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第8話:出雲国

 出雲国の首都は、朝から活気に満ちていた。

 任那に案内されながら、千夜とジブリーヌはにぎやかな通りを歩いていく。行き交う人々、店先に並ぶ新鮮な野菜や魚、遠くから聞こえる太鼓や笛の音。

 鳥居や社の屋根、色鮮やかな着物姿。

 商人の呼び声や子どもたちの笑い声があふれ、空気には穀物や香のかすかな匂いが混じっていた。


「すごい……とても賑やかで、みんな楽しそうです」


 ジブリーヌは自然と笑顔になり、目を輝かせてあたりを見渡す。


 そんな様子を見て、任那はどこか得意げに胸を張る。


「どうじゃ、これが我が国府じゃ。ローマというところも、さぞや大した街なんだろうが……この活気、負けておらぬと思うがのう?」


 半ばマウントを取るような口ぶりで、興味深そうにジブリーヌを見上げた。


「えっと……東ローマだと、街には大きな石畳の道路があって、両側には三階建ての石造りの家や大きな浴場、教会や図書館があります。商人たちは隊商で品物を運び、広場では水道から絶えず水が流れていました。夜には街灯が灯り、衛兵が見回りしています」


 ジブリーヌは、思い出すように自分の知る都市の景色を語る。

 その内容は、自然体で話しているにもかかわらず、明らかに文明レベルが一段違う。


 任那の口元がひくひくと引きつり、やがて涙目になっていく。


「い、石造りの家に……三階……? 浴場と水道……夜でも明るいのか……? そ、そんな……」


 その反応に、千夜は思わずくすりと笑いをこらえた。


「でも、出雲も本当に素敵な村ですよ。人もみんな優しいし……こんなに元気な声が響いてるのは、きっと出雲だからです」


 ジブリーヌはあわてて付け加える。

 すると任那は、鼻をすんと鳴らして、少しだけ元気を取り戻す。


「ま、まあ、うむ。そなたがそう言うなら、案内のしがいもあるというものじゃ!」


 三人の間に、自然とやわらかな笑いが生まれる。


 やがて町を抜け、千夜たちは中位豪族の館へと足を運ぶことになった。

 広々とした屋敷の門をくぐると、従者に案内されて一室に通される。だが、館の主はふたりに顔を向けるなり、ぶっきらぼうな挨拶だけで、その後は素っ気ない態度で応対するばかりだった。


 ジブリーヌはその様子が気になり、思わず小声で千夜に尋ねる。


「なんだか、あまり歓迎されていないみたいですね……?」


 千夜は苦笑いを浮かべ、小さな声で説明した。


「実はね、出雲国と中央――つまりヤマト王権とは、昔からあまり仲が良くないんだ。お互いに干渉しすぎないよう、距離を取ってるの」

「そうなんですか……。でも、任那さんはすごく優しいですよ?」


 ジブリーヌの素直な疑問に、千夜は少し真剣な顔になる。


「出雲神社って、もともと中央から贈られたものだから、管理者も基本的に中央の人が任されるんだよ。だから、任那も立場上は“中央の人間”ってことになる」

「へえ……そうだったんですね」

「でも、そのわりには最初はツンツンしてたなぁ。懐かしい」


 千夜が懐かしそうに微笑むと、近くで聞いていた任那が顔を真っ赤にしてむくれる。


「そ、その時のことは忘れるのじゃ! わしは最初から完璧に優しかったはずじゃからな!」


 そう言ってそっぽを向く任那の姿に、千夜は楽しそうに笑う。

 そんなふたりのやりとりを見ているうちに、ジブリーヌの胸の奥にちくりとした気持ちが芽生える。自分の知らない過去を共有しているふたりが、なんだか少しうらやましかった。


 その微かな変化に気づいたのか、千夜がそっとジブリーヌの方へ向き直る。

 そしてやさしく、ジブリーヌの顎に手を添えて、まっすぐ目を見つめる。


「大丈夫。ちゃんとジブリーヌのことも見てるから」


 その甘い言葉に、ジブリーヌは顔を赤らめて、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 でもその心は、不思議なくらい満たされていた。

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