三十話 ラゼラスとの再会とハルビリッツの正体
やがて会議は終わり、会議に参加していた者たちが出口に向かって行く中、スィンザたちは、席に座ったまま人込みを避けていた。
ミモレスは、ハルビリッツに掴まれた左手を見ていた。
「ミモレスさん、腕痛みますか?」
「大丈夫だよ。痛くないから。付き飛ばしてくれてありがとう。……びっくりしたよ」
ミモレスはそう言ってスィンザを抱き寄せた。
「いえ……なんだか、気持ち悪かったので……」
「そうなんだよ。彼は気持ちが悪かったね。
まるで、人ならざる者が人のマネをしているかのような不気味さだった……。
スィンザには見えた?」
「みえた? 何が見えたんですか?」
スィンザは、ミモレスの意味深な発言に首を傾げた。
「ミモレスさん。わたしは見えましたよ。杖のことですよね?」
そう言ったテリルとミモレスには、何かが見えていたようだった。
「そうだね。あの杖は明らかに……。
いや、今はやめよう。家に帰ったら、みんなで話し合おうか。
それまで何もないといいけど」
「そうですね。わかりました」
「……はい。わかりました」
スィンザは、ミモレスとテリルが、何かに気がついたのだと感じ取った。
「……もしも、わたしの予想が正しければ、アザーさんの方は大丈夫なんですか?」
テリルは、なぜか魔法道具屋で休んでいるはずのアザーの心配をした。
「大丈夫だよ。あの家にはすごい仕掛けがあるんだ。
『王都で何かが起きない限り』、アザーは無事だよ」
「そうですよね。ミモレスさんたちが無策なはずがないですもんね」
「うーん? どういうこと?」
なぜ王都が無事だとアザーも無事なのか、スィンザには理解できなかった。
「家についたら、全部説明してあげるよ」
ミモレスはそう言って、微笑んでから立ち上がった。
「――スィンザ、テリル。久しぶりだな」
ミモレスに続いて立ち上がろうとしたスィンザたちの前に現れたのは、トライホーンのラゼラスだった。
「ミモレスさん。初めまして。
私はトライホーン所属のバーモハンター、ラゼラス・ガテロと申します」
「初めまして。ミモレス・ゼベルク(偽名)です。
この街にも爬人の方がいたのですね。
個人的に親しみ深く思います」
ミモレスは、そう言って自己紹介をして来たラゼラスに手の甲を差し伸べた。
「……魔人の方にこうしていただけたのは初めてです。
どこかの爬人国とのご交流があるのですか?」
ラゼラスは、ミモレスの手の甲に、自身の手の甲を当てる爬人流の挨拶を交わした。
これは、爬人たちの間で広まったものであり、多くは爬人国家でよくみられる。
「つい最近まで、ナザーラ砂漠の近くにある〈爬人国 ナザハ〉に滞在していまして、その際に爬人の方々に良くしていただきました」
「ナ、ナザハに⁉
……あんな治安の悪い国で、よくご無事でしたね。
私は、ナザハで生まれ、貧困を理由に両親に奴隷として売られて、この街にやってきました」
「――ラゼラスさんに、そんな過去が……」
その発言に驚いたのは、同じチームのスィンザとテリルだった。
「俺が九歳の頃の話だ。
それから、親父さんたちに救われて、今がある。
むしろこの街に来られたおかげで、俺は、人としての尊厳とは何かを教えてもらい、人として生きる喜びを知ることができた。
結果論ではあるが、感謝しているよ。
もう会うことはない両親にも、俺をハンターに育ててくれた今の家族たちにも」
彼の首にかかった、白銀等級を示す銀色のペンダントが、誇らしげに光を放った。
「……素晴らしい。
きっとナザハにいる私の友人たちも、今のあなたを誇りに思うでしょう。
逆境を乗り越え、このラパンで誇り高き白銀の狩人になったあなたのことを」
「ありがとうございます」
ラゼラスは、ミモレスに深々と頭を下げた。
「そうだ。スィンザ、俺は今日、お前に謝りに来たんだ。
あの日はすまなかった。俺はお前のことを傷つけたかったわけじゃないんだ」
「いえ、いえ! 私こそ逃げ出してしまって、申し訳ありませんでした!
せっかくラゼラスさんがお相手をして下さったのに、あのような無礼なことをしてしまって、申し訳ありませんでした!
それに私がラゼラスさんに謝りにいかなければならなかったのに、本当にごめんなさい!」
スィンザは、自分で謝りに行かなかったことも合せて、深く謝罪した。
「……俺たちは、お前の真面目さを高く評価している。
そんな性格のお前だからこそ、焦らないで欲しいんだ。
女傑になるためには、より多くの手柄を上げる道を選ぶことになるだろう。
だがその道の先には、危険と絶望が待っている。
……だから自分の命を大事にしてくれ。後悔は残された者に重くのしかかる」
そう言ったラゼラスの目には、何かしらの後悔が映っているようにみえた。
「はい。私は、自分自身をもう一度見つめ直し、私だけの追い風に乗って、必ず英雄になります!
たとえ周りから何と言われようとも、私が目指しているのは英雄です!
私は、もう簡単に自分の命を諦めたりしません!」
スィンザは揺るぎない覚悟を持って、そう宣言した。
「……そうか。お前たちがトライホーンに戻って来る日を楽しみにしているよ」
ラゼラスはそう言ったあと、スィンザたちに別れを告げて立ち去った。
♢♢♢
その後は何事もなく、スィンザたちは魔法道具屋に帰って来た。
「大事なさそうでよかった。会議は何事もなかったか?」
魔法道具屋の中には、椅子に腰かけたアザーが待っていた。
「ただいま。詳細はあとで話すよ。それよりこっちは大丈夫だった?」
「ああ。この家は……まあ、大きな問題はなかった。
そっちは九腕大蛇が何かを仕掛けてきたのか?」
ミモレスの少ない言葉の中から、アザーは何かを察した。
「相手は本当に恐ろしいよ。
心を病んだ人間のふりをして、街の中枢に入り込んできた。
ハルビリッツ・ジャネストンは、九腕大蛇でほぼ間違いないよ」
「――えっ⁉ そうなんですか⁉」
ミモレスの言葉にその場で一番驚いたのは、スィンザだった。
「スィンザが、ハルビリッツとされている人を突き飛ばした時に、わたしたちには見えていたの。
あの人が持っていた杖が、手と一体化しているのを。
あの杖は、後から貼りつけたというより、手の一部が変形したような感じに見えたんだ」
テリルは、あの時に感じた違和感の正体を見ていた。
「それとね、あの杖の先には、隔離界魔法が施されていたんだ。
恐らく、あの杖の先端に、バーモの核である魔力製石が隠されている可能性が高い。
それに、スィンザが彼を突き飛ばした時に気がついたんだけど、彼の心臓の動きにまったく変化がなかったんだ。
ただの老人があんな動きをしたら、心臓は激しく動くはずなんだよ。
恐らくあれは人の記憶を使った非常に高度な変身の可能性がある。
さらにあの不気味な言動は、心を病んだ人のそれじゃなかった。
あれは、彼がバーモだったからこそ、人間から見て支離滅裂な発言になってしまったんだ」
「……でも、頭がいい人たちの記憶を使えば、もっといい方法があったはずなのに、どうしてあんなやり方を……」
テリルは、九腕大蛇がなぜあのような行動をとったのか、疑問に思った。
「奴らバーモは生まれながらの強者だ。
人のような社会性もない、暴力だけで成長した怪物だ。
だからこそ、驕りがあるんだ。
どんな事態になろうとも、最後は力押しでどうにでもできるからこそ、そこに至るまでの全ては、戯れでしかない」
アザーは、過去に戦ったシックスランクたちの残忍さの根源にあったものを思い返した。




