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第2話:忍法、アマテラスの炎

 草陰がざわざわと波打ち、不意に森の静けさが引き裂かれた。夜気はひんやりとしているが、どこか湿り気を帯びている。

 人の気配を嗅ぎつけて、ゾンビ型の人型妖怪が無数に姿を現す。濃い腐臭が風に混じり、やがてその群れは森の奥からじわじわとあふれ出てきた。


 その妖怪たちの動きは鈍く、歩みも覚束ない。それでも、湧き上がる数だけは異常だった。

 朽ちた手足を引きずり、泥にまみれた姿でずるずると地を這う。腐臭と共に押し寄せるその群れは、まるで森そのものを侵食していくかのようだ。その光景は終末の訪れを告げるかのような、おぞましさを放っている。


「リーデット……まだこんなにいたなんて」


ジブリーヌの声は、わずかに震えていた。


「リーデット?」


千夜が不思議そうに問い返す。


「はい。屍に憑りつく妖怪です。ローマではリーデットと呼ばれていました」


 ジブリーヌが見据えるリーデットは、泥だらけのボロ布をまとい、皮膚はまだらに腐敗している。骨の浮き出た手足を引きずり、濁った瞳は焦点も合わないまま虚ろに揺れる。口元からは粘つく涎が垂れ、欠けた歯の隙間から意味のない呻き声が漏れていた。顎は壊れた歯車のように、不規則に開閉を繰り返す。


 一方、戦い慣れた千夜は、そんな不穏な空気の中でも呑気そうに返事をする。


「へえ、国によって呼び方も違うんだ。でも、リーデットの方がカッコイイし、悪くないかも」

「千夜さんは冷静ですね」

「腕には自信がありますから。ジブリーヌさん、下がっててください。ここは私がなんとかします」

「う、うん……お願い」


 ジブリーヌは素早く身を翻し、千夜の背後へと下がった。森の湿った土の感触が足元に伝わる。


 千夜は腰袋から御符を三枚取り出し、指先に霊力を込める。

 次の瞬間、札に火花が走った。


 バチン! ボンッ!


 青白い炎が爆発的に立ち上がる。薄暗い森の中で炸裂するその光は、ただならぬ霊的な力を帯びていた。


「忍法――アマテラスの炎!」


 千夜の声が静寂を切り裂き、轟音が森に鳴り響く。

 ドンッ! ゴォォォォ――!


 前方一帯が群青色の神炎に包まれ、凄まじい爆風がリーデットの群れを吹き飛ばしていく。

 まるで神話の絵巻物が動き出したかのように、炎は一気に妖怪たちを飲み込んだ。


 炎に触れた瞬間、リーデットたちは断末魔の叫び声を上げ、塵ひとつ残さず消滅する。


「すごい……あんなにいたリーデットが、一瞬で……」


 ジブリーヌが呆然とつぶやく。視界が晴れると、そこには何事もなかったかのような静かな森が広がっていた。周囲の木々は一本たりとも焦げていない。自然も人も傷つけず、妖怪だけが消し飛ばされていた。


「千夜さん、あの……お願いがあるんです。私、あまり強くないので、町まで一緒に行ってもらえませんか?」

「もちろん、いいよ」

「ありがとうございます。このお礼、絶対にさせてください……」

「お礼なんていいよ。私が勝手にやってるだけだから」

「でも、そんな……それはさすがに申し訳ないです……」

「じゃあ、もしよかったら、お友達になってくれない? ジブリーヌさん、とてもきれいだし、友達になれたら嬉しいな」

「わ、私がきれい……? え、ええっ!? 私なんて全然……」

「そんなことないよ。この髪もすごくきれいだし、肌も真っ白でかわいいし」


 千夜はジブリーヌにそっと寄り添い、やさしく頬に触れた。

 ジブリーヌは恥ずかしさと戸惑いに頬を真っ赤にしながら、千夜を見上げていた。

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