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灰の翼のスィンザ  作者: 見雨 冬一
九章 暗黒海嘯
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五十話 元英雄の過去


 スィンザたちは、再びディオ家に戻って来ていた。


 スィンザの魔力過剰症はすでに改善しており、タリナの怪我も彼女自身の回復魔法ですでに完治していた。


「ジスタ様、申し訳ありません。

お金はお支払い致しますので、スィンザさんとテリルさんをこの村に滞在させてもらえませんか? 

私は今すぐにでも、ラパンに戻らなければならない緊急事態が発生しました」


「それは大変だ。お金は必要ありません。

家には客室もありますので、この家でよければいつまでもお使いください」


 ソファで休んでいたスィンザの耳に、パステナとジスタの会話が聞こえてきた。


「パステナさん?」


「ごめんなさい。お二人はここで休ませてもらってください。ラパンは今――」


「おーい! 大変だ、大将! 境界の街で〈暗黒海嘯〉が発生したってよ! 国の奴らは大騒ぎだぜ⁉」


 パステナの声を遮るように、野太い男性の声が庭先から聞こえてきた。


「なにぃ⁉ 発生源はどこだかわかるか? まさかラパンじゃないよなぁ⁉」


 ジスタは右足を引きずりながらも急いで庭先に向かい、そこにいた痩せた男にそう訊ねた。


「おお⁉ もうなんか知ってんのか? 

まさにラパンの真正面の黒い森が発生源らしいぞ。

そこから、カルシャの境界の街〈ジブヘブ〉にも流れて来てるらしいぜ! 

もしかしたらここもマズいかもな。長老にも伝えてくるわ!」


 猿の獣人と思われる痩せた男は、忙しなくどこかへ走り去って行った。


「『暗黒海嘯』って、何ですか?」


「わかりやすく言うと、バーモの大量発生です。

黒い体のバーモの大群が、津波のように押し寄せてくる光景をそう呼ぶのです。

まさか、九腕大蛇がこれほどの力を持っていたとは予想外でした。

もしも今回の暗黒海嘯が、伝説の中のものと同規模であったとすると、最低でも数万体のバーモがラパンに押し寄せているはずです。

これは仮に我が国のシックスランク討伐軍が到着していたとしても、防ぎきれるかわからないほどのものです」


 スィンザの疑問に、パステナは絶望的な表情でそう答えた。


「そんな……街の人たちは……」


 スィンザは、思わず立ち上がった。


「街の人たちは、私が一人でも多く街の外に逃がします。

そのためにも、急ぎでラパンに戻り、逃亡用の簡易転移魔法陣を作りに向かいます。

既存の転移魔法陣だけでは、逃げ遅れる人たちがいるかもしれませんので。

なので、お二人はここにいて下さい。

場合によってはここも避難が必要になるかもしれませんが……」


「待ってくれ。命まで軍に差し出す必要があるのか? 

伝説の大災害の渦中に行くんだ。

あなたも無事では済まないぞ?」


 ジスタは年長者として、そして元退役軍人として、パステナに問いかけた。


「そうですね。私たちの上司は、すでに全作戦の破棄と、ラパンからの撤退命令を出しています。

ですが、それでも私は向かいます。

私には、〈セルス国王陛下〉に一族を救っていただいた、報いきれない大きなご恩があります。

私の行動が、焼け石に水であったとしても……生きることを望む人たちの命は、蒸発する水のように儚くはないのです。

国王陛下は、国の財産とは国民の命であるとおっしゃってくださいました。

だからこそ、一人でも多くの命を無事に逃がすために、私は行くのです!」


「……そうか。わかった。あなたを止める権利は、私には無い。

せめて彼女たちのことは、お任せください」


「お心遣い感謝いたします。それでは急ぎますので……」


 パステナはジスタに深々と頭をさげたあと、自身のソウル・ゲート開き、転移魔法でラパンに飛んで行った。


「パステナさん……」


 スィンザは、己の無力さに罪悪感を覚えた。


 この状況で彼女にできることは、大切な人たちの無事を祈ることしかなかった。


「スィンザ……」


「「…………」」

 テリルとタリナは、拳を強く握りしめて震えているスィンザを見て、胸が苦しくなった。


「……俺は、若い頃に暗黒海嘯に近いものを経験したことがある」


 ジスタはそんなスィンザの姿を見て、昔の話を語りだした。


 彼には、どうしても彼女に伝えたいことがあった。


「そうなの? おじいちゃん」


その話は、孫娘であるタリナも初めて聞いた話だったようだ。


「ああ。あれは俺が英雄と呼ばれるきっかけになった惨劇だ。

その時に現れたシックスランクは、配下のフィフスランクや、フォースランクを引き連れて、城壁を破壊して人の世界に侵攻した。

奴らは狩人が集う境界の街を一瞬で焼き払った。

本当に誰もその瞬間を見ていないほど一瞬だったそうだ」


「カルシャで……そんなことがあったなんて、知らなかった……」


 近代史に自信があったテリルは、思わずそう呟いた。


「そうだろうなぁ。君たちが生まれる前の話だ。

それに当時のカルシャ王国はどの国にも、救援を要請しなかったし、情報を流すことさえしなかった。

当時は……そうだな。

強いと言うよりは血の気の多い連中が多かった。

それは強者を崇拝する狂った宗教のようでもあった。

戦って死ぬことを獣人の誇りだと思っていたくらいになぁ……」


 テリルにそう語ったジスタからは強さへの崇拝を感じなかった。むしろ虚しさに似た、寂しさのようなものを感じた。


「そのシックスランクとの戦いで、多くの獣人たちが死んで行ったよ。

戦いの中で死ねることを喜んだ狂った奴もいたし、死ぬことを恐れて俺の足に縋り付いてきた奴もいた。

そんな血と死体の嫌な匂いで、鼻が馬鹿になりそうになった戦いは数週間も続いた。

最後はカルシャ軍の総力戦によって、シックスランクは倒された。

だが、そのたった数週間で約五万人以上の戦士たちが死んだ。

……スィンザさん。君のように優秀な人間も、何人も死んだ。

俺よりも強かった奴も死んだ。

俺について来てくれた仲間も、喧嘩友達も、いつも面白れぇ夢の話を聞かせてくれた奴も……みんな死んだんだ」


 そう言って顔を伏せたジスタは、強く恐ろしい〈英雄カルシャの虎〉ではなく、大切な人たちの死を悲しむ一人の老人であった。


「ジスタさん……」


 スィンザは、ジスタが想いを伝えたいのは、孫娘のタリナではなく己の無力さを嘆く自分なのだと気がついた。


 スィンザは、ジスタの想いに向き合わなくてはいけないと思った。


「スィンザさん。君にどうしても伝えたいことがある。

それは、自分の実力を過信するなということだ。

君は一人で強くなったわけじゃないはずだ。

君が大切に思う人がいるならば、きっとその人たちにとっても君は大切な人のはずだ。

君の死を嘆く者がいる。

君が生きていたことを喜ぶ者がいる。

それ故に、今君にできることは、自分の命を大切にすることだ。

暗黒海嘯は、君が挑むべき戦いではない」


「はい……」


 ジスタの言葉を聞いて、スィンザは再び両手の拳を握りしめた。


(ジスタさんの言う通りだ。

私がラパンに戻った所で、できることなんてもう残ってない。

でも……トライホーンの人たちは、みんな逃げられたのかな。

師匠や、ミモレスさんたちの心配を私がすることすら、おこがましいのかな。

ダゼル様なら……いや、私はダゼル様のように強くない。

ブリーズソードの本当の力を得たとしても、炎の翼が目覚めたとしても、私は……弱い。

本当の危機が訪れた時に、誰かを助けられる力なんて、私にはない)


『お前は女傑にはなれない』


『あなたには無理に決まっているじゃない』


『あはははは……バカなのね。無駄な努力ばっかりして……』


 自己否定に到達してしまったその思考は、一度振り切ったはずの呪いの言葉を再び呼び寄せてしまった。


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