第9話:敵討ちの相手
出雲国の町を散策している最中、ジブリーヌの表情がふと曇った。
それまで柔らかな眼差しが、何かを探すように鋭さを帯びる。
「……申し訳ありません。少しだけ、用事を思い出しました……」
そう言い残し、ジブリーヌは千夜たちから静かに離れた。人々の流れを避け、細道をさらに奥へと進む。
辿り着いたのは、人通りから外れた林の中、巨大な社殿のそばであった。そこは普段人が寄りつかぬ聖域であり、木漏れ日が差す中に、どこか異様な静けさが満ちていた。
そこに佇む女性は、一目で只者ではないと分かる威容を纏っていた。
燃えるような鮮紅の長髪が風に揺れ、その髪先は黒き戦装束の肩や帯に絡む。引き締まった身を包むのは闇のように深い漆黒の衣。その胸元や腕には銀の装飾や鎖が煌めき、腰には異国の意匠を宿す大剣が佩かれている。
何より、両手から立ち上る紫と紅の魔炎が不吉に渦巻き、血のごとき深紅の瞳が嘲笑を浮かべていた。
「……この辺りで良いかしら」
ヴァルプルギスが振り返り、胡乱な笑みをジブリーヌに向ける。
ジブリーヌは一歩も退かず、その名を呼んだ。
「ヴァルプルギス!」
「嬉しいわ。当時の名を知っているなんて」
ヴァルプルギスはゆるやかに微笑む。その姿は余裕と不気味さを併せ持ち、どこか妖艶であった。
「さて、あなたは何者?」
「私はジブリーヌ。あなたが討った司祭バトラーの娘です」
「バトラー? 存じ上げない名ね。人間の名などいちいち覚えてはいないもの」
ヴァルプルギスの無神経な言葉に、ジブリーヌは歯噛みする。
「覚えていようがいまいが、私には関わりありません。両親の仇!」
ジブリーヌは迷わず変身し、空中より青白き拳銃を召喚、ヴァルプルギスに向けて構える。
その手には決意と怒りが宿っていた。
弾丸が解き放たれ、一直線にヴァルプルギスの胸を貫いた。
銃声が静寂を裂き、彼女の体は大きく仰け反る。
「やった……」
だが、その安堵は一瞬であった。
地面から這い出した触手が一斉に伸び、ジブリーヌの脇腹を鋭く貫く。
「かはっ……!?」
さらに全身を絡め取られ、あっという間にその場に縛り付けられる。
ヴァルプルギスの体は黒き影と化し、無数の蝙蝠となって霧のように飛び散った。
そしてジブリーヌの背後に現れ、再び女の姿に戻る。
「……残念ね。せっかく私に勝てたと思ったのに」
ヴァルプルギスは背後から近づき、動けぬジブリーヌの頬に淫靡に指を這わせる。
紅き瞳とその仕草に、妖怪の本性が垣間見えた。
その時――。
静寂を裂いて、御符がヴァルプルギスを目掛けて飛ぶ。
鋭い一撃が側頭部に命中し、ヴァルプルギスは悲鳴を上げた。
視線の先には、すでに千夜が立っている。
「千夜さん……!」
ジブリーヌが声を上げると、千夜は静かに微笑みかける。
「ジブリーヌ、助けに来たよ」
ヴァルプルギスは負傷した箇所を押さえ、千夜を睨む。
「まるで白馬の王子様気取りね。……胸が悪くなるわ」
「先ほどの会話、ずっと聞いてた。ヴァルプルギスだったね? 大陸では好き勝手してきたみたいだけど、この日本ではそうはいかない」
千夜の声は穏やかでありながら、その奥底には揺るがぬ決意があった。
「なぜ、そう断言できるのかしら?」
「私がいるからだ」
千夜は表情を変えず、静かに言い放つ。
「ずいぶんと自信があるのね」
ヴァルプルギスは余裕を装いながらも、じりじりと後退した。
「だが、こちらには人質がいるわ」
「残念だけど、ジブリーヌはもう救出しているよ」
「なに……?」
ヴァルプルギスが慌てて振り返ると、触手はすでに千夜の小太刀によって断ち切られていた。
千夜は素早くジブリーヌを抱き寄せている。
ヴァルプルギスが最初に見ていた千夜へ視線を戻すと、それは分身の術で生み出された偽物だったと気づく。
「さっきジブリーヌが受けた仕打ち、今度はあなた自身で味わいなさい」
千夜はそのまま回し蹴りを繰り出し、ヴァルプルギスの顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
ヴァルプルギスの体は大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
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