三十一話 無法者
彼女は単純明快だ。
彼女は強くて迷いがない。
それは憧れのようで、実はあの日に落として、失くしてしまったものだった。
スィンザたちは、アザーとギルド会議で何があったのかを共有した。
アザーは、一番驚く部分を先に言われてしまったため、会議の内容自体に驚くことはなかった。
「そうだ。それとアザーが寝ている間に、お店にきた人はいた?」
「一人だけ迷惑な奴がいたな。無視したが」
アザーは、うんざりしたようにそう言った。
「たぶんそれも九腕大蛇の仲間だと思うよ。
ボクらが魔法道具屋だって名乗ったから、お店に来たんだ。
アザーの持っている神器を狙いに……」
「そうだろうな。ラパン側の裏口を壊された。
すまないがあとで直してくれ」
「わかった。今からやるよ。すぐ終わるから」
「すまないな」
ミモレスは、裏口には行かずに、なぜか表玄関から出て行った。
「師匠。ラパン側ってどういうことですか?
それとミモレスさんが、王都が無事なら、師匠も無事って言っていたんですけど関係ありますか?」
「そうだな。俺も複雑過ぎて上手く説明できないんだが、簡単に言うとこの家の中は、実は王都に存在しているんだ。
そして、家の外側はラパンに存在している。
なので、ラパンからこの家に攻め入っても、そこには俺たちはいないんだ。
これは、非常に高度な空間魔法の一種で〈空間歪曲魔法〉というらしい」
「転移魔法とも違うんですよね?
でもこの魔法、危険過ぎじゃないですか?
今この魔法で滞在しているのがアザーさんたちだから大丈夫だけど……
それこそ人さらいのアジトにこの魔法が使われていたら、絶対に捕まえられない……」
テリルからすれば、この家は一度逃げ込んだら、もうその後を追うことができない完璧な逃走経路のようにみえた。
「ハハハ……。まさにその通りだな。
この魔法の開発者は一時期、国際指名手配を受けていたんだ。
仲間だと思っていた連中に、この〈空間歪曲魔法〉を悪用されてな。
俺たちもずいぶんと苦労させられたよ。
そんな過去を持つ、当時十四歳だった天才クソガキ魔導士は、今では王都防衛の要の一人だ。
もう道を踏み外すことはないだろう。
それに、空間歪曲魔法は、そいつしか使うことができない複雑かつ、時間のかかる魔法だ。
それこそ記憶を奪われたりしない限り、悪用されることはないだろう」
アザーは、当時のことを思い出して笑っていた。
「その方も十七人の英雄将軍のお一人ですか?」
「いや、バーモハントには直接参加はしなかったから、英雄とは呼ばれていない。
そもそも戦いに興味がないし、興味がないことには見向きもしない変人だからな。
今はナーゼットファルの王国魔導士軍の重役だよ」
スィンザの質問に答えたあと、アザーは「世も末だ」と言って苦笑いした。
「ボクの友達を悪く言わないでよ」
あっさりと家の修理を終わらせて来たミモレスが、会話に加わった。
「そうだな。悪かった。
この家の空間歪曲魔法も、ミモレスがこの街に滞在するからという理由でかけられた『過保護』な魔法だった。
しかし、その過保護に俺が助けられるとはな。世の中何があるかわからないもんだな」
「彼の魔法理論は独創的で面白いんだ。
その一端でも理解しようとすれば、高価な魔導書を一冊読むより学びがあるんだよ。
――そうだ。それより、街中で何か騒ぎがあったみたいだよ。
何があったかまでは、わからないみたいだけど」
ミモレスは、家の外を指差した。
「……そうか。じゃあ聞いてみるか」
アザーは、窓辺に移動し、街の様子を窺った。
「レクエス、パステナ。街の中で異変があったようだが、何があったかわかるか?」
アザーは自身の右手にそう話しかけた。
「……何だと⁉ わかった。俺が向かう。
最悪身分を明かす。国民の命には代えられない」
「九腕大蛇が暴れ出したの?」
「「え⁉」」
緊急事態を察したミモレスの発言に、スィンザとテリルは声を揃えた。
「いや違うが……関連はある。
今、街の中でセブンアローズが、何者かに襲撃されているらしい。
そいつが何者かは知らんが、街の中にいる九腕大蛇を刺激されるのは、非常にマズい。
奴が怒り狂って、人間ごっこをやめて暴れ出したら、いきなり最悪の事態の発生だ」
「でも待って。アザーが行っても同じことが起こるかもしれない。
九腕大蛇がこの街で何をしたいのかわからないけど、アザーの神器を狙っていることは間違いないんだよ。
ここはボクが行って来るよ」
急いで、家を飛び出そうとしたアザーの前に、ミモレスが立ちふさがった。
「……わかった。俺は、裏で身を隠しながら現場に向かい、非常事態に備える。
表の制圧は、ミモレスが行ってくれ。
もしもの時は、『転移作戦』で頼む。
無理はしないでくれ」
「わかった。スィンザとテリルは、家の中にいてね。
人込みに人さらいが紛れていないとも限らないから」
「ミモレスさん! 私にテレポートリングを貸して下さい。
人さらいに遭遇したら、それでこの家に逃げ込みます。
今回の街中の事件なら、私にもできることがあります!」
「わたしも行きます! わたしたちの目の良さなら、何か情報を得られるかも」
スィンザとテリルは、九腕大蛇の恐ろしさを理解していた。
それ故に、最悪の事態が起きた時は街の人に対する避難誘導が必要になると考えていた。
「うーん。じゃあ『転移作戦改』だね。ボクが合図を出すまでは側にいてね」
「わかりました」
「了解です」
「お前たちはあまり目立つなよ。じゃあ行くか。事態は一刻を争う」
一行は、準備を速やかに終わらせて、騒動の中心を目指した。
♢♢♢
「誰だ⁉ アレは⁉ この街の住人じゃないぞ!」
「〈魔導剣士リヴァンツ〉をあんなにあっさりと……
戦闘能力だけなら、白銀等級並みのバーモハンターなのに……」
「で、でけぇ……。〈虎の女獣人〉……初めて見た」
民衆は、街中での喧嘩沙汰には慣れており、遠巻きにその戦いを見ていた。
どうやら、セブンアローズのメンバーが既に一人倒されているようだった。
「ニャハハハハ! 強いバーモの臭いがする!
なんで人間がバーモと一緒にいるの~?」
その女性は、桃色の尖った耳付きフードを目深に被った、長身の人物だった。
その身長は、比較的背の高いアザーよりも、頭二つ分以上大きく見えた。
服装はフードと同色の魔導士風のロングローブ。
両手は、茶色の毛皮に覆われており、手を動かす度に見え隠れする鉤爪は、鋭いナイフのようだった。
さらに臀部には、虎柄の長い尻尾がゆらゆらと揺れていた。
その姿からは、可愛らしい服装とは裏腹に、猛獣の獰猛さが垣間見えた。
「バーモだと⁉ 何を言っているんだ⁉
ここには人間しかいない!
意味の分からない言いがかりはやめろ!」
イーゼマスが、ハルビリッツと黒髪の少女を庇うように立ちふさがった。
ラパン会議を追い出されたセブンアローズは、ハルビリッツの精神状態が落ち着くのを待ってから、自分たちの宿舎に戻る途中だった。
「強いバーモの気配のせいで〈タリナ〉が怯えてる。
タリナを傷つける奴は許さない」
その女性は、イーゼマスの言葉を聞き入れる様子がなかった。
「なんなんだ、こいつは……。
〈バルカナ〉、先生を連れて逃げられるか⁉
こいつは僕が隔離して足止めする。街にも、被害を出したくない」
「わかった。無茶しないでよね」
黒髪の少女バルカナは、状況を飲み込めていない演技をしているハルビリッツをつれて、その場を離れた。
民衆をかき分けて逃走するバルカナたちと、スィンザたちがすれ違った。
その際バルカナは、会議から退出する時のように、再びスィンザのことを睨みつけたあと、走り去って行った。




