七十二話 暗黒海嘯最終決戦【終幕】
スィンザは、風の音と凍えるような寒さの中で目を覚ました。
「あぁそっか。私、気を失ってたんだ……」
彼女は仰向けの状態で、地面に向かって落下している最中だった。
「……日の出だ。そっか。もう夜が明けたんだ」
朝日の眩しい光が、長い夜の終わりを告げていた。
「火を……炎を起こさなきゃ……あれ?」
右手も、左手も、何かを掴んでいる感覚がない。
それどころか、手を動かした感覚さえなかった。
「両手、燃え尽きちゃったんだ」
その事実にスィンザは驚きもしなかった。もはや驚く気力さえもなかった。
「もう魔力もないや。魔法で風も火も起こせない」
スィンザはこのまま地面に叩きつけられて死ぬ覚悟をした。
「もういいよね。私は、もうやり切ったよ」
(そうかな?)
「そうだよ。だってもう何もできないじゃん」
(英雄にならなくていいの?)
「…………」
(お父さんと、お母さんと、お姉ちゃんに会いに行かなくていいの?)
「…………」
(テリルや、タリナたちに、もう二度と会えなくなってもいいの?)
「……よくないよ。本当は……まだ生きていたいよ」
思わず涙と本音が、溢れてきた。
さっきまで死ぬことを覚悟して戦っていたのに。
「戦いの中で死ねていたら……あの熱さの中で死ねていたら、こんな思いしなかったのかな」
落下しているその時間が、異様に長く感じた。
「……ンザ……」
「テリル?」
遠くの方からテリルの呼ぶ声が聞こえた気がした。
「スィンザー!」
「テリルだ……テリルー!」
スィンザは最後の力を振り絞り、親友の名を全力で叫んだ。
「スィンザ!」
テリルは、抱き着くように落下するスィンザをつかまえた。
「スィンザ! よかったぁ……間に合ってよかったぁ」
「テリル……どうして、ここに……」
テリルは飛行魔法を使ってスィンザを宙に浮かせると、安堵したのか号泣した。
「実はね、スィンザのことをちょっと離れた場所からずっと見てたんだよ。
そしたら最後の大爆発で、スィンザのこと見失っちゃって……
スィンザが、生きてて本当によかった……」
「……テリル、私、まだ死にたくなかった……
来てくれてありがとう。本当に、本当にありがとう……
うぁわぁぁぁ……」
スィンザは、テリルを抱きしめて泣きじゃくった。
どんな時でも助けに来てくれる親友に心から感謝した。
朝日の光が、夜通しで戦い続けたラパンの戦士たちを巨大城壁ごと包み込んだ。
「帰ろう。みんなスィンザのこと待ってるよ。九腕大蛇を倒したラパンの英雄の帰還を!」
「……私、九腕大蛇を倒しきれたのかな……」
不安げにそう呟いたスィンザに対して、テリルは地上を見るように促した。
「見て、スィンザ。バーモが森の中へ逃げ帰ってるよ。
命令を出していた九腕大蛇が倒れたから、暗黒海嘯は終わったんだ。
スィンザが、九腕大蛇を倒したんだよ!」
「そっか。倒せてたんだ……よかった……」
スィンザの意識が再び遠のいていく。
「スィンザ⁉ 大丈夫⁉」
「……テリル、ごめんね。私、テリルの魔力を吸収しちゃってるかも……」
スィンザはそう言い残し、テリルにもたれかかったまま気を失った。
「え⁉ スィンザ? スィンザぁ⁉
……気絶してる。いや、マズいじゃん!
わたしの魔力ももうそんなに残ってないのに!
急いで戻らなきゃ!」
テリルはスィンザを抱きかかえたまま、出来るだけの全速力で城壁を目指した。
♢♢♢
「どうしよう。探しに行ったほうがいいかな。待ってたほうがいいかな……」
城壁の門の側で、タリナが空と地面を交互に見たり、やたらとうろうろと動き回ったりしていた。
「落ち着けタリナ。あの二人はもうじき帰ってくるさ」
バーモの残党の襲撃に備えて、門を守っていたジスタが落ち着きのない孫娘にそう声をかけた。
「でも、でもさ、何かあったらどうしよう。やっぱり探しに行ったほうがいいよね?」
「大丈夫だよ。スィンザとテリルなら、けっこうな速度でこっちに向かって来てるよ」
タリナと同じく、スィンザとテリル、そしてアザーの帰りを待っていたミモレスが、タリナにそう話しかけた。
「ミモレスさん、どうしてわかるんですか?」
「二人は、ボクの魔導器をいくつも持ってるからね。
探知するのが容易なんだ。
あっ! 見えてきたよ。たぶんあれがそう……」
ミモレスはそう言って、空から飛んで来た何者かを指さした。
「タリナー! ごめーん! 受け止めてー! 魔力が尽きそう!」
「ま、ま、魔力が! わかったー! こっちだよー!」
テリルの必死の叫びを聞いたタリナは、二人の方に向かって駆け出した。
「ソウル・ゲート。フェアリー・エフェクト!
えーと、えっと! これをこうして、こうして……」
タリナは、ソウル・ゲートを開くと手のひらで魔法をこねはじめた。
「……こうして、完成! 即効性身体強化丸薬!」
タリナは魔法で作った即席の丸薬を飲み込み、大きく両手を広げてテリルが飛び込んでくるのを待った。
「タリナ! ごめんね!」
「大丈夫! 私に任せて!」
胸に飛び込んできたテリルとスィンザを、タリナは抱きしめて受け止めたあと、横に一回転して勢いを殺した。
「二人とも、大丈夫⁉」
「ありがとう、タリナ!
わたしは大丈夫だけどスィンザが!
あと気を付けて、今のスィンザは人の魔力を吸収しちゃうみたいだから」
タリナは、テリルの言葉を聞いて、腕の中でスィンザがまったく動かないことに気が付いた。
「スィンザ……あああ! 両腕が……」
スィンザの燃え尽きた両腕を見たタリナは、ショックで膝から崩れ落ちた。
そのまま気絶したタリナの髪の色が虎柄に変化して、人格が切り替わった。
「あれぇ? タリナ、急に寝た……あっ、スィンザ!
あれ……なんでボロボロなの?
うあっ! 手が、スィンザの手が!
わあああ! あわわわわ……」
目覚めたザニーは、自身の腕の中で変わり果てたスィンザの姿を見て、思考がオーバヒートした。
そのままザニーは気絶して、再び髪の色がピンク色に戻っていった。
「相変わらず忙しい子だね」
タリナとザニーの様子を見ていたミモレスが、思わずそう口にした。
「はっ! ショックで一瞬ザニーに。
スィンザ……完全欠損は回復魔法じゃ元に戻せないんだよ。
どうしてこんな無茶を……」
「――同感だな。なんでこんな無茶をしたんだ」
タリナが顔を上げた先には、冷酷そうな顔をした紫髪の男性が立っていた。
「お帰り、アザー。遅かったね」
「そこの英雄様が、九腕大蛇を倒してくれたこと確認したあとに、戦死者のご遺体を出来るだけお連れしてきた。
あとでラパンギルドに引き渡しに行く予定だ」
アザーは車輪のついた魔法の棺桶を引いて帰って来たようだった。
「……バカ弟子が。両手がなくなったら、剣も握れないだろうが」
アザーは、タリナに抱きかかえられたままのスィンザの側に跪いた。
「だが、何をどうやったのかは知らないが、早くも夢を叶えたな。〈英雄、灰の翼のスィンザ〉」
「スィンザが目覚めたとき、その称号に対して何を思うんだろうね」
ミモレスは複雑な感情を閉じ込めるように、両目を閉じた。
「それはわからないが、目を覚ましたら聞かせてくれるだろう」
アザーは立ち上がり、頭上の青空を眺めた。
「ミモレス、ある魔導器の製作を頼みたい。報酬は言い値で払う」
「たぶんだけど、依頼の品はボクが勝手に作るつもりだったと思うよ」
「あっ。なんか夫婦っぽいやり取り!」
アザーとミモレスの会話に対して、何も考えずにテリルがそう発言した。
「「いや、夫婦だが/夫婦だよ」」
アザーとミモレスは、「ぽい」という部分を即座に否定した。
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