七話 街の闇に潜む者
『一度扉を開けたら、もう後戻りはできない』
「私たちが魂の力を得ようとする時、必ず……そう諭される」
光の創造神を崇拝する少女は、その心の中に魔物をみた。
「二人共、今日はこのままここに泊まっていくといいよ」
ミモレスは、スィンザが涙を流しきって、心を落ち着かせたのを見計らってそう提案した。
「そ、それは……」
「――いいんですか?」
その提案に困惑したスィンザに対して、テリルは深刻な表情で受け入れた。
「ど、どういうこと? テリル……」
「スィンザ、お前はこの街の秘密を知ってしまった。
そして『奴』は、フォースランクバーモの遺骸も俺たちに奪われた。
俺が奴なら、お前がどこかで一人になったのを見計らって、もう一度さらう。
それにスィンザと一緒にいるテリルも同じくらい危険だ」
言葉足らずなミモレスに変わって、アザーがスィンザたちに迫る危険を説明した。
「人……さらい」
スィンザは、あの老人のことを思い出した。
「正直、人さらいの正体は、異国の奴隷商人や、女性を狙う犯罪者だと思ってたけど……。
まさかあんなことをする人がいるなんて……」
いつも元気なテリルが、怯えるようにそう言った。
「ここ数ヵ月、このラパンの街では不可解な失踪が相次いでいる。
街の住民たちが消えていくだけなら、そんなに大事じゃない。
ここは〈境界の街〉だ。違法出入国は日常茶飯事だ。
しかし、『そんな事をするはずがない人間』が次々にいなくなった。
それを不審に思って動き出した『ある組織』があるんだが、とうとうその組織からも失踪者が現れた。
この街は、今まさに静かな非常事態に陥っている」
アザーは、窓際の席に座り、外を眺めたままそう語った。
「境界の街ってバーモとの戦いの最前線にある街で、志の高いバーモハンターが集まる街なんだと勝手に思ってました。
違法出入国が許されているなら、悪い人は入りたい放題じゃないですか!」
スィンザは、アザーが語った境界の街の実態に憤りを覚えた。
「もちろん明確な違法行為だ。
街の方も取り締まりをやっていないわけじゃない。
だが『バーモと戦える者なら人殺しでも歓迎される』。
『大量殺人鬼がバーモを倒しただけで、英雄と呼ばれる』。
そんな過酷で異常な環境が生んだ、極端な実力主義が蔓延る場所というだけだ。
むしろ、お前みたいな世間知らずのほうが珍しい」
「た、たしかに……」
アザーの言葉にテリルは、ハッとするような表情でスィンザを見た。
「て、テリル⁉」
「いい仲間たちに出会えたんだ。
タクロノ食堂でキミたちは、楽しそうに会話をしていた。
無法者が集まる街の中とは思えないほど、和やかな雰囲気だったよ」
ミモレスはいつの間にか、初めて会った時のように立体パズルを組み立てていた。
「そうですね。トライホーンの人たちは、とてもいい人たちです。
流れるようにこの街にきた私に、いろいろ良くしてくれて
……まだ見習いだけど、チームにも入れてくれました」
(だからこそ、この事件に巻き込むわけにはいかない)
スィンザは、トライホーンのことを思うと、ラゼラスに対する罪悪感で胸が苦しくなった。
「お前たちトライホーンなのか。
いいチームに入ったな。
チームトライホーンがなかったら、この街はもっと治安が悪くなっていただろう」
アザーは、タクロノ食堂でバリゼナたちに影薄ヒモ男と呼ばれたことなど、気にも留めていないようだった。
「……アザーさん、ミモレスさん、お二人のこと、聞いてもいいですか?」
テリルは、ずっと聞かなくてはいけないと思っていたことを口にした。
「聞きたいか?
知ってしまったら、今よりもっと深いこの街の闇に触れることになるぞ」
アザーは一線を引くように、そう言った。
「……それでも知りたいです。
お二人は、明らかに『異常』です。
アザーさんは、ソウル・ゲートがないのに、フォースランクバーモをあっさりと倒してしまった。
何年もバーモハンターをやっている人が、チームで戦っても全滅もあり得るって言ってた怪物を……。
ミモレスさんも、同じくソウル・ゲートを開かずに、高度な魔法を平然と連発してた。
魔法が得意な魔人だとしても、あんなことができるなんて、この目で見ても信じられません」
「……スィンザ、お前はどうする?
この街の闇に触れたくないのなら、奥の部屋へ行ってもいいぞ」
アザーは、テリルの問いに答えるために、スィンザにも質問をした。
「私も知りたいです。
なぜ、あなたがそんなに強いのか。
ミモレスさんのことも、もっと教えて欲しいです」
「わかった。なら答えよう。
しかし、その条件はこの〈ヤモリ印の魔法道具屋〉で働くことだ。
最近この店の人気が出過ぎて、俺が街の中を監視することができなくなりつつある。
魔人の人口がそれなりに多い街にも関わらず、魔法道具屋が少ないのが、この街の闇その一だ。
それに従業員として、ここにいてくれるのなら、お前たちの護衛も兼ねることができる。
お前たちにとっても悪い話じゃないはずだ」
アザーはスィンザたちが予想もしていなかった提案をした。
「うぅぅ……。
ここで働くのは……事情が事情だけどこのタイミングで、トライホーンを離れたら感じ悪すぎる……」
スィンザは、重たい悩みを背負うことになった。
「たしかに……」
テリルもスィンザと同じように落ち込んだ。
「お前ら、向こうでもトラブル起こしてたのか。まさにトラブルメーカーだな」
「たしかに……」
「私はなにも否定できないけど、テリルは否定していいんだよ?」
アザーの言葉で、二人はさらに落ち込んだ。
「トラブルメーカー。
じゃあ……ちょうどここに壊れた大型魔法道具があるんだ。
表向きの理由は、不運にもこれを壊してしまった二人が、弁償をするために一時的にここで働くことになったっていうのはどう?」
話を聞いていたミモレスが、店の隅に置いてあった、大きな瓶のような物を指差してそう提案した。
「いい案だな」
「ボクらの子供の頃の経験が生きたね」
ミモレスはアザーに対して、何かを思い出すように笑った。
「いけるかも!」
「でも、これでトライホーンをクビになったらどうしよう」
スィンザは不安げな表情でそう言った。
「大丈夫だよ。これは表向きの理由だから」
ミモレスは、スィンザの不安を和らげるために微笑んだ。