五十七話 元英雄対フィフスランク
「おりゃああああ!」
カルシャの虎、ジスタ・ディオは、その剛腕を地面に叩き付けた。
「どうしたバーモ! 人間の臆病さだけを真似したのか⁉」
「くっ! だまれ!」
ヴィヒートの姿をしたバーモは焦りを隠さなかった。
ヴィヒートの知識と魔法では、何をやっても目の前にいる老人二人には勝てないと悟ってしまった。
どんな魔弾も、どんな攻撃も、この二人には通用しなかった。
「おのれ! この姿でもっと遊びたかったのに!」
このフィフスランクには、変身能力は備わっていなかった。
一度変身を解除すれば、動きやすいこの体に戻ることはしばらくできない。
「遊ぶ? なにいってんだ? お前……」
「はははっ! 仲間のふりをして近づいて、油断した相手を殺すんだ。
面白かったなぁ、あの驚きと苦痛が入り混じった顔を見るのは。
バーモの姿では、味わうことのできない快感というやつだったよ。
この快感を味わえるなら、人間も悪くないなって思ったぞ」
ジスタの問いかけに、ヴィヒートのふりをしたモノは、顔を歪ませて笑った。
「すでに何人か、殺したのか」
ゴハが振り下ろした剣を、フィフスランクは片手で受け止めてみせた。
「ああ。殺してやったよ。
白銀等級の獣人と、そいつが率いていたチームの奴らをなぁ。
何というチームだったか、記憶を引き出せないが、あのチームはもう全滅した。
弱い奴らだった。
面白く死ぬのが取り柄だったのかもな!」
「胸糞わりぃな!」
ジスタは、ゴハの剣を受け止めたままのフィフスランクに、爪による斬撃を放った。
「ははは。胸糞悪いだと?
いやいや、お前らだって、明日解体する豚の言葉を聞きたいとは思わないだろう?」
フィフスランクは、転がるようにジスタの斬撃を回避した。
「我らだってそうさ。
だから今まで必要なかった。
こんな戯れも、主の提案じゃなかったら断っていた。
くだらないだろう?
我らよりも下の存在のふりをするなんて、くだらなさ過ぎて、逆に面白い戯れだ」
フィフスランクは、転がりながら変身を解除した。
変身を解除したその姿は、巨大な八本の足を持つ蜘蛛のように見えた。
細長く見える黒い石柱のような足は、周囲の建物よりも巨大だった。
その胴体は、蜘蛛ではなく、巨大なトカゲの骨格標本のようだった。
全身が黒色で統一されたその不気味な姿の黒竜は、石柱のような足を建物に突き刺して体を固定させた。
「ははは。老人どもよ。この街ごと消し去ってやろう」
不気味な黒竜は、その大きな口を開いて魔力を貯め始めた。
「ちょこまかと動かれる方が面倒だったからなぁ。でけぇ方がありがてぇよ」
ジスタは、巨大な敵を見上げて、身を屈めるような構えを見せた。
「獣戦、隠虎」
「止めは譲ろう。おれの剣は衰えた」
ジスタの構えを見たゴハは、その場で飛び上がった。
石畳を叩く蹄のような音が、街に響き渡る。
「獣戦、鹿跳動、神速……」
音を置き去りにしたゴハが、目にも留まらぬ速さで黒竜の体を駆け上がって行った。
「獣戦派生、星繋ぎの角衝波」
「おおおおお⁉」
ゴハが通った場所に無数の衝撃波が発生し、黒竜は体勢を大きく崩した。
「まだ頭が高いな」
いつの間かゴハは、巨大な黒竜の遥か上に飛び上がっていた。
「獣戦、角振剣!」
一角の老剣士の隕石のような威力の一振りが、黒龍の体を地面に叩き付けた。
「ガハハハハッ! いい位置に落としてくれた!」
ジスタは身を屈めた体勢から、右足の不自由さを感じさせない速さを見せた。
「獣戦、虎牙斬! 守殺し」
獣人国最強の虎は、凄まじい硬さの黒竜の体を一瞬で貫通した。
「ぐ……でぃあらびあ……」
人の言葉を失った黒竜は、倒壊する神殿のようにその長大な九本の足の制御を失った。
街の中に轟音が響き渡り、空高く土煙が広がった。
「おい! ゴハ! おかげで綺麗に獲れたぞ。これでまた畑でも増やすか?」
濃霧のような土煙の中から現れたジスタは、巨大な黒い宝石のような物を片手で掲げた。
「その〈魔力製石〉は、ラパンの物だ。黙って持って帰れば、火事場泥棒と同じだぞ」
「わかってるよ。ガハハハハ!」
ジスタは口ではそう言っていたが、腕の中に抱え込んだフィフスランクの魔力製石を手放そうとはしなかった。
「しかし、老いたものだ。やはり、おれ一人では倒せなかった」
「俺より十歳も年が上のあんたが、こんだけ戦えればむしろ贅沢だろ。俺なんかもう息が上がっちまって苦しいぜ」
「おれたちと一緒に山に登らないからだ。よく孫娘たちの誘いを毎回断れるな」
「凄まじい速さで登るあんたや、体力が有り余ってるタリナやザニーと一緒に山に入った日には、山の中腹ら辺でお陀仏だ。まだあんな場所で死ぬ訳にはいかねぇんだよ」
ジスタはそう言って、息を切らしながら地面に腰を下ろした。
「それより、気がついているよな? 城壁の向こう側だ」
「ああ。実に嫌な気配だ。この街にあれと戦える者はいるのか?」
ジスタとゴハは、巨大城壁の方に顔を向けた。
「さあな。だが確か、〈黄金等級〉は一人もいなかったはずだぜ」
「ならば、ここが……おれたちの死に場所かもしれんな」
そう呟いたゴハの表情からは、何も感じ取れなかった。
「いや、さすがに逃げるぞ。俺たちは〈勇者〉じゃねぇ。
こんな設備と人数でシックスランクを倒せる力はもうねぇよ。
まぁ今より二十歳若ければ、挑んだかもしれねぇがなぁ。
あんただってそうだろう?」
単独または、少人数でシックスランクを討伐した者たちには、英雄の中の英雄、〈勇者〉の称号が与えられる。
「〈金色〉を斬れるのは、特別な才能に恵まれた者か、もしくは斬撃に人生を注ぎ込んだ者だけだ。おれは、いまだにお前が羨ましいよ」
ゴハは、フィフスランクの遺骸の上に立ったままそう呟いた。




