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メイド、誕生

 ふざけた夢を見ていた。実に豪快で、それはもう大変な夢だ。

 まず、突然の転校生がやってきた。無論、可愛い女の子である。

 その子が俺の隣に座るというのも、ほぼセオリー通りで、頬を少し赤らめて「よろしくね」と言われた時点で夢だと気づいた。

 せっかくの夢なので頬をつねると言う馬鹿なまねはせずに、ふと後ろに目をやった。

 幼馴染の女の子が、敵意の視線を転校生に向けていた。

 愛嬌のある可愛い感じの女の子である。こんな幼馴染など知らないが、でも幼馴染だと言うことはわかる。この時点で夢だと言うことを再認識した。

 さらに昼休みに、後輩の女の子がお弁当を持ってきた。案の定、幼馴染とバチバチと視線を交え、強引に前の席に座っていた男子を排除して満面の笑みを浮かべた。何だと言うのだ一体。

 悪夢にも思えるような世界はまだ続く。ハーフでグラマーな先輩と廊下で正面衝突したり、転校生が実はすごいお金持ちだったり。男友達と思われる人間はただの一人で、彼も童顔で、学生服でなくセーラーであれば豪華な女性陣に混じれるぐらいの存在だった。

 放課後、掃除をサボると委員長が追いかけてきた。もちろんメガネにおさげの女の子である。

 校門で美人の先生が妖しい微笑みを見せた。勿論スタイルも抜群だった。

 帰り道、転校生がリムジンを待たせていた。転校生の誘いを幼馴染が勝手に断り、そのまま幼馴染と一緒に帰ることになった。

 家に着くと、やたらに若い母親と、すごく美人の姉と、悪戯っぽい妹と、居候の同い年の女の子がいた。しかし父親の存在と言うものは皆無だった。

 自室に戻ると、可愛い女の子の幽霊がいた。にっこり笑って消えたが、風呂場でもう一度遭遇した。

 夕食はすこぶる美味かった。姉がずぼらな格好で擦り寄ってきて、居候の女の子がその間に割って入った。

 寝る前に、窓の外を見ると幼馴染の部屋と隣接していた。小一時間説教にも似た文句を聞いて、そのまま寝ようとすると、妹が布団の中で寝ていた。



 目が覚めると、布団の中に妹はいなかった。窓の外はただの空き地だった。

 飯は両親と弟との四人で食って、登校は男友達との電車通学だった。

 学校では当然男友達の中で笑いながら過ごし、せいぜいイベントと言えば、帰る途中で可愛い女の子とすれ違ったことぐらいだろうか。夢の中に出てきた姉のほうが美人だったと、つまらぬ感想を抱いてしまった。

 家に着くと、母が居間で寝転んで本を読んでいた。全然若くない。

 自室に戻る。幽霊はいなかった。しかし、乱雑な部屋の真ん中に、女の子が確かにいた。

 小さい。と言っても中学生くらいだ。可愛らしいが、妙にカチンコチンに固まっているような気がする。

「あ、あのぅ…」

 空いた口が塞がらない俺に、女の子がもじもじと話しかける。夢の続きだろうか。否、それにしては今日一日、不審な点など見当たらなかった。とすると現実か?

「………」

「あ、あ、あ…あたし、あたしは…」

 この展開はアレだ。そうだ。夢には登場しなかった義理の妹だ。父がどこかで拾ってきたとか、ウチの本家筋が預けたとか、そんな感じに違いない。

「あたしは、あたしは…ご主人。ご主人、さま」

 いや、ちがう。妹ではない。メイドだ。俺をご主人様と敬うメイドに違いない。母がどこかで拾ってきたのだろう。もしかしたら攫ったのかもしれない。

「ご、ご主人さま」

「…なんだ?」

「…うぅ、あぅぅ」

 なんだか涙目になっている。首をぶんぶんと横に振って否定をしている。なんだ、メイドではないのか。

「あたしが、ご主人様。あなた、の」

「…はい?」

 よく聞き取れなかったような。いや、聞き間違いか?

「あたしが、あなたのご主人様なんですっ」

「…………」

「…………」

「…俺が、あんたの、メイド?」

「あぅぅ…そう、です」

「…………」

「…………」

「な……」

「……な?」

「なにぃぃぃーーーっ!!?」

 俺の絶叫が向こう三軒まで轟き響いた。







「おい母親。どういうことか説明しろ!」

 自称ご主人様のちんまいガキの首根っこを引っ掴んで、居間にいた母に詰め寄った。

「いやほら、給金いいみたいだし。なんかね、向こうも丁寧でねぇ。お父さんリストラされそうだし、ここはひとつアンタが働きなさい」

「いやいやいや、ちょっと待て。家庭の危機は確かに問題だが…」

「高校は取り敢えず休学ね。手続きは済んでるから」

「本人の意思と無関係に学校を休ませるな。いや、それは兎も角として、なんで俺がこんなちんまいガキのメイドせにゃならんのだ」

「その説明は向こうさんがしてくれるわよ。取り敢えず住み込みね」

「ふざけんなこのクソババが。勘当される覚えはあるし家出する気もあったが、奉公に出されるような人間に育てられた覚えなんかないってんだ!」

「はいはい、わかったから。荷物は後で送るから」

「耳悪いのかーー!!」

「煩い!!」

 母親の拳骨がとんできた。鬱陶しいので頭突きで拳を割ってやった。

「何するのさ実の母親に!」

「実の母親が息子に何させる気だコンチクショウ」

 話が全くかみ合わない。しかも方向だけは悪いほうへとしっかり向かっている。

「兎に角、ちょうどいいから家出してやる。弟には20年後に会おうとだけ伝えておけ。父親には俺の部屋の棚にあるブランデーを餞別にくれてやる。じゃあな」

 愛想が尽きていた家を学生服のまま飛び出した。家の前には立派なリムジンが停まっている。

「お待ちしておりました。さあお乗りください」

「なんだ、夢の続きか。あの転校生も粋な計らいをするってもんだ。よし、取り敢えずここから離れてくれ」

 リムジンに乗り込んでようやく一息つく。そしてそこで夢と現実がごっちゃになっていたことに気づいた。

「ちょっと待て、なんでリムジンに乗ってるんだ俺は?」

「あぅぅ…」

 ずっと首根っこを掴んでいた自称ご主人様がようやく声を出した。母親との口論ですっかり存在を忘れていた。

「こ、このリムジンはあたしのですぅ……」

「はぁ、随分なお答えだな。ってことは運転手さん、このリムジンはやっぱり?」

 運転席にいた初老のおっさんに声をかける。

「はい。お嬢様のお屋敷に直行、でございます」

「なんてこった!」

 慌てて降りようとする、が扉は開かない。

「それでは発車致します」

 無慈悲とも取れる声で運転手のおっさんはリムジンを発進させた。図体の割にかなりのスピードが出ている。

「………しまった、なんてこった。出て行くつもりが自分から乗っちまった」

「あぅぅ…ごめんなさい〜〜」

 何故かわからないが自称ご主人様が謝る。

 取り敢えずいい加減俺も落ち着いた。まずこの子を掴んでいた手を離して、居住まいを整える。

「まず、なぜ俺がメイドをせねばならんのか教えろ」

「あぅぅ……」

「それは、貴方様がメイドとしての才覚に、非常に恵まれておられたからでございます」

 運転手が自称ご主人様の代わりに答えた。こっちのほうが話が通じそうだ。

「俺のどこが恵まれていたんだ。自慢じゃないが、料理も洗濯も掃除も人並みだぞ」

「それは一重にお嬢様との相性でございます。貴方様はそこに居られる千晴ちはるお嬢様と抜群の――世界一の相性なのです」

「ちょっと待て。相性がいいだけでメイドなのか?」

「ええ。それはもう、ほぼ一日中同じときを過ごす者なのですから」

「……なんだか、ものすごく納得のいかない話なんだけど」

「お屋敷に着けばちゃんとした説明があります。ちなみに私、お嬢様の専属運転手の戸田とだと申します」

「OK、戸田のおっさん。取り敢えず急いでくれ」

「畏まりました。お嬢様、少し飛ばしますよ」

「あぅぅ……お願いします」

 オジョウサマの言葉と同時にリムジンのスピードがグンと上がった。オジョウサマがあたふたと俺の腕を掴んでぎゅっと目を瞑る。怖いのならばそう言えばいいのに。

「戸田のおっさん。オジョウサマが怖がってる。もう少しスピードを落としたほうがいいみたいだ」

「これはこれは、つい若き日の思い出が甦り…申し訳ございませんでした」

 リムジンは元のスピードよりやや速いくらいの速度になった。

「おっさん、元レーサー?」

「過去、幾度か世界大会で優勝しております」

 そういうことらしい。

 なんだかすべてが馬鹿らしくなって、投げやりな気分になってきた。

「ええい、屋敷に着くまで寝ておく。着いたら起こせ」

「畏まりました」

 戸田のおっさんの礼儀正しい声を聞くと、俺は無理やりに睡魔を呼び寄せて、揺れの全くしないリムジンの中で眠りについた。



自分のサイトで五年前から連載していたものを、加筆修正しつつ、掲載させて頂いております。

「疾風のごとく」より昔から連載していたんだよー、と主張したいものです。


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