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第5話:聖水銃

「あの、千夜さん。最初に登場した妖怪は、私が倒してもいいですか……?」


 夕闇に包まれた森の中、ジブリーヌはおずおずと口を開いた。普段は控えめな彼女が自ら申し出るのは珍しい。わずかな緊張が、その表情ににじんでいる。


「ジブリーヌさん、戦えるの?」


 千夜は驚いたように問い返した。どこか心配そうな色も浮かんでいる。


「あ、はい。一応……護身くらいはできます。足手まといになって、千夜さんに迷惑をかけたくなくて」


 ジブリーヌは小さく頷き、きゅっと拳を握りしめた。その決意に気づいたのか、千夜はふっとやさしく微笑む。


「そっか。じゃあ、任せていいかな?」


 許可をもらうと、ジブリーヌは小さく息を吸い、背筋を伸ばした。


 そのとき、森の奥から夜の静寂を裂くような呻き声が響く。前方の茂みがざわめき、不自然にねじれた手足とくすんだ瞳を持つリーデットが姿を現した。その醜悪な姿にジブリーヌは一瞬たじろぐが、すぐに瞳に決意の光を宿す。


「……いきます」


 小さくつぶやき、胸元のペンダントにそっと手を当てる。青白い光がそこからあふれ出し、ジブリーヌの全身をやわらかく包み込んだ。ドレスは純白と蒼に輝き、髪にはリボンが舞い、手首や足首には光の帯が巻きついていく。

 一瞬で、控えめだった装いは戦うための神聖な姿へと変わっていた。


 ジブリーヌは一歩前に出て、静かに手を伸ばす。何もない空中に淡い青白色の霊法陣が浮かび上がった。円環を描く光が回転し、その中心からゆっくりと“形”が現れる。


 それは大型の拳銃だった。流線的で無駄のないフォルム、白銀のフレームに蒼い文様。銃身は長く、先端に向かって細く絞られている。表面には淡い光が宿り、内部には聖水の霊力が循環していた。


 霊法陣が砕けるように消えると、銃は自然にジブリーヌの掌へと収まった。彼女は視線を逸らすことなく、自然な動作で銃を構える。その所作には迷いがない。まるで最初からそこに在るもののようだった。


 リーデットは飢えたような呻き声を上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。


「ローマ人のおしおきです」


 ジブリーヌは静かに宣言し、ためらいなく引き金を引いた。青い光弾が夜闇を一直線に切り裂き、妖怪へ突き進む。


 命中の瞬間、鈍い衝撃音とともにリーデットの身体が大きく弾き飛ばされた。聖水の魔力を孕んだ一撃は、内側から押し潰すように作用し、妖怪は為す術もなく地面を転がる。


 同時に、強い反動がジブリーヌの腕と肩にのしかかる。踏みしめた足がわずかに後ろへ流れ、体勢を立て直すため、一瞬だけ動きを止めた。銃身がわずかに下がり、呼吸が追いつくのに遅れが生じる。


 その短い後隙のあいだ、妖怪は苦しげにのたうち回る。全身から青白い光が噴き出し、呻き声は次第にか細くなっていった。


 やがて、光は静かに収束し、妖怪の姿は跡形もなく消え去った。


「ど、どうでしょうか?」


 撃ち終えても緊張が抜けず、ジブリーヌはそっと千夜のほうを見た。不安と期待が入り混じった、評価を待つような視線だった。


「……すごく綺麗だった」

「え?」


 思いがけない言葉に、ジブリーヌは目を丸くする。千夜は照れたように、けれど嬉しそうに微笑みながら一歩近づいた。


「戦い方も、迷いがなくて。見てて……胸がぎゅっとなった」

「そ、そんな……」


 頬を赤く染めたジブリーヌの言葉が終わるより早く、千夜はそっと腕を伸ばし、やさしく抱き寄せる。不意のぬくもりに、ジブリーヌの身体が小さく跳ねた。


「千夜さん……! あ、あまりぎゅっとしないでください……恥ずかしくて、顔が沸騰しそうです……」

「ふふ……ごめん。でも、頑張ったから」


 千夜はくすりと笑い、声を落とした。


「……これ、ご褒美ね」


 囁くような声とともに、距離がさらに縮まる。逃げ場のないほど近い場所で、ジブリーヌの心臓が速く高鳴る。


 ちゅっ♡


 小さく、やわらかな感触。触れた瞬間、ぬくもりが頬から胸の奥へじんわりと広がる。ジブリーヌの思考は一瞬、真っ白になった。


「……ひゃ……」


 か細い声が漏れ、無意識のうちに千夜の服をきゅっと掴む。千夜はその様子を愛おしそうに見つめ、そっと額を寄せた。


「……かわいい。そんな顔、反則だよ」

「そ、それは……千夜さんが、急にするから……」


 視線を泳がせながら言うジブリーヌの頬は、さっきよりさらに熱を帯びていた。


「ね、ジブリーヌさん」


 名を呼ばれて、ジブリーヌは顔を上げる。


「戦ってるときの姿……すごく綺麗だったよ。だから、もっと見てみたいな」

「……そ、それじゃあ……次の妖怪も、私が倒します……」


 小さく、でもはっきりとした声。その決意に応えるように、千夜は何も言わずそっと距離を詰めた。驚いて身を強張らせるジブリーヌの頬に、千夜の指先がやさしく触れる。


 ――その時だった。


 空気が、ひりつくように変わる。甘い余韻を切り裂くように、肌を刺すほどの強い妖気が森の奥から押し寄せてきた。


 千夜の表情が、すっと引き締まる。さっきまでの柔らかな微笑みは消え、瞳には鋭い光が宿っている。


「……来る」


 短く告げる声は、迷いのない戦士のものだった。ジブリーヌもすぐに異変を察し、胸の高鳴りを押さえるように息を整える。


 千夜はジブリーヌの手をそっと離し、前を見据える。甘い空気は完全に消え、ふたりの間には張り詰めた緊張だけが残った。


 互いに一瞬だけ視線を交わし、小さく頷く。


 次の瞬間、千夜は地を蹴った。真剣な表情のまま、妖気の源へと駆け出していく。


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