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第1話 「かわいいなんて、知らない。」(続き)

「……っていうか、あんたこそ何してんのよ、ここで」


 


志乃は自分のスカートにくっついたビーズを払いながら、真宵に問いかけた。


 


「かわいいものに……触れてる」


 


「いやそれ見りゃわかるけども!」


 


志乃は思わず机の上を見た。白野真宵の手元には、丁寧に縫い上げられたうさぎのぬいぐるみ。薄いピンクの布地に、サテンのリボン、そしてハート型のボタン。どこからどう見ても、圧倒的かわいさの塊である。


 


「……でも、意外。白野さんがそういうの好きって」


 


「……意外、なの?」


 


真宵が首をかしげる。その仕草すら、どこか人形のようだった。


 


「うん、もっと理系脳というか……人の感情には興味ありません、とか言いそうなタイプかと」


 


「それ、昔言ったことある」


 


「言ったのかよ!」


 


志乃は机の椅子を引き、真宵の向かいに座った。部屋の中は静かで、ほんのりと糸や布の香りがする。日が傾いて、窓から差し込む光が淡くピンク色に染まっていた。


 


「……あんた、何でそんなに“かわいいもの”に飢えてんの?」


 


志乃がそう尋ねると、真宵は少しだけ考えてから、糸巻きを手のひらで転がす。


 


「……かわいいものって、嘘つかないから」


 


「へ?」


 


「恋とか、人とか、言葉とか――そういうのって、たまに裏切るけど……ぬいぐるみは、ずっと優しい顔のまま」


 


「……」


 


あっ、やばい。こいつ、重い。しかも見た目とのギャップがすごくて、妙に説得力ある。


 


志乃は言葉に詰まり、ちょっとだけ視線をそらした。自分だって、恋に疲れてここに流れ着いたようなものなのだ。妙に共感してしまう。


 


「……あのさ」


 


「?」


 


「これ、私も作ってみたら……その、ちょっとは気が紛れると思う?」


 


志乃がそう言うと、真宵の目がぱちりと開かれた。そして――


 


「うれしい」


 


「へっ?」


 


「かわいいに、仲間ができた。やった」


 


「ちょ、勝手に“かわいい軍”に入れないで! 私はただ、手慰み的なあれであって!」


 


「志乃。針、持てる?」


 


「一応、家庭科で刺したことはある。あと、元彼のぬいぐるみにも刺したことある」


 


「こわっ」


 


そんな会話の中、志乃は針を持ち、真宵に手を添えられて、ゆっくりとぬいぐるみの縫い方を教わっていった。


まるで、慣れないダンスを踊るように。

お互いぎこちなく、でもどこか懐かしくて心地よい。


 


「……白野さん」


 


「ん」


 


「うさぎ、かわいくできたら、私の部屋に飾っていい?」


 


「……それは、もう仲間じゃない。同志だよ」


 


夕日が差す旧校舎の手芸部室に、ふたり分の笑い声が小さく響いた。

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