、あの小さい子」
雄介の野郎、いらんことまで喋りやがったらしい。
「人手が足りないから仕方なくな。それより、はい。コーヒーとクッキー。ごゆっくりどーぞ。雄介も仕事しろよ」
「おう、わかってる」
「仁科君、あとで写真一緒にとってね〜」
「へ……ま、まあ暇になったらな」
もう、やけくそである。伝票を置いて、足早にその場所を離れた。
一方、御主人様は実に危なげなく客を捌いていた。
「コーヒーをお持ちしました」
「あ、ども。ありがとう」
「いえ、ごゆっくりしていってくださいね」
にこりと御主人様が微笑むと、客もつられて微笑む。全く、仮面とやらは恐ろしいものである。非常に不本意ではあるものの、高木の言ったとおり今だけは仮面に感謝をしなくてはいけないらしい。
「お兄さん、首尾はどうだ?」
手が空いたのか、漣が声をかけてきた。そういえば漣も御主人様に劣らず、良く働いてくれている。
「もう客引きも十分だろうし、高木さんの恋人と姫子にも中で動いてもらったほうがよくはないか?」
「そうだな。雄介にそのこと、伝えてきてくれ」
「わかった。お兄さん、一度休憩するか?」
「いや、それより高木だろう。ずっと裏方が一人だからな」
「ふむ。ならば表の二人を中に、私が裏方を受け持とう。高木さんには少し休憩してもらうと言うことで」
「ああ。何なら俺が裏に行こうか?」
「男のメイドが減るのは勿体無いと思う。私に任せてくれ。高木さんにも負けはしない働きをしてやろう」
漣はそう言うと、雄介のところに向かい、何か伝えた後、表に出て天橋と姫子を連れてきた。
「では後は頼むぞ。お兄さん、姫子はドジだが、うまく使ってやってくれ」
「ああ。裏方、頼むぞ」
漣は心強い笑みでうむと頷いて、隣の教室に向かった。こういうときは、本当に高木と同様頼りになる存在である。
「じゃあ、私たちも頑張ろうね」
「はい〜、がんばりますよ〜」
漣と入れ替わりで店内を動くことになった天然組はいささかおっとりとした動きで拳を握る。かなり不安だが、まあそこまでのドジもしないだろう。仮に大ドジを踏んでも、許されそうな雰囲気である。むしろ客はラッキーと受け取るかもしれない。メイド喫茶とはそういうものだ。
「……漣ちゃんには参った。仕事をとられてしまったよ」
早速オーダーを取りに行った天橋と姫子に続いて、高木が店内にやって来た。言葉とは裏腹に、疲労がにじみ出ている。
「少し休め。元々一人なんて無理があったんだ」
「ああ。すまないがそうさせてもらうか。席、一つ貰うよ」
高木は手近な席に座り、学ランの第一ボタンを外した。すると、すかさず先ほどオーダーを取りに行ったはずの天橋がやってくる。
「聖人、注文は何がいいかな?」
成る程、席に着いた高木を客として扱うらしい。向こうでは山下と涼子がちょっと羨ましそうに二人のやりとりを見ている。
「天橋、僕はいいから他のお客さんのところへ行け」
「駄目。聖人のオーダーは私が取るの」
「……仕方ない。コーヒー」
「うん。ブラックだよね?」
「ああ。あと、どうせなら天橋が淹れてきてくれ」
「ふふ、言われなくてもそうするよ〜」
―――目の前で繰り広げられるラヴコメ。一体どうしたものだろうか。完全に二人の世界に突入してしまったらしく、あの高木が甘えるような言葉さえ口にしている。二人の周囲だけ完全に空気が違う。
「…………」
俺はあえて何も言わず、その場を辞した。矢張り、あれだ。高木も疲れているのだろう。そっとしておいてやるに限る。
「恵一、ほら、私たちが頑張らないと!」
涼子がやってきてバシっと背中を叩いてきた。そうだ、天橋が当分高木専用になっているのだし、俺も頑張らなくてはいけない。
「恵一、御指名だぞ。7番テーブルにご案内!」
「うぃさ。4名様ですね。こちらにどうぞ!」
きゃーきゃーと五月蝿い女性客に内心うんざりしながらも、無理矢理気合を入れて、再び俺は仕事に没頭していった。
「恵一、3番テーブル片付けてね」
「おう、じゃあ涼子は4番のオーダー頼む」
「了解!」
先ほどからさらに30分。いよいよ店内は忙しくなってきた。ついに店の前には行列ができて、どうも御指名が定番になってきたらしい。
「高木、学ランのままで御指名だ。2名様」
「僕を指名……まあ、かまわんか」
けっこう、意外なところにも指名が行くものである。休憩を終えて漣を手伝おうかと言っていた高木にまでオーダーが回ってきた。高木はやや複雑な面持ちで客を案内しはじめた。客は男女のカップルらしく、高木とも親しくしているところから、友人らしい。
ちかくを通りかかったときに聞いた話によると、当麻と佐々木という二人組らしい。どうやら中学生のときのクラスメイトのようだ。
「ねえ高木君、彼女ってどの子?」
女の子のほうが面白い質問をする。ここからは高木の表情はわからないが、きっと溜息でもついているのだろう。面白いので、テーブルを片付けていた天橋に話しかける。
「天橋、高木の横に並んでみてくれ」
「え、なんでかな?」
「いいから。行けば高木の面白い顔が見れると思うぞ」
「あはは、じゃあここの片付けお願いするね」
「おう、任せろ」
天橋は行ってきます、と言って高木の横に並んだ。案の定、先ほどの佐々木と呼ばれた女子から歓声があがる。
「わぁ、高木君には勿体無いって、本当だね」
「さりげなく失礼なことを言うな。当麻、自分の恋人の管理くらいするべきだ」
「言葉、返すよ」
いやあ、面白い。天橋にかかれば高木も形無しである。旧友二人に言いようにあしらわれて、高木は随分焦っている。
「仁科、後で覚えておけよ」
天橋から俺の指示の内容を聞いたのか、高木が振り返ってけっこう怖い顔で呟いた。セリフは三下のそれだが、こいつが言うとけっこう怖い。俺は気付かないふりをしてそそくさと仕事に戻ることにした。
「千晴ちゃん御指名だよ。1名様」
「は〜い!」
さらに10分ほどが経過したところで、ふと、雄介の声が届いた。今までは天橋や俺が指名のメインだったわけで、御主人様に声がかかるのは始めてである。一体、何処の誰が御主人様を指名したのだろうか。
それとなく様子を窺う。御主人様の横に並んでいるのは、背の高い、この時期というのに学生服を着込んだ、眼鏡をかけたひょろ長い男である。
「………あれ?」
男の特徴を見て、ふとおかしいことに気付く。今の特徴は紛れもなく高木のものなのだ。しかし高木はさっきの二人組のところにまだいる。
「……双子?」
いやまさか。第一高木は一人っ子だと聞いたことがある。生き別れの双子がいたとしても、同じ学校の人間のはずがない。
「姫子、テーブル片付け頼む」
「え、あ、はい〜」
近くに居た姫子に片づけを頼んで、御主人様の横に向かう。男と目が合った。
「……高木、じゃないな」
高木と同じような190cmほどの上背と、服装。しかし、こっちのほうが断然男前である。切れ長の目と、落ち着いた雰囲気。髪も高木のように適当に整えているわけではなく、小奇麗にしてある。高木をグレードアップさせたような男だ。
「へえ、千晴。もしかして彼がメイドかい?」
「あ、はい。そうなんですよ」
こいつ……俺のことを知っている。しかも、メイドということまで。一体、何者なのだ。
「ああ、自己紹介しようか。俺の名前は伊達倭。千晴の許婚ってやつなんだ」
「……はい?」
今、この男はなんと言ったか。御主人様の、何だと言ったのか。
御主人様の、許婚。
許婚っていうのはアレか。結婚するって決められた二人のことだよな。
だとすると何か、この高木のクラスチェンジ版は、将来御主人様と結婚するってことか?
「な、なん……」
「なん?」
「なんだってーーー!?」
都合三度目の俺の絶叫が、クラス中に響き渡った。
伊達倭。ペンネームとして使用している名前なのですが、元々、自作小説のキャラクターから取ったものでした。
そういうわけで、作者と同じ名前のキャラクターが登場するという状況ですが、別に私が登場したわけではありませんので、悪しからず。