第3話「“かわいい”を敵視する男子が現れた件」
「……ぶっちゃけ、きもい」
放課後の廊下。
その一言をきっかけに、空気が一瞬、凍りついた。
「……今、なんて?」
志乃は立ち止まり、振り返った。そこには、少し身長の高い男子が腕を組んで立っていた。制服はちゃんとしてるけど、どこか偉そう。目つきは鋭く、眉間には常にシワ。いかにも「生真面目で融通きかない」って感じ。
「……きもいって言った。うさぎのキーホルダーが二つもカバンについてる女子が、廊下でふわふわ笑ってるの、ちょっと無理」
「あんた、今それ言うためだけに立ち止まった?」
「言わなきゃ気が済まなかった」
相手の名前は――鷹野 陽介。
二年生で、風紀委員。あだ名は“ナナメ45度”。何かと言うと常に斜に構えて物事を批評する、校内では有名な“やれやれ男子”である。
「“かわいい”がはびこってるの、なんか不健全なんだよな。
ふりふりとかぬいぐるみとかさ、“女の武装”って感じがして」
「……武装の何が悪いのよ」
志乃が低く言った。真宵は何も言わないが、彼女の横でうさぎポーチの耳を指でむぎゅっとつまんでいた。多分これは、戦闘態勢。
「かわいくして何が悪いの。こっちは“かわいい”っていう概念に心救われてんのよ」
「それは“現実逃避”って言うんだよ。社会に出て困るのはお前らだ」
「はあ!? お前、こじらせ女子ナメんなよ!? こっちはもう現実に振られて3回くらい叩きのめされて、それでもかわいいぬいぐるみに全癒し託してんのよ!」
「え、それって逆に病んでるやつじゃ――」
「うるさいわね」
ふいに、真宵が口を開いた。その声は静かで、けれど不思議と迫力があった。
「あなたの“かわいい”の定義って、なに?」
「は?」
「私たちが好きな“かわいい”は、誰かの承認のためじゃない。
自分が心を落ち着けたり、やわらかくなるためのもの。
なのに、それを“社会で困る”とか“気持ち悪い”って外から決めつけるの、変だと思わない?」
鷹野は言葉に詰まり、目をそらした。
志乃がその隙を逃さず詰め寄る。
「アンタが“かわいい”に免疫ないだけでしょ? 試しにぬいぐるみでも抱いてみなよ、世界変わるよ?」
「……は? 誰がそんな……」
「はいどうぞ、ピンクのくまたん」
真宵が無言でカバンからくまのぬいぐるみを差し出す。
鷹野は全力で後ずさった。
「な、なんで持ってんだよ!?!?」
「常に一緒。戦友だから」
「お、お前らやっぱやばいってぇぇぇぇぇ!!」
叫び声を残して鷹野は全力で廊下を逃げ去った。
残されたのは志乃と真宵と、くまたん。
「……やったね」
「かわいいの勝利だわ」
二人はささやかにハイタッチした。