三十二話 〈カルシャの虎、ザニー〉
イーゼマスは、バルカナが走り去ったのを確認してから、隔離界魔法を展開した。
それによって、イーゼマスと謎の獣人女性の姿が街の中から消えた。
「今のうちに、あの負傷したセブンアローズの人を助けよう」
隔離界魔法の仕組みを知っているミモレスは、迷い無く走り出して、壁に寄りかかり、気絶している男性に駆け寄った。
「わかりました!」
スィンザは、髪を魔法の紐で素早く一つ結びにして、ミモレスの後を追った。
「わたしは空を飛んで、回復魔導士の人を探してきます」
テリルはソウル・ゲートを開き、空中に飛び上がった。
「気をつけてね!」
「空なら大丈夫! すぐ戻るから!」
スィンザの声に、そう返したテリルは建物の屋根の向こうに消えて行った。
壁に寄りかかって気絶している魔人の男性は、身につけている胸部の鎧が潰れていた。
「こんな高価な魔導加工金属が……どんな攻撃を受けたんだろう」
ミモレスは、胸を圧迫している可能性を考慮して、潰れた鎧を脱がした。
「おい! 大丈夫か? 何があった?」
ミモレスたちにそう声をかけて近づいて来たのは、トライホーンのグラゼルターカであった。
「リーダー! 今、虎の獣人の女性と、セブンアローズのイーゼマスさんが、隔離界魔法内で戦っています」
救護をしているミモレスに代わり、スィンザが状況を説明した。
「……虎の獣人⁉
そりゃ、獣人の世界じゃエリート中のエリートだぞ⁉
何でそんなやつが、こんなことを?」
この世界の人間は、ソウル・ゲートの影響を受けて体が変化する。
妖精を持つ者は、妖精と同じ色の体毛が生え、大型の動物の魂を持つ者は、それだけで体が大きくなり戦士として重用される。
龍をも倒すと言われる虎の魂を持つ彼女は、そのソウル・ゲートを持っているということだけで、戦士として優遇されるはずの存在なのである。
「グラゼルターカさんも知らない人物ということは、どこか別の場所からやって来た人ということだね。
バーモがどうとか言っていたけど、どういうことなんだろう?」
ミモレスは、男性を横に寝かせ、損傷部位を確認しながらそう呟いた。
「一応、ここの隣国は〈獣人国家カルシャ〉だが、こっちに手を出したら国際問題だぞ⁉」
グラゼルターカがそう言ったその瞬間に、何かが弾けたような衝撃波がスィンザたちを襲った。
「なんだ⁉」
「隔離界魔法が破られたんだ!」
ミモレスは、何が起こったのかを一瞬で理解した。
「あ……」
スィンザは、イーゼマスが地面に倒れ込む瞬間を目撃した。
「ニャハハハハ……」
独特な笑い声が、その場に響き渡った。
「イーゼマスがやられただと⁉」
グラゼルターカは、イーゼマスが敗北した姿を見て驚いた。
イーゼマスはサポートメインの魔導士ではあるが、その魔法技術はラパンの街の中では、トップクラスの実力を持っている。
「ニャハハハ。バーモいなくなった……」
その女性は、恐らくハルビリッツを探しているのか、周囲を見渡した。
「たぶんあっちかな~」
「――待って!」
走り出そうとした女性を、スィンザが呼び止めた。
そして、ブリーズソードを鞘から引き抜き、フレイムボールで巨大な火柱を作り出した。
「ソウル・ゲート! バード・オブ・スカイ!」
スィンザは、火柱を吸収しながら、灰色のマントの下で翼を広げた。
「バード? ……強そうなトリちゃん」
獣人の女性は、スィンザに興味を持ったように見えた。
「私はスィンザ・ススです! あなたのお名前は?」
「ニャハハハハ。〈ザニー〉だよ。〈カルシャの虎のザニー〉だよ」
ザニーと名乗った女性は、武術的な構えを見せた。
「〈カルシャの虎〉⁉
隣国にいる現役を引退した英雄の異名じゃねぇか!
何勝手に襲名してんだ!」
グラゼルターカはその異名に聞き覚えがあるようだった。
「こっちに来て、ザニー。今度は私が相手になる!」
「いいよ~。楽しそう」
スィンザの呼びかけに、ザニーは素直に応じた。
「スィンザ⁉ それは無茶だよ!」
「ミモレスさん! 黒い森の手前で戦います!」
スィンザは、ミモレスに一方的に行先を伝えて風を纏った。
黒い森は、ハルビリッツたちが向かった先とは反対側にあり、一番の危険から火種を遠ざけるには最適だとスィンザは考えた。
「待ってスィンザ!
その女性は、最低でも白銀等級と同等か、それ以上の強さなんだよ!
怪我じゃ済まなくなる!」
ミモレスは、スィンザの身を案じた。
実際にザニーは、実力者揃いのセブンアローズのメンバーを特に負傷した様子もなく、二人倒していた。
「大丈夫です! もう簡単に自分の命を諦めたりしないから!」
スィンザはそう言って、空中に飛び上がった。
「ニャハハー。まって~」
ザニーは、人間離れした身体能力で駆け出した。
障害物を軽々と飛び越えるしなやかなその巨体に、民衆は驚愕した。
(よし! ついて来てる。
でも、九腕大蛇に執着しているわけではないってこと?
そもそもどうして九腕大蛇のことがわかったんだろう?
話し方もなんだか……子供っぽい感じがする)
スィンザは、考えれば考えるほど、ザニーへの疑問が増えていく気がした。
風を纏って街を疾走するスィンザの後ろを、ザニーは難無く追いかけた。
「城壁の関所が見えてきた。
今なら青色等級の人たちも、まだお昼休憩から戻ってきていないはず。
あそこなら誰も巻き込まずに戦える!」
スィンザは、関所で正規の手続きをすることなく、城壁の外へ飛び出した。
「ニャハハ! まてまて~」
サニーもスィンザを追って、城壁の外へ向かった。
「おいおいおい! なんだ、なんだ⁉」
関所を守る番兵や、受付員たちは、飛び出して行った二人のあとを追った。
「おーい! お前たちバーモハンターか⁉
手続きをしないとダメだろうがー!」
「すみません!
今、緊急事態なんです!
危ないから離れていてください!」
スィンザは番兵たちに大声で危険性だけを伝えて、できるだけ彼らを遠ざけた。
「――ふう……さあ、ザニー。ここなら思いっきり戦えるよ」
スィンザはそう言って、巨大な火柱をもう一度吸収した。
そこは、黒い森の手前に広がる黒い砂漠の上だった。
「ニャハハハ……。スィンザちゃん。強いといいな~」
ザニーは、相当な距離をかなりの速さで走ってきたはずなのに、息を切らしていなかった。
そして、ザニーは再び武術的な構えで、スィンザと対峙した。




