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第3話:軽身術

 森の中、静かな夜道を進んでいくと、やがてふたりの前に古びたつり橋が現れた。

 橋はすでに真ん中で無残に折れ、板が谷底へと落ちている。

 風が吹くたびに、橋の残骸がギシギシと頼りなく揺れていた。谷の奥からは、水のせせらぎと草のざわめきが聞こえてくる。


「うわ……派手にいってるな。やっぱり老朽化か」


 千夜は折れた橋を眺めて、少しだけ考え込む。その隣で、ジブリーヌは谷の向こうを見つめながら、唇をきゅっと結んで立ち止まった。


 ほんの一瞬、静寂が降りる。夜風がふたりの髪をなでて通りすぎていった。


「よし、こうなったら!」


 千夜が突然、元気よく声を上げる。勢いよくジブリーヌの前に回り込むと、ためらいもなくジブリーヌをひょいっとお姫様抱っこした。


「え、ちょ、千夜さん!? えええっ!?」


 ジブリーヌは慌てて、頬を真っ赤に染めたまま千夜の腕の中でもがく。しかし、千夜はまったく動じない。軽く膝を曲げると、そのまま谷へ向かって思い切りジャンプした。


 ピョンッ!


「いやあああああああ!!」


 ジブリーヌの悲鳴が森に響き渡る。ふたりの身体は宙を舞い、夜風を切って谷をひとっ跳び。

 千夜は地面にふわりと着地し、足元の草がやさしく揺れた。


 だが、肝心のジブリーヌはというと……。


 ジブリーヌは千夜の腕の中でぐったりと意識を失っていた。

 口元からは小さな魂がぴろ〜んと抜けかけている。


「……気絶しちゃったか。やっぱり刺激が強すぎたかな」


 千夜は首をかしげながらも、いつもの軽身術の一環として特に気にしていない様子だ。これくらい、彼女にとっては朝飯前だった。


「はい、起きて」


 千夜は優しくジブリーヌの頬に、ちゅっとキスをする。


「ん……」


 ジブリーヌはゆっくりと目を開けた。まだ夢の中にいるようなぼんやりした表情で、千夜を見上げる。


「……わ、私、生きてる?」

「うん、ちゃんと着地したよ。バッチリ!」


 千夜は自信たっぷりに親指を立ててみせる。


 ジブリーヌは現実に戻り、よろよろと身体を起こした。足元はまだふらついている。


「そんな、あの高さを……。普通なら絶対に無理です!」


 驚きと安堵が入り混じった声でそう言うジブリーヌに、千夜はにこにこと笑って返す。


「え、そう? 軽身術、意外と便利なんだよ?」

「便利とかの域じゃありません! まさか、私を抱いて崖を飛び越えるなんて……千夜さん、本当にすごいです……!」


 ジブリーヌは両手で自分のほっぺたを押さえ、信じられないものを見たような顔になる。

 思わずこぼれた本音に、千夜は得意げにウインクしてみせた。


「えへへ。褒めてくれてありがと!」


 その一言に、ジブリーヌは顔を真っ赤に染めて、緊張の糸が切れたように思わず笑ってしまった。

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