五十九話 黒い森の中から現れた者
フォースランクの大群を、ラパンのバーモハンターたちによる総力戦で退けた。
スィンザとバルカナは、戦況が落ち着いた頃にトライホーンに合流した。
「……お前、スィンザなのか?」
姿も能力も変わったスィンザに、ルモーンは驚いた表情でそう訊ねた。
「はい! 遅くなってすみませんでした!
私も一緒に戦わせてください!」
「驚いた……そんな力を今まで隠してたのか?」
炎の翼で飛んで来たスィンザの姿に、大抵のことは笑い飛ばすグラゼルターカさえも驚いていた。
「いえ! 目覚めたというか、呼び覚まされたというか……」
「あなたたちも知らなかったんだ。
その子の本当の力を」
「なんでお前の方が詳しい感じ出してんだよ……
そもそもお前ら面識あったのか⁉」
スィンザの隣に立つバルカナに対して、ルモーンが親しげに声をかけた。
「数時間前に知り合ったのよ……
ちょっとした用事でね。
ていうかなんで回復魔導士のあんたが、最前線にいるの?」
「こっちにもいろいろ事情があるんだよ。
お前こそ他のメンバーはどうしたんだ?」
「…………」
ルモーンの言葉に対して、バルカナは口を閉ざした。
「ル、ルモーンさんと、バルカナさんは仲がいいんですね!」
バルカナの事情を知っているスィンザは、空気の流れを変えるために話題を変えた。
「ん? ああ。幼馴染ってやつだからな」
「やめてよ。気色悪い」
「なにが気色悪いんだ! ふざけんな!」
バルカナは、ルモーンに対してわざとらしく顔を逸らした。
二人にとってそれは、お決まりのやり取りのようだった。
「それより、テリルはどうしたんだ?
一緒じゃなかったのか?」
「テリルは、城壁を飛び越えて来た飛行型バーモを倒してくれています。
飛んでくる飛行型バーモは、テリルがほとんど倒しちゃったので、私はこちらに来ました」
スィンザは、グラゼルターカにテリルと別行動をしている理由を述べた。
「それと、街の中に潜んでいたフィフスランクの内の一体は、守護兵団の方たちが相手をしてくれています」
「――そうか。もう一体の方は既に倒された」
「――まさかあの二人がラパンに来てたとはなぁ。先を越されちまったぜ」
スィンザの報告に答えたのは、遅れてやってきたトライホーンの初代リーダーの二人組だった。
二人は、大扉の守りを現役のハンターたちに任せて、街の内部に潜む〈城壁爆撃犯〉を捕らえようと暗躍していた。
「それでこっちに来たのか。親父、師匠」
「ああ。だが、わざわざ報告だけをしに来たわけじゃない」
グラゼルターカの言葉に、彼の剣術の師であるダバロは深刻な様子でそう答えた。
「さすがにあれを、外から助けに来てくれた人や、お前たちに任せるわけにはいかないからなぁ。
俺はもうリーダーじゃねぇが、全員撤退の用意、心構えをしておいてくれ」
バルターカは、黒い森の方角を指差した。
「な、なんでそっちから……」
「せ、先生……じゃないのか?」
バルターカが指差した先にいたのは、一人の魔人の老人だった。
暗黒海嘯の発生源の黒い森から、たった一人で街に向かって歩いて来るその老魔導士の姿は、異様そのものだった。
真実を知らないグラゼルターカとルモーン、それにその他のトライホーンのメンバーたちは動揺を隠せなかった。
「シックスランク……いえ、九腕大蛇!」
その老人の正体を知っているスィンザは、剣を構えた。
「よくも……のうのうと私の前に現れたわね!」
バルカナは、戦列の最前に歩み出て怒りを顕わにした。
「ふふふ。そうか。私の正体を知ってしまったか。バルカナ」
「その姿で……気安く私の名前を呼ばないでもらえる? 虫唾が走るわ!」
バルカナは、ハルビリッツの姿をした敵に向かって、容赦なく黒炎の火球を放った。
「せめて、ハルビリッツの願望は叶えてやりたかった。
我も、とても興味があったから」
ハルビリッツの姿をした何かは、黒炎の火球が直撃しても平然としていた。
「先生の願望⁉」
「そうだ。
ハルビリッツは、お前に欲情していたんだよ。
人の欲望というものはとてもおぞましい。
人を喰い、人とは何かを知ったからこそ、尚更そう思えた」
敵の言葉をバルカナは、笑い飛ばした。
「くだらない。
そんな戯言、挑発にもならないわ」
「そうか。そのくだらない願望、欲望を叶えるために、お前の仲間たちは死んでいったのになぁ。
そうか。くだらないか。
あははは!」
九腕大蛇は、バルカナの感情を逆なでするように大笑いした。
「……どういうこと?
今日のために、セブンアローズを利用したんじゃ……」
「そんなわけないだろう。
我らにとって、お前たちなど利用する価値もない。
ふふふ。だがしかし、戯言か。
まさにその通りだな。
お前たちとの日々は、闇の女神の遺骸を見つけるまでの遊びでしかなかったんだよ。
思いついた遊びの中で、最も面白そうだったのが、ハルビリッツがお前に対して隠し持っていた感情であり、それを街の連中の前で披露することだった」
九腕大蛇は、首に下げていた何かを懐から取り出して、それを掲げて見せた。
「だが計画は途中でやめることにした。
目当ての物が見つかったからなぁ。
お前の心が壊れて、泣き叫ぶ姿が見たかった。
そして無抵抗になったお前の心と体を完全に壊して、ハルビリッツの願望を叶えてやりたかった。
素晴らしい魔法を譲ってくれた恩返しになるはずだったが、もはや、それもどうでもいい」
ハルビリッツの姿をした九腕大蛇が掲げていた物。
それは白銀等級の証である銀のペンダントと、金色の二つの指輪だった。
「や、やめて……」
バルカナは、嫌な予感がして思わず手を伸ばした。
「これが欲しいか? こんな、何の価値もないゴミが」
九腕大蛇は、ハルビリッツのハンターの誇りと、今は亡き伴侶への愛の誓いを人外の握力で握りつぶした。
「不思議なものだな。
老いてなお、美しく育った若い女に発情しておきながら、長年連れ添った妻への愛とやらも捨ててはいなかった。
実に気持ち悪い老人だ。
娘にも孫にも等しい女に魅力を感じながら、自分の本能を醜いと否定し続けた愚かな人間だった。
自分の願望は、自分で叶えておけば、死して後悔することもなかっただろうな。
この数ヵ月は実に愉快だったよ。あははははは!」
九腕大蛇は、ひしゃげて変形した「ゴミ」を、バルカナの足下に放り投げた。
「…………」
バルカナは、何も言わずにしゃがみ込んで、ハルビリッツの遺品を拾い上げた。
「な……なんなんだ、このクソ野郎は……」
ルモーンは、九腕大蛇の邪悪さに震えあがるような怒りを覚えた。
「そうか。あの日のラパン会議、いやもっと以前から、ハルビリッツは、こいつに乗っ取られていたのか」
ダバロは剣を鞘から引き抜くと、敵に向かって歩を進めた。
「クソがぁぁぁ!」
冷静はダバロとは反対に、バルターカは激昂して全身に力を込めた。
「まって……」
震える声で、ダバロとバルターカを呼び止めた者がいた。
「私の獲物よ。私たち、セブンアローズの!」
バルカナそう言い捨てて、九腕大蛇へと駆け出した。
「ブラック・ゼロ・フォー・フルバーン・アーマー!」
バルカナは、全身に黒炎の鎧を纏って、地面を爆破して宙に舞った。
「バルカナ!」
「ブラック・ゼロ・ワン・ブラック・アロー!」
バルカナの耳には、ルモーンの叫びも届かなかった。
彼女の頭の中を支配していたのは、大切な家族を奪われた憎しみだった。
憎しみが込められた全力の黒色の矢が、風を切り裂く。
それは恩師であり、義理の父の姿をした敵に直撃して、大爆発を起こした。




