六話 廉価品の魔剣に込められた想い
「――スィンザ!」
「テリル⁉ どうしてここに……」
テリルは、号泣しながら、スィンザに抱き着いた。
「〈魔導器 テレパシーテレポートリング〉を使ったんだ。
使用者と繋がりのある人物を呼び出したり、逆に飛んで行けたりする」
ここに来た方法の説明をしたのは、タクロノ食堂で出会った青いサングラスの女性だった。
「さ、最近、人さらいが出てるって聞いたから、スィンザのこと探してたの。
そうしたらこの人たちが声をかけてくれて……
よかった。スィンザが生きててよかったぁ!」
「テリル。……ごめんね。さっきは、怒ってごめんね。
探してくれて、本当にありがとう。
テリルに謝れて、本当によかった……」
二人は抱き合いながら涙を流した。
「――ミモレス、ここは黒い森のどの辺りかわかるか?」
紫髪の男性は、青サングラスの女性にそう問いかけた。
「大体、中層に該当する場所だね」
ミモレスと呼ばれた青サングラスの女性は即答した。
「どうりで『さらわれた人たち』が、どこを探しても見つからないわけだ。
こんなことをする奴はろくな奴じゃないな」
「おまけに高度な魔法を使えるようだね。
転移魔法の痕跡が一切残っていない……」
ミモレスは、バーモの遺骸に向かって手を三回叩いた。
それによってバーモの遺骸は、跡形もなく消失してしまった。
「アザー、事態は思っていたより深刻なのかもしれない」
「そうだな。だが相手を追うことができないのなら、ひとまず帰るか」
アザーと呼ばれた紫髪の男性は、抱き合ったまま泣いているスィンザとテリルの方に目線を移した。
「あ、まだ拘束魔法が切れてないんだ」
ミモレスは、そう言ってスィンザに向かって手を一回叩いた。
それによってスィンザの両足を拘束していた、魔法の枷は消えてなくなった。
「じゃあ、帰ろうか」
ミモレスは両手を再び三回叩いた。
♢♢♢
スィンザたちは、一瞬で木造風の建物の中に転移した。
「こ、ここは?」
「ここは、ボクたちのお店だよ。今日は臨時休業にしたからお客さんはいないんだ」
ミモレスは、スィンザとテリルに椅子に座るように促した。
その後、スィンザたちはお互いに簡単な自己紹介を交わした。
「ボクの名前はミモレス。彼はアザーだよ」
「わたしはテリルです!」
「わ、私はスィンザです。
あの、ありがとうございます。
ほんとうに何から何まで……」
スィンザは、椅子に座る前に、その場にいた者たち全員に向かって頭を下げた。
「キミ、ブリーズソードはどうしたの?」
「なんで、ブリーズソードのことを……」
スィンザは、父親が異国で買って来た魔剣のことを、なぜミモレスが知っているのか不思議に思った。
「あれは、キミのお父さんからキミの話を聞いて、ボクが作った魔剣だからね。
鰐に近い剣身に〈ヤモリの刻印〉が入っていたはずだけど」
「ほら、こういうマークだ」
アザーは自身の刀を鞘から引き抜き、ヤモリの刻印を見せた。
「はい! 入ってます」
(トカゲだと思ってた……ヤモリだったんだ)
スィンザが剣を与えられた日から、ずっと気になっていた謎がここで一つ解決した。
「……あ、あの、ミモレスさん。
ブリーズソードは……廉価品の魔剣なんでしょうか?
今日、バーモハンターの先輩にそう指摘されて……
私は、お父さんのことを……」
「ボクの魔剣は安くないよ。
ブリーズソードと同じくらいの魔剣だと、この前売れたのは十三億キネロ(新築の豪邸が買える値段)だったから」
「け、剣一本が、じゅ、十三億⁉ あわわわわ……」
テリルは、驚きで口が塞がらなかった。
「廉価品か……。
でもチャージ無しで使ったら、そう思われるかもしれないね。
キミ、ちゃんと〈フレイムボール〉は使ったの?」
「フレイムボール?
いいえ。そもそも、どのようなものなのかもわかりません。
というより私、火の魔法が使われている物に近づかないように言われているんです。
壊してしまうので……」
ミモレスは、スィンザの返答を聞いて首を傾げた。
「ん? カロルさんに説明してなかったっけ?」
ミモレスは自身の疑問を確かめるように、スィンザの隣の席に移動した。
「手を出して」
「は、はい」
ミモレスはスィンザの掌の上に人差し指を近づけて、魔法で小さな火を起こした。
その小さな火は、スィンザの掌の中に吸い込まれるように消えていった。
「やはり当時のボクの予想通り、キミは、〈火属性限定の吸収型、魔力変換体質〉だ」
「火属性限定の……魔力変換体質?
……初めて、知りました」
スィンザは、驚いた表情のまま自分の掌を見つめて固まった。
「たぶん、肌に接触するくらい近づかないと、吸収が発動しないんじゃないかな。
だから、医療系の魔導士や、教育に携わる魔導士もキミの体質に気がつかなかった。
そして火の魔法を使う魔法道具や、魔弾銃は内部で発生した火を奪われたことで、動作不良を起こしたんだよ。
それらは魔力を送るために、直接触れて使うからね」
ミモレスは手を二回叩き、手に収まるくらいの赤色の球体を手品のように出現させた。
「それで、これが〈フレイムボール〉だよ。
こっちこそ本当の廉価品。
これで起こした炎を吸収した時、ブリーズソードは、キミの中で高まった火属性の力に呼応して、能力が上昇するように魔法が組まれている。
本来、火属性と風属性は、お互いの力を暴走させる可能性があるから、あまり一緒にしない組み合わせなんだけどね」
ミモレスは、赤色の球体を掌の上で転がしながら、そう説明した。
「当時のボクが想定した、キミの特性を加味して、繊細に魔法を組み合わせて作った特別な魔剣がブリーズソードなんだ。
キミのお父さんが、キミのことを詳しく教えてくれたからこそ、作ることができた魔剣なんだよ」
「で、でも、お父さん、十三億キネロなんて大金どうやって支払ったんですか?
家にそんな大金あるわけないのに……」
ミモレスは、手を二回叩いて、再び一瞬で何かを取り出した。
「キミのお父さんは、すごい人だよ。
当時ボクが住んでいた〈発展途上の爬人国家 ナザハ〉の人々に魔導装飾技師の技術を惜しみなく教えてくれたんだ。
今では、ナザハには様々な魔導工芸品が生まれ、一大産業にまで発展したんだよ。
これはキミのお父さんが作ってくれた物だよ」
ミモレスは、炎をそのまま閉じ込めたかのような、不思議な魔法装飾が施された置物をスィンザに手渡した。
「これをお父さんが……」
ミモレスが言うとおり、スィンザの父、カロル・ススは魔導装飾技師の仕事をしていた。
主に魔弾銃の外装や、飾り兜、飾り鎧などの加工に携わっていた。
「ボクは、キミのお父さんへの恩返しと、娘であるキミへの愛情の深さに感銘を受けて、ブリーズソードを十万キネロで売ったんだ。
そういう意味では、確かにブリーズソードは廉価品かもしれないね」
ミモレスは、そう言って微笑んだ。
「そうだったんだ……」
スィンザは自分が知らなかった、父の偉大さと愛情を知った。
「……お父さん……ごめんなさい」
そして父の愛情を疑ってしまったこと後悔して、再び涙を流した。
「大丈夫だよ。ボクが知っているキミのお父さんなら、きっと笑って許してくれるよ」
ミモレスは、泣いているスィンザを彼女の父に代わって、優しく抱きよせた。