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灰の翼のスィンザ  作者: 見雨 冬一
九章 暗黒海嘯
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四十九話 長い夜の始まり

 これは報復だ。

 簒奪者たちを滅ぼそう。

 眠りを妨げる愚かな者たちに怒り狂う。

 全ての命は黒砂の下で眠れ。

 もう一度、理想の世界を創造するために。

 地の底で嘆きながら、終わらぬ戦いに身を裂いた。


「う、うわああああ!」


 青色等級の少年は、突然叫び、その場に座り込んだ。


「どうした⁉ ルクトー⁉」


 彼に付き添っていた老婆は、その少年に駆け寄った。


「なんだ?」


「〈心眼のルクトー〉だ。何か見えたのか⁉」


 周囲にいた者たちは、その少年の特殊能力を知っていたため、嫌な予感を感じた。


「み、みんな逃げて! 早く! 

バーモの大群が森の中に集まってる! 

信じられない数の大群だよ!」


 ルクトーは、大声でそう叫んだ。


「第二班の〈観測者〉も同じようなことを言ってるらしいぞ! 今連絡が入った!」


「第四班の〈予言者ヤスナル様〉もだ! こんな事初めてだ……」


「よし。撤退しよう。急げ!」


 青色等級の者たちと、その護衛をしていたバーモハンターたちは、急いで街の中へ駆け出した。


「ルクトー、おれの背中に乗れ! 早く!」


 ルクトーの友人は、盲目の彼を背負って城壁の関所を目指した。


「ありがとう。ヴィグム」


 ルクトーは生まれつき目が見えなかった。しかしその目には、確かに光が見えていた。


 その奇跡の能力は〈心眼〉と呼ばれ、魔力を可視化できる上に、色や形状などで個人を判別することさえできた。


 彼はその能力を活用して、青色等級としての職務を全うしてきた。


 そんな彼が、初めて「その光景」を目にした。


 色とりどり、大小様々なバーモの光。


 その光景は美しさよりも、恐ろしさの方が圧倒的に勝っていた。


  ♢♢♢


「……そうか。わかった」


 街の中に潜伏していた部下から報告を受けたアザーは、椅子から立ち上がった。


「今度は何だぁ?」


 休業中のヤモリ印の魔導器屋にたまたま来ていたレクエスは、うんざりした様子でそう言った。


「活動中の青色等級たちが、黒い森の異変を感じ取ったらしい。

しかもそれぞれ別の能力を持つ五人の〈観測者〉たち全員が、異変を知らせたそうだ。

これは確実に何か嫌なことが起こるだろうな」


 観測者とは、黒い森の異変をいち早く察知する能力、魔法を有した者たちの通称である。


 彼らは最下級のバーモハンターでありながら、各ハンターチームに対して強い発言権を有している。


 ハンターチームの中には、彼らの能力を頼りに黒い森の探索を行う者たちも存在する。


「マジかよ……。転移魔法陣は、逃げ出す人々で使用不可。

討伐軍との連絡はあれから途絶えたまま。

今この街にいる守護兵団の中でまともに戦えるのは、俺とアザーだけ。

そして今この街にいる英雄級は、アザーとミモレスだけ。

王都から救援を呼ぶってのは、可能なのか?」


 レクエスは、自分たちが置かれた状況を整理した。


「ミモレスなら可能だ。

しかしそれ以外は期待できない。

正直、適正兵器で武装していない軍隊など、シックスランクに殺されに来るようなものだ。

それとシックスランクと戦える英雄、女傑たちは、運悪く別件対応中だ。

今すぐ呼び出すことはできない」


 アザーは、鞘から刀を抜いて、これから始まる戦いに備えた。


「ボクの部隊の人たちには、一昨日くらいに連絡しておいたから大丈夫だと思うよ。

彼らなら、九腕大蛇との魔法戦も対応できるかもしれない。

それとみんなを呼ぶ手立ても用意してあるよ」


「さすがナーゼットファル王国が誇る天才魔導士。

魔導の頂点に至った者だけが名乗れる〈魔導書〉の異名は伊達じゃねぇなぁ!」


 レクエスはミモレスの言葉を聞いて、元気を取り戻した。


「……それにあんただって、やられたままでいるわけねぇよな?」


「当たり前だ。借りは必ず返す」


 レクエスに指を刺されたアザーは、刀を鞘に納めた。


「オーケー、オーケー! それでこそ英雄将軍〈アザー・シルバース〉だ。

それでこそ俺を負かして部下に引き入れた、史上二人目の英雄だ!」


「……引き入れた覚えはない。

お前が勝手に入って来たんだろうが。

都合よく記憶を改ざんするな」


 アザーは、レクエスの調子の良さにため息をついた。


「まあ許してくれよ。俺の決まり文句なんだからさぁ」


「そんな決まり文句、いつ使うんだ?」


「そりゃあ、俺の魅力に気がついた、素晴らしい女性に出会った時さ」


 レクエスは、待ち構えていたかのように、決めポーズを披露した。


「じゃあ使用頻度は、そんなに多くないんだね」


 ミモレスは、レクエスの決めポーズを見ることなくそう言った。


「……ん? ミモレス、それは一体どういう――」


 レクエスの言葉を遮るように、街の中にバーモ出現警報が鳴り響いた。


 その警報は、これから地獄が始まる合図のようにも思えた。


「……始まったか。俺は前線に立つ。

ミモレスは、先に魔導器武装兵団を呼んでおいてくれ。

それと『転移作戦』はもう使えないと考えていいだろう。

最悪の場合は、街からの撤退も視野に入れておいてくれ」


「わかった。でも勘違いしないでね。

ボクにとっての『最悪』は、アザーを失うことだよ。

そうならないように、いざという時は逃げてね」


 ミモレスは、アザーの目をまっすぐ見つめてそう言った。


「おい! 惚気てる場合かよ! 早くいこうぜ⁉」


 見つめ合ったままの二人をせかすように、レクエスが店の外を指差した。


「そうだな。急ごう」


「のろけ……? アザーは惚気てたの?」


「…………」

 アザーは、ミモレスの問いに答えることなく魔導器屋の外へ出た。


「ねぇ、アザー?」


 その後ろには、答えを求めるミモレスが続いた。


「――お待ちしておりました……」


「お前か」


 魔導器屋の外で、アザーたちを待ち構えていたのは、白髪で杖をついた老紳士だった。


 老魔導士ラグマヘス・トララグマは、杖で地面をついて、隔離界魔法を展開した。


「お、おい! アザー、ミモレス!」


 最後に魔導器屋から外に出たレクエスは、アザーとミモレスが隔離界魔法に飲み込まれる瞬間を目撃することになった。


 シックスランクに対抗できる人間の消失は、実質的な街の壊滅を意味していた。


「おいおい、お前らが、この街の希望だったんだぞ?」


 茫然としていたレクエスの目の前をバーモハンターと見られる一団が、逃げ惑うかのように走り去って行った。


「……何だ? ただのバーモの侵入警報じゃないのか?」


 レクエスは、自身のソウル・ゲートを開き、その翼を広げて空に飛び上がった。


「……マジかよ なんじゃこりぁ……」


 鳴りやまない警報。


 やけくそのように連続して放たれる魔弾砲の発射音。


 普段は閉まることのない、城壁の鋼鉄の大扉が悲鳴を上げながら、人の世界と魔物の世界の境界線を完全に区切ったその瞬間。


 叫びながら逃げ出す街の人々。


 魔弾砲や、長距離狙撃用の魔弾銃を放つために、城壁に集う人々。


「これは……〈暗黒海嘯(あんこくかいしょう)〉……」


 そして城壁の向こう側に広がる黒い森の中から溢れ出る水のように、姿を見せるバーモの大群。


 バーモの大群は、凄まじい地響きと共に城壁に向かって来ていた。


 それは、古い伝説の中にしか残っていない名前である。


 都市を滅ぼし、人の世界を黒い森へと変貌させてしまう、魔物の津波。


「――レクエス少尉、聞こえますか?」


 その声は、レクエスの右手の中から聞こえてきた。


「ああ。聞こえるぞ。いいか? まず聞いてくれ。

アザー団長は、敵の隔離界魔法に捕らわれた。

それにより、ここからは俺が指揮をとる。

これより展開中の全作戦の一時的な破棄と、人命を最優先とした撤退を命じる。

全ての責任は、この命令をした俺にある。

全員、速やかに撤退し、自分の身の安全を最優先に行動せよ。

脱出用転移魔法の使用も許可する。

とにかく何でも利用して、必ず生きて帰れ! 以上だ!」


「「了解しました」」


 レクエスの右手からは、広域特務守護兵団の団員たちと思われる者たちの声が重なって聞こえてきた。


「ははは。口答えしねぇなんて、素晴らしい部隊だな。最高だぜ」


 レクエスは、夕暮れ時の薄暗くなった空をさらに上昇した。


「『復讐の近道』だと思ったら、とんでもねぇ茨の道だったとはなぁ。

昨日見た悪夢の方がまだ優しさを感じるぜ。

……よお〈ゼーツ〉、こんな俺のことを自己中のお調子者と、お前はまた笑うか?」


 レクエスは、城壁に向かってくる黒い津波を見下ろしながら、今は亡き親友にそう語りかけた。



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