二十九話 ハルビリッツ・ジャネストン
「最近いい噂を聞かないぞ。ハルビリッツよ……」
ダバロは、スィンザたちの前に立ったままハルビリッツと対峙していた。
「まだ心の傷が癒えないのか。フェルテーゼを失った悲しみが」
バルターカは、ダバロの隣に並び立った。
「ふっふふふ……癒えるはずがないだろう?
フェルテーゼは最愛の妻であり、最良のパートナーだった。
代わりはいない。心の隙間も埋まらない」
ハルビリッツは、亡き妻を想い、項垂れた。
「私は、もう五十年以上バーモハンターを続けている。
最初は金のため。家族のため。
やがて仲間ができて、そして私は、フェルテーゼと出会った。
それからは、チームのため、街のため、新たな家族のために、腕を磨き続けた。
貴様たちだってそうだろう? バルターカ、ダバロよ……」
「そうだな。
我らはバーモだけではなく、この街を襲う様々な不幸、厄災に立ち向かった。
そして時には争い、時には協力して、今までやって来たな」
ダバロは、そう言いながら右手を意味ありげに動かして、ハルビリッツの視線をさりげなく誘導した。
その隙にバルターカは、質問者席の最前列までやって来た警備兵たちにその場で立ち止まるように目配せをした。
「私は……この街を守りたい。妻が眠るこの街を!
そのために! 真実を知らなくてはならない。
この街にシックスランクなどいるはずがない!
それなのに討伐軍を名乗る王国の手先は、この街に何をしに来るんだ?
この街を乗っ取りに来るんじゃないのか?
我々の街を変えてしまおうとしているんじゃないのか⁉
なぁダバロよ。賢い貴様ならわかるだろ?
私たちの街は、私たちが守らなければならない!
どんな手を使ってでも!
守らなければならないんだ!」
ハルビリッツは、叫ぶようにそう言った。
「……ハルビリッツよ。
貴様がしばらく表に出てこなかったのは、こういうことだったのか。
心を病んだのか。貴様ほどの人間が、こうも変わってしまったのか……」
ダバロは、ハルビリッツの支離滅裂な言動に心を痛めた。
「――もうよろしいですかな?」
そう声をかけたのは、椅子から立ち上がったイムドメバだった。
「ええ。彼は正気ではない……」
ダバロとバルターカは、悲しげに視線を下げた。
その後イムドメバの合図で、警備兵がハルビリッツを取り囲み、会議室の外へ連れ出そうとした。
「なにをする⁉ 離せ!
私を誰だと思っているんだ!
私がこの街に尽くしてきたのを知らないのか⁉
私がこの街を守って来たんだ!
離せ! 離せ! フェルテーゼ!
助けてくれ! フェルテーゼ! フェルテーゼ!」
魔法を使えないハルビリッツは、亡くなった妻の名前を叫びながら、会議室の外へと運ばれて行った。
「〈イーゼマス〉……なぜ、ハルビリッツのことを隠していたんだ?」
ダバロは、質問者席の最前列に座ったままの若い男性を指差した。
不測の事態に備えて席を立っていた質問者席のハンターたちや、その他の人たちは、一斉にイーゼマスに注目した。
「時々、昔の先生に戻るんです……」
黄色の妖精を持つその魔人の青年は、力無く立ち上がった。
「フェルテーゼ先生を亡くしてから、人が変わってしまった先生は、人と関われる精神状態ではなくなってしまった……。
落ち込んで塞ぎ込み、突然激怒して暴れて叫び散らし、僕たち自身もどう接していけばいいのか、わからなくなっていました。
そんな状態の先生が、時々昔の……優しくて聡明な元の先生に戻る日があるんです。
だから僕たちは、いつか先生が悲しみを乗り越えて、元に戻ってくれるはずだと信じていたんです」
「……ラグマヘスは今どこにいる?」
バルターカは、ハルビリッツを長年支えてきた作戦参謀の名を出した。
「師匠は、チームの宿舎にいます。
僕たちがバーモハントに出ている間は、師匠が先生の様子を見てくれていました。
今日はこの会議に参加するはずだったのですが、体調を崩してしまって……今は宿舎で休んでいるはずです」
イーゼマスの言葉にスィンザは戸惑い、驚いた。
九腕大蛇に殺されていたと思われていたハルビリッツもラグマヘスも、生きていたのである。
今回のラパンギルド緊急会議は、結果的にセブンアローズの潔白を証明したかのようにみえた。
「――今回の一件はセブンアローズに懲罰審議がかけられることになります。
審議そのものの日程などは追って知らせます。
……また代表者退場によって、セブンアローズには、会議への参加権が一時的になくなります。
この場にいるセブンアローズのメンバーは、自主的な退室を願います」
イムドメバは、ラパン議会法に則って、セブンアローズへの退室を促した。
イムドメバの発言を聞いた者たちは、議会が継続されるものと判断して、自分たちの席へと戻って行った。
その後、イーゼマスを含む三名の魔人の男女が立ち上がり、何も言わずに会議室の出口に向かって行った。
その際、最後に会議室の出口に向かった黒髪の少女が、発言者席に顔を向けた。
「…………」
その少女と目が合ったスィンザには、彼女が憎悪を込めて睨んでいるように見えた。
その少女は、会議室全体に向かって一礼をした後、静かに出口の扉を閉めて退室した。
その後の会議は再開され、大きな滞りもなく進んだ。
ハルビリッツの他に、王国への疑心をこの場で述べる者はいなかった。
また、ギルドが決定したシックスランク討伐軍を迎え入れることにも、大きな反対意見は出なかった。




