六十九話 灰の下の烈火
「スィンザ、アザーを助けて……」
それは夢か幻か判別もできなかった。
「あなたは誰?」
「……私は、禁術の代償で〈存在〉を失った者。だから今の私は、何者でもない」
その声は、ミモレスに似ている気がした。
「師匠を助けるって、どうすれば……?」
「君が九腕大蛇を倒して欲しい。
アザーが、あれを倒すよりも先に。そのための力なら、私が用意するから。
だからどうかアザーを助けてほしい。
私はもう払える代償がない。
たぶんこれが最後なんだ。どうか……助けてほしい」
その声からは、疲れと焦燥感を感じた。
「……あいつを倒せる力をくれるのなら、あなたにどんな思惑があっても構わない。
私はあいつを許せない。
あいつを倒せるのなら、そしてそれがあなたの望みなら、私は喜んで受け入れる!」
「ありがとう。スィンザ。君に全てをかける……」
その言葉は、光の中に消えていった。
それは夢か幻か。
♢♢♢
スィンザは、温かい光の中で目を覚ました。
全身の緊張がほぐされて、重たい体から解き放たれたかのような感覚になっていた。
「……タリナ?」
スィンザの目には桃色の優しい光と、タリナの姿が映った。
「スィンザ、まだ痛いところある?
とりあえずだけどケガしてる場所は全部治しておいたよ」
「え⁉ ああ……本当だ。どこも痛くない……」
スィンザは驚くように体を擦った。
「でもなんでタリナがここに⁉」
「飛んできたのはスィンザの方だよ。
私は、城門の入り口を守る人たちのお手伝いをしてたの。
そうしたら凄い勢いで、ケガをしたスィンザが飛んできたんだよ」
スィンザは上体を起こして周囲を確認した。
そこは、城壁とそれを守るためのバリケードの間にできた、前線の待避所のような場所だった。
さらに、半透明なドーム状の魔法の天蓋の中にいることもわかった。
「これ、タリナの魔法?」
スィンザは天蓋に顔を向けながらそう言った。
「そうだよ。砂や雨を防ぐくらいの強度しかないけど、この中にいると自己回復力を高めることができるよ」
「すごい……すごいよ、タリナ。
本当にありがとう。これでまた戦える」
そう言って立ち上がろうとしたスィンザの手を、タリナが両手で握りしめた。
「ダメだよ。行っちゃダメ!
スィンザのチーム……もう無いんでしょう?
前線から死にかけて戻って来た人が、そう言ってたよ。
お願い。行かないでスィンザ。
私は、スィンザを死なせるために回復したわけじゃないよ……」
「ごめんね。タリナ。私は、もう逃げられない。
目の前で大切な人たちを殺されて、馬鹿にされて……
それでも、私には何もできなくて。
私はもう許せない。弱い自分も、大切な人たちの命を奪った、あいつの存在そのものさえも!」
スィンザの怒りに燃える瞳を見たタリナは、思わず手が震えた。
「だ、ダメだよ。回復魔法も万能じゃない。
体は何不自由なく動くようになっても、疲労した生命力は回復しないんだよ。
次に大ケガをしたら、急速回復魔法でも傷を治せなくなる。
そんな状態の人をこんな過酷な戦場に送りだせないよ!」
「……ごめんね、タリナ」
スィンザはタリナの必死の説得を聞き入れることなく立ち上がり、側にあった魔剣を手にして魔法の天蓋の外に出た。
「うっ!」
魔法の天蓋の外は、城壁から放たれる砲撃音や、その振動で凄まじい騒音がした。
それに加えて周囲の人々の喧騒も合わさり、スィンザは思わず耳を塞いだ。
どうやら魔法の天蓋は、高度な防音機能も兼ね備えていたようだった。
「まってよ、スィンザ! まだ話、終わってない!」
タリナは、スィンザを引き留めるために彼女の左手首を掴んだ。
「タリナ……」
「何? 聞こえない!」
スィンザの言葉は騒音にかき消され、タリナには届かなかった。
スィンザは自身の左手首を掴むタリナの右手に手を添えて、何度も首を横に振った。
優しい対応をしていても、それはこれ以上の会話の拒絶に他ならなかった。
「……後悔させないでよ! 私が、スィンザを治したしたことを、後悔させないでよ!」
そんなスィンザに対して、タリナは大粒の涙を流しながらそう叫んだ。
「どーしたのー⁉」
二人の間にやって来たのは、スィンザの回復を待っていたテリルだった。
彼女は、街の中のフィフスランクが消滅したあと、壊された大扉からバーモの侵入を防ぐ一団の中に加わっていた。
その後、スィンザの回復を行うタリナの護衛を担っていた。
「テリルも止めて! スィンザが、また最前線に行っちゃう!」
タリナは、泣きながらも大声を出して必死にそう説明した。
「ええ⁉」
約数時間ぶりにスィンザと再会したテリルは、煤や埃で髪や、服が汚れていた。
タリナの服もよく見ると、血が付いたり、裾が破けていたりしていた。
(テリルも、タリナも、ずっと戦ってたんだ。
場所もやり方も違うけど、一緒に戦ってくれていたんだ)
スィンザは、そんな二人の姿を見て、覚悟を決めた。
今のスィンザには、それを行う力がない。
正当性もない。
成し遂げられる根拠もない。
――あるのは怒りと、望みと、あいまいな約束だけ。
人は、彼女を愚かだと言うだろう。
「テリル、タリナ、そこに並んで」
「え?」
「……これでいい?」
タリナは困惑し、テリルは何かを察して素直に従った。
スィンザは二人を横並びにさせると、そのまま二人に抱き着いた。
「スィンザ⁉」
「…………」
「待ってて。私が、必ずこの街の平和を取り戻すから」
スィンザの声は、喧騒の中でもはっきりと聞こえた。
テリルは、その言葉の重さを知っていた。だからこそ、スィンザの背中を何度も優しく叩いた。親友の夢を応援すると、ずっと前から約束をしていたから。
「じゃあ、行ってくるね」
スィンザは二人から離れたあと、素早く背を向けて黒い森の方へ歩き出した。
「ま、待ってよ、え⁉ ……て、テリル⁉ どうして?」
スィンザを追いかけようとしたタリナを、テリルが引き留めた。
「…………」
テリルに言葉はなく、ただ涙を流しながら、激しく首を振るだけだった。
♢♢♢
「……ここでいい?」
スィンザはバリケードを超えて、周囲にバーモ残骸だけが残る場所へとやって来た。
「そうだね。ここなら人の気配がないから巻き込むこともないよ」
その声は、スィンザの背後から聞こえてきた。
「あなたの声、私にしか聞こえないんだね」
「私は存在を失った者。
だけど私が魔法を使っている間だけ、君と会話ができるんだ。
まぁ今はそんなことは、どうでもいいか。
さあ、ブリーズソードを横向きで持って見せて」
「わかった」
スィンザは指示に従い、ブリーズソードを寝かせた状態で差し出した。
「最後に聞くよ。
この変化は、私と君の目的を果たした後、君の命を奪うかもしれない。
それでもいい?
それが嫌なら、ここで考えを変えてもいいよ……」
「覚悟はできてるよ。
あなたの言葉をすべて信じたわけじゃないけど、それでもあなたの言葉が真実だった時、私にとってこの戦いは、命をかける理由になる」
スィンザは、覚悟と怒りを込めて剣の柄を握り締めた。
「……では今からこの魔剣を進化させる。
進化したこの魔剣の炎と風は、形ある物を全て灰塵に変えてしまうほどの力を得る。
その力で、君は……あのシックスランクを倒すんだ」
何もない空間から伸びてきた青白い手が、ブリーズソードに触れた。
「形も変わってしまうけど、許してほしい。
全てが上手くいった時、君にとっていい影響を及ぼすはずだから」
「それは――」
スィンザの言葉を遮るように、魔剣の刃に刻まれたヤモリの刻印が、夜闇を照らす爆撃の閃光よりも眩い光を放った。




