四十六話 バルカナの涙
「鳥人剣、風穿ち!」
スィンザは、バルカナのゴースト・フレイムを警戒して、先手を打った。
「……ブラック・ゼロ・ワン・ブラック・アロー」
バルカナは、短剣で照準を定めると黒炎の矢を放った。
その黒炎の矢は、風穿ちを超える速度を有しており、威力もスィンザの技を凌駕するほど強力だった。
風穿ちを難無く粉砕した黒炎の矢は、スィンザに到達した。
「うあっ!」
スィンザは、黒炎の矢を剣で受けて防ぐので精一杯だった。
そして、黒炎の矢を防いだ衝撃で、彼女は力無く吹き飛ばされた。
「気合いと根性だけじゃ、戦いには勝てないのよ……」
バルカナは悲しげな表情でそう言うと、短剣を振った。
「ブラック・ゼロ・エイト・ゴースト・フレイム」
黒炎の幽霊は、倒れたままのスィンザに止め刺すために浮遊した。
「くっ!」
スィンザは、剣を振るのもつらい様子で、向かってくる黒炎の幽霊に風穿ちを放った。
しかし、その攻撃では幽霊を迎撃することはできず、スィンザは黒炎の幽霊に包まれ、それを吸収してしまった。
「ううう……うっ!」
スィンザは、強烈な頭痛とめまいによって、その場にひざまずいて、両手を地面についた。
「……もう、限界ね」
バルカナは、スィンザの息の根を止めるために、彼女に向かって行った。
「…………」
バルカナの言葉通り、スィンザは意識を失う寸前にまで追い込まれていた。
「――やめて! お願い! もうやめて!」
タリナは、駆け出してバルカナの前に立ち塞がった。
「もう遅いのよ。
このままじゃ、あの子は魔力過剰症による魔力中毒になって、苦しみながら死に向かうわ。
自然回復は期待できない。
ここには回復魔導士もいない。
もう殺してあげた方があの子のためよ。
それにあの子は火属性。
あの高温状態が続けば、臓器に多大なダメージを与えてしまう。
もし仮に私が見逃したとしても、あの子はもう真っ当な生き方はできないし、バーモハンターにも戻れない。
まさに死んだ方がマシな人生を送ることになるわ。
……それでもあなたは、あの子を助けたいの?
本当の苦しみを知る前に死んで楽になる道と、苦しみ抜いて死に向かう道、どっちをあの子に歩ませたいの?」
「か、回復魔法なら、私が使えます!
私がスィンザさんを助けて、私が死ぬから、それで許してください……お願いします……」
タリナは、涙を流しながら、バルカナに頭を下げて懇願した。
「……あの子が、それを許すとは思えないけど、やれるだけやってみたら?」
バルカナは、そのタリナの願いを聞き入れて、短剣を下げた。
「ありがと……ああ! 駄目! なんで今……お願い、待って……」
タリナは、一瞬だけ安堵の表情を見せたあと、突然頭を両手で押さえて、身悶え始めた。
「なに? どうしたの?」
タリナの様子にバルカナは困惑した。
「……ニャハハハ、ソウル・ゲート、〈ビースト・アビリティ〉」
タリナは、魔人でありながら、獣人の開錠語を唱えた。
「ニャハハハ! 誰だ⁉ タリナをいじめてるのは⁉」
タリナから、ザニーに人格が切り替わった。
それにより、タリナのピンク色の妖精は消失し、髪はピンク色から虎柄に変化して、臀部からは長い虎柄の尾は生えてきた。
そして、両手は茶色の毛で覆われ、その指先には巨大な鉤爪が現れた。
「ん⁉ ああ! タリナ、また髪の毛解いてる!」
人格が完全に切り替わったザニーは、魔法で髪留め用の紐を作り出すと、それで髪の毛を結び出した。
「な、なにこれ……変身魔法じゃない……」
目の前で人格が切り替わる瞬間を見ていたバルカナは、タリナが変身魔法の使い手ではないことを理解した。
魔導士であるバルカナから見ると、タリナとザニーは魔力の質などの点から見ても、まったくの別人であると思えるほど、大きな変化をしていた。
「ざ、ザニー……」
スィンザは、か細い声でザニーを呼んだ。
「んー? スィンザ! え? ……どうして、倒れてるの……」
ザニーは、スィンザの声を聞いて振り返り、倒れている彼女を見て思わず駆け寄った。
「ザニー。落ち着いて……た、戦わないで……」
スィンザは、喋るのもつらそうな様子でそう言った。
「スィ……ンザ……死んじゃうの?」
ザニーは、倒れているスィンザの側にしゃがみ込んだ。
ザニーには、今の弱り切ったスィンザの姿と、亡くなる前日に会話をした時の母の姿が重なって見えた。
「大丈夫だよ。死なないから……」
スィンザはできるだけ、気丈に振る舞った。
「火が体からでてるよ。水……水もってこなきゃ……あれ?」
ザニーは、周囲を見渡して、その時ようやくここが異界であると気がついた。
そしてこの空間に見覚えがあることにも気がついた。
「黄色の男。お前か! お前が、スィンザをこんな風にして、タリナを泣かせたのか⁉」
ザニーは、イーゼマスのことを覚えていたのか、彼に対して敵意を剥き出しにした。
「違うわ。私よ。私がその子を、そんな風にしたのよ。虎女」
バルカナは、ザニーの敵意をあえて引き受けた。
「許さない!」
ザニーは怒りを顕わにして、立ち上がった。
「ざ、ザニー……」
スィンザのか細い声は、激昂したザニーの耳には届かなかった。
「許さないか。少しだけやり易くなったわね」
バルカナは、ザニーに向かって短剣を構えた。
「獣戦、鹿跳動、虎式!」
ザニーは、その場で飛び上がると、瞬間移動のような速度でバルカナに迫った。
「バーモみたいな戦い方ね……ブラック・ゼロ・ツー……」
「獣戦、刺心角!」
ザニーは、バルカナの胴体を貫くかのように、手刀突きを放った。
「……ダミーボム・フレイム」
刺心角で貫いたバルカナの体が爆発を起こした。
「うああああ!」
爆発の直撃を受けたザニーは、吹き飛んで地面を転がった。
「へ~。見た目通り、けっこう頑丈なのね」
バルカナは、何ごともなかったかのように、ザニーに近寄って行った。
ザニーが刺心角で貫いたのは、黒炎で作られたバルカナの身代わりだったのだ。
「ザニー!」
スィンザは倒れたザニーに対して、悲鳴を上げるように彼女の名を叫んだ。
「ブラック・ゼロ・エイト・ゴースト・フレイム」
バルカナは、起き上がったザニーに向かって黒炎の幽霊を放った。
「獣戦……角衝波!」
ザニーはゴースト・フレイムを薙ぎ払うように裏拳を放ち、その技から発生した衝撃波で幽霊を霧散させた。
「ブラック・ゼロ・スリー……」
その間にバルカナは、暗殺者のような無駄のない素早い動きで、角衝波を放った直後のザニーの懐に入り込んだ。
「……インパクト・フレイム!」
そして、掌底突きと共に黒炎の爆発を、ザニーの胴体に叩き込んだ。
「がぁ⁉」
ザニーは、あまりにも強烈な衝撃を受けて、時が止まったかのような感覚に陥った。
その技によって、ザニーの巨体が宙に浮かび上がって吹き飛んだ。
「う……ああ……」
ザニーは地面に叩き付けられて、悶え苦しんだ。
「本当に頑丈ね。岩のような硬さのサードランクだって、粉砕できる魔法なのにまだ生きているなんて。
それともとっさに後ろに飛んで、致命傷を避けたの?」
「ぐう……あ……」
ザニーは、痛みと戦うように地面に爪を立てた。
地面を掴むその手からは、茶色の毛が消失して、指が人のものに戻って行った。
やがて、意識を失ったザニーの髪は、ピンク色に変化して行った。
「……はっ⁉ いたっ! 痛いっ! あああああああ!」
髪の毛が完全にピンク色に戻り、髪と同色の妖精が姿を現すと共に、タリナはその激痛に悲鳴を上げた。
「へぇ。一方が意識を失っても、もう一方の目覚めと共に気絶が解除されるのね。便利なようで残酷ね」
バルカナは、激痛で号泣するタリナを見て、そう思った。
「即死できるように、あの魔法を選んだのに……なんでこんな……」
バルカナは、自身の短剣を震えるほど強く握りしめた。
「痛くて苦しいわよね。今すぐ楽にしてあげる。
この炎なら、頑丈なあなたでも苦しむ間もなく焼き尽くしてくれるわ。
ブラック・ゼロ・シックス・ジェノサイド・フレイム」
バルカナは、短剣を掲げ、その剣先に巨大な黒炎の大火球を作り出した。
殺意に満ちた大火球の下で、黒髪の少女はとうとう涙を流した。




