聖女召喚に巻き込まれた八百屋です、「シャキッとせいや!」
いらっしゃいませ! 本日のおすすめは朝採れのレタス! 見てくださいこの瑞々しさ、生でかじればパリッと音が鳴りますよ!
チャキチャキの江戸っ…ではなく、関東のとある片田舎っ子、小さな青果店「八百熊」の娘、向井小町。それが私の前世……ではなく、召喚される前の肩書きだ。
野菜の鮮度を見極める目利きと、どんなに疲れていても笑顔を絶やさない接客根性。それが私の取り柄だった。
そんな私が、なぜ異世界の王城で、薄汚れたジャガイモの皮を剥いているのか。
話は三日前に遡る。
仕入れ帰りのトラックの荷台で揺られていたら、突然視界が真っ白になり、気づけば石造りの巨大なホールに立っていた。
隣には、同じく巻き込まれたらしい、キラキラした女子高生――エリカがいた。
「聖女召喚、成功でございます!」
神官たちが歓声を上げる。どうやらこの国は魔物の脅威に晒されており、異世界から聖女を呼び出して助けてもらおうという、よくあるアレらしい。
早速行われた能力鑑定の結果は、残酷なほど明暗が分かれた。
エリカの能力は【極大聖魔法】。傷を癒やし、アンデッドを浄化し、広範囲に光の雨を降らせる、まさに聖女の力。
対する私の能力は――【鮮度管理】。
「……は? センドカンリ?」
国王が間の抜けた声を出す。神官が震える声で鑑定結果を読み上げた。
「ええと……対象の鮮度を、見極め、保ち、ある程度なら……戻せる、ようです。野菜や、生魚の……」
ホールが静まり返った。
次の瞬間、エリカがプッと吹き出した。
「やだ、ウケる。マジで? 八百屋か魚屋じゃん!田舎くさいし芋臭いから、八百屋かな。」
彼女の言葉が合図となり、貴族たちの嘲笑が広がる。
エリカは召喚された直後から、自分が特別な存在であると理解し、この状況を楽しんでいるようだった
「田舎くさいって、あんたも所詮関東の片田舎者じゃない。渋谷女子っぽく擬態してるだけで。」
「な…!!!」
脊髄反射で言い返してしまった。
(バカバカ、正直者の私の口のバカ!)
彼女は私を睨みつけ、それでいて優越感に浸った笑みを向けた。
「ねえ王様ぁ。この子、邪魔じゃない? あたしがいれば十分でしょ?」
王様はデレデレしながら頷いた。
「うむ、聖女エリカの言う通りだ。そこの芋女は……まあ、厨房で芋でも剥かせておけ。予備としてな」
こうして私は、「聖女の予備」という屈辱的な肩書きと共に、城の地下厨房へと放り込まれたのだった。
「……やってらんないわよ、まったく」
私は山積みのしなびたジャガイモを前に、ため息をついた。
八百屋の娘として言わせてもらうと、この城の野菜管理は最悪だ。温度管理は適当、湿度は高すぎ、何より「食材への愛」が感じられない。
「こんなフニャフニャの芋じゃ、美味しいポテトサラダは作れないわ」
私は無意識に、手の中のジャガイモに力を込めた。
――シャキッとしなさいよ。あんたのポテンシャルはそんなもんじゃないでしょ!
その時だった。私の手の中で、カッと微かな光が弾けた。
ブリンッ!
私の手の中で、ジャガイモが跳ねた。
え?
恐る恐る手を開くと、そこには、まるで土から掘り出したばかりのような、皮がピンと張り、ずっしりと重い、最高鮮度のジャガイモが鎮座していた。
「……うそ」
私は他の野菜でも試してみた。
しなびたニンジン、変色しかけたキャベツ、元気のないホウレンソウ。
私が触れ、【シャキッとせい!】と念じると、スキル【鮮度管理】により、それらは全て「採れたて」の状態に蘇った。
「す、すげぇぞ! 何をしたんだ新入り!」
料理長が飛んできた。
「この野菜、まるで朝市から直送されたみたいだ! これなら最高の料理が出せる!」
厨房が湧いた。
私は自分の手を見つめた。
分かる、分かるぞ。私のスキルは、ただ時間を戻すだけじゃない。その野菜が持つ「本来の最高の状態」を引き出す力なんだ。
――これなら、八百屋としてこの世界でもやっていけるかもしれない。
私は少しだけ希望を持った。
だが、この時の私はまだ気づいていなかった。
「鮮度」を持つのは、野菜だけではないということに。
厨房での評価がうなぎのぼりになり、私は「食材管理の全権」を任されるようになった。
厨房から出ることは許されていなかったが、城に出入りする業者や、つまみ食いに来る兵士たちから、城内の様子は聞こえてくる。
どうやら、この国はかなり「腐っている」らしい。
聖女エリカは、その強大な力を背景にワガママ放題。気に入らない侍女をクビにし、高価なドレスや宝石を要求し、夜な夜なパーティーを開いている。
王様や大臣たちは、聖女のご機嫌取りに必死で、政治は停滞。魔物被害が出ている地方の村は見捨てられつつあるという。
「……野菜なら簡単にシャキッとさせられるのに、人間は難しいわね」
私は仕入れたばかりのキュウリをかじりながら、ぼんやりと考えた。
ある日、食材の搬入トラブルがあり、私が直接、城門まで確認に行くことになった。
久しぶりに出た地上の空気は、なんだか淀んでいた。
城門の近くで、怒声が響いていた。
「このウスノロが! 貴様のせいで聖女様の護衛が遅れただろうが!」
見ると、豪華な鎧を着た巨漢の騎士が、まだ若い見習い騎士を蹴り飛ばしていた。
騎士団長ガルガン。
城内でも有名な、パワハラと横領の常習犯だ。
私は思わず眉をひそめた。
その瞬間、私の目に奇妙なものが見えた。
ガルガン団長の頭の上に、モヤモヤとしたドス黒い「ゲージ」が浮かんでいるのだ。
それはまるで、腐敗して汁が出始めたナスの色に似ていた。
【鮮度:5%(腐敗進行中・廃棄推奨)】
「……え?」
私は目をこすった。
見える。はっきりと見える。
さらに、彼の体からは鼻をつく、腐敗臭が立ち上がってきた。
「立て! このクズが!」
ガルガンが再び見習い騎士を蹴り上げようとした。
――体が勝手に動いた。
「やめなさい!」
私は二人の間に割って入った。
「あぁ? なんだ貴様、厨房の芋女か? すっこんでろ!」
ガルガンが私の胸ぐらを掴み上げた。
近い。腐敗臭が鼻を突く。彼の目は濁り、その奥には深い疲労と、自分自身への嫌悪感が見え隠れしていた。
この人、腐ってる。
芯まで腐りきって、もう自分ではどうしようもなくなってる。
八百屋の娘として、腐ったものを放置するのは我慢ならない。
私は彼の腕を、両手でガシッと掴み返した。
「あんたねぇ! そんなにドロドロになるまで放っといて! 自分が可哀想だと思わないの!?」
「は……?」
私は叫んだ。
――思い出せ! あんたが一番輝いていた、あの頃の自分を!
【鮮度管理!】
カッ!
私の手から、眩い光が奔流となってガルガンの体内に流れ込んだ。
「ぐ、がぁぁぁぁぁッ!?」
ガルガンが絶叫し、私から手を離して後ずさった。
彼は自分の体を掻きむしり、苦悶の表情を浮かべる。
「なんだ、これは……熱い! 体が、中から焼けるようだ!」
自然と私は理解していた。私のスキルは、彼の性格を書き換えるような便利な洗脳魔法じゃない。
ただ、「洗い流す」だけだ。
彼が長年かけて溜め込んできた、心の垢、諦め、惰性、そういった「腐敗の原因」を、強引に洗浄する。
それは彼にとって、劇薬だ。
見たくなかった自分の醜さ、忘れたフリをしていた初心、それらが一気にフラッシュバックする。
「あ、あぁ……俺は……なんてことを……」
ガルガンが膝をついた。
彼の目から、涙が溢れ出す。
濁っていた瞳から、急速に色が戻っていく。
「俺は、こんなことをするために騎士になったんじゃない……。弱きを助け、国を守る……その誓いを、俺は……!」
彼の頭上の黒いモヤが、急速に薄れていく。
【鮮度:40%……60%……80%……】
そして、数値が【100%(朝採れ)】になった瞬間。
シャキィィィン!!
冗談みたいな効果音と共に、ガルガン団長が立ち上がった。
その背筋は定規のように真っ直ぐ伸び、たるんでいた腹は引き締まり、顔つきは別人のように精悍になっていた。
「……すまなかった」
ガルガンは、蹴り飛ばしていた見習い騎士に向かって、深々と頭を下げた。
「私が間違っていた。騎士として、いや、人として恥ずべき行いだった。どんな処分も受ける。許してくれとは言わん」
その声は、腹の底から響くような、よく通るバリトンボイスだった。
見習い騎士がポカンとしている。
周囲の兵士たちも、幽霊でも見るような目で団長を見つめている。
ガルガンは私に向き直り、キラキラと輝く瞳で言った。
「ありがとう、厨房の女神よ。貴女のおかげで、私は目を覚ますことができた。……まるで、冷たい水で泥野菜を洗い流したような、清々しい気分だ!」
私は引きつった笑みを浮かべた。
……うん。ちょっと効きすぎたかもしれない。
ガルガン団長の「改心」は、城内で瞬く間に噂になった。
あの横暴だった団長が、今では誰よりも早く出勤し、部下の訓練に付き合い、率先して城の掃除までしているというのだ。
「人が変わったようだ」とはまさにこのことだが、私は知っている。
あれが彼の「本来の姿」なのだ。
腐敗という鎧を脱ぎ捨てた彼は、騎士団に入団したばかりの頃のような、純粋な正義感と情熱を取り戻したのだ。
そして、私の元には、密かに行列ができるようになった。
「あの、小町さん……最近どうも疲れが取れなくて。なんだか自分が嫌になっちゃうの」
そう言って厨房を訪ねてきたのは、古株の侍女長だった。
彼女の頭上には【鮮度:30%(しなび気味)】のゲージが見える。長年の激務と、理不尽な貴族たちへのストレスで、心がすり減っているのだ。
「大丈夫ですよ。ちょっと『リフレッシュ』しましょうか」
私は彼女の肩に手を置き、優しく【鮮度管理】を発動する。
彼女の場合は、ガルガンのような劇的な荒療治ではなく、ゆっくりと温泉に浸かるような、優しい出力で。
「あら……まあ……! 体が軽い……。視界が明るくなったようだわ」
侍女長の背筋が、スッと伸びた。顔色が良くなり、目尻のシワさえも生き生きとして見える。
「私、まだ頑張れるわね。あの子達の指導も、もっと根気よくやらなくちゃ」
彼女はシャキッと姿勢を正し、優雅な足取りで去っていった。
こうして、私は業務の傍ら、城で働く人々の「鮮度回復」を請け負うようになった。
真面目すぎて潰れかけていた文官、将来を悲観していた若手兵士、パワハラに耐えていた庭師。
彼らに触れ、溜まったストレスや諦めを洗い流す。
すると彼らは皆、憑き物が落ちたような顔になり、それぞれの仕事に誇りと情熱を持って取り組むようになるのだ。
「ありがとう小町ちゃん! おかげで今日も頑張れるよ!」
「君の特製野菜ジュースを飲むと、体の芯からやる気が湧いてくるんだ!」
いつしか厨房は、城で一番活気のある場所になっていた。
私がスキルで鮮度を保った野菜を使った料理は、「食べると元気になる」と評判を呼び、城内の雰囲気は少しずつ、だが確実に明るくなっていった。
しかし、それを面白く思わない連中がいた。
聖女エリカと、その取り巻きたちだ。
「なによ、最近。城の中がウザいんだけど」
エリカは豪華な自室で、苛立ちを露わにしていた。
以前は自分のワガママに言いなりだった侍女たちが、最近は毅然とした態度で「聖女様、それは国民のためになりません」などと口答えするようになったのだ。
騎士団も、エリカの護衛よりも魔物討伐の訓練を優先し始めた。
「あいつら、調子に乗ってるんじゃない? 誰のおかげで安全に暮らせてると思ってんのよ!」
エリカはグラスを床に叩きつけた。
彼女の頭上には、ゲージはない。だが、彼女からは常に、鼻を突くような腐敗臭――他者を見下し、利用することしか考えていない、魂の腐臭が漂っていた。
「……ねえ、宰相。あの厨房の女、なんか怪しくない?」
エリカの部屋には、この国の腐敗の元凶とも言える男、モルドフ宰相がいた。
彼の頭上には、測定不能なほど真っ黒な【鮮度:0%(有害廃棄物)】の文字が浮かんでいる。
「ええ、気になっておりました。あの女が来てから、城の空気が変わった。……特に、ガルガンの変化は劇的すぎます」
モルドフは油ぎった顔でニヤリと笑った。
「あの女、何か妙な術を使っているのかもしれません。例えば……人を操る『洗脳』のような」
「洗脳? それって、聖女のあたしに対する反逆じゃない?」
「左様でございます。……そろそろ、排除すべきかもしれませんな」
二人の間で、ドス黒い陰謀が渦を巻いた。
その日の夕方。私は突然、戸惑った顔をした騎士たちに拘束された。
連行された先は、王の謁見の間。
玉座には、気弱そうな国王。その横には、勝ち誇った顔のエリカと、不気味な笑みを浮かべるモルドフ宰相がいた。
「向井小町。貴様に、国家転覆の容疑がかけられている」
モルドフが芝居がかった声で告げた。
「貴様は謎の術を使い、騎士団長や城の者たちを洗脳し、聖女様の命を狙おうとしたな?」
「はぁ? 何言ってるんですか。私はただ、みんなの疲れを取ってあげただけですよ」
「嘘をつけ! ガルガンのあの変わり様、尋常ではない! あれが洗脳でなくて何だと言うのだ!」
「あれは彼が本来持っていた良心が目覚めただけです。あんた達みたいな腐った連中と一緒にしないでほしいわね」
私の言葉に、モルドフの顔が真っ赤になった。
「き、貴様……! この私を腐っているだと!?」
「ええ、腐ってますよ。頭のてっぺんから爪先まで。アンタから漂う腐臭で、鼻が曲がりそうだわ」
私はモルドフを指差した。
彼の頭上のゲージは、今やホール全体を覆うほどの瘴気を放っている。
私腹を肥やし、他人を蹴落とし、国を食い物にしてきた男の成れの果て。
「こいつを捕らえろ! 地下牢にぶち込んでやる!」
モルドフが叫ぶ。しかし、周囲の近衛騎士たちは動かない。彼らもまた、私の「野菜ジュース」の常連だった。
「な、何をしている! 命令が聞こえんのか!」
「宰相閣下。我々は、正義に反する命令には従えません」
騎士の一人が、凛とした声で答えた。
「なっ……貴様らまで洗脳されたか!?」
モルドフが狼狽える。
「だから洗脳じゃないって言ってるでしょ」
私はモルドフに歩み寄った。騎士たちが道を空ける。
「ひっ……く、来るな! 私に何をする気だ!」
「あんたは腐りすぎた。もう手遅れかもしれないけど……これ以上、周りの野菜まで腐らせるわけにはいかないのよ」
私は逃げようとするモルドフの襟首を掴んだ。
強烈な悪臭が鼻を突く。うわ、これはキツい。長年かけて蓄積された欲望のヘドロだ。
「とびっきりのを食らわしてやるわ。覚悟しなさい!」
私は全魔力を右手に集中させた。
「【超・鮮度管理】ッッ!!」
ドォォォン!
私の手から、太陽の光を凝縮したような黄金の波動が放たれた。
「ぎゃあああああああ!? 熱い、熱いぃぃぃぃ! 私の、私が築き上げてきたものが、溶けていくぅぅぅ!」
モルドフがのたうち回る。
私のスキルは、彼が必死にしがみついてきた「欲望」や「虚栄心」を、高圧洗浄機のように剥がしていく。
それは彼にとって、アイデンティティの崩壊にも等しい苦痛だった。
「やめろ、やめてくれ! 金ならやる! 地位もやる! だから、私の『欲』を奪わないでくれぇぇぇ!」
「あんたの本体は『欲』なの!? 情けない!」
私はさらに出力を上げた。
黒い瘴気が、白い光に焼かれて消滅していく。
やがて。
モルドフの動きが止まった。
彼は床に這いつくばったまま、肩で息をしていた。
その目からは、憑き物が落ちたように、濁りが消えていた。
「……私は……何をしていたんだ……?」
モルドフが、震える手で自分の顔を覆った。
「国のためと言いながら、自分の懐を温めることしか考えていなかった……。民の苦しみから目を背け、甘い汁を吸い続けてきた……」
彼の口から、後悔の言葉が溢れ出す。
「これでは…幼い頃から汚いと反目していた父のようではないか…」
それは、誰かに強制されたものではない。彼自身の心が、長年の汚れから解放され、ようやく正常な判断力を取り戻した結果だった。
「……罪を、償わなければ」
モルドフはふらりと立ち上がると、国王の前に進み出て、土下座した。
「陛下……私を裁いてください。これまでの全ての不正を告白します」
謁見の間が静まり返った。
あの強欲な宰相が、自ら罪を認めたのだ。
王様は、おろおろと私とモルドフを交互に見ていたが、やがて意を決したように頷いた。
「う、うむ。モルドフよ、その殊勝な態度……見事である。公正な裁きを行おう」
王様の頭上にあった【鮮度:40%(優柔不断)】のゲージが、少しだけ上がった気がした。
残るは、一人。
私はゆっくりと振り返り、聖女エリカを見た。
「……さて。次はあんたの番よ、聖女に擬態した悪女さん」
「くっ……来ないでよ!」
エリカが後ずさる。彼女の顔から、余裕の笑みは消えていた。
「あんた、何なのよ! ただの八百屋もどきのくせに! あたしの引き立て役のくせに!」
「ええ、私は正真正銘、生まれも育ちも八百屋よ。だからこそ、腐ったものを放っておけないの」
私はエリカに近づいていく。
不思議なことに、エリカの頭上には、依然としてゲージが見えなかった。
モルドフのように真っ黒なわけでも、ガルガンのように腐りかけているわけでもない。
ただ、「無い」のだ。
「……あんた、元々そういう性格なのね」
私は悟った。
彼女は、環境によって腐ったのではない。元から、他人を利用し、自分だけが得をすることに何の疑問も抱かない、そういう人間なのだ。
だから、私のスキルで「戻すべき鮮度」が存在しない。
「ふん! わかった風な口を! あたしには聖魔法があるのよ! あんたなんか、消し炭にしてやる!」
エリカが杖を構え、莫大な魔力を練り上げる。
【極大聖光波】。城一つを吹き飛ばしかねない威力だ。
「死ねぇっ!」
エリカが魔法を放った。
閃光が私を飲み込もうとした、その瞬間。
ガキィィィン!!
私の前に、屈強な男たちが立ちふさがった。
ガルガン団長と、騎士たちだ。彼らは盾を構え、身を挺してエリカの魔法を防いだ。
「団長!? みんな!」
「小町殿には指一本触れさせん!」
ガルガンが吠える。彼の背中は、かつてないほど大きく、頼もしく見えた。
「なっ……あんたたち、あたしの護衛でしょ!? なんでそいつを守るのよ!」
エリカが叫ぶ。
「我々は騎士だ! 弱きを助け、正義をなす者だ! 私利私欲のために力を振るう貴様は、もはや聖女ではない!」
ガルガンの言葉に、騎士たちが一斉に同意の雄叫びを上げる。
さらに、侍女長率いる侍女部隊が、エリカを取り囲んだ。
「エリカ様。これまでの浪費と、数々の暴言、もう我慢できません。直ちに退去してください」
侍女たちの目は座っていた。シャキッとした彼女たちは強かった。
「な、なによみんなして……! あたしは聖女よ! 特別な存在なのよ!」
エリカが喚くが、誰も彼女の言葉に耳を貸さない。
この城は、もう変わったのだ。
腐敗は洗い流され、一人一人が自分の頭で考え、正しいと信じる行動を取り始めた。
そんな「新鮮でピュアな善人」だらけの空間で、エリカのような人間が呼吸できるはずがなかった。
「……こんな国、こっちから願い下げよ! バーカ!」
エリカは捨て台詞を吐くと、転移魔法を使ってどこかへ消え去った。
彼女が去った後のホールには、清々しい空気が流れた。
その後。
モルドフの自白により、国を揺るがす大規模な汚職が次々と明るみに出た。
ガルガン団長は騎士団の改革に着手し、魔物討伐の遠征を成功させ、地方の村々を救った。
王様も少しずつだが、自分の意見を言うようになり、まともな政治が行われるようになったものの、今回の騒動の責任を取り、王太子に王位を譲り隠居することになった。
そして私は。
「はい、今日のトマトは最高だよ! リコピンたっぷり!」
城下町の一角に、念願の自分の店を持った。その名も「王立青果店・八百小町」。
私のスキルで管理された野菜は、「美味しくて体に良い」「食べると元気が出る」と評判になり、店は連日大盛況だ。
元の世界へ帰還する方法は確立されていないらしく、学者達が方法を頑張って探してくれている。しかしいつになるかは分からないらしい。
「まぁ、くよくよしててもしゃあない!」
せめてメール良いから元の世界に連絡できると良いのだけど、と思いつつ、この世界への愛着も湧いてきているのが正直なところ。
「小町さん、こんにちは。今日はキャベツをいただこうかな」
買い物カゴを持って現れたのは、すっかり毒気が抜けて穏やかな顔つきになった元宰相のモルドフだ。彼は今、平民向けの官僚育成機関を私財を投げ打って立ち上げ、教鞭を振るっている。掲げるのは「初心貫徹(腐るな)」だそうだ。
「はいよ! 今のあんたみたいに、パリッとしたいいキャベツだよ!」
私がキャベツを渡すと、彼は照れくさそうに笑った。
店の奥では、非番のガルガン団長が、エプロン姿で野菜の仕分けを手伝ってくれている。
「団長、そのカボチャ、もう少し優しく扱って! 傷んじゃうでしょ!」
「む、すまん。つい力が入ってしまってな」
平和だ。
私は店先で、大きく伸びをした。
私は回復魔法も使えないし、魔物も倒せない。
でも、この国の「鮮度」を守ることならできる。
野菜も、人間も、腐りかけたら私がシャキッと叩き直してやる。
「国の鮮度を守る守護神」なんて大層な二つ名は柄じゃないけど、まあ、悪くないかな。
「さあて、今日も一日、張り切っていきましょうか!」
私は八百屋の娘としての誇りを胸に、最高の笑顔で客を呼び込んだ。
私の声は、青空に吸い込まれるように、どこまでも高く響き渡った。
————-
「なんで、極大聖魔法が使えないのよ!!転移も出来ない!!」
転移した隣国で、不審者として拘束されたエリカ。
事情を説明し聖女として盛大にもてなすよう伝えたところ、聖女としての力を証明してみろ、とアンデッドの群れに放り込まれてしまった。
エリカは知らない。
スキルには「禁止事項」があることを。
エリカは知らない。
彼女のスキルの禁止事項が「善なる者を害すること」だと言うことを。
エリカは知らない。
禁止事項を破るとどうなるのか…
「やめ、近寄らないで、私は聖女よ、見てないで助けなさいよー!!!」
主人公が魚屋だったら、きっと脳内寿司職人令嬢と意気投合してたと思われる。
脳内寿司職人令嬢の話↓
https://ncode.syosetu.com/n4429ll/




