第11話:神降ろし 後編
ヴァルプルギスは静かに剣を構え、一歩、ゆっくりと踏み出した。張り詰めた空気の中、あたりは静まり返っている。しかし大国主は、その動きを見もせず、まるですべてを見透かしているかのように自然に身をかわした。
その瞬間、世界が反転したかのように、すべての色彩が消え、白と黒のコントラストだけが広がる。
何が起きたのかわからないまま、時間が止まったかのような静寂が場を支配した。
そして、色が戻ったその刹那。
ヴァルプルギスの剣は、自らの左腕を容赦なく断ち切っていた。
「っ……!」
叫ぶ暇もなく、魔剣が地面に落ちた。ヴァルプルギスは驚愕と混乱に満ちた目で自分の腕を見つめる。
大国主は静かに手をかざし、霊力で魔剣を引き寄せる。黒々と禍々しかった刃は、手の中で眩い光を放つ一本の聖なる剣へと変わっていく。
「お返しします」
優しくも冷静な声。その声とともに、光り輝く聖剣がヴァルプルギスの胸を一直線に貫いた。
刺し込まれた瞬間、聖剣から溢れる浄化の炎が、ヴァルプルギスの全身をやさしく、しかし容赦なく包み込む。
「が……ああああああっ!!」
燃え盛る炎とともに、ヴァルプルギスの叫び声が響く。けれど、炎は次第にすべての痛みも、恐れも、憎しみさえも溶かしていく。
彼女はもう抵抗する力もなく、やがて静かに仰向けに倒れ、その身体は光に包まれて、跡形もなく消えていった。
炎の中に一筋の聖なる光だけが残り、やがて辺りには静寂が満ちていく。
戦いが終わり、ゆっくりと静けさが降りてきた。
大国主はそっとジブリーヌのもとへ歩み寄り、地に伏した彼女をやさしく抱き上げる。そして、愛おしげに彼女の唇にキスを落とす。
不思議な安堵に包まれて、千夜の髪は元の黒髪に戻り、姿もいつもの忍装束へと変わっていった。
「あれ……私は、たしか……」
千夜の意識はまだ朦朧としていたが、大国主として過ごした時間の記憶が、ぼんやりと心の奥底に残っている。
そのとき、ジブリーヌが小さく息を吹き返した。ゆっくりと目を開け、隣にいる千夜をじっと見つめる。
「……よかった、千夜さん」
ジブリーヌの瞳には、涙と安堵、そして温かな愛情が滲んでいた。
千夜は思わずジブリーヌの肩を抱き寄せ、今度は自分から深く、優しく唇を重ねる。
◇◆◇
ヴァルプルギスとの死闘から一週間が過ぎた。
千夜もジブリーヌも、体の傷はすっかり癒え、穏やかな日常へと戻っている。けれど、二人の心にはまだヴァルプルギスの影がほんの少しだけ残っていた。
時折、その不安が千夜の胸を締めつける。もしも、またあんな強大な妖怪が現れたら、自分は本当にジブリーヌを守れるのだろうか。
そんな思いが、ふと指先を震わせる。
そんな千夜の変化に、ジブリーヌはすぐに気づく。
やさしく微笑み、そっと千夜の手を取る。
「千夜さん。どうか、自分だけを責めないでください」
ジブリーヌのまっすぐな瞳が、千夜をそっと見つめる。
その言葉は、千夜の胸をやさしく溶かしていく。
「ジブリーヌ……ありがとう」
千夜の瞳から一筋の涙が流れる。その涙をそっと指でぬぐい、ジブリーヌはやさしく微笑んだ。
「私は、千夜さんと一緒なら、どんなことでも乗り越えられるって信じてます」
その真っ直ぐな言葉に、千夜は思わず赤くなり、うつむいて小さく笑った。
「……なんだか、まるでプロポーズみたいだね」
ジブリーヌは照れずに、柔らかな声で答える。
「はい。そのつもりですよ」
千夜は驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、何も言わずにジブリーヌを強く抱きしめた。
二人のぬくもりが、不安や恐れを静かに溶かしていく。
やがてジブリーヌは千夜の耳元で、そっとささやく。
「……今の私はまだ弱いです。でも、千夜さんの隣にふさわしいくらい、絶対に強くなります。だから、これからも一緒にいてください」
千夜は小さくうなずき、ジブリーヌの背中にぎゅっと腕を回す。
「……うん。ふたりなら、きっと大丈夫だよ」
寄り添う二人を、優しい潮風が包んでいた。
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