第13話:看病
翌日、任那は高熱を出して床に伏せていた。
朝の禊が堪えたのか、顔は赤く、呼吸も少し苦しそうだ。
寝具の隙間からのぞく素肌が熱に上気し、どこか普段よりも無防備に見える。
千夜は台所代わりの竈の前に立ち、静かに鍋をかき混ぜていた。
野営や任務の自炊はすっかり慣れたもの。火加減も味付けも、千夜の手際は手慣れたものだった。
やがて、湯気の立つ器を手に千夜はそっと寝室へ戻る。
薄暗い部屋に横たわる任那は、どこか子どものように無防備で、普段の凛々しさとは違う柔らかな表情を見せている。
「はい、起きて。お粥できたよ」
千夜が優しく声をかけ、布団の脇に座ってスプーンを差し出す。
任那は少し恥ずかしそうに、でも素直に口を開く。
「……あーん」
お粥を一口含んだ瞬間、任那の瞳がぱっと見開かれる。
「……美味しい……」
千夜はにっこりと微笑んだ。
「でしょ? 野営生活だと自炊が必須だから、これくらいはね」
任那は、熱でぼんやりしながらも、感心したように千夜を見つめていた。
潤んだその瞳に、千夜も思わず表情がやわらぐ。
さらに千夜は、滋養をつけるために用意していた料理を持ち出す。
性のつくものとして焼いたイノシシの丸焼きだが、さすがに病み上がりの任那が一人で食べるには無理がある。
「これはさすがに一人じゃ食べきれないね。はい、ちょっとだけ味見して?」
千夜は骨から柔らかい肉を丁寧にほぐし、小皿に取り分けて、ひと口サイズにして任那に差し出す。
任那は千夜の手から、ゆっくりと口に運んだ。
香ばしい匂いとジューシーな味わいに、思わず目を丸くする。
「……すごく美味しい……」
「ふふ、頑張って焼いた甲斐があったな。元気になったら、またたくさん食べようね」
千夜の優しい声に、任那は安心したように小さくうなずく。
ふたりの間には、温かくて柔らかな空気が流れていた。
夜が更けるにつれ、任那の熱はさらに上がった。
頬は紅潮し、目はすっかり虚ろになり、もはや一人では起き上がることもできない。
千夜は布団の上で優しく任那を抱き寄せ、背中に腕を回しながら、お粥を口移しでゆっくり食べさせる。
ぼんやりとした目で、時折かすかな声を漏らした。
「……これ、すき……」
言葉は曖昧で、語尾もだんだん溶けていく。
千夜はそんな任那の髪をやさしく撫で、さらにやさしく抱きしめる。
今できることは、せめて温もりを与えることだけだと心から思った。
この時代、病人や体力の落ちた者に食事を与える際、口移しはごく自然な看病の手段だった。
まだ道具や衛生観念が発展途上であり、介護や家族間の親しさの中で、栄養や水分を確実に摂らせるための直接的で実用的な方法だったのである。
特に親しい者や身内の間では、口移しに特別な羞恥や違和感はなく、むしろ思いやりの証として受け入れられていた。
「本当は自分で食べられる方がいいんだけど……今日はいいよ、たくさん甘えて?」
そっと囁くと、任那は小さくうなずいて千夜に身を委ねた。
お粥を舌先でゆっくりと味わわせるたび、任那は目を細め、ほとんど夢と現実の境目にいるような表情になる。
「……ん、ん……」
時折、かすかに声を漏らすが、言葉にはなっていない。千夜の指先や唇の感触がぼんやりと心地よくて、全身がとろけるように感じる。
やがて任那は、かすれた声で願いをつぶやく。
「……あま、さけ……のみたい……」
千夜はそっと壺を取り出し、米麹で作った素朴な古代の甘酒を口に含む。
そして再び、やさしく任那の唇に口づけ、そっと甘酒を流し込んだ。
「……あたま……ふわふわ……する……」
任那は夢心地の表情で、千夜の腕にくったりともたれかかる。
頭の中は熱と安堵でふわふわと浮かぶような感覚だけが残っていた。
千夜はそんな任那をしっかりと抱きしめていた。
夜の静けさと遠い時代の甘酒の香りが、二人の世界を静かに包み込んでいた。
食事を終えると、任那は再び千夜に体を預けるようにして横になる。
高熱で意識はぼんやりとし、まぶたも重たそうだった。
千夜の舌先が任那の口内をゆっくり、優しく撫でていく。
その繊細な刺激に、任那は眠ったまま、とろんとした表情で小さく甘い息を漏らした。
熱と安堵が混ざったような恍惚の表情。
頬は桜色に染まり、吐息もどこか蕩けている。
やがて、あまりに心地よさが強すぎて、任那は夢の中でも無意識に舌や顎にきゅっと力を入れ、反射的に千夜の舌を押し返そうとした。
膝も布団の上で微かに跳ね、太ももがきゅっと収縮する。
まるで痙攣するような小刻みな動きが伝わる。
その動きは本能的で、普段は見せない敏感な反応だ。ごくかすかな唸り声と共に、無意識の防御本能が表に現れる。
けれど千夜は、そんな任那のわずかな抵抗すらもやさしく包み込む。
唇でその力を受け止め、指先でそっと顎を撫でて緊張を解きほぐし、決して無理をさせないよう、さりげなく、しかし確実にその動きを押さえ込んでいく。
任那は再び身体の力を抜き、千夜にすべてを預けて、満ち足りた吐息を静かに漏らした。
寝室にはふたりだけの甘く温かな空気が漂い、夜の静けさとともに、ふたりの心地よさが重なっていった。
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