ゲラでおしとやかな天才少女と僕
───拝啓、後ろに居る君へ
これは、君へ送る物語だ───
四月八日 始業式
それは、僕たち学生にとって二回目の新年の始まり。
つまり、学年が一つ上に上がるということ。
小一なら小二へ、小三なら高学年の小四へ、小六なら中一へ、中三なら青春の大舞台、そして主な恋愛小説の舞台ともなる高校へ。
学年が上がるに伴って、皆は期待や嬉しさ、不安などの気持ちを持つだろう。
「あの子と同じクラスになれるかな?」とか「嫌な奴とクラスが別れる。ヤッタ!」とか「仲がいい人、クラスに居るかな?」など。
しかし、そんな気持ち、この僕には存在しない!
何が「あの子と同じクラスになれるかな?」だ!まず、僕がこの学年というか、学校に好意を持っている人はいない。可愛いなと思う人は居るが、僕とは住む世界が違うのでそんな希望を持っていない。
何が「嫌な奴とクラスが別れる。ヤッタ!」だ!確かに、嫌だな~と思うクラスメイトは居るが、そいつはいつもうるさいので、授業中はいつも声が絶えなかった。だから、腹の音がなるのを防げたのだ。このことには感謝しているので、ヤッタ!とは思わない。
何が「仲がいい人、クラスに居るかな?」だ!そもそも、僕にはこの学校内で話せる人が極わずかしかない。だが、話せる=友達ではない。ということは、この学校に僕の友達は存在しないということ。
以上の三つの気持ちが、この僕「嶺内みねうち 信しん」には存在しない。なので、このクラス替えという行事に僕は何とも思わない。
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僕の学校「架創高等学校」のクラス替えは、漫画やアニメみたいなエントランスに新たなクラス表が貼っているのではない。
「では、これから新しいクラスが書かれた紙を一人ずつ配るから、呼ばれたら来てくれ」
一年間、僕たちの担任だった氷塚先生は、いつもと同じように無表情で僕たち一年五組四十人にそう言った。
氷塚先生は僕たち一年の学年主任であり、国語の先生だ。
個人的に氷塚先生は好きだった。
氷塚先生の授業は分かりやすいし、他の教科の先生のように当てるようなことをしない。氷塚先生が話して、問題を解くだけで授業が終わる。それに、授業中に誰かが話していても、基本的にスルーしているので、僕は当てられない&腹が鳴らないという二つのメリットがあり、デメリットは何もなかった。
「峯内」
前の四人が呼ばれて、出席番号が五番の僕が呼ばれた。
僕は席を立って、教卓の後ろにいる氷塚先生の横に立った。
「一年間、おつかれ。二年でも学年十位以内がんばれ」
氷塚先生の言葉に僕は頷いて、二年のクラス替えの紙を貰った。
貰ったクラス替えの紙はのぞき見できないように、半分に折られている。でも、近くからなら少しだけ透けて見える。
僕の席は、一番窓側の列の後ろから二番目の席。
席に戻るときに、僕の後ろの席にいる未能さんが言った。
「一緒のクラスになったら、また楽しめますね」
さっきの未能さんの言葉は、成績のことだ。
この一年五組で一番成績が良いのは未能さん。その次は僕。
クラス内順位では、五回のテスト全てで僕が二位、未能さんが一位だった。さらに彼女は、学年でも連続一位。不動の女王なのだ。
学年順位では、彼女と僕はだいぶ離れている。未能さんは、どの科目もいつも満点に近い。開校以来の天才と言われているのだ。
だから、自分がどれだけいい点数が取れた時でも、未能さんに勝てるとは思わなかったし、負けても悔しいと感じなかった。
未能さんにも氷塚先生は、僕に言ったことと同じことを言った。そして、彼女は僕の横を通り、僕の後ろに座った。
「嶺内君、何組でしたか?」
花咲にそう聴かれたので、見ていなかったクラス替えの紙を見る。
僕たちの学校は一から六組まであって、五、六組は特進クラスとなっている。なので、僕たちは五組か六組のどちらかにしかクラスが変わらない。
「・・・五組」
「ふふっ、私も五組です。次のテストも負けませんよ」
そういう未能さんの顔は、誰にでも見せるいつもの笑顔とは違って、なんか本当の笑顔って感じだった。
一年間、同じクラスだったが、一度も見たことのない顔だった。そして、普通に可愛いと思ってしまった。・・・いや、美濃さんはいつも、クラスの中で美人と言われていたな。
「未能さんには、勝てる気がしないよ。でも、次のテストからは、少しだけ勉強時間を増やすつもりだよ」
「ふふっ、なら、私も増やさないとですね」
いや、これ以上増やされたら、いい勝負が出来るかも怪しいんだが……
僕は未能さんと話していた体を黒板の方へ戻し、皆がクラス替えの紙を貰うのを待った。
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ガタンッ、ガタンッ。
クラス替えの紙を全員がもらったので、階段が近い一組と五組からクラス移動を開始する。
一年間、自分がお世話になった机と、その上に椅子を置いて、お世話になった一年五組の教室から出る。
今は四階なので、新しい教室がある三階を目指して階段を下りていく。
「……嶺内君、流石に遅くないですか?」
後ろをついてきている未能さんが、苦情を言ってきた。
「はぁ、はぁ、僕が極度の体力無しって知ってるでしょ。すぅ、机と椅子を持ちながら階段を止まらずに下りたことは、僕にとって、千五百メートルを走ったこととほぼ同じなんだよッ」
体育の授業六回目で行われたシャトルラン。このシャトルランでの僕の記録は三十二回。
三学期から始まる、僕たちのようなインドアな人間からすれば地獄の行事である持久走。
千五百メートル走では十二分。十二分間そうでは九周。
この記録は六年間、架創高等学校で体育の先生をしている山本先生から「こんなすごい《おそい》記録は初めてだ・・・」と言わしめた。
「よしっ」
地面に置いていた机と、その上に置いている椅子を再度持ち、二年五組の教室へ向かう。
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二年五組の教室には僕たちが一番先に入ったので、ほかのクラスの子を待つ。
「……また、後ろと前ですね」
「まぁ、嶺内みねうちと未能みのうだからな」
そして、五組と六組は特進クラスなので、次々と同じクラスだった人達が入って来る。
ガタンッ、ガタンッ。
そして、知らない生徒が教室の扉をくぐると、次々と知らない生徒が入って来たのは一年六組だった人たち。いらっしゃい、二年五組へ。
それから続々と二年五組に生徒が入ってきて、二十分後には四十人満席になった。
そして、そのまま学年主任である氷塚先生の指示に従い、廊下に番号順に並んで、それぞれのクラスの担任発表をするために体育館へ向かう。
体育館は、ひとつ下の階の二階の渡り廊下先にある。階が一つ下がったことで、体育館までの道のりが近くなった。
一分ほどで体育館へ着くと、新入生である一年生がすでに待機していた。
一年生は体育館の入り口側で待機、僕たち二年生は入り口の反対側で待機。そして、一年と二年の間に三年生が待機するという形。
架創高等学校は全校生徒七百二十人。多いのか少ないのかよく分からない学校。
だけど、高校の場所は最寄りの駅から五分ほどで、偏差値も五十五とちょうどいいため、この地域の学校では珍しく定員割れが毎年おきない学校。
僕がこの学校を選んだ理由もそんな感じで、家から歩いて行ける距離であること、僕の成績で余裕で入れる学校だったから。
「これから、始業式、そして就任式を行います」
三年生が来て、架創高校全生徒が揃うと、生徒会長の人がマイクでそう言った。
僕たちは座ったまま首だけ下げた。
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「それじゃあ、今から配る紙をもらった者から自由解散にする」
……結論から言おう。
二年五組の担任は、氷塚先生。つまり、変わらなかった。
氷塚先生はそう言うと、A4サイズの紙を僕たちに配った。
そこに書かれていたのは、それぞれの教科の初授業でいるもの。
もらった紙を見ていると、見覚えのない科目が書いてあった。
「想現科?《そうげんか》」
去年までは「想現科」なんていう教科はなかった。
……ということは、他のクラスより習う教科が多い特進科にさらに教科が増えるって事なのか?
ハハッ、去年より点数は下がりそうだな……
「想現科について教えましょうか?」
「えっ?」
後ろから、未能さんが話しかけてきた。その声にびっくりして、僕の体は少しだけ跳ねたが、僕は未能さんに体を向けた。
「あ……お、お願いします」
未能さんから急に話しかけられるのは、いつものことだ。だが、その声色はいつもより楽しそうだった
僕は未能さんに『想現科』の説明をお願いした。
「想現科とは、この架創高等学校の特進科でしか受けられない特別な教科です。でも、授業内容は言葉のまんまです。
『想像を現実に』
これをするための研究をする教科です」
「はえ~。学校説明会来たけど、こんな特別な教科言ってなかったけど」
「ん?言ってましたよ。それに、これが架創高校のウリなので、入口で貰ったパンフレットに大々的に書いてましたよ」
……あ。なるほどなるほど。そういうことか。
「その時、多分寝てたわ。それに、その貰ったパンフレット。説明会来たからいいと思って一回も見てないわ」
仕方の無いことなんだ。だって、緊張しながら説明会来ると段々緊張も解けてきて、それに釣られて眠くなった。人間の摂理だからしょうがない。
パンフレットの件は……まぁ、すみませんと思う。
「ふふっ、面白い方だったんですね。起内君って」
「別に面白くないだろ。面白くないからいつも一人で、友達もいないんだ。」
「ふふっ、真顔で自虐。笑わせに来てるでしょ?」
「……いや、今のを笑うのは君だけだと思うよ?」
面白い奴の自虐ネタならともかく、こんな面白くない奴の自虐ネタで笑うのは、かなりのゲラなのか?
う~ん。おしとやかでゲラ。……ものすごい特殊な特性だ。
この特性なら、一定の層からはモテるんだろうな。いや、モテているんだけど。
「『想像を現実に』する研究って言うと、タイムマシンの研究とか、不老不死の研究とか?」
「はい。そういう風な考え方で合っています」
「未能さんは、どんなことを研究するの?」
「そうですね……例えば『死者と手紙のやりとりをする研究』ですかね……。私の両親は私が幼い頃に亡くなったので、思い出がないのです。だから、天国にいる両親と手紙のやりとりが出来たらいいなと思っています」
普通、こんなことを聞いたら「何言っているだ?」と思う人が多いだろう。だって、「死者とやりとりをする」なんて、そんな非現実なことを言っているんだから。
だが、想像は自由。
「そうなんだ」
さらっと重いことを言われたので、僕は焦ってそう返事するのがやっとだった」
「まだ始まってないんですけど、死者の魂を一種のエネルギー体ととらえて、物理学的アプローチができないか、考えてみているところなんです」
研究、本気なんだ。
未能さんは天才だから、まさかのミラクルでうまくいったりして……
そんなことを思いつつ、A4の紙を適当に畳んでバックに入れた。
こういうプリントはファイルなどにはさむものなのだろうが、僕はファイルなど持っていない。
「お、二人まだ居たのか」
氷塚先生が教室に入ってきた。
先生の言葉を聞いて、周りを見てみると僕たち二人以外の生徒は全員いなくなっていた。
「ちょうどいい。嶺内、この荷物運ぶの手伝ってくれ」
氷塚先生の目線の先を見ると、顔が無意識に嫌な顔になる。
ダンボールの箱が三箱。
氷塚先生は細いから、もしかしたら僕が二箱持つかもしれない。
……ここは断るのもいいけど、印象を高めるためだ。
「はい。分かりました」
俺はそう言って、席から立ち上がった。
「じゃあ、頼む」
そう言われて、氷塚先生は僕に一箱を渡した。
よかった。二箱なら、絶対に明日筋肉痛だった。
「よし、行くぞ。それに、未能も早く帰れよ」
「はい。では、氷塚先生、嶺内君、また明日」
僕と氷塚先生は、教室を出て行く未能さんを最後まで見送って、僕たちも教室を出た。
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ふぅ。ダンボール一箱でもかなりきついな。
そりゃ、三階から一階の総合職員室までの長い長い道のりだったからな。
ダンボールを運び、カバンを取りに教室へ戻ると、時間は十二時を回っていた。
僕はカバンを取り、二年五組の教室を出て、学校から出た。
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『想現科』の授業は、なかなか面白かった。皆、とんでもない課題について研究していた。オカルトめいたものやファンタジーめいたものも多かった。
SFめいたものなどが多い中、未能さんは真剣にあのことを研究していた。僕はその真剣さにつられて、未能さんの班に入った。
夏休みは、人体から出るエネルギーについて研究している大学に見学に行った。
僕は自分でも驚くほど、この研究に夢中になっていた。
……だけど、秋になったころこの研究は止まった。いや、止まらなければならなかった。
なぜなら、未能さんの持病である腎臓が急に悪化して、緊急入院することになったからだ。
その結果、学年末の研究発表会に出れなかった。
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あれから一年半、時間だけが過ぎて、僕は高校を卒業する。
君がいなくなってから僕は本当に抜け殻のようだった。学校には行きたくなかったから、研究だけして過ごそうと思って、君が考えていたアイデアを思い出して、一生懸命整理した。
君のアイデアはどれも斬新で、平凡な僕の頭が理解するのは大変だった。
君との研究のために空けていた火曜日と木曜日の放課後が辛かった。特に、土曜日は君のためにあったようなものだったから、君がいなくなってからは辛かったし、苦しかった。
他のメンバーと研究をなんとか続けたいと思ったけど、君なしでは無理だったよ。
僕は今でも考えている。もし、僕が君の腎臓移植のドナーになれていたらって。たとえ、腎臓が一つになっても、後遺症が残っても、君を救えるのならそれでよかった。
君となら、どんなにわずかな確率でも適合できると信じていたのに。……現実は、思った通りにはいかないもんだね。
最後に会った時、君は僕に「将来の夢」を聴いてきたね。
あの時の僕は何も考えていなかった。でも、毎日を適当にやり過ごしていた僕の人生が、君と出会ってからは本当に充実していたよ。世間ではよく『リア充』なんて言葉を使うけど、本当にそうだった。
君がいなくなってから、「将来の夢」について真剣に考えてみた。そして、君と過ごした時間を、意味のないものにならないようにすることが、「僕の夢」なんだと気づいたよ。
……ようやく見つけたんだ。僕の「将来の夢」
僕は何年かかっても、君が研究していた『冥送ポスト』を完成させるよ。君との日々が、僕を変えたんだ。
……あぁ、本当にいろんなことがあった。
僕の薄っぺらい人生が、こんなにも濃くなったのは君のせいだ。
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あれから何年も経って、僕はすっかり歳をとった。僕は君の分まで頑張って生きたよ。
今日、やっと君との約束を果たせる。こんなにも時間がかかったことを許してほしい。僕は君みたいな天才じゃないからね。
今から君に手紙を出すよ。とても長い手紙だ。どうか、君に届いてほしい。
僕は研究室にある完成した『冥送ポスト』に手紙を投函した。
───拝啓、後ろに居た君へ
これは、君に送る物語だ───




