悪女と呼ぶならば、それ相応の振る舞いをしてさしあげます
(どういうこと?)
アマンディーヌは混乱していた。
彼女のエスコートを断った婚約者であり王太子であるヴァンサンが入場したと思ったら、傍らに聖女として取り立てられた男爵令嬢ジュリーを連れていたからだ。
いままでアマンディーヌは献身的にヴァンサンを支えてきた。
公爵であり宰相である父の権力を使って、第一王子だが側室の子でもあるヴァンサンの立場を盤石なものにしたし、彼が政務で失敗するたびにその後始末に奔走したりもした。
なのに、どうして。
聖女を連れて夜会に入場したヴァンサンが、アマンディーヌの姿を見つけて目を細めた。
そこに愛情の色は欠片もなく、冷えた感情だけが宿っている。
(殿下、なぜですか)
今まで懸命に彼を支え続けた。
そのためなら、多少の汚名は喜んで受けた。だと、いうのに。
彼の隣を歩くのが、どうしてアマンディーヌではないのか。
唖然とする彼女へ、彼らが近づいてくる。かつかつと大理石でできた硬質な床を蹴る音が響く。
貴族たちが道を開けるように避けていく。
いつの間にか、アマンディーヌはヴァンサンと彼が連れているジュリーと対峙するようにぽっかりと開けた空間に取り残されていた。
「アマンディーヌ」
「っ」
いままで甘く囁かれていた名前が、酷く冷たく場に落ちる。
ヴァンサンはすっと長い指で彼女を差して断言した。
「貴様との婚約を破棄する!」
大きく目を見開く。指先が震えて仕方ない。
いったいどうして、震える声は言葉にならない。
立ち尽くす彼女の前で、ヴァンサンは傍らに佇むジュリーの肩を抱く。
「貴様はとんだ悪女だ。騙されていた自身が嘆かわしい」
「どういう、ことですか……!」
どうにか言葉を絞り出したアマンディーヌに、ヴァンサンは白けた眼差しを送ってくる。
彼の腕の中で、ジュリーが勝ち誇ったように笑っている。
思わず睨みつけたアマンディーヌに、あからさまな態度でジュリーがびくりと肩をすくめた。
縋るようにヴァンサンにしがみつく彼女の姿に、苛立ちが募る。
「ああ、可哀そうなジュリー。大丈夫だ、私が傍にいる」
「ヴァンサン様……!」
二人の世界を作っている彼らに、アマンディーヌは奥歯を食いしばる。悔しかった。
いままでずっとヴァンサンを支えてきたのは彼女なのに、それらを全て無視されていることが。
「殿下、ご説明ください。どういうおつもりですか」
喉から押し出した言葉は、意外と冷静だった。
アマンディーヌの問いかけに、ヴァンサンが眉を潜める。
「先ほど伝えたとおりだ。貴様との婚約は破棄する。水面下で陰湿に聖女を苛め抜いていた女など、王太子妃としてふさわしくない!」
全くもって心当たりがない。ジュリーは元々悪い噂が絶えなった令嬢だ。
少し前に聖女としての力に目覚めたとは噂に聞いたが、それを盾にして様々な無茶を押し通したとも耳にした。
接点などない。公爵令嬢と男爵令嬢の間に交流があるはずもない。
「わたくしが『悪女』だというのは、どういうことですか」
「紛れもない悪女だろう! 私はジュリーから貴様の悪行の数々を聞いた!」
長年婚約者として傍にいたアマンディーヌではなく、ぽっとでのジュリーのいうことを信じるのか。
胸をじわじわと失望が覆っていく。
彼女はため息を一つ吐き出して、ドレスの裾をつまんだ。綺麗なカーテシーを披露して、頭を下げる。
「畏まりました。失礼します」
最後に顔を上げたアマンディーヌの瞳には、勝ち誇ったように笑う醜悪な女の顔が映っていた。
(悪女?! 悪女ですって! わたくしはなにもしていないのに!!)
カツカツとヒールを鳴らしながら、アマンディーヌは王宮の廊下を歩いていく。
そのまま馬車に乗って公爵家に戻った。
政務が立て込んでいるといって父イボリットは夜会を欠席していた。
だからこそ、ヴァンサンはあの場で婚約破棄を申し渡したのだろう。
だが、そちらがその気なら、アマンディーヌにも考えがある。
(悪女だと呼ばれるのであれば、相応の行いをするまで)
屋敷に着いた彼女は、イボリットの執務室を訪ねた。
まだ夜会の会場にいるはずの娘の帰宅に、イボリットは驚いている。
「アマンディーヌ、いったいどうしたんだ?」
「お父様……!」
目じりに涙をためて、イボリットに縋りつく。
泣きついてきた娘の姿に、彼は戸惑いながらも抱きしめてくれた。
「殿下が……殿下が……っ!」
涙をぽろぽろと流しながら、イボリットにヴァンサンからの仕打ちを打ち明ける。
娘を溺愛している彼は、すぐに眉を吊り上げ怒りをあらわにした。
「なんということだ! 一体何を考えているのか!!」
「お父様、わたくし、わたくし……っ」
「陛下に抗議してこよう。大丈夫だ、父がついている」
そっと肩に手を置かれる。アマンディーヌは涙を目じりにためて、一つかぶりを振った。
「婚約破棄は、いいのです。心が離れたならば仕方ありません。ただ、わたくしとの婚約が破棄された以上、お父様が殿下の後見人を務める必要はございません」
「その通りだな」
そっと頭を撫でられる。父の胸元に縋りついて、アマンディーヌは内心で笑う。
愚かなことだ。第一王子だが側室の子であるヴァンサンは、彼女との婚姻をもって立場を固めていたというのに。
宰相であるイボリットが第一王子のヴァンサンから正妃の子である第二王子ブライアンの味方になれば、それだけで彼の立場は危うくなる。
「今日は休みなさい。疲れただろう」
「はい」
労りの言葉に頷いて、アマンディーヌは執務室を辞した。
そのまま自室に戻り、メイドの手を借りてドレスを脱ぐ。
部屋着に着替えた彼女は、ベッドではなく机に向かった。
貴族学園での同級生たちに手紙を書くのだ。婚約が破棄されたこと、父イボリットが王太子派から外れること。
それに伴って、今までアマンディーヌが隠蔽をお願いしてきた、ヴァンサンの失態を隠す必要はなくなったこと。
(情報の共有は必要だものね)
噂が広がればますますヴァンサンは孤立する。
婚約破棄だけならばまだしも、ありもしない罪を着せられ「悪女」と呼ばれたときに、絶対に後悔させてやるとアマンディーヌは決意したから。
(だって、わたくしは悪女らしいもの)
悪女には悪女なりの戦い方がある。それを、思い知らせてやるのだ。
翌日、アマンディーヌは正妃に面会を取り付けた。
昨日の今日なので、ヴァンサンに出くわさないように気を付けて王宮に登城した彼女は、正妃お気に入りの庭園へと案内された。
「お久しぶりです、エマニュエル様」
「久しぶりね、アマンディーヌ」
王太子妃教育の一つとして身に着けた綺麗なカーテシーを披露したアマンディーヌに、正妃エマニュエルが優しく微笑む。
挨拶をかわし、許可を得てイスに座った彼女に、エマニュエルは深い溜息を吐きだした。
「あの子には期待していたのだけれど。本当にごめんなさい」
「エマニュエル様が謝られることではありません」
頬に手を当て困ったように微笑むエマニュエルに、アマンディーヌは優しく微笑む。
最初は困惑したしショックだったが、今は気持ちも切り替わっている。
「いくら聖女とはいえ、男爵令嬢に首ったけになった挙句、貴女との婚約を破棄するなんて。……愚かね」
「恋は盲目といいますもの」
ふんわりと笑ったアマンディーヌに、エマニュエルも「そうね」と淡く微笑む。
「それで、貴女は私に何を望むの?」
「単刀直入に申し上げます。ブライアン殿下に心に決めた方がいらっしゃらないのであれば、わたくしと婚約を結んでいただきたいのです」
まっすぐにエマニュエルを見据えて告げたアマンディーヌの言葉に、彼女は驚いた様子を見せない。
予期していたのだろう。
「そういうと思って呼んであります。あの子を呼んできて」
「畏まりました」
傍に控えていたメイドの一人にエマニュエルが声をかける。
一礼して下がったメイドの姿を見送って、アマンディーヌは苦笑をこぼした。
「お見通しなのですね」
「貴女は将来の皇后です。このような理由で手放すわけにはいきません。貴女が提案しなければ、わたくしが提案していたわ」
どこまでも穏やかに微笑み続けるのは、さすが正妃の立場を長年守り続けただけはある。
しばらく静かにティーカップを傾けていたアマンディーヌの元に、声がかかった。
「お呼びでしょうか、母上」
凛とした声は異母兄のヴァンサンとは似ても似つかない。
ヴァンサンが優しい面立ちをしているのに対し、ブライアンは凛々しい偉丈夫だ。
アマンディーヌはカップをソーサーごとテーブルに戻して立ち上がる。
「お久しぶりです、ブライアン殿下」
ドレスの裾を持ち上げ、軽く頭を下げる。
挨拶の言葉を口にした彼女に、ブライアンは浅い溜息を吐き出した。
「顔を上げてくれ。昨日の騒ぎは聞いている。義兄がすまない」
許可を得て顔を上げたアマンディーヌは、メイドが持ってきた新しいイスにブライアンが座ったのを見て、もう一度イスに腰を下ろした。
「その件で貴方に話があるの。ブライアン、貴方は心に決めた方はいるかしら?」
まっすぐに切り込んだエマニュエルの言葉に、ブライアンが「なるほど」と呟いた。
今の発言で全てを察したらしい。聡明だと評判なだけはある。
(我が国では、生まれた順番で全てが決まる。それは、正妃と側室の子でも同じこと。……けれど、お父様が後見人としてバックに着くならば、話は変わってくる)
宰相という立場もそうだが、チェカルディ公爵家はそれだけの発言力を持つ。
だからこそ、アマンディーヌには理解できない。
どういう意図があって、ヴァンサンが婚約破棄などという暴挙に出たのか。
「わかった。婚約を結ばせてもらう」
「ありがとうございます」
ブライアンに心に決めた令嬢がいるならば、出しゃばるつもりはなかった。
人の恋路を引き裂いてまで、自身の望みを優先しようとは思わない。
だが、違うというのなら。存分に利用させてもらいたい。
「ふ、まるで契約結婚だな」
小さく笑ったブライアンの姿に、少しだけ驚いた。
彼はなんでもそつなくこなして、顔色一つ変えないイメージが強かったからだ。
「貴族の婚姻は基本的に契約結婚ですわ」
「それもそうだ」
アマンディーヌが穏やかに笑みを浮かべて告げると、ブライアンは肩をすくめた。
利害の一致の関係は、愛より信頼できるかもしれないと今は思う。
ブライアンもエマニュエルも、現宰相であり公爵であるイボリットの後ろ盾は喉から手が出るほど欲しいはず。裏切られる心配はしなくていい。
(これでまた一つ、外堀が埋まったわ)
まだまだ手加減はしない。少しずつ真綿で首を締めるように、苦しませて後悔させるのだ。
数日後、ブライアンと婚約に関する正式な書面を交わした。
イボリットもブライアンの後見人になることに積極的で、王宮での勢力図はずいぶんと変わっただろう。
風向きばかり気にしている貴族たちは、ごっそりとブライアンの派閥に乗り換えたのだと上機嫌にイボリットが教えてくれた。
アマンディーヌは現在、馬車に揺られている。
王太子直轄領に出向いているのだ。
(去年と今年は長雨で作物が不作だったと聞いたわ。税収を下げたはずなのに、元に戻っているとも)
ギリ、と奥歯を噛みしめる。民に理不尽な搾取を強いることは、最も彼女が嫌うことだ。
元々、不作だと訴えが上がり、税が払えないと嘆願書が届いていたというのに、無視しようとしたヴァンサンを窘め、税収を下げるよう進言した。
だが、アマンディーヌが傍からいなくなった途端、税収を戻したという。
民は苦しみ、飢えている。一刻も早く手を打たなければならない。
メイドと料理人と共に公爵家にあった食料を持ってきた。
今食べるものに困っている民に手を差し伸べるのであれば、炊き出しが効果的だ。
本来ならば、税収を下げ、長期的に飢えないように対策を施したいところだが、ヴァンサンの直轄領では、炊き出し以上のことはアマンディーヌには許されない。
(ブライアン殿下が対策を考えると仰ってくださったから、信じるしかないわ)
馬車の窓の外の景色を眺めながら、深いため息を吐きだした。
王太子直轄領では、すでに炊き出しが行われた後だという。
だが、むしろ前回の炊き出しは領民の不満を煽る結果だったらしい。
「聖女だと仰っていたが、あの方が持ってこられた食料では到底足りなかったんです……」
肩を落としてアマンディーヌにそう告げたのは、領地を取りまとめる執政官だった。
彼を労い、アマンディーヌは大量に持ち込んだ食材を領民たちに振舞った。
ジュリーのせいで最初こそ眉を潜めていた領民たちも、全員に温かい食事がいきわたると表情を変えた。
「よければ、聖女様がもってこられた食料はどれくらいだったのかしら?」
「その、村人の半分にもいきわたらなかったのです」
遠慮がちな報告に、思わず息を吐く。
(ここは直轄領のはずれとはいえ、そこそこ大きな村よ。足りるはずがないわ)
王太子の直轄領は広い。
中心部の街は食うに困らないようだが、外れに行くにつれてぽつぽつと点在している町や村からは困窮していると報告が上がっているはずなのに。
後先考えていないのだろう。
そもそも、聖女とはいえ男爵令嬢のジェリーには動かせる食材と人材に限りがある。
「村が持ち直すまで、定期的に炊き出しにきます。ヴァンサン殿下がなにか仰ったら、チェカルディ公爵家に報告を上げなさい」
「はい! 畏まりました!!」
表情を輝かせた執政官は、よほど胃を痛めていたのだろう。
もう一度よく労い、アマンディーヌはちらちらとこちらを気にしている子供たちに手を振り返した。
炊き出しを見届け、残った食材を分け合うように伝えて残してきたアマンディーヌは、王都に戻っていた。
貴族学院でできた友人の屋敷で開かれるお茶会へ出席して、優雅に話をしながら情報を交換する。
最初は穏やかな会話ばかりだったが、時間がたつにつれ、自身の婚約者への不満を口にする令嬢がいたり、少しずつ話題は暗い方へ変わっていく。
「聖女だと仰るけれど、私はジェリー様の力には懐疑的だわ」
一人の令嬢がぽつりと漏らした。アマンディーヌは笑みを浮かべて、問いかける。
「どのあたりにそう感じるの?」
「ジェリー様の悪い噂をたくさん聞きます。男性をとっかえひっかえしているとか、聖女になったのも司祭様と寝たからだとか……」
一人が口火を切ると「それは私も聞いたわ」「私も」と次々に声が上がる。
微笑みながらティーカップを傾けたアマンディーヌは、口元を隠して笑う。
(証拠を集めて陛下に提出しなければ)
ここまで噂になっているのならば、どこかに火元があるはずだ。
洗いざらい調べて、陛下に報告を上げよう。
ああ、楽しみだ。
あの高慢な笑みを浮かべていた聖女が、どんなふうに転落するのかを考えるのは。
一か月後。
アマンディーヌはブライアンにエスコートされて夜会に入場した。
ブライアンの凛々しい腕に手を添えていると、不安が吹き飛ぶようだ。
彼はこの一か月、親身に彼女の言葉に耳を傾けてくれた。
ジェリーの汚点を洗い出したのもブライアンの手の者だ。
やはり彼女はあくどい手段を使って聖女の地位を手に入れていた。
ヴァンサンを王太子の座から引きずり落す準備も整った。
アマンディーヌとブライアンが入場した後に、得意げな表情でジェリーと共に会場に入ってきたヴァンサンを冷めた瞳で見つめる。
(その表情をすぐに崩して差し上げますわ)
自身の正義を信じて揺らがない顔だ。
アマンディーヌの存在に気づいたヴァンサンがこちらへと近づいてくる。
ブライアンが彼女を庇うように立ち位置を調整してくれる。
その小さな気遣いが、なにより嬉しい。
「久しいね、アマンディーヌ」
「お久しぶりです」
ブライアンから手を放してカーテシーをした彼女を、ヴァンサンは明らかに見下している。
「すぐに私から義弟に乗り換えるとは。予想通りだった」
「と、申しますと?」
「貴様は権力にしか興味がないからな」
ふん、と鼻を鳴らしたヴァンサンに少しだけ胸が痛んだ。
一時はこの人のために、立派な王太子妃になるために勉学に励んでいたというのに。
こんな風に蔑まれるためではなかったのに。
「義兄上、ご自身が置かれた状況を理解されていての発言か」
ブライアンが割って入るように言葉を紡ぐ。優しい気遣いに小さな笑みがこぼれる。
「立場? それはお前のほうだろう。私のお下がりでよかったのか?」
「ふふっ」
得意げに笑うヴァンサンも、楽しげなジェリーも、一対何が楽しいのだろう。
空しい気持ちに蓋をして凛と背筋を伸ばす。
陛下はすでに玉座に座して、こちらの動向を注視している。
陛下の隣には正妃もおり、宰相であるイボリットも控えている。場は整った。あとはアマンディーヌが仕掛けるだけだ。
「陛下、発言をお許しください」
「よい、許す」
陛下の前に進み出て、膝を折る。突然のアマンディーヌの行動に注目が集まった。
視線を集めながら、彼女は朗々と言葉を紡ぐ。
「まず、聖女のジェリー様に関するご報告です」
「うむ」
「彼女は、教会の司祭様と汚い手段で繋がっております。証拠はブライアン様が」
「こちらを」
ブライアンがポケットから取り出した記録用魔石をイボリットに渡した。イボリットが陛下へと渡す。
「……なるほど」
低い声を出した陛下が、じろりとヴァンサンを見る。
びくりと肩をすくめたヴァンサンに、厳しい言葉を発した。
「ヴァンサン、其方は知っていてのことか」
「なにがでしょうか……!」
さすがに国王たる父の言葉にはヴァンサンも殊勝になった。
問い返すヴァンサンに、国王が手元の記録用魔石をかざす。
「ここにはその娘が体を使っている姿が記録されている。これは其方の指示か? チェカルディ家の後ろ盾を失い、教会を味方につけようとしたのか?」
「なっ! そんなことは決して命じておりません!」
青白い顔で必死に否定するヴァンサンから視線を外し、国王がジェリーをひたと見据えた。
先ほどまで余裕の表情で笑っていた彼女は、すっかりと青ざめ、カタカタと震えている。
「そうか。では、聖女よ」
「っ」
「其方は真の聖女か?」
国王の問いに嘘をつくことは許されない。それなのに。
「はい! 私は本物の聖女です!」
「では、証明してみせよ」
「え?」
勢い込んで頷いたジェリーに、陛下は冷たく告げる。
陛下が片手を上げ合図をすると、控えていた騎士たちが奥から檻に閉じ込めた魔物を持ち込む。
女性を中心に悲鳴が上がった。魔物は明らかに瘴気をまき散らしている。
「浄化せよ。出来ぬならば、その首を跳ねる」
「!」
立ち尽くすジェリーはいつまでたっても動かない。
魔物に近づくこともできず、この場から逃げることもできない。
暫く見守っていた陛下がため息を吐いた途端、ヴァンサンがジェリーの腕を掴む。
「ジェリー! 聖女の力を見せるんだ!! 私にしてみせたように、治癒魔法でもいい!!」
「いやっ、やめて!!」
魔物のいる檻に強制的に近づかせようとするヴァンサンにジェリーが抵抗する。
アマンディーヌは微笑みながら、ゆっくりと口を開く。
「できるはずがありませんわ。だって、殿下に近づくときに使った治癒魔法は、隣国で開発された誰でも使える、魔法を閉じ込める技術を応用したものでしょう?」
「な、に」
イボリットが取り出した小さな小箱を受け取って、アマンディーヌは微笑み続ける。
「これは隣国で開発された、魔法を閉じ込め移動させる術式が織り込まれた小箱です。これをあけると、あら不思議。誰でも聖女になれるのです」
ぱかりと小箱を開けると、中から光がこぼれ、場に正常な気配が満ちる。魔物の瘴気も浄化された。
「ルグラン家は五年前に養子をとっています。隣国から娘として迎え入れたのが、ジュリー様。そうですね?」
「!」
大きく目を見開いたジュリーに、アマンディーヌはかつかつとヒールを鳴らして近づいた。目の前に立って、彼女は優雅に笑う。
「隣国から、スパイとして潜り込んだのよね? 殿下を唆して、我が国を内部から崩すために」
「っ!」
背を向けて逃げようと駆け出したジュリーをブライアンが取り押さえた。
地面に叩きつけられて「かはっ」と空気を吐き出した彼女に、アマンディーヌは微笑み続ける。
「スパイの末路は悲惨よ? それに与した者も。ねぇ、殿下?」
「わ、わたし、は……!」
ちら、とアマンディーヌがヴァンサンへ視線を滑らせると真っ青な顔をして、彼は両手で顔を抑えている。
「領地と領民を放置して、黒い噂のある聖女に入れあげて。その上国を裏切るなんて、なんてことをなさるのかしら」
歌うように告げたアマンディーヌの言葉に、いまさら己の愚かさを痛感したのか、ヴァンサンががくりと膝をつく。
彼の傍に膝を折って、彼女は笑う。
「どうですか、本物の『悪女』に引っかかったお気持ちは?」
「き、さま……!」
「ああ、わたくしも『悪女』でしたね」
にこりと笑って立ち上がる。
すぐに騎士に取り囲まれたヴァンサンは最後までなにかを喚いていたが、すっかりアマンディーヌの興味はなくなっていた。
王太子が国家転覆をはかっていたとして連行され、大騒ぎになった夜会は中断された。
アマンディーヌは詳しい話を聞きたいから、と城に留まるように通達があったため、客室を借りている。
テラスに出て夜風にあたっていると、部屋の扉がノックされる。
入室を許可すれば、ここ一か月ですっかり見慣れた姿が現れた。
「気は晴れたか?」
「ふふ、なんのことでしょうか?」
ブライアンの言葉に軽やかに笑う。心は軽くなったが、どこかすっきりしない。
やられたからやり返したけれど、虚しさが残った気がしてならない。
彼はゆっくりとアマンディーヌに歩み寄り、隣に立つ。
夜空を見上げるブライアンの隣で一緒に星を見上げた。
「俺はずっと、義兄が羨ましかった」
「どうしてですか?」
王太子の座が欲しかったのだろうか。
それにしては、ブライアンはアマンディーヌの婚約者となるまで、権力に対して執着を見せている様子はなかったけれど。
不思議に思って端整な横顔を見上げると、彼は小さく笑う。
「婚約者が、美しかったからだ」
「え?」
思わず間の抜けた声がでた。
ぱち、と瞬きをした彼女へとゆっくりと視線を向けて、ブライアンが仄かに笑う。
「君が、欲しかった」
そっと頬に手を伸ばされる。
ブライアンはすでにアマンディーヌの婚約者なのだから、拒む理由はない。
彼女より少しだけ冷たい体温が触れる。
無意識のうちにそっと掌に擦り付けるように動いてしまって、気づいてから赤面した。
「君は可愛いな。アマンディーヌ」
口説き文句はヴァンサンにも言われてきたけれど。言葉に宿る熱が違う気がした。
じいっとブライアンを見つめると、その瞳にアマンディーヌが映っている。
彼女だけが、移りこんでいる。
「君が欲しいと思ったときには、君はすでに義兄の婚約者だった。欲しいと駄々を捏ねてもどうにもならなくて、それでも諦めきれずに今まで婚約者を作らなかった」
そんな理由で。第二王子である彼が婚約者を作らなかったというのか。
わずかに目を見張ったアマンディーヌの前で、ブライアンが膝をつく。
頬から手が離れて、代わりに手を取られる。
「最初は、君の美しさの虜になった。次に、どんな厳しい教育も凛と耐える姿に惹かれた。義兄が君をいらないといわなくても、いつか奪っていたかもしれない。それくらい、君が好きだ。アマンディーヌ」
「ブライアン様」
「どうか、俺と共にこの国を支えてくれ。未来の皇后として」
その言葉に、目を見開く。ああ、本当にヴァンサンは失脚したのだ。
「――わたくし、悪女らしいのです」
「義兄の戯言だ」
「あの方たちを追い落とすために、色々なことをしました」
「当然の報いだ」
「でも」
「アマンディーヌ」
真摯な言葉が、彼女の発言をふさぐ。手のひらの甲にキスを落として、ブライアンが笑った。
「君が、いい」
その言葉が、トドメとなって。
アマンディーヌは泣きそうな顔で「わたくしでよければ」と微笑むのだった。
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