四十七話 灰中の紅蓮
「これで、全部終わり」
バルカナは、黒炎の大火球をタリナに放った。
「う、うぁ……」
タリナは、自身の体に回復魔法をかけていたが、その大火球を避けることはできそうになかった。
頭では死を理解しているが、それでも向かって来る黒炎の大火球になぜか目を奪われた。
「あっ⁉」
そんなタリナの目の前に、突然転がり込むように飛んで来た人影が映った。
「な、なんで、そこまでして……」
バルカナは、黒炎の大火球に飛び込んだその人物の行動を理解できなかった。
タリナを殺すために放った大火球は、その人物が全て吸収してしまった。
「スィンザさん!」
スィンザは、タリナを守るために風の力を使って、飛んで来たのだった。
「うぅ、ああああああっ!」
タリナを庇い、黒炎の大火球を吸収してしまったスィンザは、体内の温度上昇に耐えきれなくなり、自身のマントを脱ぎ棄てた。
その灰色のマントに、スィンザの体から溢れ出した炎が引火して炎上した。
スィンザが、装備から外したことで、魔導器の耐火保護の対象ではなくなったのだ。
「あ、熱い、あああ!」
スィンザは、結んだ髪を解き、ふらふらとした足取りでタリナの側から離れて行った。
「熱い、熱いッ! うあああああッ!」
スィンザは、絶叫すると同時にその場に倒れた。
その後全身から炎を噴き出し、体が見えなくなるほどの大きな炎に包まれて、そのまま動かなくなった。
その場に誰の目から見ても、スィンザが死亡したようにしか見えなかった。
「スィンザさん……あああ……あぁぁぁ……また、また私のせいで……」
動かなくなったスィンザを目の前にしたタリナは、封印していたはずの記憶を呼び覚ましてしまった。
それは、その残酷な記憶からタリナを守っていたザニーが気絶したことで、蘇ってしまった記憶なのかもしれなかった。
「私があの時、転ばなければ、あの時、私が自分で走って逃げられる強い人間だったなら、お父さんは……お父さんは……」
タリナの父がフォースランクに殺されたあの日、幼かったタリナは恐怖で足が竦んで動けなくなっていた。
それを見たタリナの父ザクスは、フォースランクに立ち向かい、妻と子が逃げる時間を稼ぐために戦った。
母レセナは、足が竦んだタリナを抱えて走るしかなかった。
タリナはずっと、自分の弱さのせいで父が死んだのだと自分を責めつづけていた。
そして、ついに一番思い出したくない凄惨な記憶まで甦った。
「うううあああぁぁぁ……いやあああああぁ!」
それはフォースランクの巨大な手で、叩き潰されて死んだ父親の姿だった。
記憶の中のフォースランクの手から滴る血の色と、目の前で炎上するスィンザの炎が入り交じって見えた。
「私が死んでいれば、私が、助かりたいなんて、思わなければ! あ……ああああああ!」
タリナは、もう何も考えられなかった。
その頭の中は、極彩色の濁流が支配し、気が狂うほどの激痛が絶え間なく巻き起こった。
手は激しく震え、心臓は破裂するのではないかと思うほど激しく鼓動した。
頭の中の極彩色の濁流は、やがて炎のようなオレンジ色に変わって行った。
まるで、何かに包み込まれたかのように。
「……大丈夫だよ。タリナさん」
不意に聞こえたその優しい声は、自分ではどうすることもできない恐怖を和らげてくれた。
そして、誰かが激しく震えるタリナの手を握った。
その手は、とても硬く、とても温かかった。
その手の温かさは、頭の中の激痛を徐々に和らげ、最後には痛みを取り去ってくれた。
「え? あ、ああ……」
タリナは、恐る恐る目を開いた。
その目に映ったのは、微笑むスィンザと、タリナの大きな体を抱きかかえるかのように広がった、巨大な炎の翼だった。
その炎の翼からは、見た目通りの熱さではなく、心を癒すような温かさを感じた。
「今度こそあなたを守ってみせるから、もう一度だけ、私を信じて」
スィンザは、驚くように体を起こしたタリナを軽く抱き寄せた。
「な、なんで生きてるの?」
「そもそも私、死んでないよ?」
スィンザはそう言って、優しく笑った。
「――なによ、あれ…… ソウル・ゲートが進化したの⁉」
バルカナは、炎の中から起き上がったスィンザの変化に驚いていた。
「いや、違うと思うよ。
むしろあれが、彼女のソウル・ゲートの本当の姿なんだよ。
本当の姿に戻るために、大量の火が必要だったんだ。
それを君が用意した。彼女の体に宿ったあの鳥の魂の名は、〈火の鳥〉だったんだ」
「火の鳥⁉ そんな鳥、聞いたこともないし、見た事もないわよ⁉」
イーゼマスに対して、バルカナは異を唱えた。
「伝説上の生き物だからね。
僕が前に、とある魔法の研究で滞在していた村には、こんな話が残っていたよ。
その鳥は山火事が起きると、木々が燃え尽きた灰の中から蘇り、人々や動物たちを守るために、炎を操り、その身に炎を受け入れて飛び回る。
そして、火の鳥が現れた山や土地は、より豊かな場所へと生まれ変わると言われているそうだよ。
その事から、再生と豊穣をもたらす伝説の守護聖獣と言われる鳥。
それが火の鳥なのさ」
「し、信じられない。伝説の生き物がソウル・ゲートになるなんて……」
バルカナは、スィンザの炎の翼を見て尚更そう思った。
「そうかい? 今では大勢いる龍族……〈地龍人〉と〈翼竜人〉も、伝説上の生き物をソウル・ゲートにした者たちだよ。
それに、光と闇の創造神たちの力を宿したとされる、〈光魔人〉と〈闇魔人〉も、ある意味では伝説上の存在を身に宿す者たちと言えるかもしれないね。
魔法が普遍的に存在するこの世界では、時に人の願いが、幻や伝説を本物にしてしまうことがある。
今までの人類の歴史の中で、その奇跡は何度も起こされてきたものなんだ……」
イーゼマスは、興味深そうにスィンザの炎の翼を眺めていた。
かつて魔法歴史学の学者になる道を選んだこともあった彼にとって、今この瞬間は、一度は諦めた夢の続きを再び見ることができたような、そんな不思議な気分だった。
「――どうしても、お二人に伝えたいことがあります」
タリナを落ち着かせたスィンザは、改めてバルカナとイーゼマスに向き合った。
立ち上がったスィンザの巨大な炎の翼や、炎が連なっているかのような長く美しい尾羽は、神々しさを感じさせた。
「もう戦意が無くなっちゃったから、むしろ聞かせて欲しいわ。
あなたが知っていること、伝えたいことがなんなのか。
……でもその前に一つ聞かせて。
そのソウル・ゲートの力を試してみたいとは思わないの?」
バルカナは、敵意がないと証明するために、手に持っていた短剣を鞘に納め、ソウル・ゲートを閉じた。
「私はバーモハンターになるために、英雄になるために、ラパンを選びました。
そして、私が目指している英雄の姿は、バーモの脅威から人々を守る人たちの姿です。
……私だって、人殺しなんてしたくないし、何よりこれ以上、あなたを傷つけたくありません」
スィンザはそう言ってソウル・ゲートを閉じた。その翼からは炎は消え去り、元の風切り羽の無い灰色の翼に戻った。
「なに言ってるのよ。あなたを苦しませてしまったのは私だし、あなたの後ろにいる子に怪我をさせてしまったのも私よ。私は御覧の通り、傷一つ負ってないわ」
バルカナは、おどけるように両手でスカートの裾を持ち上げた。
しかし、その態度と裏腹に、罪悪感で表情が曇っていた。
「私は、バルカナさんたちを、ここまで追い詰めた犯人たちを許せません」
「そう言ってくれるんだね。
……君になら、話してもいいと思わせてもらったよ。
僕が知っていることを、君に全て話そう。
ちなみにバルカナは、この件についてほとんど何も知らない。
今までは、僕たちが何とか誤魔化せていたからね」
イーゼマスは、スィンザの人柄を知って真相を話す気になった。
セブンアローズを襲った、残酷な真実と向き合う覚悟を決めた。




