五十三話 突入
「聞こえる……砲撃の音……まだ戦っている人がいるんだ!」
ラパンが目視できる距離まで近づいた時、スィンザは思わず船の窓に張り付いた。
「こりゃ驚いたな。城壁も街もまだ残ってるじゃねぇか!」
ジスタは、驚きと喜びが入り交じった声でそう言った。
「ほう……噂は本当だったのか」
そう言って船室の中から現れたのは、折れたような一本角を持つ白髭の老人だった。
「ゴハ! あんたも乗ってたのか⁉」
「長老⁉ おいおい! 村はどうすんだよ⁉」
ゴハが乗っていたことは、ジスタも、その他の船員たちも知らないようだった。
「子供じゃあるまい。残った奴らはどうにかするだろう」
村の留守を任されていたはずの最年長者は、人ごとのように笑った。
「それより、ゴハおじいちゃん。噂って何?」
「ラパンの街が、古くなった魔弾砲を様々な場所から買いあさっていたという噂だ。
それに、バーモに対して特別な効果が発生する魔法砲弾の開発にも成功したというやつもある。
ラパンのハンターたちは、まるでこうなることを予期していたのだろうなぁ」
タリナの質問に、ゴハは淡々と答えた。
「そう言えば、討伐軍がラパンの装備を買うって話が会議で出てたよね。それがそうなのかな?」
「うーん。どうなんだろう。城壁にあった魔弾砲は、特別な物に見えなかったけど……」
スィンザの予想に対して、実際に城壁に備え付けられている魔弾砲を見たことがあるテリルは懐疑的であった。
「ゴハ。あんたその噂どこから仕入れたんだ?」
「ラパンにいる弟弟子の弟子が前にそんなことを言っていたような、言ってなかったような……はて? あれはまた別の人間だったか?」
ゴハのその態度に、ジスタは思わず片手で頭を抱えた。
「すまねぇ。聞き流してくれ。この爺さん、昔は、それはそれはすげぇ人だったんだが、最近耄碌してんだ。許してくれ」
「何を言うか。おれはまだまだ現役だぞ」
「山登りスゴい速いもんね。ゴハおじいちゃん」
タナハナ村一家のやり取りで、スィンザたちの緊張感が大きく緩和された。
「――大将! どうする? もうラパンに着いちまうぞ?」
その船員の声は、一度緩んだ緊張の糸を張りつめさせた。
「ジスタさん。私たちをここで降ろしてください。ここからなら比較的安全にラパンに入ることができます」
「いや……ここまで来たんなら、この船ごとラパンに入っちまおう。
この船の耐久力と、機動性なら戦闘拠点兼脱出手段になる」
スィンザの提案を拒否したジスタは、船員たちに街に入る指示を出した。
「それに、うちの砲撃手たちの腕はなかなか悪くねぇぞ!」
ジスタの目には、虎の獰猛さが宿っているかのようだった。
「がはははっ! バーモ相手に兵器戦か! わるくねぇな!」
「いつか、ぶっ放してぇと思ってたんだよなぁ、この魔弾砲をよぉ!」
「旧カルシャ獣軍ディオ隊ここにありってか⁉」
砲撃手を自称していた船員たちは、ジスタの言葉を聞いて意気揚々と砲手席に向かって行った。
その様子は、年齢を感じさせない若々しさがあった。
「ジスタさん。あの……」
スィンザは、戦う気しかないジスタたちに戸惑いを見せた。
「……中途半端が一番よくねぇんだ。
あんたらが戦うと決めたんなら、撤退を決断するまで一緒に戦うぜ。
スィンザさん、俺があんたを止めたかったのは死んでほしくねぇからだ。
止めることができねぇのならば、あんたの命を守るために戦おう。
何せ俺たちは、誇り高き獣の魂に選ばれたカルシャの獣戦士だからなぁ!」
そう言って軍事国家カルシャ王国が誇る虎の英雄は、その大きな両手を広げて見せた。
「……おじいちゃん。なんだか楽しそう」
タリナは、普段は穏やかなジスタの戦士としての側面を初めて垣間見た。
「大将! 街の外壁が見えて来たぞ!」
「よし! 全員何かに掴まれ! 風力全開! 外壁を飛び越えて、広場に陣取れ!」
ジスタの指示通りに、魔導武装船は急上昇してラパンの外壁を軽々と飛び越えた。
ラパンの外壁は、境界を構築する巨大城壁よりは低くかった。
それは外壁としての機能よりも、人の出入りを見張る用途の方を重視して作られた砦のようでもあった。
「ジスタさん、何で外壁の近くに広場があるって知ってたんですか?」
「ラパンには古い知り合いがけっこういてなぁ。実は街の中を把握する程度には、ちょくちょく遊びに来てたんだよ」
テリルの疑問に、ジスタはそう答えた。
「それしてもまだ街の中も無事か。さすがだな」
街の外壁を飛び越え、街の広場に着陸した魔導武装船は敵の襲撃に備えた。
普段のラパンなら、道には大勢の人が行き交い、街中は生活音に溢れかえっている。
しかし、今のラパンにあるのは、鳴りやまない砲撃音と人々の喧騒だけであった。
「あ! 魔法弾が飛んでる。赤と青……あれパステナさんだ!」
「何かと戦っているの? あっ! あれだ! 城壁の対空砲撃が間に合わなくて飛行型バーモが入って来てるんだ!」
スィンザとテリルは、敵の正体を見定めた。
「砲撃手! いつ敵が来てもおかしくねぇぞ!」
「了解だ! ――おおっ⁉」
ジスタの声に、船員がそう返事をした瞬間に、船の上に何かが落ちて来たかのような衝撃が走った。
「敵か⁉」
「なに~⁉ 真上からだと⁉」
「――おいおい! 何してんだ? あんたら……ってスィンザにテリルじゃねぇの⁉」
船の外窓から覗き込むように顔を見せたその男性は、軽い口調でスィンザたちの名を呼んだ。
「レクエスさん!」
「お前ら、わざわざ戻ってきちゃったの⁉ それにこの船、カルシャ獣軍か⁉」
スィンザたちは、レクエスが無事だったことを嬉しく思った。
「なんだ。知り合いか?」
「そういうあなたは……虎の獣人……もしやカルシャの虎⁉」
ジスタの姿を見たレクエスは、驚いて船の上から落ちそうになった。
「レクエスさん! 師匠や、ミモレスさんは無事ですか⁉」
「無事かどうかはわからねぇが、たぶん無事だろうよ。魔導器屋でラグマヘスの姿をした奴に捕まったんだ。それから連絡がつかねぇ」
「それ全然大丈夫じゃない!」
スィンザの声に答えたレクエスに対して、テリルが思わずツッコミを入れた。
「アハハハッ! あいつらが一般人だったらそりゃそうだな――って、おおっ⁉」
そう言って笑ったレクエスの声をかき消すような、特大の爆発音が街に響き渡った。
「砲撃⁉」
「いや……あれは、爆発魔法か⁉」
外にいるレクエスは、その爆発が起こったと思われる黒煙が発生している場所に嫌な予感を覚えた。
「あの方向は、城門の大扉の場所じゃねぇか⁉」
街の中のことをよく知っているジスタは、瞬時に最悪の事態を想定した。
「え⁉」
「大扉が壊されたら……この街は……」
スィンザとテリルも、同様のことを考えた。
「……ああ……なにッ⁉ 大扉が『内側から』破壊されただと⁉」
レクエスは、以前のアザーと同じように自身の右手と会話をしていた。
どうやら仲間たちと何かしらの魔法を使って、連絡を取り合っているようだった。
「あっ! スィンザ!」
レクエスの会話を聞いていたスィンザは、船の窓から外に飛び降りた。
それを見ていたテリルは、驚くように彼女の名を呼んだ。
「ソウル・ゲート……バード・オブ・スカイ!」
スィンザはソウル・ゲートを開くと共に、手に持ったフレイムボールから巨大な火柱を発生させた。
「おいおい! なっ、なんだそりゃ⁉」
「炎が翼になっただと⁉ 何の生き物の魂なんだ⁉」
「スィンザ……」
スィンザの炎の翼を見た者たちは、一様に驚きを見せた。
「やっぱりできた……この炎の翼なら、私でも……空を飛べる!」
スィンザは自分の体に宿った〈火の鳥の魂〉が、完全に目覚めたことを自覚した。




