六十一話 隔離界の中の戦い
圧倒的な暴力。
それこそが、魔物たちの王に求められる力。
真の邪王は、敵兵を生かせない。
白い建造物が林立する異界に、剣戟の音が響き渡った。
「いい技だ」
「……そりゃどうも!」
アザーは、セブンアローズの魔導剣士リヴァンツの剣技を受け止めてそう称賛した。
ラグマヘスの姿をした者の隔離界魔法に閉じこめられた、アザーとミモレス。
二人は、予期せぬ難題に直面していた。
「実に厄介なことを仕組んできた」
「そうだ。私を殺せば、私にかけられた呪いがあなたに移る。
私は、戦い続けなければ呪いによって死ぬ。
しかもその場合は、この場にいる全員にこの呪いが移ってしまう」
リヴァンツは息を切らしながら、自身の胸に手を当てた。
「あなたたちには何の恨みもないが……ここで死んでもらう」
アザーと対峙するリヴァンツは、切羽詰まった様子で再びアザーに斬りかかった。
「悪いがそれはできない」
アザーは、リヴァンツの渾身の斬撃をいなした。
リヴァンツの後方には、ラグマヘスの姿をした者と、幼い少女がいた。
「……妹だけは助けたいんだ。
このままでは、妹も呪われてしまう。
あなたと戦って、力量の差を自覚してしまった。
私の力では、あなたには勝つことができない。
でも、私が負けたら何の力もない妹が、この呪いを背負ってしまうんだ!」
リヴァンツは必死の形相で剣を振った。
「呪い、またの名を〈外道魔法〉か。
バーモハンターをやっていた老人が、こんな対人に特化した魔法をもっていたとはな」
「あははは! この魔法は、ラグマヘスの物ではない。
主が喰った人間の中に外道魔導士が、たまたまいたのだ。
私は、その者の記憶を主から譲り受けた。
一人の少女の心を壊すのに、うってつけの魔法だったから」
ラグマヘスの姿をしたバーモは、アザーの言葉に反応した。
「そうか。しかし記憶の譲渡とは、ずいぶん便利な能力だな。どうやるんだ?」
「簡単なことさ。
特定の記憶が宿った主の体の一部を、私が取り込むのだ。
お前ら人間には、とても真似できないやり方だろう?」
老人の姿をしたバーモは、自身の額に人差し指を突き付けた。
「そうだな。お前たちバーモにしかできないやり方だ。
それとついでにもう一つだけ聞いてもいいか?」
「ああ、いいだろう。
リヴァンツたちを救う方法か?
それともこの世界から脱出する方法か?」
アザーの質問を受け入れたバーモは、寛容なふりをして両手を広げてみせた。
「そんなことはどうでもいい。
それよりも九腕大蛇はなぜ、お前にラグマヘスの記憶を譲渡したのに隔離界魔法が使えるんだ?
お前がラグマヘスの記憶を貰ったのは、最近のことじゃないだろう?」
「そ、そんなことだと⁉」
アザーの言葉を聞いたリヴァンツは、怒りに震えた。
「ふむ……」
バーモは、老人の顔で驚いて見せた。
「それこそ『そんなこと』だろう。なぜそれを知りたい?」
「純粋に疑問に思っただけだ。
お前の正体を知ったあと、ずっと引っかかっていたことでもある」
アザーは、リヴァンツの怒りの剣技を回避しながら、ラグマヘスにさりげなく接近していた。
「考えるまでも無いだろう。
主は隔離界魔法を習得したのさ。
ラグマヘスの記憶をいちいち見なくても使えるように。
お前は、主の恐ろしさをその身で体験しておきながら、〈金色に至った者〉を侮っているのか?」
「侮ってはいない。
お前たちに元々高い知能が備わっていることは、嫌というほど理解している。
だが、結局のところその知能は、俺たち人間と大差なかったようだな」
「――ぐあぁっ!」
アザーは、バーモにそう言葉を返しながら、向かって来たリヴァンツを剣技で弾き飛ばした。
「……ほざくなよ。人間風情が――」
老人の姿をしたバーモの怒りの声をかき消すように、誰かが手を三回叩いた。
その手を叩いた音のあと、バーモに捕らわれていた少女はどこかに強制転送された。
「なに⁉」
「――この呪いは、魔法の一種。それならボクでも対処ができる」
驚くバーモの目線の先には、いつの間にか転移していたリヴァンツと、さっきまで捕らえていたはずの少女の姿があった。
そしてその二人の背に触れる、ミモレスの姿があった。
「ごめんね。外道魔法は独特な魔法式と癖の強い性質があるから、解析するのに時間がかかってしまったんだ」
「こ、この呪いを解くことができるんですか⁉」
リヴァンツは、ミモレスの言葉に希望を見出した。
「うん。もう終わったよ。妹さんの方には声が出せなくなる呪いがかかっていたみたいだね。
それももう無くなったから、もう大丈夫だよ」
「……お兄ちゃん、わたしの声、きこえる?」
「ああ……リシュ、聞こえる。聞こえるよ!」
リヴァンツは、涙ぐんでいる妹を抱きしめた。
「バ、バカな! そんな簡単に呪いが消えるはずがない!」
「外道魔法の一般的な解除の仕方は、〈聖導士〉にしかできないだろうね。
ボクが行ったのは、呪いの上書きだよ。
様々な発動条件をあえて付与して、本来の呪いの効果を相殺した上で、最後にはほぼ無害な弱い効果だけが残るように上書きをしたんだ。
その弱い呪いもさっき発動し終えたから、この二人にもう呪いは残っていないよ」
ミモレスの説明を聞いたバーモは、両手で頭を抱えて固まった。
「上書きして効果を相殺するだと?
ありえない。何回分の呪いをかければそんなことができるというのか……」
「約三百六十回分の魔法で済んだから、そんなに難しいことではないと思うよ。
ちなみに最終的に発動した呪いは、一週間くらい手がカサカサになる呪いだよ」
ミモレスの言葉を聞いたリヴァンツは、思わず革の手袋を脱いだ。
「…………」
(本当にその呪い発動しているのか⁉)
普段からゴツゴツしているリヴァンツの掌は、いつもと変わらないようにみえた。
「ほんとだ! カサカサしてる!」
一方の妹のリシュは、荒れた手をこすり驚いていた。
(よ、よかった。ちゃんと呪いは発動していたんだ!)
リシュの反応を見て、リヴァンツは安堵した。
「おのれ……。
主の命を簡単に成し遂げることができると思ったのに、余計なことをしてくれたな。
こうなったのならば、仕方がない。
私が直接、闇の女神の遺骸を持ち帰ろう」
ラグマヘスの姿をしていたバーモは、変身魔法を解除してその巨体を顕わにした。
「それが、お前の本当の姿か」
コウモリのような翼を背中にもつ、骨と皮だけの貧相な姿をした黒一色の巨人が、アザーたちの前に現れた。
「そうだ。そして私自身にも呪いをかけた。
この呪いにより、私の力は、金色に至った者と同等か、それ以上に引き上げられた!」
バーモの巨体には、赤く発光する幾何学模様が無数に浮かび上がっていた。
「もはや問答無用。全員まとめて叩き潰してやろう」
「こ、これが、フィフスランクの真の姿……」
「お、お兄ちゃん」
リヴァンツは初めて目にしたフィフスランクを目の前にして、怯える妹を抱きしめてやることしかできなかった。
「〈金色〉を侮っているのはお前の方だろう」
アザーは臆することなく、居合の構えで呪いの巨人と対峙した。




